105、パフェにケーキに大福
「サラス、考えろ」
光る水晶玉を放り投げ、エルヴィを片手にスコップを背中から抜き放つ。
「ちょっ! えっ!?」
現状サラスの困惑に付き合っていられるほどの猶予は残されていない。
「マリア」
その名を短く言葉にしては。
ただ自身のこれからに対しての理解を得るためではなく、納得するための過程としてその先へと手をかける。
「殺しをする」
「はい」
マリアは明確な二文字ではっきりと、その耳で聞き届けたことをしっかりとした口調でもってこちらに示してくれる。
「目を――」
「必要ありません」
「そうか」
そこからはそれ以上こちらに口を開かせる気はないという、マリアからの絶対的な意思が感じられた。
「エルヴィを頼む」
「はい」
マリアは即答という形でこちらに応えてくれる。
そこにあるのは一体何か。
考えなくともマリアは常日頃から言葉にしてくれていた。
「ありがとう」
信頼も信用も。
その全てに応じる義務がある。
自身が今返せるのは小さな感謝の言葉だけ。
後は行動で示せばいい。
エルヴィをその場に。
周囲へと感覚を巡らせていく。
数は、戦力は、体力は。
推し量る。
どう攻め、どう守り、どう切り抜けるか。
構築していく。
考えるのではなく、雲を掴むように手探りで。
あくまでもそれ以上はサラスたちに任せればいい。
きっと何とかしてくれる。
それまでは何としてでも時間を稼ぐ。
いや――更地にしてやる。
「レーシアッ!?」
サラスの言葉と同時に、下卑た笑いを浮かべるその者たちはこちらへと進撃を開始した。
「――もう一度テレポートは使用可能ですか?」
光る水晶は模索するように、それでいて現状を整理するように平静を装ってはいるものの、それでも尚隠しきれていない焦りが若干の早口となって声に表れている。
「……アイギスっ?」
その言葉を向けられているとも思っていないのか。
渦中である筈のその少女、もとい女性はただ血と肉片が辺りに撒き散らされる様子をぼんやりと眺めている。
「アイギスさん」
「ちょっとっ、アイギスってばっ」
可愛らしい声にも若干の圧が帯びる。
それも仕方の無い事だ。
しかし――。
「やめなさい。今言い争っても仕方ないわ」
「で、でもっ」
サラスは普段からしてみれば考えられないほどに落ち着いていた。
それは事態の解決を託されたということも一つの要因だが――年長者であるという事実と、守らなければならないという責任感から来る――言わば義務とも呼べるものが焦りや動揺といった負の感情を上回っていたからだ。
「アイギスはアイギスよ。テレポートは使えない。いいわね?」
「う……うん」
ジーナは渋々というよりも、その事実を前に、そうであったことを思い出したのか。
しばし落ち着きを取り戻すように努めては頷きを返す。
「レーシア?」
「は、はい」
「とりあえずリンも長くはもたないだろうし、撤退するにしても方向も何もわかったもんじゃないわ」
「現在位置を推測するに、境界線からはそう遠くありません。ただ、それは何もなければというだけで単純に後退するというのであればどれほどの危険と時間がかかるかは予測もつきません」
「目的の簡略化が先決かと」
「そうね。撤退よ。命が一番大事だもの」
「そのための方法に何か心当たりはありますか。レーシアさん」
「……撤退、後退、まず厳しいです。その付近には――」
「一番マシな手を教えてくれればあとはこっちで何とかするわ。主にリンが」
「……では、前進してください。その先に竜の巣がある筈です」
「筈?」
「確認はしていますが、それが今もあるかどうかは……」
「却下ね。筈に私とリンはともかく、この子らの命までかけられないわ」
「ぼ、ぼくはっ――」
「ジーナさん」
今優先すべきは感情ではないと、少しでも話を先に進めるべくマリアが割って入っては押しとどめる。
「他はないの?」
「完全に後退するのではなく、後退した先での潜伏。救助を待つのはどうでしょうか」
「潜伏っていうぐらいだから出来るのね?」
「森と言う土地柄、相手に有利であることは否めませんが。それでも上手くいく可能性はあります」
「森……私も役に立てそうね」
「決まりですか」
「決まりよ」
「では――」
「まだよ」
サラスはそれだけでは行動に移すには時期尚早と、冷静な思考回路に経験則を織り交ぜては今後の大局を見据える。
「流石にあいつの荷が重すぎるわ」
「私が支援に回ります」
「相手の戦力も分からないままに突出すれば、アンタだってどうなるか分からないわよ?」
「覚悟の上です」
「ダメよ」
「ですが――」
「ダメよ。いい? 私は今回あいつに任されたの。私の言う事は絶対。いいわね?」
「……」
「納得できていないようだけど。まずはアンタが、というより私達があいつにとっての何なのかってことを考えた方が良いわ」
「……」
「ジーナは分かるでしょ?」
「ぼくはあんまりその言い方好きじゃないけど……」
「回復ですか」
「そうよ。あいつは私たちの盾で、私たちはあいつの回復なの。つまるところ私たちが戦う必要なんてないのよ」
「それは便宜上そうなっているというだけで。何もそうしなければならないということではないと思いますが」
「でも事実よ」
「……話を進めましょう」
マリアはこれ以上言い争っている場合ではないとして、合理的にものを考えては時間の浪費は避けるべきだと切り上げる。
「レーシア?」
「はい」
「何か案は?」
「……サラスさんも意外とリンさんに……」
「似てるって言いたいの? 残念だけど私のは信頼でも何でもないただの丸投げよ?」
「善処します」
「それでいいと思うわ」
「皆さん、身分証はまだお持ちですか?」
レーシアはそこで全員へと焦点を向ける。
「カードのことかしら?」
「はい」
「穴開いてるわよ?」
「はい」
その声からはそれでも問題ないことが伝わってくる。
「私はまだもってるけど」
サラスは荷物を開けては詰まった衣服の間から。
「私もあります」
マリアも同様に荷物の中から。
「ぼくもあるよっ?」
ジーナは身に着けた衣服の内側から。
二枚のカードを取り出す。
「……何でアンタはあいつのまで持ってるのよ」
「リンさんはご存じで?」
「んーっ、まっ、それよりも今はすることがあるんじゃないかなっ?」
ジーナは無邪気にニコッと笑みを浮かべる。
「リンさんの所持品については後でゆっくりとお話をしましょう」
「私は別にいいけどね。それよりレーシア?」
「はい。スキルの欄に増えているもので有用なものがあれば活用するべきかと」
「え?」
「増えてますね」
「あっ、今増えたよっ?」
「え?」
「組合での受付や身分証としての役割を失っただけで、その効力は未だ健在です」
「あぁ、そうなの……?」
サラスはよくわかっていない様子。
アイギスを除き、他の二人はどうかと言えば。
「成程」
「えーっと、戦場の花嫁……? リンを対象にけっていっ」
その瞬間、場に似つかわしくない美しい鐘の音が周囲へと鳴り響く。
「次は、えーっと、んんっ……恋慕っ? これもリンにけってーいっ!」
「私は……残念ながら。あまり役には立てそうにありませんね」
「ふふーんっ」
「ちょっ? えっ?」
サラスは未だ状況を飲み込めていない様子。
それを水晶越しに感じ取ったのか。
レーシアがあえて言葉にしなかった部分を口にしていく。
「察するに。リンさんが戦闘中であるという事はお仲間であるサラスさんにも同様の恩恵がもたらされているということです。さぁ、お早目に避難を」
「え、えぇ……」
事態の急速な進展に対して。
理解に苦しみながらも最終的にはそういうものなのだと自身を納得させる。
それからカードへと目線を落としては。
新たに扱えるようになった、そのスキルの名称と説明を素早く頭に叩き込んでいく。
障壁……中治癒……治療……。
「よしっ、いくわよっ!」
あえて声に出すことで、その者へと話がまとまったことを知らせる。
「五秒後に走れ。合わせる」
相当な運動量であろうに。
息切れ一つしていないその者からの返答。
何とも味気ないものだが、そこに今更思うところはない。
「ジーナ、マリア?」
「うんっ」
「問題ありません」
「っと、アイギスは私ね」
言いながらアイギスへと手を伸ばす。
「リン?」
そうして腕を掴んだところで。
それまで沈黙を保ち続けていたアイギスからその者の名が呼ばれる。
「ちょっとっ、もういくわよっ?」
体感だが五秒は既に経過しているであろう。
それでもどうにか腕を引っ張ったところでびくともしないのだから、まるで地下深くまで根を張った巨木でも相手にしているかのようだ。
「助けてあげて?」
その体のどこにこれほどまでの力が眠っていたのか、いつもと違うアイギスを前に自然とその手足は止まる。
「危険です」
マリアはあくまでも反対ではなく、指摘するようにその声を上げる。
そして誰もが最初はマリア自身が抱えるエルヴィという少女を指し示してアイギスは声を上げたと思っただろう。
しかし、不思議と理解出来てしまったのだから仕方がない。
「サラス、撤退だったか?」
その者は既に自身の中で確定されているのであろう事柄を前にして聞き返す。
「あーもうっ! 死んだら、死んだら、もうっ! あーっ! ホントにっ! アンタは手がかかるんだからっ!」
どうすることも出来ない思いのたけを吐き出すように。
それで全てを済ませるように。
顔を見合わせてはジーナもマリアも気が付くと三人で笑っていたのだからそれはもうホントにどうしようもなくバカなんだろうなと思う。




