<校正中>第35話 ハーフエルフと森の癒し
負傷したシアンを連れてフォルデノ王国の貴族バンデの館に帰還したノヴァン達。
ルチエノの迅速な先導で医務室へと運ばれるシアン。
病院さながらの施設が整った部屋である。バンデは一体どのタイミングでこれを用意したのであろう。
しかしそこで待ち受けていたのは医者どころか人間ですらなかった。いや見た目だけなら美しい女性なのだが、実は森の精霊『ドリュアル』が人間の姿を模したものだ。
さらに精霊を人間の姿へ変えるなどという奇想天外なことをやってのけたのは、人間の医者であった父とエルフの女の間に生を受けたハーフエルフの女性なのである。名を『エルメタ』という。
エルメタは早速シアンをベッドに寝かせるよう指示を出すと、次はドリュエルに与えた特殊な力を使わせる。
ドリュエルがシアンの手を握り目を閉じて集中する。するとドリュエルの方から暖かみのある光がシアンへ注ぎ込まれる。
「え……凄い。傷が癒えてゆく……」
「ドリュエルは本来なら森に迷い込んだ人間の命を吸う精霊です。今、彼女にはその逆をさせています。戦之女神の回復の奇跡などには遠く及びませんが、数時間もあればこれ程の負傷であれば、ほぼ全快出来るでしょう」
少しづつではあるが、目に見えてシアンの火傷が消えてゆくのが分かる。森と精霊に通じる所があるエルフ族が、人間の医者の知識を得たからといって、こんな事が出来る様になるものなのだろうか。
「それにしてもシアンさんとエディウスの争い……能力もだけど色々と気になる事を言ってたね」
「同感です。それに関しては我等が神、ヴァイロ様にも直接聞いて頂くべきと考え、ハーピーを一人使いに出しました。恐らくシアン様の意識が戻る頃には訪れるでしょう」
「我等が神………か」
「余計な真似だったでしょうか?」
「あ、ううんっ………。そんなことない」
シアンとエディウスの激しい舌戦を思い返すリンネ。そしてルチエノのヴァイロを示す言葉に少し動揺する。
ヴァイロに負けて以来、上手くは言えないが正直彼との距離を感じているリンネである。
ルチエノに対して首と両手を振って愛想笑いで誤魔化すリンネ。それでも未だにこちらを心配そうに見つめるこのハーピーの全身を改めてじっと見つめる。
黄緑色の切り揃えた髪に赤と青の瞳が特徴的な顔。背中の翼が黒でなければ、亜人というより天使と呼んでも差し支えない容姿だ。
(ルチエノ………。彼女凄く綺麗だし、とても良くしてくれる)
「あ、あの……。リンネ様……。私何か……」
(………あのカネランっていうコボルトも頭良さそうだし、何よりも忠義を尽くしてくれる事が良く分かった。私はヴァイロを……。私の方こそ彼を暗黒神だと決めつけていたのかも知れない)
「リンネ……様?」
「ご、ごめんなさいっ! 違うの、本当に気にしないで。ヴァイロに連絡してくれてありがとう」
少し声量を大きくしたルチエノの言葉にハッとするリンネ。慌てて頭を下げてルチエノには全く非がないことをアピールした。
それから約4時間が経過。周囲はすっかり陽が落ちていた。エルメタの言葉通りシアンの傷はすっかり癒えて意識も取り戻す。しかし疲労回復した訳ではないので、まだベッドで横になっている。
さらにルチエノの言った通りにヴァイロがハーピーと到着した。バンデの広い屋敷の中を走って医務室を探したヴァイロ。入って来た時には息が上がっていた。
「は、ハァハァ………。だ、大丈夫なのかシアン?」
「フフッ……。まさか私のためにヴァイロ様直々走ってくれるとは」
「お、お前は子供のいる母親だから心配しただけだっ! それ以外に他意はないっ!」
「まあ、そういうことにしておこう」
実際シアンもヴァイロも仲間以上の意識はしていない。ただヴァイロの慌てぶりが面白くて、シアンは少しだけ煽ってみた。
この二人のやり取りを見た内縁の妻がやきもちするかというと、そんなことはない。
むしろ長年の友人の負けを聞いてこの位心配する夫の行動は、通常運転だとすら思っている。
「それよりどうっ、シアン? 疲れているのなら明日でも良いけど」
「んっ? どうしたリンネ」
「今から話す事は出来そう? 貴女とエディウスについて……」
「………成程、そういう事か。うむ、問題ない。私もこの話はヴァイロがいないと意味を成さないと思っていた。私の疲労も気持ちについての心配も無用だ」
いくら回復したとはいえ確実に重い話をシアンにさせることになるのを気遣うリンネ。
軽く微笑みながら問題ないことをアピールするシアン。むしろ今、話すべきだと思っている様だ。上半身だけを起こし、目つきが完全に覚悟を決めたソレに変わる。
「結論から言おう。エディウス………。いや、あれは私の実の妹トリルの身体を能力ごと支配した何者かだ」
「な、何だと!?」
「え………。そ、それはいくら何でも………」
シアンの口からとんでもない発言が飛び出す。全く予備知識のないヴァイロと、多少は内容を聞いていたリンネ達のリアクションが異なるのは当然しても、驚きであることには違いない。
「私だって驚いている……。しかも生きていたと思いきや最早ただの抜け殻であり、結局は殺さなければならない相手だと知って、途方に暮れたのだ」
皆の様子を見ながら話を続けるシアン。彼女にしてみればここにいる誰よりも圧倒的に驚き絶望したのは自分だと声を荒げたい所だ。
しかしそんなことをしても何も好転はしない。彼女にとってこれからの責務。それは妹トリルと同じ目にあう連中をこれ以上増やさないことだ。
「少し話が長くなる、面白くない話だ。覚悟して聞いて欲しい………」
そう言いながらベッド脇にあった水を飲むシアン。聞き手の皆に覚悟を要求する彼女。
実は水を飲み干すことで誰にも生涯語る気がなかった事柄を話す覚悟を決めるための行動であった。
「私は元々エドルに在るカスード家出身だ。トリルは私にとって7歳下の妹。妹は生まれた時から身体が不自由でずっとベッドの上にいる存在だった。けれども兄弟達の中で最も優れた素質を持っていたのだ………」
ヴァイロですら見たことない陰気くさい顔を露わにして語り始めるシアン。
それ程にこれから語られる内容は重苦しいものであった。




