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幻影と白幻を抱いた神々の英雄譚 —Saga "Vairo" et "Edius"—  作者: 狼駄
第3章 憂愁の傭兵と森に微睡む二重の永劫(ᛖᛁᚷᛟ)
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第17話 降り積もる白哀(ᛒᛃᚨᚲᚨᛁ)

 ロッギオネの中心地、白銀の女神エディウスを祀(まつ)る神殿が迎える沈んだ夜。


 粉雪散らつく様な白き鎧を脱いだ白銀の少女。

 長きに渡る髪の毛さえ銀世界、永久凍土(えいきゅうとうど)かはたまた氷河を思わす白愛(はくあい)が織り成す奇跡の造形。


 されど性を求める乙女に堕ちのび、一番弟子ルオラの部屋を今宵(こよい)も訪ねていた。


 女神が態々(わざわざ)毎夜、弟子の寝室に出向く。

 同じ性同士が重なり求める累(・)卵(・)。この共依存、誰かに見抜かれようものなら、割(・)れ(・)て(・)破(・)れ(・)て(・)も不思議ではなかろう。


 今夜は魅(・)せ(・)る(・)ネグリジェをエディ、ルオラ互いに羽織(はお)っている。着衣の方が余程艶(なま)めかしいやも知れぬ露(あら)わな姿形。

 濡れた愛欲の余韻(よいん)が、かえって露骨(ろこつ)に映えた。


 ルオラは独り、大人の煙草を燻(くゆ)らせている。

 少女エディが唯一嫌うルオラの汚点だ。例え愛溢(あふ)れても、何もかも自身(相手)に染み入らせるほど人間とは不出来な生き物である。


「エディ……幾(いく)ら何でもア(・)レ(・)は、やり過ぎたんじゃなくて?」


 少し窓を開け、街並みの灯り失せた夜に視線と記憶を落とすルオラの指摘。神を咎(とが)める大胆さ。


 賢士(けんし)ルオラが煙草の味を不味(まず)く感じる『アレ』とはヴァイロ・カノン・アルベェリアが召喚せしめた黒い竜ノヴァンとの争いでみせた森(・)の(・)魔(・)法(・)。


 加えて『その力、我が譲り受ける』堂々宣言してみせた例のア(・)レ(・)だ。


 戦之女神(エディウス神)──。

 教えを解かぬ戦頼みな女神の存在意義、禁忌(きんき)が相手に伝わる深刻さをルオラは、エディの好まぬ煙に乗せ送り届けようとしていた。


 それは白銀の乙女が、同性を好む性癖(せいへき)にも繋がりゆく人生の転機。

 エディウスは、名も性(姓)も変え実に200余年の人生をこれ迄歩んできた。


 元来、男の形(・)をしていた。──がっ、それは性別と区分け出来る代物でさえなかった。

 やがて長い黒髪を結い、口元にほくろの在る翠眼(すいがん)を湛(たた)えた流麗なる大人の踊り子に自らの意(・)志(・)だ(・)け(・)を捻(ね)じ込むが如く強引に孕(・)ませた。


 異性を全く以て愛さず、当人も気づかぬうちに歳がひと回り以上若い金髪の女性をこよなく欲する捻(ねじ)れに堕ちた。だから今とて女性が愛の対象、男を好む意識が欠落していた。


 この際、戦之女神(エディウス神)の性癖(せいへき)は敢えて捨て置く。

 性別無き存在が、踊り子に移り変わった後の話。ルオラが咎(とが)める理由の本筋へ繋がり至る。


「わ、判っている……」


 酷く言い淀(よど)み俯(うつむ)く白銀の女神(エディウス)。落とした肩震わせ蒼き視線を曇らせる。

 誤魔化(ごまか)しなのか、或(ある)いは濡れた身体と心が真から冷え切ったのか。

 エディはルオラの香り漂(ただ)う床の間(とこのま)を這(は)いずる様に抜け出すと、ファサとネグリジェを床へ落として部屋の湯浴み場を借りるべく席を立った。


「い、言われる迄もな…い」


 荘厳(そうごん)な女神を置き去りに白く透けた肌を湯に沈め、口の辺り迄顔を落とした。意味こそ違えど文字通り清(・)濁(・)混(・)ぜ(・)て(・)飲(・)み(・)干(・)す(・)役(・)目(・)を強要された乙女の憂鬱(ゆううつ)。


 己が生誕して200年、さらに人間の踊り子に生まれ変わってから凡(およ)そ170年。この谷間(期間)──森の女神(ファウナ)とアドノスを創生した黒い女神、危ういにも程がある。


 百数十年──。

 人の歴史、ましてや一個人の人生と照らし合わせるならば伝承が歪(ゆが)む刻(とき)の流れやも知れない。

 それはこの世界軸に於ける医療(寿命)でも未だに不変だ。


 さりとて同じ人族でも悠久(ゆうきゅう)の暦(こよみ)を駆け抜けるエルフ族、さらに人類より優秀な記憶媒体(ばいたい)を持ち得た人型アンドロイド。


 彼等の側に立ち返れば寸刻(すんこく)に成り果てる。

 また仇(敵)が森の女神のよもやな従(・)属(・)──最も気に掛けねばならない事柄を知り抜きながら150年前拾った幸せの欠片(かけら)を迂闊(うかつ)にも晒(さら)した。


 白銀の女神、水に等しき透き通った今の己に触れながら独り孤独な虚空(こくう)を見上げる。天井から落ちた雫(しずく)か、或(ある)いは自身の身体から流れ溢(あふ)れた何か判らぬ余剰(よじょう)を拭う。


 ──フ(・)ァ(・)ウ(・)ナ(・)、そして我を成す黒の女神。愚(おろ)かだと思うならこんな我をどうか嗤(わら)ってくれまいか……。


 ◇◇


 一方、戦之女神(エディウス神)の襲撃を受けたカノンの暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリアと若輩過ぎる弟子達。

 如何(どう)にか退(しりぞ)けたエディウスから『戦争をしようぞ』と熱き御指名を受け、対応策に明け暮れた。


 何しろ圧倒的戦力不足のヴァイロ陣営。まともに勝負出来るのは、ヴァイロと弟子の総5名。乾いた笑いさえ起きない。

 戦之女神(エディウス神)が率いる兵力なぞ皆目見当もつかないが、何しろ1国の神を名乗る者。最低でも数百単位は覚悟すべきだ。


 然もアテにしてた新戦力、黒い竜ノヴァンが敵のシグノ相手に軽くあしらわれた。

 

 神竜──神を体現(たいげん)した竜。

 ノヴァンが戦力差を埋めてくれねば戦争処か話にならぬ。


 さらにエディウスが無詠唱で具現化した重力解放(ヴァレディステラ)と爆炎(フィアンマ)。

 悩ましい事柄が余りにも多大過ぎ、何から手を付ければ良いのか途方(とほう)に暮れるヴァイロの子供達。


 取り合えずヴァイロのツリーハウスに押し入り作戦会議──とは名ばかり。

 菓子を奪(うば)い合う愚痴(ぐち)の合戦に精(せい)出す始末。然も今日は合戦相手のヴァイロがリンネだけに言伝(ことづて)、逃げる様に出掛けた後であった。


 ヴァイロの子供達──酒要らずの酔いどれ共が、矮小過ぎる暗黒神の神殿に収まり切れず、哀しい放し飼いに転じたノヴァンの耳を揺らす程の怒声を発した。


 然も酔っ払い達の矛先が勘(・)当(・)された形のノヴァンに向かう憐(あわ)れ。


 ダンッ!


「なんだなんだぁッ! ノヴァンの情けねぇ炎の息(ブレス)はよぉ……。このアズール様直々火焔(かえん)を授けてやったってのにッ!」


 リンネが淹(い)れたハーブティーの注がれたティーカップをテーブルの上、叩き付けるアズールの絡(・)み(・)、何しろ別称紅(・)のアズールに酒は要らぬ。


「まあアズの話、判らんでもない。まさか白い竜の鼻息ひとつで吹き消されるとは……」


 青い素(・)面(・)の一番弟子アギドも不満を漏らす。この両者の意見が合うのは随分稀有(けう)、大抵アギドにアズールがコケにされ話が終わるのだ。


「あら、私の創造した黒い鱗(うろこ)は無傷でございましたわ」


 良く整った灰色の長い髪を掻(か)き上げ、新月の守り手(ベスタクガナ)の防御力を独り強調するミリア、少々お高く留まる。

 本音の処、興味がない。何しろ御目当てのヴァイが不在。どれだけ御洒落しようが魅(・)せたい者が居ないのでは全く以て意味がなかった。


 加えて未だ恋敵(ライバル)認定のリンネをチラ見。

 軽く睨(にら)まれたリンネ、小さな背丈が殊更(ことさら)縮(ちぢ)んだ可哀想(かわいそう)な当て付け。茶盆(ちゃぼん)の中に顔を隠した。


「──処でリンネ、ヴァイは一体何処へ出掛けた?」


 アギド、顔こそ普段通りの冷静ぶりを装うが実の処、彼も相当苛立(いらだ)っていた。


 アギドは以前師匠ヴァイロと話したForteza(フォルテザ)探索(たんさく)の任について真剣に相談を持ち掛けるつもりであったのだ。肩透かしを喰らった次第。


「えと……フォルデノ王国の貴族に頭を下げに行って来るとか」


 フォルデノ王国の貴族達、ノヴァン錬成に大枚叩いた出資者(パトロン)達だ。

 いつもより声が小さいリンネ、やはり肩身が狭(せま)い。


 自分の歌で与えたノヴァンの意志、これが上手くいかなかった? 身勝手な思い込みで何の根拠(こんきょ)もないが、この中に於ける年長者、人一倍の責任感を抱いていた。


「──で、その後シアンって女の人がやってる喫茶店を訪ねるとか……」


 続きの話について語尾が濁(にご)るリンネの返答。再び茶盆に顔を緩やかに沈めゆく。

 前半戦はヴァイロの御仕事、此方は言い逃れ出来ないお遊びなのだ。


「はぁッ!? そんなのただの遊びじゃないですか! 然も女性がやってる喫茶店に独りとか。リンネは嫌じゃございませんの?」


 やはり真っ先喰い下がるのはミリア、リンネの向こうに知らぬ女が透けて見えた気分で嫌悪感を露(あら)わにするのだ。


「い、いや……べ、別に。やましい事が在る訳じゃ……ない…し」


 俄然(がぜん)ボリュームの撮(つま)みを下げるリンネの声音。然し嘘(うそ)を付いた覚えはないのだ。リンネは、ヴァイを信じていた。

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