第二章(14)
「さっきのお店の人に聞いたんだけど、この先においしいサンドイッチ屋さんがあるんだって」
武具屋から宿へ戻る道すがら。そういえばと思い出すように、パルヴィーが切り出した。
「行ってみない?」
のぞき込むように、並んで歩くレクトの顔を見る。
「そうだね。じゃあ、みんなの用事が済んでから」
レクトはほがらかに、そううなずいた。
「……そうじゃなくてぇ」
いやいや、みんなで行っては意味がないではないか。
意図をやんわり受け流されたパルヴィーは、即座に直接攻撃に切り替えた。
「ふたりで」
「……」
すっと身を寄せられて、レクトは困ったような照れたような面持ちで苦笑った。
武器と防具の修理は、アリーシェの見立て通り明朝には終わるそうだった。運搬用に連れて行った馬一頭は、その武具屋に預けてある。仕事用に馬車馬を飼っているので一頭くらい増えても構わないという厚意に甘えさせてもらったのだ。
さすがにボッキリと折れてしまったエリスの剣は修理するより新しいものを買ったほうが早く安くつくため、レクトは適当なものを見繕っておいた。
普及的な鋼鉄製の両刃剣が、今は彼の片手に収まっている。
「それにしても……この町は、ずいぶんと平和なんだな」
押し切られるような形で歩むレクトが、町並みを眺めながらぽつりとこぼした。
「まるで別世界だ」
自分の村を含め、今まで立ち寄ってきたところは少なからず『モンスター』による恐怖や実被害が見受けられたものだ。しかしここは違う。
人々の様子や町の景観を見ても、あまりそれらしい雰囲気は感じられなかった。
「『モンスター』が少ないのかもね、この辺」
「地域によって差が?」
パルヴィーの相づちに、レクトは興味深げな視線を送る。
「うん、まぁ。……たぶん」
パルヴィーとしては、こういう話よりももっと明るく気軽なお喋りがしたいところなのだが。ただ彼が興味あることならそれでもいいかと思い、話を続けた。
「それか、『取り引き』みたいなものが成立してるのかも」
「取り引き……?」
今の話と結びつけにくい単語にレクトは眉根を寄せた。ふたりは道を曲がり、大きな通りへと出る。
「『モンスター』が人間を襲うのって、わたしたちが動物を狩るのとおんなじ感覚なんだって」
パルヴィーは「アリーシェ様から聞いたことなんだけど」と前置いてから、それに答えた。
「でも、いちいち山に入って探して狩るより、牧場みたいなものを作ったほうが簡単に手に入るでしょ?」
「……まさか」
話の全体像が見えかけて、レクトは顔を険しくする。
「これくらいの町になると、そういうこともあるんだって。近くに住む『モンスター』と町長みたいな人が取り引きするの。町で暴れたりしない代わりに、決められた日が来るたびに人間を何人か差し出すっていう……」
「まるで生け贄じゃないか、それは……!」
レクトは思わず歩く足を止めた。言い表せない憤りが体の内から湧き上がってくる。
それは取り引きなどではなく、脅迫に近いものだということがたやすく想像できた。
似たケースは前にも出くわしたことがある。あれはたしか、ハーニスとリュシールに出会った村だったろうか。
あの村の場合は、ただ普通の食料だけを要求していた。しかしこの話の場合は次元が違う。……人間を。同じ町に住む同胞を差し出せという要求なのだ。
「そんなことを……!」
レクトはキツく拳を握る。
「いやっ、あのぅ……別に、この町がそうだっていう話じゃなくて、そういうパターンもあるよねっていう話で……」
熱気をほとばしらせる彼を、パルヴィーは慌てて落ち着かせようとした。
レクトとしても、それはわかっている。
だがどうにも許せないのだ。そんなことが現実に起こっているということが。それをさせている『モンスター』が。
村人全員が家族のように触れ合っていたレクトの故郷と、こういう大きな町とでは住人同士の意識は違うのかもしれない。しかしそれでも、心を痛めない人間はいないだろう。
犠牲になった人のことを思うと、いたたまれなくなる。
「……」
頭を冷やそうと、レクトは深く息を吐く。
そこでふと周りを見て、あることに気付いた。
立ち止まっているのは自分たちだけではない。
話に没頭していて気付かなかったのか。大通りにいるほとんどの人間が足を止め、なにやら一点を遠巻きに眺めながらざわついていた。
レクトとパルヴィーは、何事かと顔を見合わせる。
その時。
皆の視線が集まっていた建物が、突如爆発を起こした。
轟音と爆風と衝撃波が、ところどころから悲鳴を上げさせる。
吹き飛ぶ建物の木片に紛れて、『イーゼロッテ・サンドイッチ』と書かれたポップな看板が正面の書店に突き刺さった。
恐怖と驚異にかられて、人々が一斉にその場から退避する。
しかしレクトとパルヴィーのふたりだけは、人の波に逆らうように前へ前へと進んでいた。正確には、進むレクトのあとをパルヴィーがついて行っているのだが。
爆発の余波も治まらぬうちに、ふたりは爆心地を視界に収める。
それはなにかの建物だったのだろう。無惨にも両隣を巻き添えにして全壊し、黒い煙をもくもくと吐き出している。
その時、煙の中から人影らしきものが歩み出た。
ふたりは目を見開き、思わず足を止める。
それはしかし、人ではなかった。人間に似た黒い四肢の、鎧のような箇所だけ皮膚が紫色に輝いている。肩甲骨の辺りからコウモリのような翼が生えたその姿は、まるで寓話に登場する悪魔のようだった。
「『モンスター』っ……!?」
パルヴィーが驚きに息を呑む。
恐らく爆発の中心部にいたと思われるその『モンスター』の体には、傷ひとつ、ヤケドひとつすらついていなかった。
まったく無傷の『モンスター』は悠然とした足取りを止め、建物の跡を振り返る。ペロリと舌なめずりをしたその口が、「ごちそうさま」と動いたような気がした。
「……みんなを捜して、連れてきてくれ」
レクトは動揺を抑えて、肩越しにパルヴィーへと指示を送った。
ふたりでは勝てない。だが、このまま奴を野放しにしておくなど到底できない。
レクトは、エリスのためにと買った剣を引き抜いた。
「それまで、俺が引き止める」
「でも……」
と、パルヴィーは戸惑いをうかがわせた。仲間を呼びに行くためとはいえ、彼ひとりを残すのは気が気でない。
無謀だ。相手は『モンスター』。一体だけとはいってもその力は未知数。さすがに、この状況で楽観視はできない。
「いいから行くんだ。迷っていたって状況は好転しないだろう? なら動くしかない。自分の行動で状況を打破するんだ」
レクトは言い聞かせるように、彼女を促した。
「う……うん……」
その言葉に背中を押されるように、パルヴィーは後方に向かって走り出す。
それを確認してから、レクトは剣を両手で握って正面に構えた。
臨戦体勢のレクト。彼の存在に、『モンスター』も気付いたようだった。
「おや」
感情というものがまったく読み取れない、水晶玉のような瞳が彼をとらえる。
「なにかな?」
発せられた言葉は、ひどく軽いものだった。笑い話でも始めるような、真剣さの欠ける声。
「もしかしてその剣で、僕とやり合うつもり?」
だというのに。その瞳に射抜かれた瞬間、レクトの背筋に冷たいものが走った。
えも言われぬ圧迫感が心臓の鼓動を早める。
逃げるべきだ。そんな言葉が脳裏をよぎった。
「だとしたら面白いよ。傑作だね」
しかしレクトは、戦う姿勢を崩さなかった。
無意識下の部分が警鐘を鳴らしているが、それを無理矢理押し殺す。
「……なぜあんなことをした……!? 貴様がやったんだろう……!」
時間を稼ぐ。そのために、レクトは問答を口にした。利くかどうかはわからなかったが。
「なにが目的だ! ……金か? 食料か?」
それを聞いて、『モンスター』はなぜかおかしそうに噴き出した。
甲高い笑い声が、ひとけのなくなった大通りに響き渡る。
「君は人間だね」
ひとしきり笑ったあと、唐突にそう切り出した。
レクトは顔をこわばらせる。他のなにに見えるというのだ。
「そういう、枠にとらわれた考え方が実に人間らしい」
『モンスター』の笑いの種類が、嘲笑へと変化する。
「でも僕は違う。目的なんてないさ。必要ないんだよ。あるのはただ破壊の衝動だけ。『人間』には到達することも、理解することも、想像することもできないだろうね」
レクトは心の中で吐き捨てた。なにが衝動だ! わかりたくもない。理性なき暴虐者がっ!
「誰かが大事にしているものを壊し、消し、潰し、裂き、焼き、奪い、破壊することによって得られる至高の快感。それを思うままにできる絶対的強者。……それが僕だ」
「『モンスター』……!」
レクトは憎々しげに呟いた。それが敵の名前だ。それが敵の正体だ。奴らを倒さなければ、人々に安息は訪れない。
「それが君の枠だよ」
『モンスター』は、なおもせせら笑うように言葉を続けた。
「僕はトュループ。それ以外の名前はいらないよ」
レクトは得体の知れなさに気圧されて、息を詰まらせる。
目の前に立つこの『モンスター』は、今までに見てきた奴らとはなにかが決定的に違っていた。まとう雰囲気が異質すぎる。
「……!」
その時、レクトは見た。
奴の後方から駆けてくる、ゼーテン・ラドニスの姿を。
騒ぎを聞きつけたのだろうか。たまたま近くにいたのは幸いだ。
彼の片手の、抜き身のロングソードが光る。
レクトは少しだけ胸をなで下ろし、視線を戻した。
奴はまだ気付いていないようである。冷笑しているような表情をレクトに向けたまま。
ラドニスが急速で迫る。
走っているにも関わらず、足音というものがまるで聞こえてこなかった。どういう技術なのかはわからないが気配を完全に絶っている。
理想的な奇襲。
しかし。斬りかかるまであと一歩というところで、トュループがいきなりその翼を広げた。
バック宙でもするように、ふわりと飛び上がる。
その下を、あえなくラドニスが走り抜けた。
「残念」
トュループは同じようにふわりと着地して、からかうように言い捨てた。気付いていたのか。
ラドニスは特に聞き耳持たず、身を翻してロングソードを構え直す。ちょうどレクトと並ぶような形でトュループに正対した。
「ひとりか。無茶をする」
発せられた言葉は、レクトに向けられたものだった。レクトは、かいつまんで状況を説明する。
「今パルヴィー・ジルヴィアが他のみんなを捜しに行ってます。それまで食い止めようと……」
「意気は買う。だが相手が悪かった」
レクトはついラドニスの顔を見た。彼の目は、わずかな動きをも見逃さないと言わんばかりにトュループを熟視している。
厳しく引き締まった表情が、ことの切迫さを物語っていた。
「あれは危険すぎる」




