まだ出発しない
私の同居人が切り盛りしている店にやってきていた。一間ほどの狭い小口のうなぎの寝床で、壁際に小さなテーブルが置かれていた。
「お昼ご飯を食べてから出かけるよ」
私は店を出て、市場の方へ歩いて行った。突き当たりまで来たところに、パン屋みたいな店があったので、そこで菓子パンのようなものを購入した。ここを左に折れ曲がってもう少し行くと、右手に広場があって、そこに食べ物屋が出ているのを知っていた。簡易なテントのような屋根の下に、板を組み合わせたカウンタを四角くして、そこに何十人もの客が座っているのだ。カウンタの内側には炭焼きがあって焼き鳥などを売っている。その手前にも、鍵状に建物があり、ラーメン屋などが軒を並べていた。しかし私はそこまで行かなかった。
同居人が迎えに来たので一緒に店まで戻った。
「そんなものを食べているの」
プレッツェルのようなものを白い紙から出して食べていた。もうひとつの包みを開くと、小さなはったい粉団子が入っていた。串の端っこをつまんで私はそれも食べた。
「カップラーメンとかでもよかったんだけど」
店の近くまで来ると、廃寺の壁面の横に木の看板が立っていた。
「ああ、ここにも屋台が出るって。そこでひるごはん食べられたらいいね」
「いや、屋台ってなら夜だ」
「あ、そうか」
店のテーブルで続きを食べ終わり、包み紙を丸めてゴミ箱に捨てようとしたら、満杯で、上にいくつか空き箱が載せてあるほどだった。私はそれらをまとめてゴミ出し用の指定ビニール袋に放り込んだ。スーパーのレジ袋に入っていたゴミも中から出してそこに入れた。袋の方は再利用しようと思ったのだけれど、見ると中が食べ物の汁などで汚れていたので、丸めてやはり指定袋に入れた。
「もう行かなくて大丈夫?」
「まだ平気」
「でもCDを買うんでしょう?」
「うーん。買うかどうかわからない。いいのがあったら買うかも」
そのとき店先から人の声がした。
「新しい先生が来た」
私の代わりということだろうか。私は別の街に赴任することになっていたが、グズグズしていたのだ。おかげで向こうの到着のほうが先になったということか。
見遣ると、スーツを着た初々しい感じの先生だったが、見覚えがあった。
「ああ、○○ちゃん」
私は店の奥にある梯子のような階段を上がった。置いてあった荷物を取りに行こうと思ったのだ。二階は畳敷きの座敷になっていた。表側の部屋では、長老が一人でテレビを見ていた。ブラウン管式の赤いテレビで、背中をこちらに向けているので、何の番組をやっているのかはわからなかった。
そのときものすごい音がした。ドドドドドドドドドドと、太鼓を殴りつけるような音がずっと続いた。それを追いかけて今度は、ザザザザザザザザザザザと豪雨の音がした。それなら最初のは雷鳴だったのか。雷鳴も雨の音もまだ続いていて、こんな小さな建物なんて崩れ落ちてしまいそうだった。