13話 負けない団長
セネトに到着した援軍の中枢部隊はその場で一晩過ごした。
次の日の夜明け前にはいくつかに分かれて行動開始、その一つであるサラディンの率いる直下兵は、援軍の歩兵たちが到着するまでに現場を把握しておくため、セネト近郊にある前線の本陣に来ていた。
本来後方支援を手伝う予定だった僕も、戦場を知っておくべきと言うサラディンの言葉でここにいる。
「……状況は?」
「お察しの通り、芳しくありません……」
サラディンの問いかけに小さな声で答えたのは、フレーダット帝国の騎士団長ゼーディオン。
髪はぼさぼさ、目には真っ黒なクマがあり、初めて会ったにもかかわらず疲労がたまっているのがよくわかる。
「……僕が指揮を執ってから、町々を拠点に前線を少しずつ下げてきました。
しかし、今後ろにあるセネトは守りにくいわりに人口が多い。避難は行っていますがまだ時間がかかります……そこで、丘――円緩丘を拠点に野戦を始めたのですが、それも奪い取られてしまいました……」
三年前、二十五歳という若さで騎士団長になったというゼーディオンだが、ぼそぼそと背中を丸めて話す姿からたくましさは感じられない。
「その後は?」
「敵は約二十五万、それが五万ずつに分かれて陣取っています。
そのうち五万が丘の上にいて、それを攻めようにも疲弊した八万では崩せず、平地にいる敵を攻めようとしても丘から急襲される。
左右にある険しい山のお陰で包囲はされませんが、厳しい状況です……」
要するにめちゃくちゃ劣勢と言うことだろう。それは素人の僕でもわかる。
二十五万の大軍に周りを囲まれ、物量で押しつぶされはしないことが幸い、といったところだろうか。
「副団長のバルカンさんに上手く動いてもらって、丘を砦化されることは何とか防いでいますが、現状それで精一杯です……」
八方塞がりという状況だろうか。態度と言い、サラディンやアイゼンゲートの部隊長たちと比べて頼りなく見える。
「そうか……上出来だな」
僕の思いとは異なり、サラディンは満足そうな表情をした。
「流石は『負けない団長』ゼーディオンだ。よくここまで踏ん張った」
「『負けない団長』……?」
今、この状況は負けじゃない、そういうことだろうか。
「ガハハハッ! それは俺が付けた二つ名だな!」
僕の疑問に答えたのは、陣幕をバサッと払って入ってきた筋骨隆々の大男だった。
朝にもかかわらずなぜか泥だらけであり、その手には僕の身長ほどの斧が握られている。
「バルカンか……どこにおいても毎朝練兵を欠かさないというのは本当らしいな」
サラディンがその大男、バルカンを見て苦笑いした。
よく見ると、バルカンの鎧には返り血がついており、まるで一戦交えたような風貌である。
……僕が思い浮かべた練兵とは違いそうだ。
「朝食の後は体を動かさないといけねぇからな! この歳になると一日休むだけで錆びついちまう」
またガハハと豪快に笑ったバルカンは、ふと表情を変える。
「サラディンの坊主は大将帥になったらしいなぁ。ディストンの旦那は引退か?」
「まさか。父上は今この瞬間もアイゼンゲートで槍を振っているさ」
やれやれと言わんばかりのサラディンにバルカンは再び笑顔になる。
「間違いない。旦那がじっとしているなんて想像できねぇ」
僕が見たディストンは座っている場面が多かったが、確かにあの人が戦う姿は容易に想像できる。
「……それで、『負けない団長』ってのは?」
僕は隣にいたエイリーンに小声で耳打ちした。
「彼が騎士団の小隊長になって以降、魔物や盗賊の討伐任務はもちろん、模擬戦でも、彼の率いる部隊は負けたことがないの」
「……そんなことが」
平和な時代が続き、実戦経験こそ少ないかもしれないが、それでも模擬戦ですら一度も負けたことがないというのはとてつもないことだろう。
「ゼーディオンはエルゲイルじいに色々と仕込まれているからなぁ!」
「いやいや……団長を押し付けたのはバルカンさん、あなたでしょう……?」
困り顔で更に背中を丸くするゼーディオンの肩を、バルカンがバシバシと叩いた。
「帝国を守る騎士団長は、負けないことが最も大切だ。そうだろう? 大将帥」
「そうだ。負けさえしなければ、俺が勝ちにする」
自信満々に言い切るサラディン。
何か打開策があるのだろうか。
「戦力が揃うまでまだ時間がかかる。今日はゼーディオン、貴殿の戦いを見せてもらおう」
ーー
戦いが始まってしばらく経った。
数万単位の人が入り乱れるこの戦場は、視界が大きく開けている。
シルメイジア王国軍五万が配置する円緩丘はスロープぐらいなだらかで、帝国軍はそれを取り戻すために動いている。
しかし、敵の重装兵ががっちりと行く手を阻み、さらには上から矢を浴びせられ、目指す場所は見えるのにもかかわらずなかなか前に進めない。
なだらかな丘に見えるが、その影響は大きいようだ。
「……攻めあぐねているわね。このままじゃ……」
エイリーンの言う通り、帝国側はただ負傷者を増やしているだけに見える。
たまに敵陣を突破する小隊があるが、それも魔法攻撃の餌食となり、決め手にはなっていない。
「もっと大規模な魔法が飛び交ったりはしないんだね」
魔法の世界の戦争がどんなものかはわからないが、大規模なものは見ていない。
「今までの戦いでは使っていたはずだ。
基本戦争において魔法師の役割は大規模魔法の行使とそのレジストだからな」
「じゃあなんで……?」
敵に大きなダメージを与えられるものとわかっているのに、使わない理由はない
と思う。
「帝国と王国の魔法師隊は、総合的に見れば互角だ。
戦争が始まった当初は打ち合いやレジストを続けただろうが、それでは打撃にはならない。
今は、敵が崩れた時の追撃や、補助の役割としてお互いに準備しているだろう。大魔法はいくらでも使えるものではないからな」
そのため、陣形が突破されそうになった時に魔法が散見されるのだという。
いくら魔法師隊と言っても弾数は限られているし、無駄打ちはできないということだ。
しかし、それならここからの勝ちを描くのは難しいんじゃないか。
「……それにしても、士気の低下が著しいな。これでは誰が指揮をしても同じだろう。」
サラディンにしては珍しいセリフだと思った。
普段の彼なら、この状況も自分の力でひっくり返すと言いそうだ。
それからしばらく不利な状況が続いていたが、視線の左の方で歓声が上がる。
見ると、帝国軍の一団がかなり敵陣を押し込んでいた。
「あれがバルカンの隊だな。……よく見えている」
満足そうにうなずくサラディン。
遠目に見ても、その一団だけは動きが違った。バルカンの振るう大斧が、敵の重装兵の盾を文字通り粉砕し、そこを起点に兵士たちが雪崩れ込んでいる。
だが、サラディンの視線はバルカン本人よりも、その敵の「陣形」に向けられているようだった。
ーー
バルカンの動きは味方を勇気づけたが、それも決定打にはならず、膠着した状態のまま今日の戦いは終わった。
「ぅぅぁあ……み、水……」
そこら中に悲鳴ともうめき声とも取れる音が響いている。
「――はい、水です」
「あぁ……」
日が暮れて、僕は帝国軍本陣後方に来ていた。
ここでは、重症者の集まるセネトに送るほどではない軽症者の処置を行っている。
しかし、決してここにいる者の状態が良いとは言えない。
動けるものは軽症者扱いで、出血はもちろん、腕を切り落とされたぐらいの兵士はここで処置を受ける。
魔法師隊には治癒魔法を得意とした部隊があり、その部隊が治療を行うが、人数も魔力にも限りがある。
そのため、魔法による処置が必要ないぐらいの軽症者は、包帯で止血するなどの応急処置で対応するのである。
「はい、この方々はもう…………あちらの方へ」
ゼーディオンのため息に近い声が聞こえる。
彼はこの軍の最高指揮官にもかかわらず、負傷者の割り振りを請け負っていた。
「この方は軽症です、そちらの方はセネトへ」
だがそのスピードはすさまじいもので、負傷者に触れもせず見た瞬間に判断して、治癒部隊長である魔法師団の第四魔導将に指示を出していた。
彼がため息をついたのは、負傷者の中にいる重傷者のことだろう。
重傷者は通常セネトに送られて治療を受けるが、それでも助からない者もいる。
助からない者をセネトまで送るのは、軍としては非効率。
彼は、非情な判断を下さなければいけないのだ。
サラディンが、「この状況で戦況を膠着させているのは、ゼーディオンの手腕によるところが大きいだろう」と言っていた。
一見負けているように見えて、壊滅はしていない。それが、彼が『負けない団長』と呼ばれる所以なのかもしれない。
今日一日で、僕が場違いな人間であると強く感じた。
僕が何をしようと変わらない、むしろ何もしない方が良い。
状況としては圧倒的な戦力差で負けている、絶対に自分のせいにはならないこの状況に安心している自分がいた。
そんなことを考えている人間が、ここにいるべきじゃない。
必死に戦う人を遠巻きに見て、何もしないことを責められないように手当を手伝っているだけだ。
エイリーンを助けたいと思ってついて来た。
しかし、彼女はサラディンに認められて戦いの中心に身を置く立場だ。
僕がそれをやれと言われても足を引っ張るだけ、彼女を助けることはできない。
「――おーい、あんちゃん!」
思案に暮れる僕に、声がかけられる。
そうだ。今は応急処置をしているんだった。
「す、すいません……」
「いいっていいって。こんな場所で元気でハキハキ働く方が難しいだろ?」
坊主頭でいかつい見た目の男が、僕に笑顔を向けた。
彼は肩に矢傷を受けており、軽症者のひとりとしてこの場所にいる。
その場合、矢を抜いてはいけない。矢の先端には返しがあり、抜けば余計に傷口が広がるからだ。
この場所に来た時、矢を抜こうとして怒鳴られたばかりなので忘れることはない。
「あなたは怪我人なのに、元気ですね……」
皮肉を言いたかった訳でもないのだが、思わず失礼な言葉が出てしまう。
「カラ元気でも出さねぇと、ここじゃやっていけねぇからよ。無理にでも笑顔を作るんだ」
特に気にする様子もなく男は答えた。
「怖くはありませんか?」
木で出来た矢の軸をナイフで切り取り、包帯で傷口をきつく縛り上げる。
白い包帯が、すぐに赤黒く染まった。
「そりゃあ、怖いぜ?」
痛みに顔をしかめながら、男は言葉を続ける。
「でもよ……家族が後ろにいて、そのために戦う。そう考えたら、怖いなんて言ってらんねぇし、力も湧いてくる。
たとえ俺が死んでも、それで家族が守れるなら意味はある」
彼の眼は、力強く僕を見据えていた。
それは、サラディンが僕に向けた眼と同じように見えた。
「ありがとうな。また怪我したら世話になるぜ」
よっこらせと立ち上がった男は、そう言ってその場を去った。
彼は、自分の強い意志でここにきて戦っているのだ。
エイリーンを助けたいと言いながら、ついて来た程度の覚悟しか持たない僕とは違う。
場違いだとしても、やれることをやるべきだ。
彼のように、頑張ることにきっと意味があるんだ。
「……アルト」
次々に流れてくる負傷者の手当を続けていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、フードを深くかぶった背の低い男が立っている
「……アルバル、さん?」
「いや……」
少年に近いような男は首を横に振る。
背格好や声は似ているが、アルバルにある明るい雰囲気は感じない。
「……若の命令。やってもらうことがあるから」
その後、僕はサラディンの命令で第五部隊に合流し、訳も分からず本陣から出発した。
ーー
有人が手当に追われていたころ、幕が張られた本陣の司令部では、サラディンをはじめ、この戦いにおいて強い指揮権を持った者たちが集まっていた。
真ん中には地形図と駒が置かれており、それを囲うように円が作られている。
「お……遅くなりました……」
力なく幕をくぐってきたのは、騎士団長ゼーディオン。
目は充血し、顔には脂汗がにじんでいる。
「構わん。素早いトリアージができる貴殿のおかげで早く復帰できる者も多いだろう。引き続き頼む。
……明日の作戦についてだ。基本は引き続きゼーディオンに指揮を執ってもらうが……オルバル、報告を」
「……はい」
サラディンに呼ばれて一礼したのは、フードを深くかぶった背の低い男。
アイゼンゲート第五部隊の副隊長である彼は、アルバルの双子の弟である。偵察が得意で、今回も先んじてこの戦場に足を運んでいたのだ。
「……左右の山を確認しましたが、左のセネト南山は全体が崖のようになっていました。……右の北山は、所々に緩やかな場所があり、地質も比較的柔らかいもののため、アルなら……」
最低限の報告だった。
しかしサラディンは満足げな顔をした。
「よし。アルバル、手筈通りに」
「了解デス、若」
アルバルは一礼し、その場を離れた。
「……オルバル。奴もアルバルについていくようにしてくれ」
思い出したという表情でサラディンが言った。
「情報にあった彼ですか……?」
「あぁ。勝ちに貢献する経験も必要だろう」
サラディンの言葉にうなずいてオルバルも離席する。
「さて。実際の動きについて話す」
サラディンの指示に不満を漏らす者はなく、会議は滞りなく終了し、各々が翌日に向け準備を始めた。




