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第二章(15)

 

 エリスは、

「ふははははっ! よくぞここまで来たな、勇者ども!」

 木の棒を片手にさげて、まるで悪役のように芝居がかった口調で高笑っていた。

「この悪魔王の力、知らぬわけではあるまい!」

 彼女と向かい合うように、同じく木の棒を剣のように構えた子供が五人ほど並んでいる。

「さぁ、どいつから我が必殺のオーバーフレアの餌食になりたいのだ!?」

「なんか違うよ」

 すかさず子供たちからツッコミが入った。

「うっせぇバーカ。細かいこと気にしてると泥棒の始まりなんだぞ」

 と、どちらが子供なのかわからないような言い返しかたをするエリス。

「それもなんか違う気がする」

 が、最終的に折れたのは子供たちだった。顔を見合わせてやれやれしょうがないなと肩をすくめ、ごっこ遊びを再開させる。

 そんな時だった。

「エッ、リーーース!」

 通りに面した空き地に、息せき切らせたパルヴィーが駆け込んできたのは。

「エリーース!」

「おお、ちょうどいいところに来たな、我が片腕よ」

 しかし彼女の慌てた様子など意に介さず、エリスはそんなことを言い出した。予想外の展開に子供たちが「なにっ!?」と驚く。

「勇者どもよ、私と戦う前に、まずはアイツを倒すがいい!」

 エリスはビシリ! っと人差し指を突き出した。指の先にいるのは言うまでもなく、肩で息をするパルヴィー・ジルヴィアである。

 「おーっ!」と盛り上がりながら、子供たちは一斉に彼女へと突撃した。

 そして周りを取り囲んで、棒でポカポカと袋叩きにし始める。パルヴィーはまるでいじめられっ子のように、しゃがみ込んで頭を抱えた。

「いやぁーっ、痛い痛い痛いっ、やられたぁ……って遊んでる場合じゃなくて!」

 見事なノリツッコミを一応披露してから、子供たちを払いのけるように立ち上がる。そして自分が今々やってきた方向を指差し、真剣な表情でエリスに訴えかけた。

「『モンスター』がっ!」

 腕を組んでニヤニヤしていたエリスの顔にも、さすがに緊張感が走る。

 

 

 アリーシェとリフィクは、オープンテラスのカフェでコーヒー片手に談笑していた。

 どちらも、各地を旅してきた身の上だ。なにかと話も合うのだろうか。

 歩き回って町の住人たちにそれとなく話を聞くも、目当ての情報はあまり手に入らなかった。

 『モンスター』の少ない地域なのかとアリーシェは推測したが、断定はしなかった。もとより情報収集などしらみ潰しに行なって初めて成果の出てくるものだ。早計はよくない。

 ひと息だけつこうと入ったカフェでよもやま話に花が咲いてしまったのは、アリーシェとしても苦笑するしかなかった。少々サボってしまったなと。

 そしてコーヒーを一杯飲み終わろうかという頃である。

 ふたりは、町の異変に気が付いた。

「……騒がしいわね」

 どこからか喧騒が聞こえ出す。通りを走る人間が目立ち始め、それらが徐々に拡大していった。

 ただごと、ではないだろう。

「もしかしてさっきの大きな音が、なにか……事故とか……」

 不安げに眉をひそめるリフィク。対照的に、アリーシェは物々しい表情を浮かび上がらせた。

「その程度で済めば御の字だけど」

 彼女は、確信に近いものを感じていた。

 逃げ惑うように道を走る人々。その必死とも取れる様子には、見覚えがあった。

 まるで命の危機……根源的な恐怖に震えているような、そんな逃げ方だ。

 よく知っている。そんな恐怖を拭い去ってやりたいと思って、今日まで戦ってきたのだから。

「……行きましょう」

 アリーシェは、深刻な表情のまま席を立った。

 

 

 子供たちに家へ帰るよう言いつけてから、エリスとパルヴィーは現場に急いだ。

 視界の至るところで、住人らがクモの子を散らすように家の中へと駆け込んでいる。

 かなり波紋が広がっているようだ。急激な勢いで。

 そんな目に見えてひとけのなくなっていく町並みの中で、見慣れたふたりの姿を発見した。

「アリーシェ様ぁっ!」

 なかば抱きつくように、パルヴィーが彼女へと走り寄る。

「なにがあったの?」

 アリーシェはその様子からただならぬ雰囲気を感じ取り、落ち着かせるように説明を求めた。

「町の中でいきなり『モンスター』が現れて……今レクトくんがひとりで戦ってるんです!」

「なんですって……!?」

 それを聞き、アリーシェとリフィクはそろって息を呑んだ。恐らく『モンスター』のほうではなく、レクトのほうにであろう。

「おいっ、早くしろっ!」

 そんな三人をエリスがせかした。今は話をしている時間も惜しい、と言わんばかりに。

「そうね。場所は?」

「こっちです!」

 唯一現場の位置を知っているパルヴィーが再び急いで走り出し、他の三人がそれに続いた。

 やがて大通りに到達した頃には、すっかり住人の姿は見えなくなっていた。昼間だというのに、まるで深夜のように静まり返っている。

「無事だった!」

 通りのはるか先に見えたレクトの姿に、パルヴィーはほっと胸をなで下ろした。他の者も同じく。

 彼はラドニスと共に、例の『モンスター』を剣で攻め立てている。遠くからではよくわからないが、危機に瀕しているというわけではないようだった。逆に押しているようにも見える。

「……あれは……!?」

 その『モンスター』を視認した途端、アリーシェが愕然としたように声をもらした。冷静沈着な彼女らしからぬ、ひどく動揺した声である。

「まさか、『灰のトュループ』……!?」

 奴の名前だろうか。それを耳にし、リフィクとパルヴィーが「えぇっ!?」と反応を示した。

 エリスは、自分だけがわけのわかってない状況に軽く口を尖らせる。

「なんだよ。知り合いか?」

「……己の衝動のままに、なんの見境もなく破壊を繰り返す異端の『モンスター』にして、悪の権化。それがトュループよ」

 少し落ち着きを取り戻した口調でアリーシェが説明する。エリスは、ただの『モンスター』とは違う、ということを感じ取った。

「できることなら戦いたくはなかったけど、こんな町中で出くわしてしまったのなら……そうも言っていられないわ」

 彼女の声から迷いが消えていく。瞬時に覚悟を決めたのだろう。この辺りは、やはり年の巧である。

「それよりあなた、どうやって戦うつもりなの?」

 腹をくくって心の余裕が生まれたのか、アリーシェはエリスの体へと視線を向けた。

 アリーシェとパルヴィーは、鎧こそつけていないが習慣として武器を携帯している。それに引き替えエリスは、まったくの丸腰なのだ。

「……そういえばっ!」

 手ぶらだった。ということに、言われて初めて気が付くエリス。

 この思慮の浅さはどうにかならないものだろうか。 

 

 なぜレクト・レイドが弓矢を愛用しているかというと、それは単純にどの武器よりも得意だからである。

 一意専心を信条としているレクトは、ひたすら弓の鍛錬だけを重ねてきた。故に剣での戦い方など粗末のものだった。

 しかしそれでも、彼は戦う姿勢を取り続けている。

 不慣れでもいい。無様でもいい。ただ、目の前にある害悪を放っておくわけにはいかないのだ。

「レイド!」

 ラドニスが、レクトの名を叫ぶ。

 彼の斬撃を後退して避けたトュループが、挟撃する形に位置取っていたレクトの攻撃範囲へと飛び込んだからだ。

「はぁぁっ!」

 レクトは気合いと共に踏み込み、奴の背中めがけて剣を振り下ろす。

 しかしトュループは羽ばたいて、上方へと軌道を変えた。レクトは空振り、勢いあまってつんのめる。

 その背後に着地したトュループが、彼の背中を蹴り飛ばした。

 地面に打ちつけられるレクト。彼を守るように、ラドニスが両者のあいだへ走り込む。

 その時。突然トュループが、後方へと素早く下がった。

 なんのつもりかとラドニスが訝しんだ、次の瞬間。

 今々まで奴の立っていた地面が、巨大な刃のように隆起した。

 

「……ロックブレイド」

 アリーシェが遠距離から放った『魔術』は、しかしあっさりとかわされてしまった。

 だが牽制と考えるなら充分だろう。トュループとの間合いが離れているあいだに、戦闘態勢を作り上げてく。

 アリーシェとラドニスは一瞬だけアイコンタクトを交わして、すぐに敵へと向き直る。

 蹴り倒されたレクトが起き上がる頃には、エリスとパルヴィーが最前線へとたどりついていた。

「エリス!」

 諸々の状況を素早く把握したレクトは、即座に持っていた剣を丸腰のエリスに手渡す。

「おうっ!」

「大丈夫だった?」

 駆け寄るパルヴィーの気遣いに、

「ラドニスさんのおかげで、なんとか」

 と答えて、レクトはひとまず前線から退いた。

「みんなを連れてきてくれて、ありがとう」と律儀にも付け加えて。

 

「ずいぶんと増えたね。仲間かな? 君たちも僕と戦うつもり?」

 増援として現れた彼女らに、トュループは好奇的な笑みをかたむけた。

 ただそれは人間の認識による『笑み』であるため、実際に笑っているのかどうかは定かではないが。

「そうだとしたら、君たちはバカだよ。もしかして僕のことを知らないのかな?」

 愚かしい者を失笑するように、投げかける。その口調からは、まるで自分のことを神とでも思っているような不遜な自信と余裕が感じ取れた。

「んんんーなもん知ったことかっ! てめぇこそあたしのこと知ってんのかよ!?」

 しかしその手の不遜っぷりならエリスも負けてはいない。むしろ彼女の領分であろう。

 エリスは三角の陣形の頂点に立ち、新しい剣を片手にぶら下げている。その両翼にラドニスとパルヴィーが構え、少し後方にリフィク。そのさらに後方にアリーシェと後退したレクトが控えていた。

「全然」

 トュループは見下した笑みを含ませたまま答える。

「モグリめっ! じゃあ覚えとけ!」

 エリスの物言いに、リフィクは寿命のちぢむ思いを味わっていた。『灰のトュループ』の悪名は各地に轟いている。わざわざそんな相手にそんな口を叩かなくてもいいだろうに、と。火に油を注ぐだけである。

 まぁ、今に始まったことでもないのだが。

「あたしはエリス・エーツェル! 朝でもエリス! 夜でもエリス! 風が吹こうが雨が降ろうが不変不動のエリス・エーツェルだっ!」

「……当たり前じゃん」

 豪快に言い切った彼女の名乗りを聞き、パルヴィーがぼそりと呟いた。

 次からは正しく、普通のことをさも凄いことのように豪語するエリス・エーツェル、とでも言ってもらいたいものである。

「だが呼ぶ時は『炎のエリス』と呼べ!」

「それパクってない!?」

 『灰のトュループ』に対抗して作った呼び名なのは、はなはだ明白だ。内心「うらやましい」と思っていたのだろうか。

 ふたつ名を自分で言い出していれば世話がない。

「興味ないよ」

 トュループはささやいて、悠然と進み出す。

「どうせ君も、ここで破壊されるんだから」

「そんでもって、こいつが」

 奴の言葉などまるで聞かずに、エリスも駆け出した。正面切って攻めかかる。

 振りかぶった剣から、炎の渦が湧き上がった。

「あたしのオーバーフレアだ!」

 それが戦闘再開ののろしとなる。彼女に呼応するように、他の皆も動き始めた。

 エリスの初撃は、すんでのところで回り込むようにかわされてしまう。

「スラッシュショットっ!」

 回避した直後の背中へ、パルヴィーがショートソードから衝撃波を撃ち飛ばした。

 矢のような速さで飛ぶそれは、しかしトュループの足元を通り過ぎる。飛び上がって避けられたのだ。

「フラッシュジャベリン!」

 滞空中のトュループを、次にリフィクの『魔術』が狙い撃った。無数の光が尾を引いて襲いかかる。

 トュループは触手のようにうねりながら追尾する光条を、地面すれすれを滑空して回避していく。目標を見失った光が地面に着弾し、小さな穴を穿った。

 高速で滑空するトュループの前方へ、ラドニスが走り込む。

 そして絶妙のタイミングで、ロングソードを振り下ろした。

 しかしトュループは、まるで時間を止めたかのように、ピタリと急停止をしてみせる。ラドニスの刃はしたり顔の前を通り過ぎ、あえなく地面を叩いていた。

「ひょいひょいと逃げやがって!」

 そこへすかさず、駆けつけたエリスが躍りかかった。

「その翼からぶった斬ってやる!」

「無理だよ」

 トュループは薄ら笑いを貼り付けたまま、エリスが剣が振るうよりも速く、回し蹴りを叩き込んだ。

「君にはね」

 脇腹を強打されたエリスが、吹き飛ばされるように地面を転がる。

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