限界集落の夢を見た(二)
「あたしCちゃん。よろよろー」
女はいきなりそんなことを言い出した。
「あ、俺、田中です」
男も普通に自己紹介してくる。
田中……。
あきらかに説明不足だと思うが、それでも俺は理解に達した。
二人とも、腕にパワーストーンのブレスレットをしていたのだ。
俺たちの行動を見かねたコマが、追加の戦力を投入したということなのだろう。たぶん。
それにしても、カップルでの参加とはな……。
許しがたい。
俺もブレスレットを見せた上で、こう尋ねた。
「ご用は?」
「え、なんかコマちゃんに言われて。手伝えってさ。後ろの子泣いてるけど大丈夫?」
すると「大丈夫じゃないです」とA子が応じたが、俺は無視した。
「大丈夫。問題ない」
「え、大丈夫じゃないって言ってるけど? もしかしてドS?」
半笑いでそんなことを言う。
だが、俺はドSではない。むしろその逆だ。
「時間のムダなんで、歩きながら話しません?」
男が無遠慮に提案してきた。
近くで見るとカピバラみたいな顔をしている。
いや、俺も人様のツラのどうこう言えたタマじゃないが。しかしこの感じ、日ごろから顔面の筋肉でムリに笑顔を作っているタイプだろう。
仕立てのいいスーツ。バキッとした髪型。おそらく自称ビジネスパーソン。
顔面だけがカピバラで、顔面以外が完璧に仕上がっている。まあ表情筋のコントロールに成功しているという意味では、顔面も仕上がっていると言えるかもしれない。
俺の記憶によれば……グレーな仕事で荒稼ぎしている連中に、この手のタイプが多い。いや、本当に。見た目だけで判断して悪いが。彼らは定型のフォーマットを有しており、それを忠実に再現しようとするから、露骨に量産型となる。見る人が見ればすぐに分かる。違ってたらすまんけど。
俺たちが歩を進めると、男は勝手に語り始めた。
「見た感じ、典型的な限界集落っすね。で、祠が壊されてたんで、邪悪な神の封印が解けて、事件が起こるって感じですかね。もうあきらかパターン入っちゃってますよコレ。で、主の居場所は特定してるんですよね?」
当然やってるよな、という口ぶり。
お前は俺の上司かなにかなのか?
俺は竹林を指さした。
「そっちにいますよ」
「え? いる? 場所が分かってるのに、まだ会ってないんすか? はぁ。問題解決能力、ゼロじゃないですか。なるほど。だから僕らが呼ばれた、と」
そうだな。
こいつはきっと俺より優秀なんだろう。このまま問題を解決してくれ。そしたら褒めてやる。
だが、男は入ろうとしなかった。
不思議そうにこちらをじっと見ている。
「え、入らないんすか?」
こちらが入るのを待っていたのか。
なぜ俺が入らなかったのか、説明しないと分からない、ということか。質問があるなら素直にそう言えばいいのに。
「なぜ入らなかったと思うんです?」
「怖いから?」
「危険だからですよ。安全を確保した上で、接触しようと思ったんです」
すると男は半笑いになった。俺ごときに表情筋を使う必要もないと判断し、遠慮なく嘲笑したのだろう。
「え、いや、それはおかしいでしょ。待ってたら安全になるんですか? 時間かけても結果が変わらないなら、待ってるだけムダですよね? 違います?」
「集落のほうに迂回しようと思ったんですよ」
「じゃあなんであそこで止まってたんです?」
「理由があったんですよ」
「だからその理由は? 具体的に」
「お前、いい加減にしろよ。中に入りたいならお前が入れよ。止めないから」
天よ、急に怒ってしまったことを許して欲しい。
このまま丁寧に対応していたら、永遠に質問タイムが続きそうだったのだ。
男はまだ半笑いだ。
「あのさぁ。あんたなんか勘違いしてない?」
「は?」
「こっちはなんのメリットもないのに、あんたの仕事を手伝ってやってんの。分かる? もっと感謝すべきだろ」
「一理ある」
だが一理しかない。
残りはクソだ。
「なんで分かんないかな? イチから全部説明しないと分かんないワケ? こっちが上なの。立場わきまえろよ、下っ端がよ」
なるほど。
自分を先輩だと思い込んでるから、真上から来たのか。
余裕ぶっているところを見ると、それなりに強いんだろうか?
「あんたのプランを聞かせてくれないか?」
「聞かせてくださいお願いします、だろうが」
こいつ、ブラック企業の上司属性も兼ね備えているようだな。
属性盛り盛りだ。
「いちいちうるせーなカピバラ。不満があるなら帰れよ。自力でなんとかするから」
「お前が決めんな。下っ端に決定権とかねーから。あと敬語使え」
「靴ヒモほどけてるぞ」
「は?」
下を見た。
もちろん殴らない。
「ほどけてねーだろーがよッ!」
田中は怒鳴りながら、手に銃を召喚した。
なんかスコープのついた現代的な銃だ。
俺のはクッソ古い銃なのに……。
こちらも慌てて銃を召喚したが、遅かった。
銃を構えるより先に、耳をつんざくような発砲音が響き渡った。
そして激痛……は、ない。
外した?
この距離で?
彼は目を丸くしていた。
その隙に、俺もトリガーを引いた。
細かい狙いをつけている余裕はなかったから、腹へ向けて発砲した。この至近距離なら外さないだろう。そう。外れなかった。その代わり……当たりもしなかった。
通り抜けた?
女がさめた目でつぶやいた。
「あのさぁ、二人ともバカなの? その武器、ブレスレットつけてる人間には当たらないんだけど。なに? 知らなかったの?」
知らなかった。
いちおうその程度のセーフティは備わっているということか。
男は急にぷるぷると震えはじめた。
この世の終わりみたいな顔で。
「え、待って。え、待って。冗談じゃん。知ってるって。撃っても当たらないんでしょ? 知ってますから。ただちょっと……教育上の……必要っていうか……」
それは釈明のつもりだろうか。
「教育?」
俺は歩を進め、距離を詰めた。
「あ、いや……。でも、そうじゃないっすか? ね? こっちはいちおう先輩なんだし、後輩を導かなきゃいけない立場なんで。そしたら責任も生じるわけでしょ? 協力してくださいよぉ」
ずいぶんと態度が弱気になった。
銃で脅せば他人をコントロールできると思っていたのか?
「まあ武器が通じないなら、あとは素手でやるしかないな」
「いやいや待ってよ。待ってくださいって。怒ったなら撤回しますから。ね? 僕も立場上、仕方なくやったことだし。逆の立場だったら、そっちが同じことしてたんですよ? ノーカンですって」
「すまん」
ショートフックを叩き込むと、田中は少しふらついてから、斜めに倒れた。
「あがっ……いったぁ……」
「なるほど、素手なら当たるようだな。勉強になったよ。ご協力ありがとう」
「ふぐっ……なんでっ……ふぐぅっ……」
泣いてしまった。
情緒が不安定過ぎる。
女は相変わらずさめた目をしていた。
「あのさぁ。そういうのやめてくんない? なんなの? そうやってすぐ上下を決めようとするじゃん。自分が上じゃないと不安なワケ? サルかよ。あたし、そういうの嫌いなんだけど」
「俺も嫌いだけど、こいつがうるさいから」
「まあ今のは完全にこいつが悪いけどさぁ。殴るのは違うじゃん」
無条件に反論してくるかと思いきや、そんなこともなかった。
俺はなんとか言葉を選び、こう尋ねた。
「二人は……仲間だったんじゃないの?」
「仲間? 違うけど。ついさっき会ったばっかだし」
なら特に深い理由もなく、コマに呼び出されたというわけか。
男のほうは無償労働などしないタイプに見えるが、なぜこの仕事をしているのだろう。誰かに弱みでも握られているのか?
「まあ、殴ったのは悪かったよ。反省する。ただ、人に銃を向けるのは、さすがに度が過ぎると思うぜ。人様に銃口を向けるなって、両親に教わらなかったのか?」
「……」
誰からも返事ナシ。
完全に滑ったようだ。
余計な一言を付け加えるべきじゃなかったな。
とにかく、二発の銃声は、集落にも伝わったことだろう。
竹林の奥にいる主にも。
今後の展開に悪影響を与えなければいいが。
「ほら、行こう。時間のムダなんだろ?」
そう呼びかけるも、男は完全にやる気を失っていた。首をふるふるするだけで、起き上がろうともしない。さっきまであんなに威勢がよかったのに。銃で万能感を得るタイプか? 俺も同じようにならないよう、気を付けないとな。
女が溜め息まじりに言った。
「なんかダメっぽい。もうこいつ置いて行こうよ」
「異議なし」
すると男は「待って」と立ち上がった。いや、立ち上がりかけてまたへたり込んだ。アゴにクリーンヒットしたから、脳震盪でも起こしたのかもしれない。
べつに俺が強いわけじゃない。心得がないとは言わないが。道場に行くと、むしろ自分の弱さを叩き込まれる。俺が一方的にまくれるのは、なにもやってない相手だけ。そしてこいつはやってなかった。それだけだ。
*
俺たちは、田中を置き去りにして集落に入った。
村人の死体はそこらに転がっていた。例の動画配信者たちも一緒に。
この世界の役者は、用済みになったら簡単に殺されてしまう。いくら実在しない人物とはいえ、人命軽視も甚だしいと言わざるを得ない。前時代的。じつに嘆かわしい。
ナタを手にした老婆が、溜め息とともに近づいてきた。
「こうなると思ってたんだ。よそ者が来ると、いつも厄介事が起こる」
ナタに血はついていないから、この老婆は犯人ではあるまい。
「なにが起きたんですか?」
A子に服を引っ張られながらも、俺はなんとか尋ねた。
老婆は限界まで顔面をしかめた。
「しらじらしいね。祟り神だよ。一度目を覚ましたら、全員殺すまで止まらない。もし止められるとすれば……失われた歌だけさ」
「歌?」
急に新要素をぶっ込みやがる。
いや、もはや驚くほうがおかしいのかもしれない。
ここは夢の中なんだから、どんなことでも起こりうるのだ。コマが術で拘束をかけてはいるが、それとて認知的な整合性をとるものでしかない。
「がぁっ!」
体長3メートルはあろうかという筋骨隆々の鬼が、民家の屋根へよじ登った。
デカい。
もうほとんどクマだ。
さすがにあれとは戦えない。
おそらくだが、俺の銃では倒せないだろう。
銃と言ってもいろいろあるが。マウザーみたいな口径の小さな銃では、足止めにならないのだ。なんなら人間が相手でも止められないケースがある。いわゆるストッピングパワーが弱い。
なんにせよ、あの鬼は主ではなさそうだ。
え、じゃあこの老婆が?
試しに護符を貼ってみるか?
しかし主でない人物に護符を貼ると、夢そのものが崩壊してしまう。作戦は失敗に終わり、寿命も少し減らされる。思いつきで行動してはならない。
そもそも、ダウジングロッドの示した方向は、老婆のいた方向ではなかった。
きっと主は、まだ竹林にいる。
いったいなにをしているのだろうか?
主はうっすら結末を知っているはずだから……。まさか、安全地帯に隠れて、自分だけ生き延びるつもりだったのか?
そいつの夢なのに、本人が出てこないでどうするんだよ……。
さすがに引くぞ。
(続く)




