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BAKU  作者: 不覚たん
第一章

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限界集落の夢を見た(二)

「あたしCちゃん。よろよろー」

 女はいきなりそんなことを言い出した。

「あ、俺、田中です」

 男も普通に自己紹介してくる。

 田中……。


 あきらかに説明不足だと思うが、それでも俺は理解に達した。

 二人とも、腕にパワーストーンのブレスレットをしていたのだ。

 俺たちの行動を見かねたコマが、追加の戦力を投入したということなのだろう。たぶん。


 それにしても、カップルでの参加とはな……。

 許しがたい。


 俺もブレスレットを見せた上で、こう尋ねた。

「ご用は?」

「え、なんかコマちゃんに言われて。手伝えってさ。後ろの子泣いてるけど大丈夫?」

 すると「大丈夫じゃないです」とA子が応じたが、俺は無視した。

「大丈夫。問題ない」

「え、大丈夫じゃないって言ってるけど? もしかしてドS?」

 半笑いでそんなことを言う。

 だが、俺はドSではない。むしろその逆だ。


「時間のムダなんで、歩きながら話しません?」

 男が無遠慮に提案してきた。

 近くで見るとカピバラみたいな顔をしている。

 いや、俺も人様のツラのどうこう言えたタマじゃないが。しかしこの感じ、日ごろから顔面の筋肉でムリに笑顔を作っているタイプだろう。

 仕立てのいいスーツ。バキッとした髪型。おそらく自称ビジネスパーソン。

 顔面だけがカピバラで、顔面以外が完璧に仕上がっている。まあ表情筋のコントロールに成功しているという意味では、顔面も仕上がっていると言えるかもしれない。

 俺の記憶によれば……グレーな仕事で荒稼ぎしている連中に、この手のタイプが多い。いや、本当に。見た目だけで判断して悪いが。彼らは定型のフォーマットを有しており、それを忠実に再現しようとするから、露骨に量産型となる。見る人が見ればすぐに分かる。違ってたらすまんけど。


 俺たちが歩を進めると、男は勝手に語り始めた。

「見た感じ、典型的な限界集落っすね。で、祠が壊されてたんで、邪悪な神の封印が解けて、事件が起こるって感じですかね。もうあきらかパターン入っちゃってますよコレ。で、主の居場所は特定してるんですよね?」

 当然やってるよな、という口ぶり。

 お前は俺の上司かなにかなのか?

 俺は竹林を指さした。

「そっちにいますよ」

「え? いる? 場所が分かってるのに、まだ会ってないんすか? はぁ。問題解決能力、ゼロじゃないですか。なるほど。だから僕らが呼ばれた、と」

 そうだな。

 こいつはきっと俺より優秀なんだろう。このまま問題を解決してくれ。そしたら褒めてやる。


 だが、男は入ろうとしなかった。

 不思議そうにこちらをじっと見ている。

「え、入らないんすか?」

 こちらが入るのを待っていたのか。

 なぜ俺が入らなかったのか、説明しないと分からない、ということか。質問があるなら素直にそう言えばいいのに。

「なぜ入らなかったと思うんです?」

「怖いから?」

「危険だからですよ。安全を確保した上で、接触しようと思ったんです」

 すると男は半笑いになった。俺ごときに表情筋を使う必要もないと判断し、遠慮なく嘲笑したのだろう。

「え、いや、それはおかしいでしょ。待ってたら安全になるんですか? 時間かけても結果が変わらないなら、待ってるだけムダですよね? 違います?」

「集落のほうに迂回しようと思ったんですよ」

「じゃあなんであそこで止まってたんです?」

「理由があったんですよ」

「だからその理由は? 具体的に」

「お前、いい加減にしろよ。中に入りたいならお前が入れよ。止めないから」

 天よ、急に怒ってしまったことを許して欲しい。

 このまま丁寧に対応していたら、永遠に質問タイムが続きそうだったのだ。


 男はまだ半笑いだ。

「あのさぁ。あんたなんか勘違いしてない?」

「は?」

「こっちはなんのメリットもないのに、あんたの仕事を手伝ってやってんの。分かる? もっと感謝すべきだろ」

「一理ある」

 だが一理しかない。

 残りはクソだ。


「なんで分かんないかな? イチから全部説明しないと分かんないワケ? こっちが上なの。立場わきまえろよ、下っ端がよ」

 なるほど。

 自分を先輩だと思い込んでるから、真上から来たのか。

 余裕ぶっているところを見ると、それなりに強いんだろうか?

「あんたのプランを聞かせてくれないか?」

「聞かせてくださいお願いします、だろうが」

 こいつ、ブラック企業の上司属性も兼ね備えているようだな。

 属性盛り盛りだ。

「いちいちうるせーなカピバラ。不満があるなら帰れよ。自力でなんとかするから」

「お前が決めんな。下っ端に決定権とかねーから。あと敬語使え」

「靴ヒモほどけてるぞ」

「は?」

 下を見た。

 もちろん殴らない。


「ほどけてねーだろーがよッ!」

 田中は怒鳴りながら、手に銃を召喚した。

 なんかスコープのついた現代的な銃だ。

 俺のはクッソ古い銃なのに……。


 こちらも慌てて銃を召喚したが、遅かった。

 銃を構えるより先に、耳をつんざくような発砲音が響き渡った。


 そして激痛……は、ない。

 外した?

 この距離で?


 彼は目を丸くしていた。

 その隙に、俺もトリガーを引いた。

 細かい狙いをつけている余裕はなかったから、腹へ向けて発砲した。この至近距離なら外さないだろう。そう。外れなかった。その代わり……当たりもしなかった。

 通り抜けた?


 女がさめた目でつぶやいた。

「あのさぁ、二人ともバカなの? その武器、ブレスレットつけてる人間には当たらないんだけど。なに? 知らなかったの?」

 知らなかった。

 いちおうその程度のセーフティは備わっているということか。


 男は急にぷるぷると震えはじめた。

 この世の終わりみたいな顔で。

「え、待って。え、待って。冗談じゃん。知ってるって。撃っても当たらないんでしょ? 知ってますから。ただちょっと……教育上の……必要っていうか……」

 それは釈明のつもりだろうか。


「教育?」

 俺は歩を進め、距離を詰めた。


「あ、いや……。でも、そうじゃないっすか? ね? こっちはいちおう先輩なんだし、後輩を導かなきゃいけない立場なんで。そしたら責任も生じるわけでしょ? 協力してくださいよぉ」

 ずいぶんと態度が弱気になった。

 銃で脅せば他人をコントロールできると思っていたのか?


「まあ武器が通じないなら、あとは素手でやるしかないな」

「いやいや待ってよ。待ってくださいって。怒ったなら撤回しますから。ね? 僕も立場上、仕方なくやったことだし。逆の立場だったら、そっちが同じことしてたんですよ? ノーカンですって」

「すまん」

 ショートフックを叩き込むと、田中は少しふらついてから、斜めに倒れた。

「あがっ……いったぁ……」

「なるほど、素手なら当たるようだな。勉強になったよ。ご協力ありがとう」

「ふぐっ……なんでっ……ふぐぅっ……」

 泣いてしまった。

 情緒が不安定過ぎる。


 女は相変わらずさめた目をしていた。

「あのさぁ。そういうのやめてくんない? なんなの? そうやってすぐ上下を決めようとするじゃん。自分が上じゃないと不安なワケ? サルかよ。あたし、そういうの嫌いなんだけど」

「俺も嫌いだけど、こいつがうるさいから」

「まあ今のは完全にこいつが悪いけどさぁ。殴るのは違うじゃん」

 無条件に反論してくるかと思いきや、そんなこともなかった。


 俺はなんとか言葉を選び、こう尋ねた。

「二人は……仲間だったんじゃないの?」

「仲間? 違うけど。ついさっき会ったばっかだし」

 なら特に深い理由もなく、コマに呼び出されたというわけか。

 男のほうは無償労働などしないタイプに見えるが、なぜこの仕事をしているのだろう。誰かに弱みでも握られているのか?


「まあ、殴ったのは悪かったよ。反省する。ただ、人に銃を向けるのは、さすがに度が過ぎると思うぜ。人様に銃口を向けるなって、両親に教わらなかったのか?」

「……」

 誰からも返事ナシ。

 完全に滑ったようだ。

 余計な一言を付け加えるべきじゃなかったな。


 とにかく、二発の銃声は、集落にも伝わったことだろう。

 竹林の奥にいる主にも。

 今後の展開に悪影響を与えなければいいが。


「ほら、行こう。時間のムダなんだろ?」

 そう呼びかけるも、男は完全にやる気を失っていた。首をふるふるするだけで、起き上がろうともしない。さっきまであんなに威勢がよかったのに。銃で万能感を得るタイプか? 俺も同じようにならないよう、気を付けないとな。


 女が溜め息まじりに言った。

「なんかダメっぽい。もうこいつ置いて行こうよ」

「異議なし」

 すると男は「待って」と立ち上がった。いや、立ち上がりかけてまたへたり込んだ。アゴにクリーンヒットしたから、脳震盪でも起こしたのかもしれない。


 べつに俺が強いわけじゃない。心得がないとは言わないが。道場に行くと、むしろ自分の弱さを叩き込まれる。俺が一方的にまくれるのは、なにもやってない相手だけ。そしてこいつはやってなかった。それだけだ。


 *


 俺たちは、田中を置き去りにして集落に入った。

 村人の死体はそこらに転がっていた。例の動画配信者たちも一緒に。

 この世界の役者アクターは、用済みになったら簡単に殺されてしまう。いくら実在しない人物とはいえ、人命軽視も甚だしいと言わざるを得ない。前時代的。じつに嘆かわしい。


 ナタを手にした老婆が、溜め息とともに近づいてきた。

「こうなると思ってたんだ。よそ者が来ると、いつも厄介事が起こる」

 ナタに血はついていないから、この老婆は犯人ではあるまい。


「なにが起きたんですか?」

 A子に服を引っ張られながらも、俺はなんとか尋ねた。

 老婆は限界まで顔面をしかめた。

「しらじらしいね。祟り神だよ。一度目を覚ましたら、全員殺すまで止まらない。もし止められるとすれば……失われた歌だけさ」

「歌?」

 急に新要素をぶっ込みやがる。

 いや、もはや驚くほうがおかしいのかもしれない。

 ここは夢の中なんだから、どんなことでも起こりうるのだ。コマが術で拘束をかけてはいるが、それとて認知的な整合性をとるものでしかない。


「がぁっ!」

 体長3メートルはあろうかという筋骨隆々の鬼が、民家の屋根へよじ登った。

 デカい。

 もうほとんどクマだ。

 さすがにあれとは戦えない。


 おそらくだが、俺の銃では倒せないだろう。

 銃と言ってもいろいろあるが。マウザーみたいな口径の小さな銃では、足止めにならないのだ。なんなら人間が相手でも止められないケースがある。いわゆるストッピングパワーが弱い。


 なんにせよ、あの鬼は主ではなさそうだ。

 え、じゃあこの老婆が?

 試しに護符を貼ってみるか?

 しかし主でない人物に護符を貼ると、夢そのものが崩壊してしまう。作戦は失敗に終わり、寿命も少し減らされる。思いつきで行動してはならない。


 そもそも、ダウジングロッドの示した方向は、老婆のいた方向ではなかった。

 きっと主は、まだ竹林にいる。

 いったいなにをしているのだろうか?

 主はうっすら結末を知っているはずだから……。まさか、安全地帯に隠れて、自分だけ生き延びるつもりだったのか?

 そいつの夢なのに、本人が出てこないでどうするんだよ……。

 さすがに引くぞ。


(続く)

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