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靴をなくす

 短めの長テーブルに三人並んで向かっていた。私はちょうどその真ん中で、向かいに座った教師のような親のような人物から説明を受けていた。

「JAバンクって書くんですよ」

 私が「分かりました」と言って書こうとすると、みなまで言わせず、また言った。

「JAバンクって書くんですよ」

 それを何回も繰り返すのだった。おかげで私の手は止まったままだった。

「JAバンクって書くんですよ。何をやってるの。まだ全然書いてないじゃない」

「だってそんなに何回も同じことばかり言うから」

「いいから早く書きなさい」

 私はそのテーブルを離れて、別の小さめの机のところに行って、手に持っていたユニフォームを広げた。半袖の、鮮やかなオレンジ色と白を基調としたシャツだった。そこにマジックインキのようなペンで「JAバンク」とレタリングするのだった。時間があまりなく慌てるようにしてしまったせいか「JA」と大きく書いただけで続きを同じ行に書けなくなってしまった。書き直そうと思ったけれど、特殊な効果が現れて、書いた字が刺繍のようにくっきりと定着していて、どうやっても消せそうになかった。私は仕方なく、二行目に小さめに「BANKS」と書いたのだった。

 すぐに出発の時間となった。私はそのユニフォームを着、下に紺色のショートパンツを履いた。外に出る三和土は広く灰色のリノニウムタイルが敷き詰められていた。そこで私は新品の真っ白な靴を履き、紐を結んだ。みなそれぞれにユニフォームを着て歩き出そうとしていた。私がフェンスの門から外に出ようとしていると、制服姿の上級生に呼び止められた。背が低く、アイドルの誰かに似た顔立ちをしていた。

「外道ではなくて、内道を行くんだよ」

「はい」

「まだ工事中だけどね」

 ということで、私たちは列を組んで足場板のような通路の上を歩いて行った。内道は学校から競技場まで最短距離で結んだもののようで、その途上にある家々の中を通っていくものだった。しかしきちんと通路ができているわけではなくて、まだ板も敷かれていないところもあった。

「ごめんね。こっちに上がってくれる?」

 一家の主がそう言いながら階上に案内し、その窓から出て、次の家の窓からまた中に入ったりした。そんなことを繰り返し、やがて長くて狭い塹壕のような溝を一列に並んで登っていった。硬い砂地をほったもののようで、デコボコのスロープになっているところと、板で階段状に補強してある部分とがあった。私はその途中で靴を脱いでしまった。

 到着してそのことに気づいたのでそう申告すると「誰かが拾ってくるかも」と言われた。

 それで、周りにも聞き、後から続々と登ってくる者たちが手に持っていないか注視しながら佇んでいた。確かに誰かの靴を持って上がってくる者がいた。つまりは私だけでなく、何人も途中で靴が脱げてしまっているのだった。その靴のいくつかには名前が書いてあった。横に小さく書いてあるものもあったし、前のゴムの部分に大きく書いてあるものもあった。それらは当然私の名前ではなかった。あるいはサイズが違ったりして明らかに私の靴ではなかったりした。誰も私の靴は持ってこないので、私は道を遡って自分で探すことにした。

 ある家の中に入ろうとすると、入口のところで近所の人と話をしていたそこの住人に呼び止められた。

「わざわざうちを通らなくても、こっちを行けばいいよ」と言って道案内をしてくれた。

「ありがとうございます」

「いい? 坂脇街径を行きなさい」

「分かりました」

 その実よくわかっていなかったが、およその方角で当りをつけて細い散歩道のようなところを歩いて下っていった。そのまま宿舎までたどり着いてしまったが、私の靴は落ちていなかった。中に入ると、受付のようにテーブルを出してそこに制服姿の警官が座っていた。その隣に私にユニフォームの書き方を指示した教師だか親だかもいた。リストがありそこに落とし物が書かれていた。またその現物が、壁際の棚の中に並べられていた。リストに「靴」はいくつかあったけれど、私のものは一つもなかった。

「白い新品の運動靴なんですけど」

「両方ですか」

「はい」

「届けてくれるといいんだけれど」

 どういうことかと考えてみて気づいたのは、盗まれたのだということだった。名前が書いてあったり、古いものは、拾った人が届けてくれるのだろう。しかしサラピンで名前も書いてなかったらどうだろう。拾った人が持って行ってしまうかもしれない。それだけではない。この行事は恒例のものだ。私と同じようにサラの運動靴を脱いでしまう者は毎回いるだろう。それを狙ってあらかじめ準備しているものたちもいるかもしれなかった。

 拾い物リストとは別に落し物リストもあったので、私はそこに名前と靴の特徴を書いた。警察は探してくれるんだろうか。例えば質屋を当たればどうだろうか。そんなことも考えたけれど、だんだん腹が立ってきた。それは最初私に指示をした者に対してだった。チーム名のことばかり連呼せずに、名前を書く時間をくれればよかったのに、と。

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