第45話 無償の愛が判らない
トリル………。エドルの希望といえる不死鳥の召喚の生贄とされた。
にも関わらず父を許し、己の境遇を許し、果てはこの我に支配されることすら許容した………何故だ!?
我には全く同感出来ぬ。人間共は無償の愛などという、ふざけたことを口にするがそんなモノ存在しない。
だってそうだろう? 人の善意とは必ず見返りを求めるものだ。友人、恋人、仕事、親子……。全ての関係は見返りを欲しがって構築するのだ。
美しい異性が欲しい、優しさが欲しい、地位と名誉が欲しい、金が欲しい………。そして何より愛が欲しい……。
人間である限りそれは必然であろう。自己の欲が満たされる未来を信じなければ前には進めない……それが人間のサガだ。
しかし貴様という女は不死鳥召喚の儀を甘んじて受け入れ、自らの全てを取り込まれる結果を知りながら受け入れた。
それどころか家を捨てた姉にその力を託した。奴はそれが耐えられず、不死鳥の半身を貴様に残した。
だから貴様は今も生きていられる。だがこの我が完全に貴様を支配したことを知った彼女は、やがて貴様と我を屠りに来るだろう……。
―冗談ではないっ! 我を巻き込むなっ! 我は貴様を捨てて新たな力を得て必ず生き続けるっ! 高みに到達するためにっ!
―悲しいね、貴方にだって心はあるでしょう……。
―黙れ黙れ黙れっ! 判るのものかっ、我は所詮出来損ないだっ! それを埋めるためにお前達を利用するっ! 貴様とて最後の最期まで、潰れ果てるまで酷使してやろうぞっ!
◇
「あの狭い角の向こう……。来ますっ、ここは我々だけで……。行くぞっ」
「はっ、カネラン殿。この先にいる連中だけは我々だけで充分……。いや、我等がやらねばっ!」
この先、通路が急に狭くなっている。そして恐らく直角に曲がっている向こう側。静まり返ってこそいるが、明らかに何かいる。しかも大勢。
カネラン率いるコボルト兵達が先陣に立つ。彼等は全く躊躇せずに各々《おのおの》武器を手に取り飛び込んでいく。
シアン等もすぐに後へ続くと、そこにはある意味壮絶な光景が飛び込んできた。
「お、同じコボルトの群れ……っ!」
レイチの言う通り、カネラン達は同種族と争っていた。相手はこの洞窟を自分等の住処にしている連中。言うなればただのコボルト。
カネラン達のように装備も揃っていないし身体も痩せている。ただ野生動物のように本性を剥き出しにして襲ってくるだけだ。
中には武器すら持たず、己の牙で狼の如く相手に嚙みつこうとする者すらいる。練度の高いこちら側とでは相手にならない。
「勇気の精霊よ、我に死すら恐れぬ勇気を……」
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に……」
ハイエルフのレイチと防御魔法のスペシャリストでありミリアが詠唱を始めている。カネラン達は全く消耗していないというのに戦いの準備をしているのだ。
「いますよ……。恐らくカネランさんが嫌な匂いといった正体は、目の前の彼等じゃありません」
「そういうことでございますわ……」
二人共、目前の争いを見ていない。そのさらに奥の暗闇から感じる不穏なものに目を向けていた。
「そういうこと、彼女が来たのか……。ニイナっ!」
流石にシアンも感づいた。しかも一度剣を交えた相手に相違ない。
ニイナは名前を呼ばれただけで自分の役目を瞬時に察する。
「光の精霊達、混ざって弾じけろっ!」
「………勝利の女神の微笑みを! 『戦乙女』」
「………いかなるモノも通さぬ強固な壁をこの我に『フェルメザ』!」
「下がれっ、カネランっ! それは囮だっ!」
ニイナが光の精霊を奥の闇に投げつけるように放つ。レイチが勇気の精霊戦乙女の上位術を完成させる。
同時に暗黒神の防御系魔法で自らの右手に手刀のごとき光を纏わせるミリア。
そしてシアンは、カネラン達に後退するよう命令する。
倒した筈のコボルトの影から黒い刃が鞭のように伸びて、逃げ遅れた連中は首を刈られたり、心臓を貫かれて即死した。
光の精霊が周囲に弾けると、それらの黒い刃は姿を消した。
「レイシャ・グエディエルだったか……。こんな小細工が必要なのか?」
「そいつら邪魔なんだよ、だから頭数を減らしたが悪かったかい? シアン・ノイン・ロッソ」
「デエオ・ラーマ、戦の女神よ。我を拘束する心の鎖を解き放つ! 代わりにかの者の心を捧げる! さあ、縛りあげよ! 『拘束之鎖』!」
「やらせませんっ!」
レイシャの後方に隠れていた賢士が唱えた術は、自らの心の鎖を解いて相手を拘束する鎖に変える。
レイチかミリアを狙ったらしいが、ミリアが輝く手刀で悉く叩き斬り落とす。
「ミリア、レイチ、それは次があるっ!」
「デエオ・ラーマ! 戦の女神エディウスよ! 地獄の番犬の鎖をもって……」
「詠唱させないっ!」
シアンの忠告がいくまでもなく、レイチが賢士の首元にナイフを投げつけた。届きこそしなかったが、詠唱は中断された。
さらにレイチは投げたナイフを追う程の俊足で相手側に迫る勢いだ。
「調子に乗るなっ、小童っ!」
そこはレイシャが黒い実体剣の二刀を持って反応する。上段と下段、両方から繰り出される刃。
首を狙って来た方は捻りで回避して、下段の方は弾き飛ばれるもナイフで応対するレイチ。
(は、速いっ!? なんて反応だっ!)
素早い剣さばきには自信のあるアギドだが、勇気の精霊で超加速したレイチの動きに舌を巻いた。
(いかんっ、見惚れている場合ではない)
「暗黒神の気まぐれの吐息、黒い雲、あの者を我の僕と化せ」
生き残っていた洞窟のコボルト達に黒い雲がかかり、その瞳が赤く怪しく光る。アギドが使った魔法は相手を自由に操るそういう術である。
カネラン達には悪いが気兼ねしている場合ではない。盾代わり位にはなって欲しいと思った。
それを見たレイシャは冷たく笑う。
(さあて……エディーちゃんとの遊びを放って出張ってきたのだから、せいぜい楽しませて頂戴)
「戦の女神よ、この勇ましき者達に貴女の祝福を」
レイシャの後方にもう一人、戦の女神の司祭が隠れていた。味方の士気が高揚する奇跡を使う。
ディオルの街でやられた借りは必ず返す。そのためにレイシャは、パーティーを組んで来たのだ。




