第94話 もう小細工はナシだッ!
エターナが奇跡の盾で絶対魔法防御を張り、魔法による争いを戦場から一切封じようとした。
その時、魔法封じを同じ奇跡で封じるという、本来エターナにしか成し得ないと思われていた奇策を最高司祭グラリトオーレが、見事やってのけた。
これで魔法や賢士等による奇跡の行使は継続となるが、それはそれで戦いが泥沼化するという事だ。
そんな果てがあるのかと思われる両陣営の争いを400m級の崖っ淵から冷やかな目で眺めている女が一人。
ハーフエルフの医者、エルメタである。
「嗚呼……全く酷い有様だよ。子供達が我先にと死んで、敵味方に至っては………これじゃどっちが白か黒か判ったもんじゃないね」
そんな事を呆れた様子で呟きながら、先程の神之蛇之一撃でやられた連中の治癒を続けている。
ハイエルフ程ではないが、ハーフエルフの彼女も人間よりは遥かに長い寿命を持っている。エルフ族というものは元来、人間達の争いには加担しないものだ。
だがニイナやレイチのように稀ではあるが、人間に従い戦う者もいる。
エルメタはどうなのかと言えば、フォルデノ王国の貴族バンデに頼まれ、亜人達の世話をするために此処にいる。
だが肝心のバンデが裏切り、さらに仲間であった心優しく勇敢だったコボルトのカネランすら失い、もう正直どうにでもなれとこの状況を投げている。
人間達に関わらない本来のエルフの立場に、ほぼ立ち返ってしまっているのだ。
「何が神同士なものか………。どちらもただの人間じゃないか。とにかく早いとこ終わっておくれよ」
これが人間とエルフの中間という、虚ろな立場のエルメタの本音であった。
◇
「ど、どうするのマーダ? こうなっては魔導士に賢士、司祭、精霊使いすらいる彼方が圧倒的に有利よ………」
グラリン程度に自分の奇跡を止められて、歯痒い顔を隠そうとしないエターナ。彼女にして見れば、このエディウスに化けたマーダが勝利してくれないことには、自分が唯一でかつ最大の戦争犯罪人になることは疑いの余地がない。
「大丈夫だよ私の可愛いエターナ、我が負ける筈がなかろう?」
そんな大言壮語を吐くエディウスだが、ヴァイロの暗黒の刃によって斬られた左肩の傷は治癒出来る見込みもなく、味方の竜達は全て竜之牙に変換した。
(その身体でどうやってやり合うって言うのよ………。これじゃ話が違うじゃない。私は本当に女神になれるの?)
これがエターナの本性である。それをエディウスはアギドから受け継いだ先読みの能力で知り得て苦笑する。
「………『真空の刃』」
ふとポツリッと呟くエディウス。アティジルドは、剣に付与した真空の刃を撃ち出す術。
しかしエディウス当人は、全く剣を振るってはいない。代わりに彼女の手に拘束されていない7本の竜之牙が勝手に動いて、ヴァイロ陣営各自へ向かって真空の刃を放ったではないか。
「きゃあッ!」
「ええっ!?」
「し、死ぬっ!」
「こ、これではっ!」
これには剣を受ける技量を持たない者と、避ける素早さない連中が悲鳴を上げる。ニイナ、レイジ、ルチエノ、グラリトオーレ辺りが特に騒ぎ出す。
「新月流ッ!!」
「雑魚は下がってなッ!!」
「人間風情が生温いわッ!!」
そこへ先ず割って入ったのは修道騎士レイシャの新月の影が立ち昇る刃。これは形状が真空の刃に酷似している上、斬れ味も此方が大なり。
さらにニイナに炎の精霊を剣2本に付与して貰ったレアットが、竜巻も混ぜながら対抗する。
そして駄目押しにノヴァンの炎の息が押し返す。
何れも相殺をするに至り、負傷者を出さずに済んだ。
―あ、あの剣、あの形状で!?
―い、未だ魔法の増力器に成り得るというのか!?
この驚きの感想は、シアンとヴァイロである。その慌てぶりを見て、エディウスが冷笑した。
「フッ……どうだ女神エターナ、これを見ても我が負けると? 大体さっきも言った通り、この竜之牙が、あの暗黒神に傷一つ負わせれば此方の勝ちなのだ」
「そ、そうよね……。ま、負ける訳がないわ」
もう説明すら面倒とばかりに、自らの力を鼓舞してみせたエディウス。これには思わず冷や汗を垂らしながら頷くだけのエターナである。
紅色の蜃気楼でまたも赤い霧となって消え失せてから攻撃を始めたヴァイロ。
それに続く………というより、たまたま同じタイミングで身勝手に炎の竜巻を浴びせかけるレアット。
点でバラバラな攻撃である。対するエディウスは、自らは不動となって、7本の竜之牙に相手をさせる。
―ヴァイロ、聞こえているな?
―シアンか、どうしたっ?
―お前、あとどれ程魔法力は残っている?
シアンの接触とニイナの風の精霊術、言の葉によるヴァイロとの会話。ヴァイロは剣で撃ち込みながら、同時に意思相通を続けている。
―シアン、言いたい事は判っているつもりだ。ニイナの魔法力が残り少ないのだな?
―………流石に察していたか。
―一応これでも魔導士なんでね。恐らくこうして言の葉で話が通じるのも、自由の翼で空を飛ぶのも、今掛かっている魔法の効果が切れたら次がないんだな?
そういうことなのだ。ずっと影から支えている上に、雷神や生物召喚といった超高位の魔法すら使い続けてきたニイナである。
寧ろ此処まで保ってこられた方が脅威だ。流石はハイエルフといった所か。
―俺も無駄撃ちとか色々とやっちまったからな。デカいのは正直あと2・3発といった感じかな? 要はニイナの代わりをやれって言うんだろ?
―判っているなら上等………。では何故そうやって無駄に動くのだ?
―…………考えてるのさ。今は無駄撃ちでも暴れた方が頭が冴える。そんな気がするだけだよ。
ヴァイロは魔導士でもあるが、魔法剣士の色が濃いのは先述の通り。頭が真っ白になる位、レッド・ミラージュを叩き込んでいる方が、寧ろ余計な詮索をせずに済む気がするという話らしい。
―それよりも気になるのはエディウスの魔法力の残りだ。………いや、そもそも残りなんて上限すらない気がするな。
―…………っ!? 魔法力切れの見込みなしだと言うのか?
―考えてもみなさいな。この斬っても斬っても死なない無尽蔵の体力に、馬鹿でかい絶望之淵やらムカつく威力の紅の爆炎。
―むぅ………。
―終いにゃ蜘蛛之糸すら使いやがった。アレ、暗黒神的に禁呪クラスよ。上限あったら今頃、飛べてすらいないってハ・ナ・シッ!
早い話が「やってらんねえよ此奴」って暗黒神をもってして「呆れて話にもならん」と言いたいらしい。
―そんなことよりお前さん。未だに不死鳥とやらは出し惜しむのか?
―………そ、それは………。
―………いや、まあ良いってことよ。常に最善手を尽くすのがシアン・ノイン・ロッソだ。だから信じてるよっ!
そこまで言い切ってから、ヴァイロは攻撃の手を止めた。相変わらずレアットは遮二無二駆ける。
そこへノヴァンやレイシャ、レイチも混ざり始める。要は魔法力を使わない連中が指示もないまま先陣に立つ。
―………シアン、スマンッ!
―な、急にどうした?
「もう小細工はナシだッ! 皆ァァッ! ちょっとそのまま任せるぞォォ!!」
言の葉で喋っていたかと思えば、突如巨大な肉声への変遷。暗黒神が本気で闇を堕とす覚悟を決めた。