行商をする
エレベータがちょうど到着したので、並んでいた五六人の人たちと一緒に乗り込んだ。私以外はみなここの従業員のようで、それぞれ行き先のボタンを押した。その数字は2とか3とか5とかだったけれど、それらの階では止まらずにどんどん上昇していった。しばらくたったところで、載っていた人たちが目配せをし合ったので、私も知っているふりをして従った。せえのでジャンプして、そのあと両足で思い切り箱の底を押し込んだのだった。すると、エレベータは下降して、二階で止まり自動ドアが開いたので、私もそこで降りることにした。
板張りの廊下を少し歩くと、やや狭い講堂のようになっていて、その中に何人かがテントを張って住んでいた。その端のところにいる初老の人物に見覚えがあったので近づいていった。私は担いでいた風呂敷包みを開いて、中から古本を取り出した。初老の人物は最初あまり興味を示さなかったけれど、説明をするとだんだん乗ってきた。案の定テントの中にも何冊もの古本や原稿用紙が積み上げられていた。
何冊かの本を売る約束をし、不要な本を引き取りたいと提案したけれど、そちらには難色を示した。不要な本はないというのだった。私は、何冊かの本を引き出して、順番に並べ変えたりしながら説得を続けた。
「それなら、その原稿を売ってくれませんか。私が印刷して売って回りますから」
そう、その人は、かつて純文学でいくつもの賞を取っていた小説家だったのだ。ベストセラーを書くような作家ではなかったけれど、固定したファンがいて、私もそのうちのひとりだったのだ。しばらく悩んでいたようだけれど、どうやらお金があまりないようで、原稿を売ったお金で私の持ってきた古本を買う決意をしてくれた。
図書館に入っていって、屋根の高い空間を中程まで進んだ。そこには個人用のボックスがあって、私のもそこにあるはずだった。学年別になっていて、私は一年何組かでダンボール箱の側面に番号と氏名が書いてあるはずだった。しかし歩き回ってもなかなか見つからない。仕方ないので、案内所に行こうと思った。
最初行ったところは、案内の場所ではなくて職員がたまたまいただけのカウンタで、なにやらバタバタ準備をしていた。その横を見ると、何人かが問合せをしていたのでそこに行ってみた。右側の司書と話をしているひとの後ろに立っていたら、あっちに並ぶようにと指さされた方を見ると、十名弱が並んでいた。それならもっとはっきり一列に並べば良いのにと思ったけれど、おとなしく後尾についた。それでも数分待ったら自分の番が回ってきたので、話をしようと思ったら、背後から高校のときの同級生が襲いかかってきた。
私は態を躱して返り討ちにした。その同窓生はそのあとカウンタの隅に置いてあった洗面器の中から、亀を拾い出してまた近づいてきた。その様子を見ながら、今は三月の終わり頃だから、学年替わりの整理をしているのかもしれないと考えた。しかしその割には、係員たちは違う仕事にかまけているように思うのだった。長テーブルやパイプ椅子を並べて何らかの式典が始まるようだった。そんなことよりもこちらを優先して欲しいと思った。