第95話 たまに色男の言う事も聞いてあげるわ
ハイエルフ・ニイナによる精霊術によるサポートは、もう受けられないものと知る。代わりになりそうなヴァイロだが、此方も世辞にも余裕とは言い難い。
ならばジリ貧になるよりも、一気にカタをつける短期決戦とヴァイロは決めて、皆に宣言した。
「ハァァァァ………」
両目を閉じて意識を一挙に高めてゆくヴァイロ。これは余程時間と集中を必要とすることが伺える。
有視界戦闘を自ら捨てる愚を犯すなど本来ならあってはならない。
―………ヴァイロ、アイツまさかっ?
―それは多分ないよシアン、彼の周囲で慌てている精霊が何故かいないの……。
―な、それはどういう事だニイナ?
―………そ、それは流石に判らないの。ただシアンの危惧している術ではないことは判る。ただ………。
その有り得ないヴァイロの行動にあの勇猛果敢なシアンが震える身体を止められずにいる。
そんなシアンに安らぎを与えようとしている訳ではなく、ニイナは感じた事実と推察をただ伝えているに過ぎない。
―ただ?
―…………ゴメンっ、やっぱり判らない。一つだけ言えるのは、あの暗黒神が初めて使う呪文だってこと位よ。
ヴァイロが使う魔法は自らを神と定義した言わば神聖術の類だ。とは言えどんな魔法とて火・水・地・風から派生するものだ。
ニイナが「判らない……」と告げているのはこの魔法の効力だ。何れの精霊達も騒いでいない……。
考えられるのは体内から生ずる力を発現させるものか、はたまたこの地上には存在しない部類の何れか。
これらを鑑みるとシアンが恐れている魔法ではないという事が判ったらしい。
―誰か、エディウスを縛る役割をしてくれないか。……あ、場所は此方が合わせる。
ヴァイロの突然な御願いの心の声に皆が驚いている。
(考えてみればこの男が戦闘中に依頼とか珍しいな………。何なら初めてかも知れん)
何てふと思ったのは、リンネ達がいなくなった今、ヴァイロとの付き合いが一番長い存在になってしまったシアンである。
暗黒神などと大風呂敷を広げた存在だが、周囲に自分を合わせるか、或いは勝手に連いて来い的な戦い方をする奴だと認識している。
もっとも事前打合せをした上での戦いは別だ。そういうのは黒い竜牙の連中と幾度も練習していたことであろう。
―縛る………。縛るかあ。エディウスの賢士であるなら迷わず魂之束縛、何だろうけど……。
―あらっ、アレは縛るというより魂を捻り潰す術よ、レイジ君。
同じ賢士というクラスでありながら、最恐名高いルオラと姉レイシャの影に徹したレイジとでは、意見が異なる。
ルオラの「捻り潰す……」という台詞にレイジは自分が殺られるの想像して思わず震え上がる。
―縛るって言うか、要はその瞬間まで留めてけッ! ………って言ってんのかァァッ!?
―お前の場合、そのぶっといので抑え込むつもりだろう? それじゃあお前も巻き込むから駄目だ。
―んだとぉッ! 我儘言ってんじゃねえぞっ、神様よォォ!
エディウスの動きを留めて置くだけなら正解だが巻き込むから不正解。中々難儀な御題を告げる神様である。大声で文句を言うレアットの気分も判る。
文句をぶつける余力をエターナに叩き込んでやろうと試みるが、エディウス本体にまたも剣同士を結ばれ止められてしまう。
―シアン様、僕思うのですが……。
―ンッ? なんだいレイチ、言ってご覧。
―縛るのならそれこそ蜘蛛之糸が最適解ではないかと。
―ん~っ……。残念ながらそれはハズレだ。
ハイエルフのレイチが言う事は大正解に思えるのだが、シアンから優しく駄目出しを喰らってしまう。
確かにヴァイロ自身が蜘蛛之糸でエディウスを縛り上げてからの新術で決められる気もするが、それはヴァイロが解除を見せる前であれば、シアンとて正解を告げたであろう。
―アギドの術から盗んだ蜘蛛之糸を使えるエディウスであれば、解除すら使える危険性もある。ヴァイロなら勘定に入れているに相違ない。
―な、成程。失礼しました……。
シアンの解答にうなだれてしまったレイチ。「気に病むことじゃない」とシアンは嗜める。
ヴァイロがリンネ達と決闘をした際に躊躇わず、蜘蛛之糸を使った根底にあるのもそれなのかも知れないとふと思う。
(精霊達に働きかけない。抑え込んで欲しいが巻き込む………。上から何かを落すというのか? 地上に存在する地、水ですらない固体………)
このシアンの考察、実の所、もう殆ど答えと言って良いのだ。
―よっし、たまに色男の言う事も聞いてあげるわ。その役目、エディウスが一番弟子賢士ルオラっ! そして同じ賢士のレイジが請け負ったっ!
―えっ……。る、ルオラ様っ!?
いつになく軽快な声でルオラが応じると言い出した。巻き込まれて大変困惑するレイジ。先程「魂之束縛じゃ駄目だ」と自分で言った舌の根も乾かないうちにである。
―了解っ! 何か良く知らんがとにかく任せたっ!
―オッケーッ! 任されたッ!
(ハッ!? 何それっ、二人共軽い!)
ヴァイロとルオラ、今までにない組合せの二人が、まるで友達の間柄のように気楽に約束しあうのを見て、レイジは一人唖然とした。
―良いレイジ? ゴニョゴニョ………。
言の葉というものがありながらレイジに耳打ちをするルオラ。言の葉はエディウスとエターナにだけ聞こえないように調整がなされているので、この格好は中々に間抜けである。
ヴァイロの連中と違って扱い慣れてないと言えばそれまでだが、賢いという文字が入った二人がこれをするのは、かなり滑稽であった。
(えぇ………)
普通の男子であるならば、ルオラ程の女に共闘の申し出を受け、剰え耳打ちまでされれば俄然やる気を出す場面である。
だが猫に小判、豚に真珠、男子好きに美女、早い話が勿体ない組合せだ。
―ルオラ……様、レイジ……様。その企み、僕もお手伝い致します。二人の詠唱時間を僕が稼ぎます。
やはり内緒話は聴こえていた。レイチがルオラとレイジに敬称を付けるのをとても言いづらそうに申し出る。
(れ、レイチ君!? やっぱりこの少年可愛いっ!)
様を付けるのを躊躇う辺りからもう可愛いと、正直全く乗り気でなかった所に俄然やる気が湧いてくるショタ好きのレイジである。
―良し、判った。では持ち主のない竜之牙の相手は、残った連中でどうにかしよう。往くぞっ!
シアンも再び戦闘モードに突入し、エディウスの腕が上がらない左手に握られた竜之牙に槍による連撃を見舞うことで有言実行を周囲に示す。
「牙だけなった同胞の出来損ないなぞ我が爪でへし折ってくれるっ!」
「ハッハッハッ、お安い御用だっ!」
「チッ……。ボスじゃねえのか、気乗りしねえなっ!」
搭乗者を失ったノヴァンが、尋常ならぬ速度で主不在の竜之牙へ移動する。
そのまま宣言通りに翼に生えた爪を振り下ろすかと思いきや、ワザと途中で止めてしまう。竜之牙は下から応戦しようと上がろうとする。
そこへ止めていた鋼の爪を再び落とせば、カウンターの完成だ。流石に折れはしなかったが、ヒビを入れることに成功した。
豪快に笑いながら迫り上がる影を幾度も撃ち込むのは修道騎士のレイシャである。
舌打ちしながら他の武器の相手をするのはレアットだ。
皆で力を合わせ、最後の乾坤一擲を叩き込む作戦の幕開けだ。