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嘘をつく

 いとこの一人が、これから街に出るのだと言い出した。結婚式のお祝いを買いに行くのだという。

「だってまた戻ってこないとだめだろう?」

 街に出てもまた準備のために戻ってこなくてはならなかった。そして当の結婚式は街の会場で催されることになっていたから、都合二往復しなくてはならない。

「電車で二時間近くもかかるのに」

「間に合わないんじゃないの」

「だから早く出ようっていうの」

 確かにまだ早朝だったが、間に合うかどうかは微妙な具合だと思った。それでも、そのいとこはガラス戸を開けて出て行ってしまった。いとこたちも慌てて出かけ、わたしもその最後に行こうとしたけれど、数平方ある広めの三和土に靴が見当たらない。引き戸の横にこれもやや大きめの下駄箱があり、その手前にボール紙の靴箱が置いてあった。蓋が開けられて下にはめてあったから、中に私の革靴が入っているのが見えた。リーガルのウォーキングタイプのものだった。私はそこまで靴下裸足でつま先立ち、靴をつっかけつっかけ履きながら、いとこたちの後を追った。

 私が追いついたとき、いとこたちは道端に集まって話し合いをしていた。最初は激昂していたはずのいとこの一人もだいぶ落ち着いているようだった。

「買い物ならば、近所のデパートでも出来るじゃないか」

 デパートとは名ばかりの商店街が二階建てビルに集まっただけのようなところだった。

「でもとにかくそこに行ってみようよ。どっちみち時間がない」

 中には本日結婚式を挙げるはずの主役もいたけれど、バラバラに売り場をうろついている間に見当たらなくなってしまった。

「あれ、どこに行ったんだろう」

 壁際に設けられた四角い廊下を手分けして系統だてて探したけれど、見つからなかった。

「誘拐されたんじゃないか」

 非常階段のような人気のない階段室を上がっていくと埃っぽい狭い廊下に出た。内側にはプレハブの壁で仕切られた部屋があって、一つ目は警備員室だった。いとこの誰かがそこに入って、行方不明になっていることを話した。でも、この建物に買い物に来たのはついさっきだから、そんな真剣に受け取ってもらえそうになかった。

 その隣は曇りガラスの窓を閉ざした秘密めいた部屋で、中から笑い声が聞こえた。それも普通の賑やかなものではなく、「ひーひっひっひ」というような、悪人笑いなのだった。廊下の突きあたりを折れて、表側に回る途中の窓は少し開いていて、ちらっと覗いたところ、こびとが一人ぼんやりとテレビを見ていた。私たちは抜き足差し足でそこを通り過ぎた。

 さらにその表側の部屋が、開放されていた。待合室のようなスペースで、白い華奢なテービルが置かれ、簡単なソファが何種類か置かれていた。私たちはそこに集まった。

「さっきのは双子のこびとだな」

「一人しかいなかった」

「わかった。もうひとりの方が誘拐したんだ」

 そんな話をしていると、当のこびとがふたりしてやってきた。その後ろから行方不明になっていたはずのいとこも現れた。

「文集の依頼をしていたんだ」

 あとは、私たち全員のコメントを書けばそれをそのままプリントして製本してくれるというのだった。私たちはテーブルの上に原稿用のペーパーを置いて、それぞれにお祝いの文章を書いた。

「東北出身ということを書こうよ」と提案したのは私だった。

 というのも、先日長老に呼ばれてそんな話を聞いていたからだった。

 文章を書き終わり、それをそのままコピーして、飾り罫の中に収め一冊の本になった。写真などもふんだんに入っていたが、やはり我々の作文がメインのものだった。私たちは意気揚々と、屋敷に取って返した。

 翌朝、私は一人で階段を下りてきた。木製の階段で幅は広かったが割合に急だったので、足から滑るようにそおっと降りた。降り切った正面に仁王のように立っている影があった。私の姿を認めるとその影が口をきいた。

「気を付けなさいな」

 私は目顔でうなづいて「朝刊はまだかな」と尋ねた。

「さっき長老が持って行かれました」

 私は電気をつけぬまま玄関ホールからキッチンへと向かった。古びた木製のテーブルと椅子が並んでいた。壁際には大型の旧式な冷蔵庫と、ステンレスの流しが見えた。蛇口についた浄水器からぽたぽた水がこぼれているような気がした。私はそこに座ってぼんやりしていた。すると奥のガラス戸が開いて、長老が姿を現した。手にはスポーツ新聞を持っていた。

「どうした」

「新聞を読みたくて」

 長老が渡した新聞は上下に割かれていた、上半分だけだと、写真も記事も途中で途切れて意味を成さなかった。

「東北出身ということは書くなといったはずだろう」

 長老は怒気を込めて言った。その視線の先には、昨日の記念誌が山積みに置かれていた。

「イチローの結果が知りたかっただけなんですけどね」

 私は立ち上がって、奥へと向かった。長老とすれ違う時に捨て台詞を言った。

「あなたは嘘つきだ。私も嘘つき」

 私は先日の会話を思い出していた。

「お前は自分の出身を誇りに思わなければならない」と、長老が言ったのだった。

 私はそれは私の出身政党のことだと思った。「一の党」という名のマイナーなものだった。

「でも名前を出してはいけない。分かったな」

 勘違いしていたわけではない。そのときは明らかに政治的な話をしていたのだ。長老は保守的な政党の支持者だった。

またしても固有名詞を出してしまった。イチローも最早や歴史上の人物だろうか。

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