本を読む
宅配便の荷物が届いていた。小さめの箱で、大きさ的には本が入っているように思われた。ミシン目に沿ってボール紙を開くと、案の定、なかから出てきたのは、分厚い本だった。文学研究の年鑑のようなもので、論文や翻訳が掲載されていた。そこで私は教授に聞いた。
「文学関係の本はどこですか」
「ああ、それならこのへんの床を開けたら」
フローリングのところどころに取っ手がついていて、それらを引き出すと収納になっていて、そこにびっしりと、本や雑誌が詰められていた。私は届いたものをどこに入れれば良いか考えるように、何の本があるのか物色していった。気になっていた作家の翻訳が載った小冊子がふと目を引いたので、私はそれを取り出して読み始めた。
「何にもない結婚」というタイトルがついていた。
主人公はずっと結婚相手を探していた。しかし単なる結婚ではダメなのだった。結婚をして同じあばら家で暮らし始めることになるのだけれど、そこで何かをしてはいけないのだった。そもそも暮らすということがダメなのかもしれなかった。何にもないということが肝要なのであった。共にすることは何一つしないのであった。食事もしなければ会話もしないのだ。何も食べないと生きていけないだろうに、その「何にもない」結婚をすることで、ものを食べたり水を飲んだり何にもしなくて良いようになるはずだったのだ。つまりはお金が要らなくなるということだ。生きるということはそれだけでお金のかかることだ。食べ物も飲み物も、家も薪もすべて労働の対価としてしか手に入れることができないようになっている。その何ものかからの解放が、この結婚の要点なのであった。つまりは夢物語なのであり、主人公の妄想に過ぎないのであった。
ところがあるとき、見つかるはずのないその相手が向こうから訪れてくる。
「さあ、何にもない結婚をしましょう」
そしてふたりは、何にもしないまま、何にもない人生を送り続けることになるのだった。