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BAKU  作者: 不覚たん
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限界集落の夢を見た(一)

 砂利道が続いている。


 ここは林道、だろうか。

 左右には鬱蒼とした竹林が壁のように広がっていて……。


「え、なにここ? なんもなくない?」

 A子が服を引っ張ってくる。

 俺にすがっているというよりは、盾にしようとしている。


 竹林からガサガサと音がした。

 まさか、クマじゃないだろうな。

 いま日本は空前のクマブームだからな。誰も望んじゃいないのに。


「どこから来た?」

 現れたのは、ナタを手にした野良着の老婆だった。

 しわがれた声だ。


 どこから来た、か……。

 それはもちろん「現実世界から」だが。しかしあまりメタ的なことを言って世界観を壊すと、話が予想外の方向へ転がりかねない。いくらか話を合わせなくては。

「ええと、埼玉の……」

「よそ者だね。なにしにここへ?」

「サイトシーイングですよ」

「さいとし……」

「観光です」

 老婆は露骨に不快そうな顔。

 頼むからそのナタで攻撃してこないでくれ。

 これだけ距離が近いと、俺のマウザーより先にナタが炸裂する。


 するといつの間にか、近くに別の男が立っていた。

「どうせ祟り神の噂を聞いて来たんだろ」

「え、祟り神?」

「とぼけちゃって。この村の伝承だよ。知ってて来たんだろ?」

「いえ、ホントに知らないんです」

 他人の夢の内容を事前に知ってたら逆に怖いだろ。


 男は渋い表情を浮かべた。

「じゃあ本当に観光で? ここらはべつに観光地じゃないんだけどな。ほら、そこの祠。それが村の祟りを抑えてる。けど最近、その祠にいたずらする連中が多くてね。村の人間、みんな迷惑してるんだ。あんたらも、頼むから面白半分に壊したりしないでくれよ」

「もちろんです。俺はそういう破壊行為に対しては、日ごろからいい印象を持ってませんから。動画の撮影なんかもやってませんし。本当に、ふらっと寄っただけなんです」


 それはいいとして。

 木造の祠には、文字が書かれていた。

 間座墓村まざはかむら――。

 まざふぁ……。いやいや。なんなんだこの名前。ふざけやがって。さすがに破壊したくなってくるな……。だが、ここで破壊してしまったら問題が大きくなる。


 老婆はふんと鼻を鳴らして行ってしまった。

 男も一緒に。


 行く手には集落が見える。だいぶ遠いが。

 この祠は……外部と集落を隔てる標識みたいなものか。


 それはいいとして、A子がかなり強く服を引っ張っている。

「ねえ、怖いんだけど……」

「大丈夫だ。すべては演出に過ぎない」

 なんなら俺を盾にせず、持ち前の呪いのオカッパ人形スキルで怪異に対抗しろと言いたい。


 それにしても古い祠だ。

 祠というか、ただの木箱だな。

 ボロボロで朽ちかけている。

 饅頭がお供えされていなかったら、なんのための箱かも分からなかったかもしれない。


 というか、主はどこなんだ?

 この手の導入シーンは、普通、俺みたいな部外者ではなく、主が受けるものだ。あるいはすでにここを通過したのか? あとから来るのか?

 さっきの老婆や男ではないと思うんだが。あれは説明役の役者アクターのはず。


 俺はダウジングロッドを召喚した。

 もう素直に認めよう。

 俺の予想はクソの役にも立たない。自分の頭で考えるよりも、ダウジングロッドに答えを教えてもらうほうが早いし正確だ。


 だが、ダウジングロッドの差した向きは……。さっき老婆が出てきた竹林だった。

 いや、せめて道を……。


「え、なに? そっちになんかあるってこと?」

 A子が不安そうな声を出す。

 こいつが怖がるせいで、余計に恐怖が増している気がするんだが。


 さすがに俺も躊躇した。

 まず、俺には土地勘がない。だが主にとっては、地元なのかなんなのか、とにかく知らない土地ではないんだろう。この時点で危ない。

 それに状況。祟り神のいる村で、竹林の奥に行くというのは……。危機管理の観点からもよろしくない。


「さすがに迂回しよう。なんなら本格的な調査は、集落に入ってからでもいい」

「うん……」


 遠くでカラスが鳴いている。

 何度も、力強く。


 仮に村人が襲ってきても、適切な距離で戦闘できれば勝てる。少数なら。

 だが、それ以外ならムリだ。

 前にトラップだらけの忍者屋敷に迷い込んだときは、信じられないほど殺された。なんなら部屋の戸を開いただけで即死した。いや、即死ならまだしも遅効性の毒までも。本当に最悪な思い出だ。あれで忍者が苦手になった。トーシロ相手に忍術を駆使してきやがって……。


 歩いていると、後ろから声が聞こえてきた。

「はーい! 第一村人はっけーん! ちょっとお話を聞いてみたいと思いまーす!」

 男二人。

 カメラで動画を撮影しているようだ。

 もう嫌な予感しかしない。


「すいませーん。顔は隠しますんで、撮影してもオーケーですか?」

「いえ、ダメです」

「は?」

 露骨に顔をしかめてくる。

 いや、動画を撮影している人間が全員こうだとは言わない。むしろこんなヤツはほとんどいないだろう。だが、夢の主は配信者をこうだと決めつけている。この役者は、主のイメージ通りに振る舞っているだけだ。


「いやいや、ちょっと話すくらいよくないですか? 俺ら、ここ来たばっかでなんも知らないんで」

 食い下がってきやがる。

 どうせ役者だろうから、撃ち殺してもいいんだが……。

「俺たちも外から来たんです」

「は? なんだよ。使えねーな……」

 使わないでくれ。


 すると男たちは「空振りばっかだな。祠にもなんも入ってなかったしよ」と捨てゼリフを残して先に行ってしまった。

 まあ予想通りだ。

 こいつらが役者なのだとしたら、間違いなく、与えられた仕事を忠実にやり遂げるだろう。

 つまり、祠を開けて、中を見たのだ。

 たぶん鍵も壊したはず。

 絶対にそう。

 やらないと話が進まないからな。


 さて、これでもまだ傍観している主は、いったい自分をどういうポジションに置いているのだろうか?

 部外者への警戒心の強さから察するに、おそらく村の関係者ではあるのだろう。

 ただの村人だろうか?

 あるいは、マナーのなっていない部外者への怒りから、祟り神と一体化した怪物か?

 いや、むしろ祟り神を封じるヒーロー役かもしれない……。


 とにかく、祠が破壊された以上、一悶着あるはず。

 主もなんらかのアクションを起こすだろう。

 できれば竹林から出てきて欲しいのだが。


 *


 集落につく前に、変異に遭遇してしまった。

 プルルルル、と、電子音がなっている。

 音を立てているのは、道にぽつんと置かれた電話機。公衆電話……というやつなのは分かるが……。なぜ道の真ん中に置かれているのか。そして音を鳴らしているのか。電力はどうなっているのか。


「え、怖い! 怖いんだけど!」

 A子は率直な感想を述べてくる。

 怖いのは分かるが、それを俺に言われても困る。

 こいつはきっと暑いときと寒いときも苦情を言ってくるに違いない。どれも俺の管轄外なのに。


 さて、どうしたものか。

 電話に出るか?

 無視するか?


 普通、こういう怪異には主が遭遇するものなのだが……。

 主はまだ出てこないつもりらしい。

 俺たちを怖がらせるために?

 まあ悪意の介入がある以上、参加者は誰もが主人公ポジションになりうるのかもしれない。できれば楽しい物語だと嬉しいのだが。


 電話を無視してシナリオが崩壊すると手に負えなくなりそうだったので、俺は受話器を手に取った。

「もしもし?」

『……ケテ……タスケテ……』

 怖い!

 当たり前だろう!


 俺は思わず受話器を置いて、通話を切ってしまった。

 女性の声だ。

 かすれ声ではあったが、老婆ではない。かなり若かった。


 遠方でキャアと切り裂くような悲鳴があがった。

 集落でなにかが始まったようだ。

 なにか、というか、まあ、殺戮なのだろう……。


 正直、帰りたい。

 仮に銃で勝てる相手だとしても。

 このあと間違いなく血みどろのグロシーンを見せられるのだ。これならまだゾンビとサメのほうがマシだった。いやゾンビとサメも大概だが。


「ね、ムリ。帰ろ? ね?」

 A子が体重をかけて後ろに引っ張ってくる。

 全力で妨害しやがって。

「大丈夫だよ。ぜんぶ作り物なんだから。お化け屋敷みたいなものだと思えば」

「ムリ! お化け屋敷もムリ!」

 このクソガキめ……。

 まあ俺もお化け屋敷はムリだけど。

 怖いし。


 しかもここでは、死んだら寿命を食われる。

 お化け屋敷よりもタチが悪い。


 本当に、どうしたものだろう。

 進みたくない。


 だが、主が普通の村人だった場合、このまま放置すると死んでしまう可能性がある。死ぬと夢が終わる。すべてが仕切り直しになる。まあ俺の寿命が……そこまで大きく減るわけじゃないから、死ぬよりはマシだが。でも減ることは減る。


 風が吹くたび、竹の葉がサラサラと音を立てる。

 本来なら清涼に感じるのかもしれないが、いまはどこか肌寒い。


「ねえ、もう帰ろう?」

 A子はほとんど泣いてしまっている。

 この子に構っていると、まったく進めない。

 かといって置き去りにもできない。

 コマの野郎、なんでよりによってこの夢に俺たちを放り込んだんだ……。


 しかもこのタイミングで、また誰かが近づいてきた。

 後ろから。


「あ、いたいた。あの二人じゃない?」

「たぶんそうっすね」

 二人組。男女だ。

 男はスーツ姿。背はあまり高くない。セールスマンだろうか。

 女は肩出しのワンピースにカーディガン。肩を出したいのか隠したいのか分からない。栗色のロングヘア。


 いったいどういう組み合わせだ?

 俺たちを探してたような口ぶりだったが。

 まあ、ロクでもない内容だということだけは想像できる。接近される前に、足を撃つ準備だけはしておくか。足さえ潰しておけば、たいていどうにでもなる。


(続く)

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