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<再編中>幻影と白幻を抱いた神々の英雄譚 —Saga "Vairo" et "Edius"—  作者: 狼駄
第3章 憂愁の傭兵と森に微睡む二重の永劫(ᛖᛁᚷᛟ)
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第18話 ノインの中のシアン ―ᚲᛃᚨᚾ ᛁᚾ ᚾᛟᛖᛁᚾ―

 俺達の神竜ノヴァンが弱体過ぎる──。


 約半年、壮絶(そうぜつ)鍛錬(たんれん)の末、どうにか手にした暗黒神(ヴァイロ)最強(クラス)の魔術。惜しみなく注ぎ込んだ結果、ただ偉ぶるだけの黒い竜が生誕した。


 (いきどお)りの()け口をヴァイロの何とも陳腐な神殿(ツリーハウス)に求めた子供達の鬱憤(うっぷん)


 だが今日は神殿に住み込みしている緑色の髪際立つ巫女(リンネ)言伝(ことづて)だけ残し、神は()()(たもと)へ何と遊戯(ゆうぎ)に繰り出した。


 ぶつけようのなき苛立(いらだ)(つの)()()達。

 特に敬愛をとうに過ぎた熱愛抱く灰色のミリアからの鬱屈(うっくつ)度合いが(はなは)だしい。


 高額な支援金を引き出した貴族共への営業(挨拶)回りはまあ判るとして、美麗(びれい)な未亡人が独りで店を構える喫茶店に向かう(あや)しい(てい)たらく。


 ヴァイロ・カノン・アルベェリアは大人の男。

 その位の遊び、(余裕)別に居ても(在っても)不思議ではない。


 然しそれはあくまで理屈の範疇(はんちゅう)

 友人とはいえ好意を寄せる男性が女と語るのだ。心中穏やかでいられる訳がない。


 けれどもリンネは普段通り、自分達へ香り(御茶)を届ける余裕。


 同棲者(リンネ)を追求したミリア、自分自身大人げない自覚がある。


 さりとて涼しい顔で窓から入る風を髪で受け流し『私…ヴァイを信じてるから』リンネ余裕の顔立ちがより一層ミリアの嫌いな意固地(いこじ)を引き立てるのだ。


「ふーん……そういうものでございますか」


 リンネの言葉には、(いつわ)りも妥協(だきょう)さえも全く以て(にじ)みがみえない。


 ──(なぁに)その余裕綽々(しゃくしゃく)……私だけ空回(からまわ)りして馬鹿みたいじゃない。


 ミリアの不服顔をみつけたアズールとアギドが押し(だま)る。読みたくもない心の中を、見せつけられた気分。合わせる顔を知らない無垢(むく)な少年達。


 ──それにしてもノヴァンの力……アレは恐らく全力ではない。理由こそ判らんが。


 実の処、ノヴァンに対するアギド本音の解釈(かいしゃく)がこれなのだ。


 ノヴァンと共闘(きょうとう)の最中、アギドは肌でそれを実感。


 ノヴァンの首に乗り騎馬と云うよりまるでポニー扱いしたリンネが最も黒き竜(ノヴァン)の真実へ近しい場所に居ると確信していた。


 ◇


 此方はフォルデノ王国とカノンの丁度境目(さかいめ)辺りに位置する喫茶『ノイン』。

 フォルデノ城下町の喧騒(けんそう)からだいぶ外れた裏手。樹々が生い茂り、人の往来(おうらい)が少ない(さび)れた地域。


 とうに寿命が尽きた大樹(たいじゅ)防腐(ぼうふ)(ほどこ)し、(みき)をくり抜いて作った建物。


 世辞(せじ)にも大きい店とは言えず、カウンターとテーブル1つだけ。5人も客が入れば満席になる隠れ家的な(たたず)まい。


 自然、店内の内装(ないそう)も木をそのままあしらったものが多い。カウンターの中には、珈琲(コーヒー)だけでなく、他の茶葉(ちゃば)や酒類も僅かだが列を成す。


 窓が少ない上、灯り(ランプ)の数も少ないので、自然店内は薄暗い。

 だからこそ灯りのオレンジ色が良く映える。マスターの(こだわ)りを感じる造り込み。


 色々と(あきな)いをするには好条件とは言い難き場所。然しこの店、先代から続いており30年近く営業を続けていた。


 初代は今のマスターの()き夫。

 つまり二代目は未亡人(みぼうじん)


 歳はまだ20代後半。(はな)として充分通用する若さ。亡き夫の方が倍ほどの歳上であった。


 彼女自身、元々この店の常連(じょうれん)であり、親ほど歳の離れたマスターの気遣(きづか)いと何処(どこ)よりも美味しいと評判の珈琲を心から愛した。


 結婚後5年程、共に店をやりくりしたのだが、夫が急性の(やまい)(おか)され妻が店を継いだごく有り触れた愛絡めた人生の流れ。


 以来この店のマスターは『シアン・ノイン・ロッソ』である。ロッソは旧姓(きゅうせい)だが、ミドルネームに互いが愛したこの店の名を(きざ)んだ。


 珈琲の味は先代(ゆず)り。それだけでも懐かしくも哀愁(あいしゅう)(ただよ)う味求め、珈琲好きが各地から態々(わざわざ)訪れる。


 その上、美人の未亡人(独り身に戻った美女)が気さくに話を聞いてくれるので、(むし)ろ先代の頃より男性客が増えた。


 カウンターに酒類が増えたのも、それを見越した客人と店主の駆引きの表れであるのだ。『あわよくば……』そんな良からぬ客を掌の上で転がす(あきな)い上手。 


 紫色で肩には届かないサラリとした髪。

 大樹の中、人を忘れた森の精霊(清らかなエルフ)彷彿(ほうふつ)させる翠眼(緑の瞳)。スラリと伸びた背丈が(くじ)けぬ大人の女性を演出。


 常にジーンズ姿の笑顔でお出迎え。

 スカートでなくて余程有難いのだ。躰の流れ(ボディライン)と人当たり良い彼女のトークが在れば酒の(つま)みなど邪魔でしかない。


 左側に在る泣きぼくろ。飾りでなく()()()、本音で泣かせてみたい好い女だ。


 少し低音がかった声は舞台で男優を(えん)じられる程、聴く者を夢心地にさせる。

 そんな次第で実は男性のみならず、女性にも定評(ていひょう)がある女店主のシアンなのだ。


 けれども本日、この店の客は独りの男だけ。

 シアン・ノイン・ロッソを間近に独占する大層贅沢(ぜいたく)なカウンターを牛耳る客人。


 (あらかじ)め連絡し貸切(かしきり)にした常連客。

 女性受けなら此方も引けを取らぬ色男、銀髪の()()()()。神様の役割を捨てたい気分に浸る──喫茶ノインに求める逃避行。


(いく)虎の子の竜(ノヴァン)が負け、散々叩かれたとはいえ、それで私に泣きつく程、お前は軟弱(なんじゃく)だったかな?」


 注文も聞かず馴染(なじ)みのブレンドを()れるシアンの気遣(きづか)い。心地良き温かみと含んだ笑みすら交えてカップに(こぼ)した。

 そのブレンドのオリジナリティもさることながら、白い陶器(とうき)のカップも先代が拘り抜いた実に良い造形。


 薔薇(ばら)の花びらが器、握り手が絡み合う薔薇の茎をイメージした造り。裏には名工の名が(きざ)んである良き(うつわ)


「当然だ、ノヴァンの強さは(むし)ろ想定通り。彼奴はこれから強くなる。今夜はアンタに(なぐさ)めを求めに来た訳じゃない」


「ほぅ……じゃあ何かな?」


 疑問を投げ掛ける割、相手の顔を見ない興味なさげに映るシアンの()()()()。好い男に余分な追求は不要。気持ち良く相手の心を引き出すのが彼女のお役目。


 ヴァイロは真面目な顔で席を立ち、カウンター越しで笑うマスターに詰め寄る。


「喫茶店の店主じゃない、もう()()()()()()()()()()って相談だ」


 ヴァイロも中々どうして()が悪い。

 珈琲の香りが辺りに浮かぶ気分を拾い、シアンの反応をすこぶる楽しむ。

 演技めいた(あざけ)笑い、シアンの動向(瞳孔)を緩んだ赤い瞳で見やるのだ。


「──もうひとつの力……さて? 一体何の話かな?」


 顔色変えずシアンは応えるのだが、ヴァイロと視線を決して交換しなかった。

 それが後ろめたさなのか、(きょう)が冷めたか(さだ)かにさせぬシアンの巧み。


「この店の恐らく地下(根元)で大事に(かこ)っている、貴族達から強奪(ごうだつ)した芸術品の数々を公言(こうげん)してもか?」


「……何が望みだ」


 さも挑発的なヴァイロの煽り──。


 途端(とたん)、シアン紫の目と声が鋭敏(えいびん)刹那(せつな)に宿る。


 ギロリッと(にら)みを利かせ(まばた)きひとつ残らず置き去りにする。

 カウンターの裏、相手の死角である左手。一体何を(にぎ)っているのやら危ういものだ。


「いや待ってくれ、()()()()()()刃物沙汰(にんじょうざた)(いど)む程、俺は馬鹿じゃない。だから左手の()()()()()で俺の首元を狙わんでくれ」


「ハァ……」


 シアンに()止めを要求する割、緩み切った顔のヴァイロ。両手を挙げ戦闘の意志がない胸中を明かす。


 シアンは左手に仕込んだ得物(えもの)を見抜かれ溜息(ためいき)をひとつ。珈琲が浮かぶ店内に流した。

 観念(かんねん)した心持ち、カウンターの上に握ったナイフを静かに置いた。


「貴族共が大層汚い金で手にした美術品。それも亡き旦那(だんな)の御父様が造形(ぞうけい)した作品ばかり。云わば自分の物を取り返しただけ。言い降らすってのは(うそ)だ。悪戯(いたずら)が過ぎた、済まない」


 ヴァイロは仰々(ぎょうぎょう)しく席を立ち、シアンと亡きオーナーに対する非礼(ひれい)()びるべく深々と銀色の頭を下げたのだ。

挿絵(By みてみん)

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