第96話 ヴァイロ・カノン・アルベェリア
エディウスを何処かに留めておいて欲しい。それも誰が押さえつけるやり方じゃ駄目だ。
そんな我儘にあえて乗っかることを宣言した賢士ルオラと、それに同調する形となった賢士レイジとハイエルフのレイチである。
7本とエディウスの動かせない左手に握られた計8本の意志を持ち得た竜之牙達は、魔法力を攻撃に必要としない連中が、やり合ってくれるので、この三名はエディウスと隣にいるエターナに集中出来る。
エターナにも一応注意は必要だ。彼女には終わりなき旅路という相手の細胞分裂を極限まで高めた果てに強制的に寿命を迎えさせる秘術がある。
最高司祭グラリトオーレが同じ術を行使すれば相殺出来る可能性が高いが、油断は禁物だ。
それに一応女神を目指している彼女だ。ヴァイロのような専用術があるかも知れない。
もっともその彼女に詠唱時間を与えないためにルオラは策を練っている………筈だ。ただゼロ詠唱で魔術が使えるようになってしまったエディウスがいては、それでも分が悪いのではなかろうか。
「ハァァァァッ!」
レイチが早速エディウスにナイフ二刀流で仕掛ける。
いや………先程ブーツから飛び出した一刀があるので取り合えず三刀流。
先ずは手に握っていた2本は惜しげなくエディウスの右手を目掛け投げつけて、ブロックを強制させる。
そこへ新たなナイフを足の鞘から取り出して、それで攻撃しそうな前フリを作ってからの足のナイフによる蹴りを織り混ぜた攻撃。
ニイナが付与した攻撃力強化の術は、遂に効果切れしているが、グラリトオーレがかけた奇跡がたまたま代わりとなっている。
グラリトオーレの先程の行動がそこまで考えてのことだったのかは正直何とも言い難い。
(思っていたよりこの術は優秀だぞ、これならエディウス相手でもいけるっ!)
自らの動きが決して衰えていないことに感謝するレイチ。
「デエオ・プルマ、戦の女神の名において命ず、『ラディーオ』ッ!」
此処でレイチが作った時間を使って電撃の術を仕掛ける賢士レイジ。エディウスの動きを止めようというのか。
それにしては狙いがそこに定まっていない気がする………と、思いきやそれは再びレイチが投げた2本のナイフに落雷したのだ。
………いや、それすら間違った認識であった。
「う、ウグァ!?」
レイチが真っ直ぐエディウスに向かって投げた筈のナイフが、まるでブーメランのような弧を描き、エディウスが負傷している左肩の傷に後方から当たる。
ナイフの扱いに誰よりも長けた彼だが、真っ直ぐにしか飛ばない物の軌道を変えるなどという芸当は流石に出来ない。
「こ、これは偽物と操舵の合わせ技か!」
レイチが投げたナイフをシアンがエドルの力、偽物を使ってコピーした上でさらに操舵で操り、此処に至ったのだ。
もう一つ上げておくとレイチが投げたナイフは、あくまで真っ直ぐエディウスが剣を握る右手に向かっていったので、これも無視する訳にはいかなかった。
「だがっ、こんな子供騙しと電撃による痺れによって我の動きを止められると思うてかっ!」
そうなのだ……。何しろ電撃と言えばミリア渾身最期の一撃、エディウスを黒焦げにした暗黒の稲妻。
あれですら耐えきった相手に今さらそんなもので動きを止めようなどというのは、馬鹿にしているとキレられても仕方がない。
「デエオ・ラーマ、戦之女神が第一の使徒ルオラの名において……」
レイジの術による制止なぞ時間にしていいとこ3秒といったところだ。なれどその裏で「ルオラの名において……」などと、今や偽物の女神とはいえ、全く聞き覚えのない詠唱が耳に飛び込んで来る。
「で、ディッセオ……」
「わ、私だってッ!」
勿論エターナも知らない詠唱である。これを危険視した彼女が、終わりなき旅路の詠唱を始めようとするが、硬質化した黒い羽毛が飛び道具として、数多く襲い掛かり、これを阻止した。
ハーピーであるルチエノによる牽制であった。
「クッ! あ、あんなのにッ!」
「………かの者に漂う先には立たぬ後悔の念よ、果て亡き航海へ奴を誘え……」
「い、一体何なのだルオラその術はっ!?」
「アンタみたいな男が化けた偽物のエディーに語る事はないわ、さあ沈めッ! 自らの闇の海溝へッ! 『後悔の海』ッ!」
正直な話、エディウスにしてみればルオラの詠唱を止める術はいくらでもあった。
ただほんの少し、様々な形で虚を突かれた状態からの、ルオラの専用術と聞いて、動き出しが遅れてしまった。
誰も聞いた事がないルオラの術が完成した。一体何が起きるというのか?
「な、何だこれはッ! わ、我の周囲に何かが広がってゆく……」
エディウスの周囲、約直径30m程に広がったもの……。それは液体のようである。さらに荒々しい白波が立ち始め、エディウスはまるで溺れたかのように、浮き沈みを始めた。
「こ、後悔の海っ!? 対象者の後悔を海へと変えて終わりのない航海へ誘う……な、何て悍ましいことをルオラ様は考えるのか……」
偽物とはいえ、我等が信じた神が、自らの後悔に溺れているのを目の当たりにして、同じ賢士であるレイジが恐れ、冷や汗を垂らす。
賢士の起こす奇跡……。それはどんな人の心にも潜む闇を代価としているものが多い。
言之刃……人の言葉は時として剣よりも相手を斬り裂く。
心之嵐……人の心とは常に虚ろで何かが渦を巻き、嵐を起こしている。
心之剣……言之刃をいよいよ本物の剣と成して攻撃する。
とても恐ろしい言葉遊びの数々だ。
それを極みと成したルオラが提案した心の闇の形。もうエディウスなのか、トリルなのか、はたまたマーダか知った事ではないが、その何れも編み出せなかったその形。
後悔の念……何故これまでなかったのかが不自然な程、有り得る形でありながら、自分の魂を持たないとされている相手すら、その虜になってしまった。
同じ賢士であるレイジが恐れをなす理由がそこに存在する。彼女自身、相当な闇を抱えているのではなかろうかと、思わずにはいられなかった。
「ポルベルテ・ステイル……」
―賢士ルオラよ、何と言って良いものか……。実にありがたい方法、まるで俺のこれからの行いを読まれたのでないかと勘繰りたくなるほどだ。
そう、これはあくまで前座に過ぎない。暗黒神と呼ばれた心優しき男が、暗闇の空を指差す。
―それはそれは身に余る光栄。貴方の言う闇の落し所、精々楽しみにしてるわ。
―フッ!
男嫌いのルオラが、利き手利き足を前に出して、深々と暗黒神に対し頭を下げる。
「さあ、俺の全身全霊をこれより落とすッ! 流石に殺れると信じたいッ! ……だが、駄目だった時は……ゴメン」
ヴァイロ……この男は決して天才ではないし、自身もそんなこと毛程にも思っていない。努力と探求、これを直向きにやってきた土台の上に立っている。
けれどだからこそ初めて使う魔法であってもその結果は重々に把握している。そんな男が吐露した「ゴメン」は皆に異様な重さを感じさせた。
「暗黒神の名において命ずッ! 星屑よ、その罪を背負いっ堕ちろォッ! 『星々の天罰』!!」