第93話 何事も諦めずに挑戦してみるものですね
リンネ・アルベェリアになってくれた彼女の末期の底抜けな笑顔。あの笑顔にヴァイロはどれだけ心癒されたか、救われてきたか、もう思い出せる数だけでもキリがない。
いや、リンネだけじゃない。
一番弟子のアギド。常に冷静で大人の自分なんかより余程、頭の切れる奴だった。青い目に青い髪も彼を象徴している出で立ちだった。
でもその頭の良さでヴァイロを馬鹿にするような無作法は持ち合わせていなかった。ただ………最期が余りにも真っ直ぐで不器用過ぎた。
最年少のアズール。子供じみてると言われると怒り出す彼だったが、それを負い目に感じている様子はなかった。
とにかく発破の魔法が大好物で、赤い目に赤い髪は、アギドと同様に彼の生き様そのものだった。
カノンに黒い竜が欲しいっ! 彼の落書きのお陰でノヴァンを生み出すきっかけを得られた。
そしてもう一人……。アルベェリア姓を最初に名乗ると言い出したミリア・アルベェリア。
彼女の片思いから始まった恋は、正直言って初めの内は刺さらなかった。リンネよりもさらに歳下なのに大人びていた彼女。
実はちょっと無理して背伸びしているところも見て取れた。
だが、それがまた愛おしい存在だった。皆の背中を預かろうと最期の最後まで自己犠牲を払った彼女の有り様にもそれが息づいていた。
リンネと違い、夫婦らしいことはロクにしてやれなかった。もしあの世で再会出来る許しを請えるのであれば、あの夜の続きがしたい。
皆、皆、大好きだったと心底ヴァイロは思うのである。最後にリンネは「闇の中に道を切り開いてくれた。そんな覚悟がある貴方が皆、大好きだった」と言ってくれた。
ヴァイロ自身は自分のやりたいように、生きただけのつもりなので、彼等の道を示したなどとは到底思えない。言えた義理じゃない。
「ハァァァァッ! 紅色の蜃気楼!」
不意にヴァイロは、愛刀を両手で握り、目一杯の力を込めて、エディウス相手に振り下ろした。
赤い霧に変わることも、魔法の一つも全く使わずに。これは当然エディウスの竜之牙に弾かれる。
「フッ、今さら何の真似だ? 暗黒神の成れの果てよ」
「リンネは言ったっ! 最期まで足掻いてみせろってなっ! エディウス、身勝手で悪いが前言撤回させて貰うっ!」
紅色の歪な大剣でエディウスを指しながらヴァイロは、泣き腫らした顔で堂々と宣言した。
エディウスにして見れば飛んだお笑い種だ。つい今しがたまで、自分にその身を捧ぐと誓った男の転身。それも愛した女を見殺しにした上でだ。
「ほぅ? 自分の罪を我と共に永遠に贖うのではなかったのか?」
「それはお前を倒してから考えようっ! エディウス・ディオ・ビアンコ! 俺の最後の悪足掻きに付き合って貰うっ!」
此処に至るまで煮え切らなかった男が、ようやく出した答えがこれだ。誰に愚鈍と罵られても仕方がない。
「フゥ………。ヤレヤレだぜ。ようやくその答えに辿り着いたかヴァイロさんよォォッ!」
「クッ!」
続いてレアットが大気の力を一切使わない言わば剥き身の2m二刀流をエディウスへ向けて叩き込む。
これも当然エディウスに防がれるが、自重と二刀である分を右手1本で防ぐ羽目になったのでヴァイロよりは、幾らかマシな攻撃になった。
まるで自分のやり方にわざわざ付き合ってくれたように感じるヴァイロ。
そう言えばこのレアットという大男。口こそは悪いが、リンネ達歳下連中のことを姐さんとか兄貴とか言ってたことをふと思い出す。
「よっしゃあぁっ! じゃあやるかレアットッ!」
「アァッ!? 俺様は手前に言われる前からそのつもりだッ!」
「喰らえ新月流ぅぅ!!」
ヴァイロとレアットのやり取りをガン無視して競り上がった影の刃が、200m先辺りから襲い掛かる。
「うぉっ!?」
「れ、レイシャ、貴様ッ!」
「危ないな、おぃッ!」
これにはヴァイロ、エディウス、レアット、三者一様に避けるしか選択肢がない。敵味方関係なく斬り裂こうとする新月の刃だ。
「よくもよくもよくもっ! 私の可愛いエディーちゃんに化けるとかフザけた真似をしてくれたわねっ! マーダだかダーマだか知らんが、絶対容赦しないッ!」
怒髪天の表情でレイシャが大声の文句を垂れる。しかし「マーダ位覚えなよ……」と誰かが呟く。
「………重い槍となって同士を撃てっ! 『想鬼槍』!」
そんなレイシャの胸の前で形成された巨大な槍のシルエットが、エディウスに向けて一目散に飛ぶ。
これをエディウスは、魔法を斬り裂く竜之牙で真っ二つに斬り裂いた。
「あらあらレイシャ、神に仕える修道騎士様が、随分と大きな想い槍を……。って言うか”私の可愛いエディーちゃん”って良くもまあ抜け抜けとっ!」
宙に浮いているというのに、まるで宮殿の椅子に足を組んだ座って形の賢士ルオラ。何処までも優雅であろうとする。
膝まで伸びた長い髪をかき上げる仕草をしながらレイシャに向かって文句を言う。
「ビータ・ポテンザ、戦之女神よ! 我に応えよ! この命の力、魂の炎の揺らぎをこの者等へ捧げよっ『魂の補翼』!」
生真面目な最高司祭グラリトオーレが使いし奇跡は、生き残ったヴァイロ陣営へ自らの魂の力を分け与え、攻撃力へと変化し割り振る。
彼女の程の使い手でないと、「この者等……」とはならない。「あの者……」と個に対する効力となる。
「炎の精霊達よっ! かの者の剣に宿れっ!」
「させるかっ!」
「やらせはしない………」
ハイエルフのニイナがレアットの巨大剣に炎の精霊を付与すべく詠唱しようとしたところへ、エディウス自ら邪魔しに入る。
これを冷静な呟きと共に戦乙女と魂の補翼の強化を存分に活かしたレイチがブーツに仕込んだナイフの上段蹴りで防いで見せる。
手に握ったナイフでは、寸での差で間に合わなかったであろう。
「うぉっ!? お、俺の剣が燃えているっ!」
「これでもう思う存分やっちぇってっ! 大気使いのレアットさんっ!」
これで濃縮酸素と組み合わせれば爆発的な攻撃を、レアットは再び繰り出せる。
最初からこうすべきだったのでは? そう思われるかも知れないが、火加減というものを知らないレアットからの巻き込みをニイナは恐れていたのだ。
「もう魔法を使わせはしないッ! 女神の名において………」
「そうはさせませんッ! 戦之女神よ………」
「………この偉大なる力で悪しき力を全て封じる奇跡の盾を!」
「………その偉大なるお力で悪しき力を全て封じる奇跡の盾を!」
最早魔法だろうが、奇跡だろうが百害あって一利なしと考えたエターナが絶対魔法防御の奇跡を使おうとする。
それに合わせてグラリトオーレも、全く同時に奇跡の盾を詠唱する。
色身の違う光り輝く巨大な矢同士がぶつかり合う。エターナの方は金色の光であり、一方グラリトオーレの方は緑色の輝きだ。
「え………、そ、それは、その色はまさか………」
「何事も諦めずに挑戦してみるものですね」
驚きの声を上げるエターナに対し、凛々しい態度で応じるグラリトオーレ。
この立ち合いは、エターナがヴァイロ側でグラリトオーレの奇跡を悉く封じたやり方を、完全にやり返した形であった。
神に仕えし者が、神を名乗ろうとする者に歯向かう神喰いをやり遂げた。