132、刹那主義者
「うるせぇ……うるせぇんだよ!」
しかし、それでも尚真実を否定する者は少なからず現れるもので。
現実を否定するように、過去も否定しては未来に望みをかけるように一歩ずつ。
確かな感触を僅かな拠り所にして、止まる事を拒否するように踏み出してくる。
「やめなさい。それはあなた自身を否定する事に他なりません」
聖女さんは至って冷静に。
熱く燃え上がる男とは根本的に違う温もりをその身に携えて。
まだ引き返すことができると、一触即発の状況でありながらも相手のその後を案じては言葉を続ける。
「あなたが私に剣を振り下ろせばそこまでです。そうならなければあなたにもまだ他の道が。引き返すのではない進むべき道が必ずある筈です」
「るっせぇ……うるせぇんだよ……一々上から目線で……俺はもう止まらねぇ……みじめに自分の道を曲げて生きて行くぐらいならここで死んだほうがましなんだよッ!」
男の決意は変わらない。
一瞬の予備動作もなしに踏み込む。
遅れて床がひび割れ、その形跡を残すと共に。
訪れてはならない瞬間の到来を音と言う形で周囲へと響き渡らせる。
スイッチ――。
「リンさん――!?」
受け止めようとした聖女さんから逸れるのは軌道。
振り下ろされたのは自身の遥か前方だが向けられた切っ先は確かにこちらを指している。
「……お前……」
明らかな敵意。
いやそれを超えて最早殺意と呼んでも差し支えないほどの人の意識がその者からもたらされている。
「何故……」
聖女さんは男を前に余裕なのか。
こちらを振り返っては複雑な心境を有り体に表す。
「何のことですか?」
「テメェッ!」
その一言はこちらとしては何も手出ししていないというあくまでも男自身の意思でそうしたことを強調するものではあったものの。
同時に相手をこちらへと差し向ける重要な一手でもあった。
「――っと」
振り下ろされた剣を半身になることで躱しては、間髪いれず横薙ぎにこちらへと迫るその剣筋を身に掠めながら後方へと距離を取ることで致命傷を避ける。
それにしてもろくな抵抗も無いまま、これほど見事なまでに釣れてしまうと逆に男自身もそうなることを望んではいなかったのではないかと思ってしまう程だ。
でないなら、単純に最初から男の意識は聖女さんではなくその先のこちらへと向いていたかのどちらかであろう。
「ん?」
距離を取ったまま射程距離へと詰めさせず、その場を広く使っていると足元から生えて来た植物の蔓に両足と片手の自由を奪われる。
目の前の男からそのような機微を感じ得なかったため、恐らく周囲の者たちから入った助力であろうが。
下手にもがくよりも今は、既に迫り来る奇妙な色へと変色した刃からどう逃れるか、どう対処するかを考えなければ数秒後には体が二つにお別れしていることだけは確実であり。
取れる選択肢は多くないものの。
避けるか、受けるか、それとも今更攻めたところで精々が相打ち狙いの偶然生き残ってしまうという不確定要素に身を任せるかのどれかといったところだが。
こちらへと寄る気配を見せた聖女さんを手で制しつつ。
選び取った行動に自身の体を遅ればせながらもなぞらせていく。
「――!」
縦ではなく、横一文字に必殺であろう首元へと走った黒い軌跡。
いつぞやのエルフに絡んでいた男を思い出すようで、全く動きを捉えられなかったその者とは格の違いというものが自身でも分かってしまう程に大きすぎる。
「………………」
スコップは使い物にならなくなったものの。
同時に男の手からは握られていた筈の刃が存在を無くし、ともすれば空を高く天井付近にまで舞っている。
「っと」
蔓を力任せに引きちぎっては柄だけになってしまったスコップと床へと転がる先端を拾い上げては背中へと仕舞い込む。
「流石ですね」
遅れて床へと落下した男の剣を拾い上げては聖女さんがこちらへと落ち着いた雰囲気で歩み寄ってくる。
「前線の更に奥深く、魔族の領域から私を救い出したリンさんです。貴方もそれなりに腕は立つようですが……ここまでです」
聖女さんはこちらへと何故か拾い上げた剣を差し出してくる。
「……英断を」
どうやらその言葉からしても態度からしても。
見て取れる限りの部分から察するに、何かしらの決着をつけるように言っているらしい。
無言で受け取っては呆然と立ち尽くす男へと切っ先をこちら側へ。
柄の部分を手元に差し向けてはそれとなく掴むよう促す。
「……どういうつもりだ」
男はこちらを睨んでは悪意をむき出しにしてくる。
ただ、そこからは戦意と言うものは最早感じられず。
どこか、最後のその瞬間まで自分らしくあろうとする一種の生き様というものが垣間見えた。
「何とかと鋏は使いようだ」
「何が言いたい」
「危うく首と胴体がさよならするところだった」
「してねぇだろ」
「あぁ、してないな」
「……殺せ」
男は確たる意思を持って視線を逸らすことなく、それでも何か、どこかしら諦めたようにそう呟く。
「うーん……」
どうしたものか。
相手にその意思がないのであれば返したところで結末は遅かれ早かれ見えている。
だがその先にまでこちらが責任を持たなければならないかと言えばそうでもない。
聖女さんが居る手前、下手な真似は彼女を悲しませる結果になってしまうようで憚られるが。
それでも相手を前にしているのは自分自身で、決断と言うものはどうあっても下さなければならないと言え――。
「リンさん」
悩むこちらを前にして。
助け舟を出すように声をかけてくれたのはやはり他ならぬ聖女さんだった。




