第68話 新たな鼓動 "ᚾᛖᛟ ♰ ᚺᛖᚨᚱᛏᛒᛖᚨᛏ"
現人神を名乗りながら碌に教えを説かない白銀の女神エディウス──。
無駄に戦火を拡大してアドノス島を脅威に堕とすだけの存在。
彼女が落とした森の都ラファン──300年前、本物の女神であったファウナ・デル・フォレスタの故郷の中心地。ディオルは、無事にエディウスの手から解放された。
峻険なる谷間に覆われた陽光乏しきカノンを守護する暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアが、ディオルの民草を焚きつけた結果、林業に従事していた者共が斧を手に決起。
結局の処、殆ど他者の助けを借りずに自力で戦之女神軍を追い払ったのだ。
なれど対岸の火事の結果というのは、何ともいい加減な人の思いで捻じ曲がり、勝手に伝わり歩くもの。
白い神竜シグノ20騎を連れた戦之女神軍相手に無駄な血を流さぬよう、無血で明け渡したディオルの民。
上辺だけの平和を打ち払うべくこの地を訪れ、解放を嗾けたヴァイロの息がかかった者共。ディオルに混乱をきたした元凶とされ、アドノス島外へ伝わったのだ。
見た目だけ潔白な戦之女神──。
元々自分達の黒に沈んだ住処を護りたいだけであった暗黒神──。
深い考察をせずに善悪を決めるのが世界の常というものだ。
ヴァイロ達をさらに悪に仕立てたのは、レアット・アルベェラータが故郷の村の仇を討つべく最高司祭グラリトオーレ・ガエリオと争った傷跡であった。
村毎消失した尋常ならざる恐怖だけが独り歩きした事だ。確かに事情を知らぬ者に取っては、畏怖の対象となっても仕方がなかった。
尤もレアットと偽りのエディウスが消えた事実は、その場に居合わせたシアン・ノイン・ロッソやアギド達の目にも理屈の判らぬ状況なのだ。見聞しただけの連中へ正しく伝達する道理がなかった。
◇◇
戦之女神の都──ロッギオネの中心地アディスティラ。
ディオルから命辛々撤退果たした戦之女神軍以外にも、この地で命の鼓動を静かに揺らす者達が居た。
「──ルオラとグラリトオーレの容体はどうだ?」
最高司祭グラリトオーレ・ガエリオの躰を借り、レアットと最後まで争った戦之女神。
何故か元の姿形──白銀の長い髪を流した少女の出で立ちを以て、共に死線を潜り抜けた賢士ルオラ・ロッギオネ・ルマンドと、グラリトオーレの身を案じていた。
一時は依り代にしたグラリトオーレの身体がレアットの撒き散らしたオゾンの毒を浴び、愚かしい死さえ覚悟せねばならなかった彼女が、涼やかな顔で生き長らえているのだ。
意識を取り憑かせた身体をレアットに移すべきか悩んだエディウスが元の躰に戻り、身体そのものに戦いの深い傷を背負ったルオラやグラリトオーレの両者は、未だ意識が回復せず病床に伏せていた。
「ルオラ様の傷は浅いです。グラリトオーレ様は、オゾンの毒素に侵されたので今暫く傷を癒す猶予こそ必要ですが命に別状はございません」
爆炎の魔導士アズールの爆炎や、コボルト族の長カネランが跳ね返した鎖にやられたルオラは、戦之女神の司祭が回復の奇跡を施した。
ルオラは体力さえ回復すれば自ずと目覚める。戦之女神に伝えた司祭。
だがグラリトオーレの方は、迂闊に細胞分裂の活性化を促す奇跡をかける訳にはゆかなかった。オゾンの毒が全身に回った故、先ずは毒消しが先決とされたのだ。
「そうか……面倒をかけるな。──処でかの者の様子はどうだ?」
司祭の最高位が倒れた故、一時的に代理を仰せつかった司祭相手に感謝の意を述べた後、実は最も気掛かりな存在の安否を確認したエディウスの複雑な心境が少女の様な顔に滲む。
「そ、それがグラリトオーレ様の『終わりなき旅路』とこの者が撒いたオゾンを浴びながらも、順調な回復を辿っております。信じ難い事です」
知っての通り、戦之女神の神殿は女神エディウスは元より、その周囲に集まる者共の過半が女性。
半ば男子禁制といえた場所に安置された16歳の少年。筋骨隆々な身体を眠らせていたのは、なんと紛れもなきあのレアット・アルベェラータに相違なかった。
エディウスが代理の最高司祭に尋ねた『かの者』の正体。
代理人が全く以て腑に落ちない理由──それは敵であるレアットに対して、何の処置も施していないにも関わらず、死んでない事実。
冷や汗掻く思いでレアットの現状をエディウスへ報告した代理人。ルオラはおろかグラリトオーレの容体より命を欠く狭間を彷徨うべき理解不能な存在。
聞いた白銀の女神、何とも苦々しい表情を白に染めた神殿に混ざる黒側の男──寝ているレアットへ向けた。
ガシャガシャ……。
戦之女神と代理の最高司祭が会話している背後に迫る、純白の鎧を着込んだ女性騎士。エディウスの足元へ近寄ると膝を落とし恭順の意を示した。
肩辺りで切った茶髪、琥珀色に近しい瞳。
胸に刻んだ紋章が修道騎士総長の座を表す未だ20歳に満たない若さ溢れた女性。何より腰に差した二刀。鞘も納刀した剣も漆黒の刃だ。この得物だけで彼女の名が知れた。
修道騎士総長に昇格したレイシャ・グエディエル。
レアットの故郷へ穿った巨大な穴と、頭を下げたエディウス含め、敵であるレアットすら救ったのは彼女の力であったのだ。
「エディウス様。その男、未だ生きているとは……。選り好み出来なかった状況だったとはいえ、とんだ無駄を呼び込み誠に申し訳ございません」
頭を下げたままの姿でエディウスへ弁解したレイシャ。味方であるエディウス達だけを救出したかった本音。レアットを『無駄』と指した。
「構わぬ……。何度も言うがお前の力に依って我は救われたのだ。寧ろ心から感謝している」
レイシャの顎をクィッと持ち上げ、愛らしい頬に接吻を寄越した女神の手向け。
戦の天秤シアンとの争いに幾度も敗れた罪を問われ牢獄に閉ざされた彼女を解放したのは、この戦之女神自身だ。
「え、エディウス……様。何とも勿体なきお言葉……!」
ハッと息のむレイシャの驚きと誉れ。女神の施しに恐れ多くも顔を赤らめ、持ち上げられた首を再び垂れた。
ルオラ同様、戦之女神の秘密を握る契りを交した彼女。
レイシャが秘めた力の加減具合も戦之女神は当然知っていた。故にレアットを救わざるを得なかった理由は、この女神にとて晒していたのだ。
「それにこの男、我も気になるのだ。敵側へ返すより、此方側で囲って様子を見たい」
レイシャ的には敬愛する女神を救う為、戦之女神様の命を狙った敵を、断腸の思いで拾った云わば余分な塵に過ぎなかった。
されどグラリトオーレと互角以上の戦いを展開した上、勝手に回復しているらしい敵の可能性を気にせずにはいられなかったのだ。




