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エッセイ

車輪の再発明、こたつにて

作者: ちりあくた
掲載日:2026/03/13

「車輪の再発明」という言葉がある。すでに存在しているものを、あたかも新しい発明のように作り直すことを揶揄する表現だ。無駄の代名詞のように使われるが、考えてみれば、それは私たちが車輪を知っているから言えることではないか。


 もし自分の手で丸い木を削り出し、転がし、初めてその便利さに気づいたのなら、その人にとっては立派な発見ではないだろうか。後々誰かに「昔からある」と言われたとしても、その瞬間の驚きや喜びまでが無意味になるわけじゃない。


 先日、そんなことを思わされる出来事があった。エッセイの題材にするにはあまりにもくだらない、こたつでの小さな挑戦である。


 ある土曜日、私はマグカップにお吸い物の素を入れて、お湯を注いで飲んでいた。特に理由はない。午後三時くらいになると、よく簡単な塩気が欲しくなるのだ。飲み終えてしばらくすると、今度はコーヒーが飲みたくなった。


 ここで問題が生じた。新しいカップを取りに行くのが、どうしても億劫だったのである。その日は三月でありながら、冬真っ盛りのように冷えていた。


 もちろん一応、二度ほどお湯を注いでカップをゆすいではみた。だが、完全に塩気が消えたとは言い難く、鼻を近づければわずかにお吸い物の名残がある。それでも私は、怠惰に背中を押される形で、ドリップパックをそのカップに取り付けてしまった。


 お湯を注ぎながら、私は少しばかり不安だった。塩味の残るカップで淹れたコーヒーなど、まともな味になるはずがない。そう思いながらも、せっかく淹れてしまったものを捨てるのも惜しく、恐る恐る一口すすってみた。


 すると、意外にも悪くないのである。


 むしろわずかな塩味が、コーヒーのくどさをすっと引き締めている。コーヒーといえば甘味と合わせるものだと思い込んでいたが、塩味は塩味で、苦味の中に軽いアクセントを与えてくれるらしい。後味もさっぱりしていた。


 これはもしかして大発明ではないだろうか。私は思わず唾を飲んだ。


 塩コーヒー。そんな名前が頭に浮かび、独りで妙な達成感を覚えていた。だが同時に、こんなことを誰も思いつかなかったはずがない、という冷静な声も心の内から聞こえてきた。


 案の定、調べてみればすぐに出てきた。「塩コーヒー」というものはすでに存在しており、しかも発祥はコーヒーの本家本元、エチオピアだという。どうやら私の発明は、とっくの昔に誰かが完成させていたらしい。


 その事実を知ったとき、少しがっかりしたのは否定できない。とはいえ、すぐに別の考えも浮かんだ。


 もしあのとき、新しいカップを取りに行くのが面倒だと感じなかったら。もし、律儀に洗い直してからコーヒーを淹れていたら。私は塩コーヒーというものに気づくことすらなかっただろう。また、塩コーヒーをネットで知っただけならば、こんなエッセイを書く気にもならなかったろう。


 あの怠惰は、私にとっての「車輪の再発明」だった。しかし、たとえ世界にとっては再発明でも、自分の中では確かに一度目の発見だった。発明した気になること。それは案外、大切な姿勢なのかもしれない。


 小説を書いていて気づいたことが、誰かの創作論で嫌というほど語られていたり。突然ひらめいた天才的な設定が、調べてみれば数多のラノベで使われていたり。そんな経験は、創作をしていれば一度や二度では済まない。


 そんなとき、「あの創作論を読んでおけばそれで済んだのに」「あの小説を先に読んでいればガッカリしなくてよかったのに」……そう思ってしまうのも無理はない。


 しかし、ここで大事なのは、自分で思いついたことなのだと思う。人間は知識として理解するよりも、実感・実体験として理解する方が、ずっと深く自分を変えられるだろう。


 車輪の再発明だったとしても、少しくらい自分を褒めてやっていいのかもしれない。


 二番煎じ万歳である。

 ……コーヒーだけに。

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