一曲目
「違う違う!そこはもっと伸びやかに!感情が乗ってない!!!」
「はい!」
「何度言ったら分かるの!!そこはもっと深い音を出すの!!」
教室に響き渡る教師の声。
ピアノを挟んで向かいに立っていた私は、同じフレーズを何度も繰り返し歌っていた。
もう一度、と、教師から声が飛ぶのと同時に、終了のチャイムが鳴り響く。
「今日はここまで。次回も同じところから。出来るようになるまで次には進みません。以上」
「ありがとうございました」
教師に対して礼をし、楽譜と譜面台を片付ける。教室の扉が閉まる音とともに、深いため息をついた。
私の名前は佐々木みさと。高校1年生。
私立森野音楽学院、声楽科に通っている。
将来はオペラ歌手になるのが夢。
でも現実はそんなに甘くないと言うことを、この学校に来てから嫌という程思い知っている。
怒られた気持ちをひきづったまま、学校の廊下をとぼとぼ歩いていた。
「はぁ...また怒られた....私、向いてないのかなぁ...」
「みーさと!」
背中越しに声をかけられる。
「ゆみ!」
声の主は学科違いの親友だった。
「不幸なオーラ漂ってたで?どないしたん?」
「また先生に怒られて」
「みさとの担当長野やっけ?あの先生キツいよなー」
「課題曲終わる気がしない...」
松原ゆみ。関西出身の彼女は、この学校でレッスンを受けるために上京してきたアクティブな少女だ。
いつもならこの明るさに助けられるのだが、今日はどうも調子が上がらなかった。
「大丈夫やって!キツいけどあの先生に教えてもろた人みんな卒業公演でソロ貰っとるやん?うまなるってことやって!」
「だといいけど...」
中々前向きな気持ちになれないのは、学校に入学してから半年、1度も褒められたことがなかったからかもしれない。
「ほらほら、気を取り直して次の授業やでー!」
「うん」
曖昧な笑顔で返事を返し、教室へと足を進めた。
子供の頃から母の影響でミュージカルやオペラが好きだった。
流行りの音楽も聴くけど、物語を歌で表現する声の凄さが好きで、舞台も沢山見た。
私も歌いたいと思ったきっかけは単純。中学の時先生に歌声を褒められたから。それが嬉しくて高校は声楽科のあるところを選んだ。
でも...
(次の課題曲なにー?)
(ピアノ?3歳からだよ)
(お父さんが指揮者でね)
(幼稚園の時から先生つけてたんだ)
周りは子供のころから本格的に習い事をしていた。
私は、1人置いていかれてる様な気がしていた。