14話 勝ち筋の先
戦争が始まって四カ月ほどが経った。
俺の祖国シルメイジア王国は、フレーダット帝国に攻撃を仕掛けている。
今日も、俺は丘の上から帝国軍を見下ろしていた。
戦争をする理由はよくわからない。
聞いた話だが、戦争が始まるさらに数カ月前、王国は久しぶりに魔界から中規模の攻撃を受けた。
王侯貴族は、その出来事を帝国が手引きしたものと判断したらしい。
千年の平和を破り、王国の転覆を企んだと言うのだ。
まぁなんにせよ、俺たち軍人にとって戦争をする理由など関係ない。
今日も上官の指示に従って戦うだけだ。
かくいう俺も五千の兵をまとめる大隊長の一人だ。
現在丘を占拠する王国軍は五万。
そのうち前線を担う二万五千の中で、俺は五千を率いている。要するに主力部隊だ。
王国軍が連日優勢の状況は変わらない。
帝国の陰謀に対する報復とはいえ、こちらの侵攻は突然のことだった。帝国側の初動が遅れてこうなっているのは仕方のない話だろう。
これまで数個の都市を落とし、帝都アルベリスに続く街道、その三分の一地点であるセネト近郊まで進んできた。
それでも騎士団長のゼーディオンをはじめ、厄介な指揮官が多い帝国軍を攻めきれずにいる。
丘を取って有利と言える王国軍だが、守りと言う意味では帝国軍の地の利も悪くない。
セネトに向かうには、こちらから見て左右にある山の間を抜けなければならないが、そこに蓋をするように帝国軍は配置している。
大軍で囲んで押しつぶすという作戦がとりにくいのだ。
「ガレウス大隊長殿、敵軍が動き出しました」
「あぁ。見えている」
帝国軍は、今日も丘を攻める動きを見せている。
守りに入ってしまえば、という単純な話ではない。
彼らの目的は、最終的に俺たちを追い払うこと。
山で守りを広げているだけではジリ貧であり、攻めなければ戦争は終わらないのである。
「――報告します。ここ最近と比べ、敵兵の数が少ないものと思われます。陣形から見ると、将も変わったようです」
「……そうか」
昨日の戦いも、王国軍が優勢のまま終わった。敵に与えた被害が相当なものだったのだろう。
情報によると敵にもそろそろ大規模な援軍が到着する。
それを足しても我々に数は及ばないが、少し難しい戦いにはなるだろう。
倒しやすい今のうちに大きく削っておくのが良いかもしれない。
先頭の兵士同士がぶつかり、今日の戦いが始まった。
正面の敵の顔ぶれが変わっている。やはり昨日の戦いの被害は相当なものだったのだ。
我ながら、俺の部隊はこの前線部隊の中でも強い部隊だ。
今日も、この相手なら互角はあれど、苦戦することはないだろう。
「他の部隊はどんな様子だ?」
「――ハッ、全体で見れば昨日に引き続き押しています。しかし、中右翼の方ですが、敵副団長の部隊が数も多くなっており、苦戦を強いられるかと思われます」
俺が受け持つ中左翼の反対側――王国軍中右翼は、前線部隊の中では比較的若い部隊だ。昨日もそこを狙われていた。
決して弱い部隊ではないが、副団長のバルカンと言えば己の武力で団長に上り詰めたこともある人物だ。一点に攻撃を受ければ、俺の部隊でも簡単には止められないだろう。
帝国軍の狙いは、バルカンの突撃を起点にこちらの陣形を崩すことだろう。
ある程度のところまでは突破されるかもしれない。
しかし、完全に崩れるまではいかない。こちらとてそれを見越して陣を作っているのだから。
後ろで待機している中衛と後衛の部隊は計二万五千。
前線の崩れは、その二部隊が止めてくれるだろう。
ならば、俺のやることは一つ。
「百でいい。精鋭部隊を騎馬に乗り換えさせろ」
帝国軍がこちらの中右翼側に兵を寄せているなら、当然、俺の正面は薄くなる。
ならば、こちらはそこを突けばいい。
準備はすぐに整い、俺自身も馬に跨る。
「錘型で敵を突破し殲滅する! 行くぞ!」
「「おォ!!」」
共に練兵を重ねてきた信頼できる者たちが、俺に続いて雄叫びを上げる。
馬上から槍を振り、敵兵を吹き飛ばし、敵陣に窪みができる。
立ち向かうものや、数回は打ち合える者が数人いたが、空いた穴を広げるように王国軍歩兵が連携し、騎馬隊はさらに進んでいく。
なだらかとはいえ、丘を下りながらスピードを上げる馬に突進されて、敵は蜘蛛の子を散らすように逃げていた。
現在帝国軍の兵は、ほとんどが訓練を経ていない民兵であり、彼らが騎馬の突進で逃げてしまうのは仕方のないことだ。
それにしても、思った以上に突撃が上手くいった。バルカンの部隊に頼った戦術でこちらの部隊の力を見誤ったゼーディオンの失策と言える。
このまま辺りを殲滅せよ、と指示しようとしたところ、少し先に見えていた帝国旗が動いた。
辺りの状況を見て、後退し立て直そうとする動きだ。
「――あの旗を追え!」
深追いはしないように指示はされているが、敵を散らせて有利な状態で、目の前にいる将を逃がす手はない。
深く後退するようならそれは愚策だ。
その分帝国軍の前線には穴が空く。
そうなれば俺たちは方向を変え、バルカンの部隊を急襲するだけだ。
部下たちはあと少しで敵部隊の旗本に届く。敵から言えば明らかに窮地である。
俺も続いて馬をその方向に向け走らせた。
旗を追っていくと、茶髪にメガネをした、いかにも凡将といった風貌の男が、馬に乗って駆けていくのが見えた。
馬上での姿勢も、旗の動かし方も、特別鋭いものには見えない。
ただ、退く判断だけは早い。
凡庸だが、愚鈍ではない。そんな印象だった。
しかしもう遅い、俺の部隊はもう後退しようとする敵部隊に攻撃を始めている。
「歩兵も続けぇ! 敵将を討ち取るのだ!」
罠の可能性も考えた。
しかし、敵の大援軍が到着する前に将を一人でも潰せるなら、多少の危険を冒す価値はある。
凡庸だとしても将は将であり、討ち取ることが敵にとっての痛手になることに間違いはないのだ。
それに、敵もすぐに後退したわけではない。
初めの打ち合いで、敵がそこまでの力を持っていないことはわかった。
突撃により穴が空き、そこになだれ込んだ俺の部隊を見て、立て直しの判断をするのは間違っていない。
判断が素早かったことは称賛に値するだろう。
そう考えると、やはりこの判断は間違いではない。
現に、旗本以外の兵も慌てた様子であり、統率が取れないまま逃げ出している。
いや、そう見えた。
ほんのわずかな違和感が胸をかすめたが、すぐに戦場の熱狂と怒号にかき消された。
ーー
敵将は上手くこちらの攻撃をかわし続け、しばらくすると森に入った。
円緩丘と北山の間にある森である。
この森が邪魔をして、丘の後方に控える五万の左翼軍は、思うように前線に出られていない。
少し先を見ると、木々の隙間から北山が見える。
このまま追っていけば、やがて北山の麓へ押し込めるはずだ。
俺は正面に敵将の旗を捉えながら、そこへ追い詰めるように兵を集め、動かす指示を出していた。
森に入ってからも、敵将の逃げ方は悪くなかった。
木々を盾にし、こちらの騎馬の勢いを殺し、時折振り返るようにして追撃の足を乱そうとしてくる。
俺は、騎馬に突出しすぎないよう指示を出した。
逃げる敵を追うときほど、兵は勢いに乗って乱れてしまう。
千にも満たない相手に対し、こちらは三千近い兵が集まっている。
油断せず、北山の麓まで追い込めば、逃げ道はないのだ。
勝ちを確信したわけではない。
勝ち筋が見えたのだ。
俺はそう判断し、部隊の形を崩さぬまま、さらに前へ出た。
ーー
追撃を続けるうちに、北山は視界の中で少しずつ大きくなっていった。
やがて、木々の隙間から差し込む日差しが強くなり、森の終わりが近いことを告げていた。
「森を抜けるぞ! 山も近い、すぐに取り囲み、将を討ち取る!」
森を抜けた地形がどうなっているかはわからないが、山との距離を見るにおそらく少し開けた場所があるのだろう。
そこを利用して敵をまとめて討ち取る。
俺は、森の中で崩さぬよう保っていた隊形を、包囲の形へと変えさせた。
「展開ッ!」
森を抜けた瞬間、俺は叫んだ。
森を抜けた先、山との間には、たしかに開けた場所があった。
だが、
「……なん、だ……砦、だと?」
山裾の空地は、俺の部隊がちょうど収まるほどの広さだった。
そして、正面に見える北山は、ただの山と言えるものではなかった。
山肌の一部が削られ、そこに土が盛られ、木で足場や柵が造られている。
柵の向こうには、弓を構えた兵と、杖を掲げる魔法師らしき影が数百ほど。
紛れもない砦だった。
砦を造るのにはそれなりの時間と人員が必要だ。
だが帝国軍にそんな余裕があったとは思えない。
それとも、何か特殊な方法を使ったのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
「下がれェ! 少しでも被害を減らす!」
正面は山、周りも森、俺たちは追い詰めているようで誘い込まれていた。
討ち取るために素早く動いてきた中で、反転するのは至難の業だが、それができなければ死ぬだけなのだ。
指示はすぐに通り、後方から突っ込んでくる隊とぶつかりながらも、後退する流れができ始める。
しかし、その時だった。
「さぁ、始めるよ!」
よく通る女の声だった。
見ると、砦の一番高い場所に立つ青髪の女が、妖艶な笑みを浮かべながら、指を鳴らした。
「……なっ!?」
固いはずの地面が、足元からぐずりと崩れた。
馬の蹄が沈み、兵の足が取られ、整えかけていた退路が一瞬で泥に呑まれる。
反転し、下がろうとする俺の部隊のスピードが一気に緩まった。
それに続いて、大きな音と共に空に爆炎が上がった。
敵の合図だ。
「余さず討ち取ります! 取り囲んでください!」
間髪おかずに無数の帝国兵が俺たちを取り囲み、追ってきたはずのメガネの将が、いつの間にか俺たちの行く手を塞いでいる。
敵将を討ち取るために踏み込んだこの空地は、帝国軍が用意した狩場だった。
そして俺たちは、獲物だった。
無数の悲鳴が、北山の麓に響き渡った。




