【File.06】盗作された吟遊詩人(5/5)
翌朝。
王都は、前代未聞の怪事件の噂で持ちきりになっていた。
「聞いたか!? あの天才吟遊詩人ライル様が、控室から忽然と姿を消したらしいぞ!」
「昨日の舞台の直後だろ? 部屋の中は血の海だったって話だぜ……」
「まさか、熱狂的なファンの誘拐か!? それとも、嫉妬した他の詩人が……」
『黄金の竪琴亭』の周辺は、憲兵団の黄色い規制線が張られ、物見遊山の野次馬でごった返していた。
その野次馬の輪の少し外れで、大きな荷袋を背負った行商人のトマは、首を傾げながら憲兵たちの動きを見つめていた。
「へぇ……。あの金髪の兄ちゃん、失踪しちまったのか。あんなに人気絶頂だったのになぁ」
「……」
トマの足元で、猫人は退屈そうにあくびをし、長い尻尾を揺らした。
「おい、お前。昨日の夜『精算が始まる』とか言ってたよな? まさか、あの兄ちゃんが消えたのって……」
「さあニャ」
猫人は、金色に光る縦瞳孔を細め、素っ気なく答えた。
「俺はただ『他人の命を盗んだ豚が、自分で呼び覚ましたモノに食われる』って言っただけだサ。……まあ、今頃は自分が盗んだ歌の重さを、骨の髄まで噛み締めてるんじゃないかニャ」
「うわ……。相変わらずお前、言うことがエグいな。……でも、一つ気になることがあるんだよ」
トマは腕を組み、規制線の向こう側の酒場を指差した。
「さっき、憲兵が野次馬に話してるのが聞こえたんだけどよ。あの血だらけの控室の真ん中に、『人間の皮と骨で作られた、気味の悪いリュート』が落ちてたらしいんだ。……でも、そんな物騒なもん、証拠品としてすぐに回収しようとしたら、憲兵が手を触れた瞬間に……」
「……」
「その肉のリュートが、まるで生きてるみたいに『ギャアアアアッ!』って、人間の悲鳴みたいな音を出して暴れ出したんだとさ。……結局、気味悪がった憲兵たちが、そのまま封印指定の箱にぶち込んで、王城の地下の遺物庫に放り込んじまったらしいぜ。……なあ、それってまさか……」
トマが青ざめた顔で猫人を見下ろす。
猫人は、ニヤリと悪戯っぽく笑い、口元を前足で舐めた。
「……よかったじゃないかニャ。あの小僧、王城の舞台に立ちたいってのが夢だったんだろ? 形は変わったけど、王城の地下に『永遠に』安置されるなら、本望だろうサ」
「ヒッ……!!」
トマは全身に鳥肌を立て、ブルブルと首を横に振った。
「お、恐ろしいこと言うなよ! じゃあアイツ、死んだんじゃなくて、ずっとあの楽器の中で……生きて、痛みを……」
「芸術ってのは、時に残酷なものサ。……それに、あの肉の楽器が奏でる『本物の悲鳴』なら、深淵で微睡むバケモノも、退屈せずに済むだろうニャ」
猫人はくるりと背を向け、王都の城門へと向かって歩き出した。
「行くぞ、トマ。他人の自業自得に首を突っ込んでる暇はないサ。今日は西の街で、あの薬草売りのばあさんから仕入れをする約束だニャ」
「あ、おい待てよ! ったく、お前といると心臓に悪いぜ……!」
トマは慌てて荷袋を背負い直し、猫人の後を追いかけた。
* * *
王都の地下深く。
光の届かない冷たい遺物庫の奥底に置かれた、厳重な鉄の箱。
その中で、誰の目にも触れることなく安置された『肉のリュート』は、今も微かに震え続けていた。
ピチッ……。
「ア……イタ……イ……」
弦が鳴るたびに漏れる、声にならない絶望の旋律。
他人の人生を盗み、薄っぺらな自己顕示欲で神聖な呪歌を穢した男の魂は、永遠の暗闇の中で、二度と戻らない自分の顔と身体を悔やみながら、終わらない苦痛の歌を奏で続ける。
それが、いつか誰かが再びこの箱を開け、彼という楽器を『本物の天才』が弾きこなしてくれるその日まで続くのか。
それとも、肉が完全に腐り落ちるまで永遠に続くのか。
その答えを知るのは、深淵で静かに耳を傾けている、音楽のバケモノだけである。




