↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
7章 不死国家が巡る朝 ―凛紅(リンコウ)―
PR
90/90

87話 ギザールと“永遠の壁”

 都を囲む城壁の一角に、人が埋め込まれている。


 物騒なギザールの報告を聞いて、すぐに彼の後を追った。

「俺も行く」と走り出したウェンゴウも一緒に。


「これは……!」


 都を見渡せる丘を下った竹林の中。

 何もないように見えるところに、小さな人影が浮いていた。


 影の周りを、半透明のカーテンが揺らめいているように見える――これまでに壊してきた壁と同じだ。

 それでも、人影が見えたことは今までなかった。


「アレは本当に人なの……?」


 嫌な感じはしない。

 でも、あんなところに浮いているのを見ると、手に汗がにじんでくる。


「それが、たまに動いてるんっすよ!」


 ギザールに手を引かれ、さらに壁へ近づいてみると。

 ほとんど赤ん坊くらいの大きさの影は、確かに時々、手足をピクッと動かしているように見えた。


「これ、今すぐ壊さないとあの子が危ないんじゃ……」

「いや、それはないな」

 

 いつの間にか、ウェンゴウも隣で壁を見上げていた。


「ただ、あの赤ん坊……守られてるみてぇだ」

「守られてる……?」


 首を傾げるも、ウェンゴウは私の拳を横目で見ただけだった。

 

「それに助け出そうにも、今のお前さんじゃ壁は壊せねぇよ」


 結局は、聖力を高めつつ戦い慣れるしかない。


 ウェンゴウの言葉に、思わずため息がこぼれた。


 壁の中に浮かぶ人影を見ていると、一刻も早く助け出したくて拳が疼く。


 でも、今の私にそれはできないというのならば――。


「お前さんたち、地図作りしながら壁のことも調べてんだろ? 俺は酒探してくっから」


「一杯やったらまた組手開始だ」と言い残して、ウェンゴウは坂道を下っていった。


 いつの間にか丘の麓にいた眠民に、「酒売ってねぇの?」と尋ねている。


「なんなんだ、あのおじさん……」

「まぁまぁ。ウェンゴウさんなりに、気を遣ってくれたんっすよ」


 たしかに、勇者から選抜隊を帰すよう依頼を受けている割には、私たちの本職を尊重してくれているらしい。


「そういえば、ジェニファは」

「ああ、書庫へ行くって」

「えっ……?」

「変装は完璧だから大丈夫っすよ」


 衛兵には見つからないはず、とギザールは言うが。知らない土地で彼女をひとりにするのは、やっぱりまだ怖い。


「それにあの人、オレよりは強いし」

「そうだけど……」


 ジェニファは調べたいことがあると言い残し、近くの書庫へ向かったという。


 心配だけれど――彼女にも、何か考えがあるのだろう。


「それより、この壁っすけど」


 ギザールの指を追って見上げた壁は、相変わらずカーテンのように揺れていた。


「ギザールはこれ、どういうことだと思う?」


 壁の中の人影。

 それも、守られているみたいだとウェンゴウは言った。


「そうっすねぇ」


 ギザールは壁の近くに膝をつき、地面や壁の揺れ、赤ん坊の影の動き、周囲の空気を観察している。


 やがて額の汗を拭い、こちらへ向き直った。


「ずっと思ってたんすけど。この壁、魔族が創り出したものなんじゃないっすか?」

「え……」

「“壁の守護者”だって名乗ってた連中、思い出してください」


 ピラミッドの地下にいた巨大魚――ヴォジャイ。

 ヴァリナの大穴にいた鉱石ミミズ――ブーミダ。


 人と意志が交わせたあれは、きっと魔獣ではなく魔族だった。

 それにヴィーナスたちをはじめ、他の魔族たちも壁を崇拝していた。


 それを見て、ギザールは確信したという。


「世界を隔てる壁は、彼らよりずっと上位の魔族が創ったものなんじゃないかって」

「じゃあ、この壁も……?」

「壁を使って戦う“皇帝”が創り出したものかも……ってことっすね」


 ギザールは自分の世界に入り込んだかのように、ぶつぶつと呟きはじめた。


 今の彼に、あのことを伝えておいた方が良いかもしれない――ヌァサ村で、彼の師匠から聞いたことを。


「これ、まだギザールたちには言ってなかったんだけど……」


 私も、壁はきっと魔族が創り出したものだと思っていた。


 だからこそ、魔王と関係する壁が今も各地に残っているなら、“魔王”もまだ生きているのではないかと――ヴァニアに聞いてみたのだ。


 青い火山の麓で話したことを、ギザールに話した。


「……っ! そしたら、師匠はなんて?」

「魔王城に行ってみたらどうかって」


 自分の足で向かって確かめろと言われた。


 そう言うと、「あーやっぱり」とギザールは苦笑いを浮かべた。


「あの人、肝心なことは教えてくれないんで」

「……誰かさんと同じだ」


 ふと耳飾りへ触れてみたが、オーリウスは応えない。


 気を紛らわせるように、夕日に溶ける壁へ向き直った。


「……大きいね」


 壁はこれまでも、天に溶けるように続いていた。

 でも、この都――凛紅を囲む壁は、今まで見たどんな壁よりも優しい気配がする。


「でも……」


「お前程度には壊せない」と言われているかのように、ずっしりとそびえている。


 試しに触れてみたら、指先からジッ――と音が鳴った。


「っ……」


 海にあった壁よりも、魔力が痛い。


「ん? なんか焦げ臭……って、アンタ何してんすか!?」


 振り返ったギザールに、右手を掴まれた。


「ちょっと触ってみてただけで……」

「なに馬鹿なこと言ってんすか! ほら、薬!」


 反論する間もなく、ジェニファから預かっていたという薬をぶっかけられた。

 傷がじわじわと塞がり、かさぶたのような膜ができ始めている。


「ほんと、アンタって人は……」

「ギザール……?」


 いつも朗らかに笑っている彼は、太い眉を苦しそうに寄せている。


 どうしたのか尋ねれば、彼の指がそっと私の手に触れた。


「あー……なんか、ジェニファさんの気持ちがわかった気がします」

「でも、このくらいすぐ直るし」


 いつもの彼ならば、「さすがミュウルさん!」と、ふざけて言ってくるではないか――そう言って、首を傾げると。


「もう、前とは違うんすよ」


 寂しげに微笑んだギザールは、握った私の手を額につけた。


 触れたところが、じんわりと温かくなっていく。


「オレが信じる限り、何度でも見つけてくれるって……アンタ、言ったじゃないですか」


 だから、自分を軽々しく傷つけないでほしい。


 ギザールの震えた声に、開きかけた口を閉じた。


「ミュウルさんがいないと旅ができないとか……そういうことじゃないんだ」


 彼の額から拳へ伝わる熱が、どんどん増していく。


 彼への気持ちをどう言葉にしたら良いのか分からなくて――ひとまず、彼の肩にあごを乗せた。


「……っ、ミュウルさん?」

「うん……やっぱり大切だなって」


 もう欠けることが怖いほど、ギザールは私を心配してくれている。

 分かっていたつもりでも、実際にその重みを感じたのは、たった今なのかもしれない。


 そんな彼を、この旅の間、必ず守り抜きたい。


 泣きそうなくらいに、そんな気持ちが湧いた瞬間――。


「あ……」


 ギザールが触れている拳が、かすかに光った。


 彼から身体を離して確かめてみたが、何ごともなかったかのように光は消えている。


「ミュウルさん、今のは?」

「……分からない」


 でもきっと、彼を守りたいと願ったことで、私の聖力が強まったのだろう。


「大丈夫。もう絶対に、ひとりにしないから」

「ミュウルさん……」


 夕日の中でも、ギザールの耳が赤く染まっているのが見えた、その時。


 けたたましい足音が近づいてきた。


「つ・い・に、本性現しやがりましたわね~!」

「げっ!?」


 ジェニファがもの凄い形相でこちらに迫っている。


「ミュウル様から離れやがれですわ!」

「ちょっと、誤解っすよぉ〜」


 ギザールが逃げて、ジェニファが追いかける。

 いつもの光景を前に、自然と頬を緩ませていると。


 突然、ジェニファが足を止めた。


「そうでした、ミュウル様! 一大事ですわ!」


 この都の「おかしい」の正体がハッキリした――ジェニファは真剣な面持ちで告げた。


「この都……もう何百年も繰り返しているみたいなのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。