第47話 白き介錯 -ᛏᚺᛖ ᚠᛁᚾᚨᛚ ᛗᛖᚱᚲᛁ-
虚ろなる十六夜の下──。
亡き夫ノインの力を借りたシアン・ノイン・ロッソが傷を負わされた飛竜に跨り夜空を自由に舞う。
対するレイシャ・グエディエルは白い神竜巨躯と翼が巻き起こす力を持て余しつつも戦の天秤へ一矢報いるべく己の限界を余す処なく引き出す。
互いに異なる意味合いだが限界を迎えながらも戦士の矜持を振るう。
修道騎士レイシャが黒い二刀を抜刀の構えでシグノの爆発力を全開にしながら決死の覚悟を震わす特攻。
待ち受けるシアンと手負いの飛竜──。此方の数倍は在る敵が飛び込んで来る本来薄ら笑いなぞ出来ない状況。
されどシアンは笑う。決して余裕の為せる微笑ではなかった。
武者震い──好敵手は自分の力を認めたからこそ全身全霊を以て飛び込んで来た。実に心地好い戦慄、自分も全力を以て迎え討たねば申し訳が立たぬのだ。
月の女神アルテミスの微笑みを引き出せる女戦士は果たしてどちらか?
◇◇
About eight years ago──8年程前の出来事。
20歳に成ったシアン・ロッソ。
フォルデノ王国の外れに位置する大きな樹木を掘り抜き拵えた童話にでも出て来そうな喫茶店を訪ねた。
「いらっしゃ……。嗚呼、シアンか。そろそろだと思っていた」
40代の男性が独り、カウンターにて食器を洗いながら店じまいの準備に勤しんでいた。
紫色の長い髪を草臥れた様子で垂らした閉店前に滑り込む本来なら招かれざる客。
店主ノインが挨拶を程々に済ませ、適当に店の扉へ下げた札を『CLOSED』に返す。けれどもカウンターへ伏せてしゃがんだ女性客を何故か帰そうとはしなかった。
「私が云うのもおこがましいが早めに切り上げて本当に良いのか?」
紫のマントを肩から被せた戦士風の女性。
店主ノインの30分、気の早い店じまいを紫色の目線で追う。マントに一応隠した鎧から覗かす若さ溢れた肌色が何とも艶めかしい。自宅に帰った様な油断ぶり。
現在暗黒神に雇われたシアンと姿形は余り変わらぬ。なれど成人に達したばかりの若さをまるで活かし切れてなかった。
「今からこの店に来る客人は皆、私の淹れる珈琲じゃなく貴女狙い。それはこの私が面白くないのだよ」
呆れた声色を響かせシアンへ返答を寄越したノイン。白髪の始まった頭を掻いた。
自らの年齢に過半も届かぬこの娘を受け入れるノインは、シアン・ロッソから来る都度、店を貸し切りにする決め事を貫き通す。
8年後、シアン・ノイン・ロッソに至った女店主が友人ヴァイロへ贈った応対に似ていた。
「私は客寄せに成っても構わない……ごめんなさい嘘」
「知ってるよ、聞く迄もない」
カウンターにて肘を枕に疲労が溜まった仕草のシアン。自分狙いで入店する客人を想像し、言葉を濁らす。
若さ溢れた頃から低音利かせたシアンの艶を感じさせる声。例え疲れていようが相手を揺らす。
ノインの声音はシアンのそれに輪を掛けた人を惹き付ける魅力を滲ます。
御婦人なら誰しも彼の珈琲と心開ける相槌に癒され焦がれた。
店主ノインは苦笑いだけ返すおおらかさ。
未だ注文を聞いてない客の珈琲を勝手に淹れ始める。まだ20歳に成ったばかりのシアン。珈琲の味など知る由もなかった。
幼き時分、父を失ったシアン。
父が生きてた人生のIFがあったのなら、こんな気遣いを受けられたやも知れない夢を見に来るのが目的。
後は当時から戦の天秤と呼ばれた不名誉を此処に流れる珈琲へ混ぜ込み散らした。シアン──他人の命と引き換えに路銀を得るには余りに若過ぎたのだ。
適度な気分を満たしたくノインの元を偶に訪れ、特にこれと言った話をする訳でもなく店を後にしていたシアンの気分屋。今の固さとは比べる迄もない。
然も傭兵稼業に明け暮れ色恋沙汰がひと欠片もなき貧しき人生を過ごしていた。
一方ノイン、決まった相手を作らなかった。店と珈琲が彼の恋人。
シアンとノイン──。
いずれも恋煩いを嫌う職人気質な処が恋愛から遠ざけていた。
それ故、気の合う恋人に交わる未来がやがて訪れるのだが暫くの時間を要した。
◇◇
「シアン覚悟ォッ!」
「来るかレイシャァッ!」
元来夜の闇に紛れる黒い剣を納刀しながらシグノの力を駆使しシアンと飛竜に向け突貫を図るレイシャの猿叫が如き雄叫び。加えて白い月の輝きへ溶け込み朧に化けた。
──距離700…600……。ぐぅ…! 未だ十六夜の重みは顕在か!
レイシャが吐いた気合の叫びに合わせ、此方も叫んだシアンは文字面通りの測り事を始めていた。レイシャが仕掛けた躰の重さは未だ彼女の中にて燻り続ける。
シアン、何故か飛竜の旋回飛行を止め、レイシャを待ち受ける一見愚かさ滲む。
飛竜の体力が続く限り飛び回り、敵の狙いを定めさせるべきではない筈だ。ブリキの玩具を鉄球の眼前に置いた愚直な態度。
──何を狙っているか知らないけどさ! こっちはもぅ殺るしかないんだよッ!
レイシャが不気味を感じ取ったシアンの待ち伏せ。然し今さら後には退けぬ。乾坤一擲を叩きこむ以外の道は閉ざされた。
レイシャが操る白い神竜を地上の山林から見上げた貴族バンデからシアンが借り受けた亜人達。
シグノが夜空へ描いた白の軌跡──人生に於いて一度切りの出逢いしか与えぬハレー彗星の美麗と儚さを彷彿させた。
「──シアン殿ォォッ!」
この期に及んで未だ落ち着き払った大将シアンを見たコボルト族の長、カネランが絶望に満ちた叫びを上げた。
紫色の炎を燃やしたシアンだがカネランにはまさしく風前の灯火に映りゆく。
──0!
十六夜が成す影を最大限活かしたレイシャの抜刀術。
黒い二刀を十字に抜刀──伸ばした影でシアンの騎乗する飛竜の翼を斬り伏せ、動きを緩慢へ落とした処にトドメ。影ではなき真なる刃を刻む腹積もり。
──がっ、手応えが全く以て感じ取れぬ。シアン・ノイン・ロッソと飛竜の絵面のみを貫いたレイシャの大誤算。
──残像の幻術!?
シアンを斬り伏せられると思えた夜空にて白き彗星の突貫を止めてしまったレイシャの苛立ち。
本命は幻術を突いた向こう側、手ぐすね引きながら敵が止まる好機を待ち受けていたのだ。
──たった一騎相手に『境界の残像』を使わされた。だがッ!
赤を以て燃やした手槍を突き出し動きを止めたレイシャとシグノへ、次はシアンが特攻に全て賭ける。例え質量が違い過ぎる相手でも停止したのだ。後は一点突破を狙うのみ。
レイシャはシアンに依って裁きを受ける覚悟──遂に腹を括る。
このまま地元ロッギオネへ帰り汚名を着るくらいなら認めた敵の手に掛かる潔い討ち死を欲した。
だが──今度はシアンの手槍が夜空を斬る驚異。
レイシャの騎乗するシグノが何かに操られた様に勝手にもシアンの攻撃を避けたのだ。
レイシャを捉えきれなかったシアン。避ける気なぞ微塵もなかったレイシャ。両者が瞠目させられた。
▷▷──レイシャ・グエディエル! 我の赦しなく勝手に命を絶つ愚か! 決してまかりならんッ!
何処からともなく聞こえた神々しい叱咤の声。
レイシャとシアン、両者の鼓膜を魂毎揺さぶり掛けた。紛う事なき戦之女神の声音。
ただの一言──二人の争いそのものに女神が歯止めを掛けたのだ。




