第101話 どんな戦いに於いても生き残る
シアンとトリル……と言うよりはライラとトリルの姉妹と語るべきか。何れにせよ二人の同時詠唱により、完璧な形での不死鳥召喚は成った。
その力を取り込んだシアンは、これまでにない自らの覚醒を感じていた。
「エスポロシエーネ・ルクエアーニ……」
「え、詠唱? マーダが詠唱をするだと?」
此処にいる誰もが耳にしたことのない言葉をマーダは、実に気持ちを入れて奏で始める。
魔法の詠唱と言うより、これより神から人々に言い渡す沙汰があるといった体だ。
エディウスの姿をしていた際にゼロ詠唱であったため、そこにシアンは喰いついた。
「フフッ……。この術は発案者が一度も使ったことがない上に、しかもその威力は魔導器としての竜之牙が耐えられぬ可能性が高い……」
「ほぅ……故に詠唱の必要性を感じたという訳か」
「それに我とて、あの暗黒神に対する敬意を払う位の礼儀は、弁えているつもりだ」
余裕の笑みを浮かべながら、シアンに態々《わざわざ》自分の考えを投じるマーダ。然しならばその詠唱を全力で止めに往かず、あえて黙認するとは一体どうしたことだろう。
「し、シアン様はなぜ黙って見ているのだろう……」
「レイチ、此処から先はシアンとマーダ……この二人の間に介入すべきではないよ」
自らの言葉で話すハイエルフのレイチとニイナ。遂にニイナによる風の精霊術、言の葉による意思伝達すら潰えた。
マーダ以外の者で、翼を持たない連中は、自由の翼も失うので、間もなく浮いていることすら出来なくなる。
ニイナに言われるまでもなく、もう否応なしに不死鳥と暗黒神に割って入ることは適わないであろう。
「………魂を持つ者達の罪を注ぐ杯が溢れ出る」
「…………」
テンポを上げも下げもせず、淡々と朗読のお手本のような喋りで、マーダはこなしてゆく。
緊張の面持ちでもって黙って聞いているシアンは「罪を注ぐ杯が溢れ出る……」に不吉さなものを感じずにはいられない。
背中に生えた炎の翼を広げたままの姿で、両拳を腹の辺りまで上げてステップを踏み始める。
そう言えばこれまで彼女が使っていた槍に、幾重もナイフを重ねて剣と成す例の武器は、使わないのであろうか。
「……悪魔王すら飲み干せぬその衝動が、己が身に降り掛かりし時、自分達の恐るべき破壊の衝撃を知るだろう」
スーッと正面に差し出されたマーダの両手。そこに黒い混沌が急激に集まってくる。まるでこの世にいる全ての者達の闇を集約させているかのようだ。
それが子供でも持てる程の真円の形となって凝縮される。
「さあ……往くぞ、準備は良いか? 此処まで来たら後は弾けるだけだが……」
「さて……それはどうかな? 意外と違う答えが出るやも知れんぞ」
一応忠告めいたことを告げるマーダ。それに対するシアンの顔が、暗黒神に負けじと冷たい笑いを浮かべている。
「や、やべぇッ! アレは絶対やべぇッ!」
「ひぃぃぃぃっ! もう駄目、皆死んじゃいますよぉ!」
地上に向けて竜巻を出しながら、落ちるのを防いでいるレアットと、背中に翼を持つルチエノが大いに騒ぎ出す。
「………ヴァイロ、我が主よ。貴様の優しさではこんなフザけた魔法は成し得ないであろうな」
新しい主の背後から、この状況を最早諦めの境地で見ているのは、黒き竜であった。
「暗黒神の名において、その獄より来たれ悪魔王、災厄の破壊の衝動。人の創りし最大の禁忌よ、今こそ爆ぜろ『原子の連鎖』!!」
カッ!!
ドス黒い真円はさらに凝縮後、凄まじき轟音と共に爆発を始める。
「げ、原子の連鎖!? か、核分裂による爆発かッ!」
「ひ、人の扱っていい代物じゃないですよっ!」
(せ、せっかく隕石の時は、私が止めたというのにこれでは……っ!)
墜ちてゆくしか賢士とレイジが、その爆発の術を恐怖の中で理解する。こんなものが炸裂すれば、アズールがレアットと構築した超爆発と比較対象にならない被害がいよいよ訪れる。
「こ、これが暗黒神の真の力………。我等が女神様では到底太刀打ち出来なかった………」
「グラリンっ、貴女らしくない。力だけが彼女の全てじゃなかったでしょう……」
最高司祭グラリトオーレが膝から崩れた姿で落下する。それを聞いた修道騎士レイシャが、歯軋りしながら否定した。
「往くぞトリルッ!!」
―止めてみせますッ!!
あの冷静沈着なシアンとは思えぬ無謀、無策。愚かにもその爆発の中心核へ、シアンが不死鳥で燃え盛る拳を叩き込む。
(なっ!? な、何をしている!?)
術の発動中は、例えマーダと言えど、ただ見ている以外に出来ることはない。さらに視界の端にシアンが放ったナイフを核とした火の鳥が、数羽飛んでいるを捕える。
火の鳥は全部で四羽。マーダとシアン、二人の頭上に1、足元に3。その点同士を線で結べば、三角錐が完成する場所に配置する。
「ま、まさかシアン、トリル、貴様等は我と共に果てると言うのかっ!?」
「それもどうかな? 不死鳥は文字の如く不死の鳥。お前の不死にすら届くかも知れんぞ」
爆発の中心核へさらに拳を連続で叩き込むシアン。火の鳥を飛ばしているのはトリルだ。
火の鳥同士を赤い線で結び、仮定であった三角錐を現実化する。要は結界術の中に自分達とマーダ、さらに原子の連鎖を封じようというのだ。
「ば、馬鹿なッ!? こんな馬鹿げたことをするために、貴様等は不死鳥をこれまで温存したのか?」
ようやくマーダは不死鳥温存の真の理由を理解した。原子の連鎖の行使自体を止めるのではない。
自分と共に核爆発を受けようとも生き抜くだけでなく、何をしても死なない肉体に大ダメージを与える最後の機会を狙っていたのだ。
それには同じ不死の身体とシアン達がどう振舞っても出し得ない攻撃を、あえて出させることが不可欠というのが、シアンとトリルの見解だったのである。
「ヴァイロの悪夢を再現させて、その上を征くか……。シアン・ノイン・ロッソ、貴様、何と惨たらしい真似を……」
「な、何とでも言うがいい。どんな戦いに於いても生き残る。ヴァイロともそういう契約を交わしたのだ」
「ま、マーダァァッ!! 嫌ァァァッ!!」
核分裂の爆発の最中、徐々に灰塵と化してゆくマーダ。それを見ながら絶叫するエターナ。
だがシアンとトリルは知っていた。この地獄ですらマーダの自己再生を遅らせて、取り合えずこの戦いだけは、痛み分けに出来る。
…………たったそれだけの成果しか得られないのだ。
「アギド……、アズール……、ミリア……、リンネ………。そしてヴァイロよ………。済まなかった、お前達を亡き者にする前提でしかこの結果を生めなかった」
一方繰り返す爆炎の中で、燃え盛り続けるシアン。不死鳥とて終わりはあるが、炎の中に自ら飛び込み、再び燃え上がりながら蘇るという伝承がある。
なれど核の炎であってもそれが通用するのかは、不死鳥を知り尽くしたカスード家の彼女達でも未知数……二人とて命懸けであったのだ。
賭けにこそ勝利したが、実に虚しい結果である。
―……シアン、そしてトリルだったかな?
「ヴァイ……ロ? お前? そ、そうかこの中にいるんだったな」
―そういうことだ、アギドも一緒だ。黄泉はおろか地獄にすら逝けないがな……。
燃え盛る業火の中でかつて暗黒神と呼ばれた男の魂の声をシアンとトリルは聞いた。