クローズドサークルの夢を見た(四)
「これからどうします?」
若者の一人が誰にともなく尋ねた。
だが、答えるものはいない。
誰も答えを持っていないのだ。
すると若者の友人が眉をひそめた。
「え、なんかアイデアがあるから残ったんじゃないの?」
さっそく仲間割れか?
こんなときだけ展開が早すぎる。
この三人組、スポーツは得意そうだが、スポーツ以外は得意そうではない。いや、別にスポーツ愛好家を揶揄するつもりはないのだが。主があえてそういう役者を用意したせいだ。俺が悪いわけじゃない。
「じゃあ地下行けよ。いまから行ったら間に合うぞ」
「そんなこと言ってねーじゃん」
「なら一回決まったことに文句言うなよ」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
「あ?」
凶器を手にした若者たちが、いきなりギスギスし始めてしまった。
おじさんは介入しない。
俺もA子も介入しない。
もう三人だけで話を進めている。
みんな忘れているかもしれないが、殺人鬼はまだ自由にうろついているのだ。
あんまり身内で争わないで欲しい。
言うだけムダなのが哀しいところだが。
俺はリビングを警戒しながらも、窓の外を確認した。
人影はない。
殺人鬼といえども人間のはず。暗くなったら困るのは俺たちと同じだ。ずっと外にいたら嵐で弱る。ワープもできない。いつもの夢なら好き放題できたかもしれないが、術で整合性を強制されたいまはそうもいかない。
もしかすると、殺人鬼側の展開が遅いのはそのせいか……。
おじさんも困っている感じがする。
普段なら、もっとテンポよく事件が起きているのかもしれない。
口論が落ち着いたかと思うと、また若者の一人が口を開いた。
「なあ、俺、聞いちゃったんだけど……。この島、呪われてるらしいぜ」
「呪われてる?」
「大昔、塩飽っていう一族が、ライバルの陰謀でここに島流しにあったらしくてさ。ずっと復讐の機会をうかがってたんだって。でも、うまくいかなくて。禁じられた呪術に手を出したとかなんとか」
「な、なんだよ呪術って……」
マジでなんだよ呪術って。
急にホラー要素を足してくるな。
そんな伏線なかっただろ。
いい加減にしろ。
若者はこっちに話を振ってきた。
「なんか聞いたことありませんか?」
「いや、俺らはちょっと。この辺、初めて来たんで……」
俺はごまかしつつも、視線でおじさんに話を振った。
彼は乗ってきた。
「はぁ、やっぱりそうだったんだな……。また塩飽だ。絶対に逃げられない」
お前はストーリーを知ってるはずだろ。
なにを深刻そうなツラをしてやがる。
こんな連中とは一緒にいられない、とか言い出すモブの気持ちがいまなら理解できる。
夢の中で呪術とか言い出したら、もはやなんでもアリになってしまう。
若者たちが「知ってるんですか?」と尋ねると、おじさんは「ふむ」と窓際に立った。
「その呪術は、死者を意のままに操るというおぞましいものらしい。それだけじゃない。海から魔物を呼び寄せることにも成功したらしい」
語り部かよてめーは。
いや、待てよ。
語り部?
そういう役割の役者か?
だったら、こうして情報の提供を終えたら、その後は……?
ギッと、廊下で音がした。
殺人鬼か?
「あのぅ……」
いや、ホテルの従業員だ。青白い顔をしている。
シェルターにいたはずでは?
リビングに入ってくる従業員。
その正面に、消火器のおじさんが立ちふさがった。
「待て! 近づくんじゃない!」
急にどうした?
自分の番が来てセリフを喋り出した役者みたいだぞ。
従業員の様子もおかしかった。
顔色が悪いだけじゃない。足を引きずっている。顔にも傷がある。そして「あのぅ」しか言っていない。
「みんな逃げろ! こいつはもう死んでいる!」
おじさんは喚き散らしながら消火器を噴霧。
すると従業員の後ろから、うつろな顔のものたちが「うーうー」言いながらぞろぞろとやってきた。
急にゾンビになるな。
もしかするとこの夢の主は、ホラー好きなのではなく、B級映画好きなのかもしれない。
俺の読みは大きく外れたことになる。
クソがよ……。
若者たちはパニックを起こして、窓から外へ出た。
俺たちもここにいるわけにはいかない。
一部はおじさんに群がっているが、残りはのたのたこちらへ迫ってくる。このままでは逃げ場を失う。
A子がぐいぐい袖を引っ張ってきた。
「え、ヤバくない?」
「逃げよう」
俺は彼女の背を強めに押した。
足が震えていたからだ。
そのまま足に力を入れなければ、へたり込んでしまったかもしれない。
とにかく彼女を窓から押し出して、俺も外へ出た。
とんでもない嵐だ。
雨粒が容赦なく顔面に吹き付けてくる。
俺の予想通り、地下は全滅した。予想外の方法で。
さて、この流れだと、海の魔物とやらも現れるようだが……。
B級映画のノリということは、だいたい察しがつくな。
若者たちの逃げる方向についていったら、岬に出てしまった。刑事ドラマで追い詰められがちな断崖絶壁。
もうベタ過ぎてなにも言えない。
「うわぁ! サメだぁ!」
若者の一人が叫んだ。
そう。
崖の下の海には、巨大なサメが泳ぎ回っていた。
まさか塩飽だからシャークとかいう発想ではなかろうな。そんなことのために名前を使われた塩飽さんに謝って欲しい。
そして二度とこのようなことが起こらぬよう、主はゾンビ映画とサメ映画の視聴をやめて欲しい。ホラー映画と刑事ドラマもな。
「残念だけど、みんな死ぬよ。ここは呪われた島。誰も生きては帰れない」
俺たちを追ってきた人物が、そんなことを告げた。
仮面で顔を隠して、頭から黒いフードをかぶっている。両手にはナイフ。
声だけでは男か女か分からない。
小柄ではあるが、身体に女性らしい特徴はない。声変り前の少年かもしれない。
ともあれ、こいつが夢の主なのだろう。
殺人鬼に扮していたというわけだ。嵐のせいでびちょびちょになっている。
「うわぁっ」
若者三人が、飛び跳ねたサメに足場ごと食われた。
死に方までモブっぽい。
だが次は我が身だ。
早くしないと殺される。
俺はミルウォール・ブリックをその場に捨てた。
手首にはパワーストーンのブレスレットがついている。俺の趣味じゃない。俺たちにこのクソ仕事を押し付けてきた妖怪から借りたものだ。名は「百鬼夜行」。
念じれば武器が出る。
俺は手に銃を呼び出した。
角ばった古いピストル。おそらくマウザーだろう。誰の趣味かは知らない。
殺人鬼は足を止めた。
この展開はさすがに予想外、だろうな。いままで有利な展開で一方的に人を殺してきたのに、なぜか今回、被害者となるはずだったモブが拳銃を持ち出したのだから。
「な、なんで銃を……?」
「……」
答える義務はない。
俺はトリガーを引き、殺人鬼の大腿部を撃ち抜いた。
一瞬の閃光とともに、パァンと空気の爆ぜる音が響いた。
「はぐぁっ! あっ! 痛っ! 痛いっ! なんでっ!? なんで撃ったのっ!?」
そいつは徐々に崩れ落ちて行った。
なんで?
ただの仕事だ。
苦情は上司に言って欲しい。
俺が歩を進めると、そいつは尻もちをついたままこちらを見つめた。仮面のせいで顔はほとんど見えないが。
「武器を捨てろ」
「武器……。え、でも捨てたら……」
「自発的に捨てないなら、腕を撃ち抜く」
「捨てますっ! 捨てますからっ! 撃たないでっ!」
慌てた様子で一本ずつ捨てた。
俺たちがさらに前へ出ると、崖の一部がまたサメに食われた。
岩なんか食ってたら腹を壊すぞ。
俺はもう片方の足も撃ち抜いた。
「あぐあっ! なんでっ!? 捨てたのにっ!」
「……」
主から悪意を引き剥がすためには、護符を張り付けなければならない。
じかに接触する必要があるのだ。
俺は懐から護符を取り出し、倒れているガキの頭に遠慮なく貼りつけた。
突如、ガキは弓なりに背を反らせた。仮面が弾け飛び、大きく開いた口から、マシュマロのような白いものがぐいぐい這い出してきた。
これが悪意。
「おごおっ」
ガキはのたうっている。
悪意は真っ白いナマコみたいな見た目をしている。
上司は蛭子とも言っていたか。
普段、悪意は腹の底に宿っている。
口から這い出したあとは、ほぼ動かない。
宿主から生命力を吸い出す以外に、なんの能力もないのだ。
じつに堕落的な存在だ。
俺はトリガーを引き、悪意を撃ち抜いた。
真っ白だったものは、赤い染みとなり果てた。
ガキはなにが起きたのか分からないといった顔で、目を見開いていた。
さて、通常、主を殺せば夢は終わる。
寿命を奪うことにもなるが。
痛みは長引かずに済む。
「た、助けて……。救急車……呼んでください……」
ガキは泣きじゃくっている。
もちろん救急車は来ない。
警察も来ない。
こいつ自身が、そういう舞台を用意したのだ。
A子は震えた声で言った。
「ど、どうするの? 殺しちゃうの?」
「決めてない」
目的は達した。
あとはどうでもいい。
じつは主を殺さずとも、術の拘束さえ解ければ、この夢は終わることができる。主はこれだけ怖い思いをしたのだから、すやすや眠り続けるということもないだろう。
なのだが、夢は終わらなかった。
ホテルからたくさんの人影が近づいてきた。
いや、かつて人だったものの影が。
歩みは遅いが……。このままでは、ゾンビがここへ到達するのも時間の問題だろう。俺とA子はいくらか逃げることもできるが、このガキはムリだ。
「え、やだ……。助けて! 助けてください! なんでもしますから!」
ガキが懇願してくる。
術はなぜ解けない?
まだ解決していない問題でもあるのか?
またサメが崖を食った。
選択肢はないように思う。
俺はガキの頭部に銃口を向けた。
怯えた表情をしている。
*
無名閣という場所がある。
バカみたいに高い木造の塔だ。床は板敷。柵は朱塗り。
高すぎて雲の上に突き出している。いや、そもそも雲の上に建っているのかもしれない。原理は分からない。きっとそこも夢の中なのだろう。
仕事が終わると、いつもそこに飛ばされる。
「お疲れちゃまじゃ。茶でも飲むがよい」
出迎えたのは、ケモ耳のついた和装の女。
髪は獣のようにもさもさしている。
名はコマ。
少女に見えるが、たぶん何百年も生きている。
A子はコマの後ろに回り込むと、いつものようにぎゅっと抱きしめて、すぅっと深呼吸を始めた。まるで愛玩動物でも吸うかのように。
「ただいま、コマちゃん。会いたかった」
「うむ。好きなだけ吸うがよい」
クソ仕事を終えたあとのクソ展開はひときわ格別だ。
指数関数的に疲労が蓄積してゆく。
出された茶碗は厚みのある黒楽。そこに淡い緑色の茶が溜まっている。輪郭を得た緑の惑星ように。
俺はマナーなど知らないので、その場であぐらをかき、片手で受け取って飲み干した。味も分からない世界で、茶など出してきやがって。
「今日は大変だったよ」
「そうみたいじゃの」
日向ぼっこ中のネコみたいな顔。
事の重大さを理解しているとは思えない。
「なぜ術を解かなかった?」
「解こうとはしたのじゃ。じゃが、少しばかり時間が必要での……」
おかげで主を殺すハメになった。
ちょっと寿命を削ったからといって、すぐに死ぬわけではないが。逆恨みされても困る。俺はこの妖怪に言われてやっているだけなのに。
「なんじゃ? 怒っとるのか? もう一杯飲むかえ?」
「いや、結構」
どうせ味がしないのだ。何杯も飲む気にはなれない。
それが酒なら話は別だが。
そうすると今度はA子がうるさくなる。
いい天気だ。
平穏。無風。ひたすらなる青。
ここは雲の上だから、いつ来ても晴天だ。
見えるのは空気だけ。
コマはなんとも言えない表情になった。
「もしかして、やめたくなったとか言わんよな?」
「別に」
「もちろん強制はできんが……」
「やるよ。ただ、もう少しちゃんとサポートして欲しいと思っただけで」
報酬はない。
そのくせ、リスクだけはある。
やりがいもないから、やりがい搾取ですらない。
続ける理由がない。普通は。
A子がなじるように目を細めた。
「お兄さんさ。あんまりコマちゃんのこといじめないでよ。怒るよ?」
「……」
怒ったらなんだというのか。
ただでさえ意味不明な仕事なのに。死にたがりの女のフォローまでさせられて。怒りたいのはこっちのほうだ。
続けたくない。
なのに、やめたくない。
やめたら俺は、自分の夢を見てしまうから……。
(続く)




