104、海老と鯛
「閣下――」
男は目の前の者をそう呼ぶ。
実際にはただの一司令官に過ぎず、椅子にてふんぞり返っているだけの存在だ。
「何だ」
司令官はぞんざいな声を男へと向ける。
それを気にする事も無く。
淡々と事実だけを述べられるようになったのはここに長いこと留まりすぎた所為であろう。
「戦線が、押し上げられています」
「何……?」
司令官は男の報告に眉を吊り上げる。
別段驚くようなことでもないだろうと、思った所で言葉にしなくなったのは順応と言う名の成長と言えなくもない。
「こちらを」
司令官の前に据え置かれた。
持ち運ぶにはいささか難があるような大きさの水晶。
そこに手をかざしては何事かを唱える男。
浮かび上がる光景。
倍率の調整。
そうして男の良く知る場所でありながら、進行形であるが故に刻一刻と変わり続けるその状況と事の全容を、今というこれ以上ない証拠を以って提示する。
「これは……」
それは付き合いの長い男であるからこそ分かるもので。
口にこそしないが、それは司令官なりの疑問の呈し方なのだ。
ただそれが役職上から来る自負ゆえに素直に説明を求められないのか、それとも単純に見くびられたくないという陳腐な理由からなのか。
慣れ親しんだ男以外は何とももどかしい思いをしていることであろう。
「報告によりますと、テレポートで突然現れたとのことです」
「そうか。それで?」
司令官はテレポートなのだから突然なのは当たり前だろうがと思った所で口にはしない。
こと今回に限って言えば、偶然にも事の重大さに気付けたためだ。
「この者の手にご注目ください」
男は水晶のとある位置を拡大しては指し示す。
その先でプラプラと両手足を揺らすのは、一度会ったが最後。
忘れたくても二度と忘れないであろうある男の部下。
司令官はもしかしてという可能性を捨てては短く唸る。
「どうされますか?」
男は簡素なまでにそう言われればそうすると問いかける。
司令官からすれば急かされているようで苦い顔をしたくもなるというものだが、この男が昔からそうであると知っているからこそそれ以上は何も言わない。
「回収しろ」
司令官はそれ以外にないであろうとも告げる。
ただ、当たり前のように事細かな説明やその手法については一切口出ししない。
「分かりました」
男もそこを聞き返したりはしない。
「他は好きにしろ」
司令官は思い出したように補足する。
「分かりました」
これにも男はただ仰せのままにと返すのみ。
司令官はニヤリと笑う。
いつも通りの男に対して。
男は笑い返す。
既に対策を講じているとも知らない司令官に対して――。




