12話 戦争がもたらすもの
帝都から出発した者たちはほとんどが役職持ちであり、馬での移動になる。
乗馬経験のない僕は、エイリーンの後ろに乗せてもらっている。
要するにエイリーンの体と密着している状態なのだが、僕が感じているのは彼女の纏う鎧の硬さだけである。
「鎧は……重くないの?」
ふと思ったことを口に出したが、今考えていたことと相まって少し言葉が詰まる。
「ええ。急所の部分だけ硬いプレートで守っているの。全部が鉄でできていたら、私の動きには合わないわ」
特に気にすることもなさそうにエイリーンは答える。
「でも、変なところ触らないでよね」
馬に取り付ける鞍は一人用のものしかない。
鞍がなければ乗るのも安定しない。だから僕は今、エイリーンの腰を掴んでいる状態だ。
エイリーンの腰には革の鎧がついている。胸部などの鉄製のもの程ではないが、それなりに強度があるものだ。
「……お尻が痛い」
前線に到着するまでの一週間、鞍もクッションもない馬に座る痛みに耐え続けなければいけないらしい。
僕たちはずっと変わらない田園風景を進んでいる。鎧の軍団が移動するには似つかわしくない光景だ。
「馬を走らせるんだと思ってたよ」
僕たちは援軍で移動は急ぐものだと聞いていたが、実際のところ馬は歩いている。
もちろん人間が歩くよりも早いのだが。
「走ってもいいけれど、馬がそこで使えなくなってしまうのよ」
前にいるエイリーンが答えを知っていた。
確かに、戦場に着けば馬の役割が終わるわけではない。
無理せず休ませながら進んで行くことにも意味があるようだ。
「僕たちが先行して到着するとは聞いたけど、他の援軍はどこから集まって来るんだろう?」
「七つある全ての領地から徴兵されているはず……数はそれぞれ違うでしょうけど」
エイリーンはそれぞれの領地の役割や特徴を教えてくれた。
ホーマン家が治めるガンドール領は魔界と接しているため軍需産業が活発であったり、肥沃な土地や海を持つヒェルミード領は帝国の食料庫の役割を持つなど、それぞれの領地が役割を果たしている。
今回の戦争でも、必要な産業はそれをフル回転させる必要があるため、その二領地はおそらく徴兵される数は少ないはず。とエイリーンは言った。
「エイリーンは、サラディン様の直下兵として動くんだよね」
サラディンに実力を買われた彼女は、大将帥直下兵百名の部隊に入るらしい。
どんな場所で戦うのかはわからないが、精鋭兵として勝敗を決める一手となることが求められる。
「そうね。……アルトは、雑用?になるのかしら」
「言い方……でもそうだね。サラディン様には、アルバルに付いて勉強しろとも言われているよ」
アルバルの率いるアイゼンゲート第五部隊は、大魔法を行使するだけでなく、特殊工作や後方支援を得意とする部隊であり、今回僕はそこで活動する予定だ。
雑用と言われれば確かにそうかもしれないが、それも立派な役割である。
ーー
「村が見えた、あそこで少し馬を休ませるぞ」
日が高く上がった頃、前線まで半分ほどの距離を進み、少し先に畑の終わりが見えたところでサラディンが指示を出した。
そこそこ大きな村だった。
この世界に来てから、ここに至るまで、様々な町や村を見てきた。
戦時中と言うこともあり、どこも忙しそうに働く人が多かったが、そこに悲愴感はなかった。
しかし……
「……荒れていますね」
カイシャスが腕を組みながら呟く。
村人はいる。しかし彼らに覇気はない。
その理由は、僕でも何となくわかった。
村の中にある畑は荒らされ、家々の扉は空きっぱなしになり、そこら中で煙が上がっている。
その家にうなだれるように背を預けていたうちの一人が、こちらに気づいて力なく家の中に入って行った。
「軍の方々ですね……? 申し訳ありませんが、私たちは今……」
「いや、構わん。何があった?」
家から出てきた長らしき人物の言葉を遮ってサラディンは問いかけた。
「……近頃、度々盗賊が現れるのです。
徴兵の影響もあって男手が少なく、数度は追い返しましたが、昨夜の襲撃は大規模なもので……金品や女子供を、奪われてしまいました」
「盗賊……」
確かに、日本なんかと比べて治安も悪く、貧富の差が激しいこの世界でそういった存在がいることは不思議ではない。
国中が弱っているこの状況を好機とみて、守りの薄い村を襲うのは理にかなっている。
「……そうか」
サラディンは、ある方向を見つめた。
村をぐるりと囲う柵が、途切れている。いや、破壊されている場所だった。
「賊はあっちに逃げたか?」
サラディンはその奥にある森を指さした。
「……はい。しかし、それも明け方前のことですのでどこまで行ったかは……」
村長の言葉などほとんど届いていないような態度だった。
「十騎、ついてこい」
「「はっ」」
馬に跨ったサラディンは、すぐに駆け出した。
それに続いて直下兵からサラディンを追うように動き出す。
「もう……ゴミの掃除ぐらい私たちがやるのですがね」
唖然とした表情を浮かべる僕や村長と対照的に、カイシャスやアイゼンゲート部隊の面々はため息をつく。
「さ、私たちは村を見て回るよ」
カノ—テリアの言葉で、村に立ち入っていた全員が散開する。
「ちょ、ちょっと……サラディンを追わなくていいの? たった十騎で……」
「そうですよ、どんな相手かもわからないのに……」
エイリーンがカノ—テリアを呼び止めて意見し、僕もそれに続く。
どんな相手かどころか、人数さえわからないのだ。いくらサラディンとはいえ、倒せるとは限らない。
「この村を一晩で壊滅させるとしたら、百はくだらないだろうねぇ。……でも、それぐらいの盗賊に後れを取る若じゃないよ」
「それぐらいって……」
なんでもなさそうな表情でカノ—テリアは続けた。
「そんなに気になるなら後を追えばいいじゃないか」
そう言って彼女は自分の舞台の方に向かって手招きをする。
「十でいい、殿下の護衛につきな……ほら、私のとこの奴らをつけてあげるからさ」
「……ありがとう。アルト、行きましょう」
馬に跨ったエイリーンが僕を見下ろす。
「しっかり掴まって」
僕が腰に手を回したのを確認すると、エイリーンは馬を走らせた。
エイリーンの背に隠れているはずなのに、風が僕の体を馬の背から引き剥がそうとする。
「殿下、私の後ろに!」
カノ—テリアの部下の一人が叫び先頭へ、その後ろにいる僕たちを囲うようにしてローブを羽織った第四部隊の面々が小さな錘型の陣形を作った。
彼女の髪が視界を遮るほどの激しい風が、途端に止んだような感覚に陥る。
「……すごい、風魔法を使ったのね」
エイリーンが呟くのが聞こえた。
完全に風がやんだわけではなかった。しかし、ほとんど感じなくなるほどになっている。
この錘型の陣形にも意味はあるらしい。
風の抵抗を無視するように進む僕たちは、車が高速道路を走るようなスピードで進んでいた。
ーー
十分ほど走っただろうか。先に煙が上がっており、進行速度が緩まる。
エイリーンを始め、各々武器や杖を構えて慎重に進んでいた。
「……もう始まってる」
そこは小高い丘になっており、森を切り開いて小さな砦のようになっていた。
「でも、気配が……ない?」
先に行ったサラディンたちの足跡を追ってきて、方向に間違いはない。
だが、そこはとても静かだった。
僕たちは慎重に丘を上り始め、その途中で人が倒れているのを見つけた。
「死んでは……いないようね」
ぼろぼろの布に身を包んだ男、盗賊だった。
気絶して、苦悶の表情を浮かべているように見える。
見回すと、周りには同じ光景が広がっていた。
「エイリーン殿下! 来られていたのか」
「サラディン! 盗賊は……?」
丘を下ってきたサラディンに、エイリーンが問いかける。
「見ての通り、全滅させたところです」
「全滅……」
あまりにも早すぎる、と言いたそうにエイリーンは声を漏らした。
「来てくれて助かった、彼女らを連れて戻って欲しいのです」
サラディンの後ろには、連れていた騎士たちと、村の女性や子供たちがいた。
状況を把握しきれていない不安と盗賊に解放された少しほっとしたような表情でこちらを見つめている。
「サラディンは、大丈夫だったの?」
「それはもちろん。アイゼンゲートでの戦いに比べれば、これぐらい歩くようなものです」
騎士たちに怪我は見えない。サラディンにおいては、返り血すらついていない。
「殺さず無力化したってことなのね……」
相手が殺しに来るのに対して、無力化することが難しいことはよく聞く話だ。
しかしそれを、十倍近い相手に対して無傷でやってのけたのだ。
サラディンは、さも当然のような顔をしてその後の指示を出していた。
ーー
村に戻ると、そこには歓喜と安堵が待っていた。
アルバルの第五部隊が中心となって復旧にも努め、村も綺麗な状態になっている。
「……こんなにも頂いて……よろしいのでしょうか」
サラディンは、 奪われていた食料を返すだけでなく、運んでいた食料も村に分けた。
「もちろんだ。我々は民の作る食料がなければ戦うことも、統治することもできないからな」
あまり見せない笑顔を作ってサラディンは答えた。
その姿は、村人たちを安心させようとしているように見えた。
盗賊はというと、近くの大きな町に預けるらしく、カイシャスが小言を言いながらもテキパキと指示を出し動いていた。
アイゼンゲート部隊の隊長たちが言ったように、サラディンは圧倒的な強さで盗賊を打ち倒し、村人を救って見せた。
「大将帥」というものは、やはりとんでもない称号なのだ。
村人たちに感謝の言葉を投げかけられながら、僕たちは出発した。
ーー
それから数日、前線近くの大きな町、セネトに到着した僕たちを待っていたのは、あの村を超える惨状だった。
「……ひどい」
エイリーンの声が震えていた。
町に入った瞬間、鼻を突いたのは鉄がさびたような血の臭いと、立ち込める土埃。
そこには、僕がこれまで見てきた活気ある帝国の光景はどこにもなかった。
大通りには泥にまみれた負傷兵が溢れ、壁に背を預けて虚空を見つめている。
包帯を赤く染めた男たちが、軍医を求めてうめき声をあげ、その横を真っ黒に汚れた布をかぶせられた荷車が次々と通り過ぎていく。
「負傷者の数は?」
「既に収容限界を超えており、人も足りない状態のため、把握しきれておりません!」
サラディンが兵士に問いかけるが、返ってくるのは悲鳴に近い報告だけだった。
盗賊を一蹴した時の高揚感は、一瞬で吹き飛んだ。
ふと我に返ると、その光景と臭いで胃からものが溢れそうになる。
これが、戦争だ。
ただ無慈悲に、多くの命が削り取られていく場所。
立ち尽くす僕の隣で、エイリーンが強く、拳を握り締めていた。




