第1話 本日も通常営業です
春には春の花が並び、夏には夏の花が並ぶ。
秋には秋の花が並び、冬には――春の花が並ぶ。
花屋の季節は、暦より少し先を行く。
だが、花たちにとって季節とは、
そんな風流なものではない。
季節とは――
人事異動である。
「おはようございます。本日の配置を伝達します」
開店前の店内に、愛さんの声が響いた。
「バラ。アレンジメント」
「了解」
「ガーベラ。カジュアルフラワー」
「はーい」
「カーネーション。仏花及びカジュアルフラワー」
「また掛け持ち?」
「需要予測に基づくものです」
「今日はどっちかじゃダメ?」
「両方必要です」
「ですよねー」
「キク。仏花」
「おう」
並んだキクたちの中から、一本が返事をした。
ガーベラが首を傾げた。
「……キクさんに配置発表っている?」
「必要です」
「昨日は?」
「仏花です」
「三日前は?」
「仏花です」
「一週間前は?」
「仏花です」
「……いる?」
「必要です」
ガーベラがキクを見る。
「キクさんはどう思う?」
「考えるな」
「そういうもの?」
「おう」
「パキラ。鉢物売場」
「はーい」
売場の隅で、大きな葉が揺れた。
「毎日ちゃんと自分の場所がある。安定って大事だよ」
「ずっとそこにいるだけじゃない?」
「固定配置と言って」
キクがぼそりと言った。
「まだ七月だからな」
パキラがキクを見る。
「七月だよ?」
「おう」
「……?」
「輪ゴム。作業台」
「はいっ!」
「以上です。開店準備を開始してください」
「え、私それだけ?」
「はい」
「売場は?」
「ありません」
「なんでよ!」
「輪ゴムだからです」
「輪ゴムだって売場に出たいの!」
「開店時刻まで、あと十二分です」
「愛ちゃん!」
店が開いた。
しばらくして、カジュアルフラワーが一つ手に取られた。
「あ、私だ」
ガーベラが言った。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい!」
作業台の輪ゴムが声を上げた。
ガーベラが店を出ていった。
輪ゴムも一本、一緒に出ていった。
「……いいな」
そのあと、仏花が一つ手に取られた。
「俺だ」
「いってらっしゃーい!」
「おう」
キクが店を出ていった。
輪ゴムも一本、一緒に出ていった。
作業台の輪ゴムは、それを見ていた。
仏花売場には、まだキクが並んでいた。
午後。
輪ゴムは床にいた。
「ちょっと! 誰よ私使ったの!」
「輪ゴム?」
パキラが葉を揺らした。
「見ればわかるでしょ!」
「何してるの?」
「落ちてるの!」
「見ればわかる」
「じゃあ拾ってよ!」
「届かない」
「役に立たないわね、その大きさ!」
「褒めてる?」
「褒めてない!」
店員が通りかかった。
「ここ! ここよ!」
店員はそのまま通り過ぎた。
「ちょっと!」
「聞こえてないよ」
「知ってるわよ!」
「愛ちゃん!」
「はい」
「私、床なんだけど!」
「認識しています」
「認識してるの!?」
「はい」
「じゃあ何とかしてよ!」
「具体的な指示を確認できません」
「今のが指示よ!!」
しばらくして、店員が輪ゴムを拾った。
夕方。
人がパキラの前で足を止めた。
「来た」
値札を見る。
パキラを見る。
もう一度、値札を見る。
そのまま離れていった。
「今日は違う」
「何が?」
輪ゴムが聞いた。
「客層」
「値段でしょ」
「客層」
「本日の営業を終了します」
閉店時刻になった。
店員がレジを締め、作業台を片づけていく。
床に落ちた葉が掃かれ、空いたバケツが重ねられる。
輪ゴムは作業台に戻された。
「今日はちゃんと定位置」
「俺は?」
パキラは朝と同じ場所にいた。
誰も動かさない。
「やっぱり固定配置」
「明日の配置は、明朝確定します」
「まあ、俺はここでしょ」
「未確定です」
「そう言って、明日もここでしょ」
売場の明かりが、一つずつ消えていった。
作業台の明かりも落ちる。
残ったのは、レジ周りの明かりだけだった。
しばらくして、その明かりも消えた。
「閉店処理が完了しました」
愛さんの声が、暗くなった店内に響いた。
「明日も通常通り営業します」
パキラが葉を揺らした。
花屋は、今日も通常営業だった。
少なくとも――
今のところは。




