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覚えきれない

 紙吹雪のようなものが舞い、あちこちから囃子唄が聴こえた。ちょうど仏教学園の門のところで、法被を着た生徒たちがスロープを出たり入ったりしていた。お祭りのようだった。私はそれをよけるようにして進み、石畳に散らばったポップコーンを拾いながら、学園に隣接する商店街に入っていった。店はみな仕舞っていた。アーケードを抜けて、寮に戻る大通りにたどり着いたところに、二人組の浮浪者がいて、ドラム缶を運んでいた。私は手にいっぱい持ったポップコーンをそのドラム缶の中に放り込んで、さっさと戻ることにした。

 あたりの様子を見ておこうと思って外に出たのがいけなかった。自室の前のコンクリートの階段を下りたところからパン屋さんの角をぐるりと回ってから街に行き、反対側から戻ってきたので、似たような作りの階段を上がっていくと、やはり似たようなスチールドアが並んでいるのだった。天井には小ぶりの蛍光灯が点っている。部屋番号を頼りにコンクリートの廊下を迷路のようにたどって、階段室の向こうにようやく自分の部屋を見つけた。

 それなのにドアノブに鍵を差し込んでもあかない。見ると作業着を着た人物が、壁の配電盤に顔を近づけている。どうやら電源が落とされているらしいと思った。電気式の鍵なので通電していないと開かないのだ。

「ねえ。もう住んでるんだから、常時ONにしておいてよ」

「はいよ」

「鍵とか、タイマー録画とかあるんだから」

 顔を見ると寮の管理人だった。直接家賃を渡してはいけないよ、酒を飲んじまうから、と言われていた。管理人はそのまままた別の配電盤の方へ向かっていったので、自分で見ると、やはり端っこのスウィッチがひとつ下になっていた。私はそれをバチンと音を立てて上にあげた。

 そこへKが私を迎えに来た。卒業式なのだった。私は自分の服装を改めて確認した。白い半袖シャツの裾を外に出して、下にはボロボロのデニムの短パンを履いていた。せめてネクタイをしようと思って、玄関にぶら下げたハンガーのスーツのポケットから取り出した。それを持って二人で出かけた。

 高校の教室にはすでにほとんどの生徒が集まっていた。そのうち何人かが私に話しかけてきたけれど、みな昔の小学校の同級生たちだった。卒業式ではなくて同窓会みたいだが、気持ちの上では厳粛な式なのだった。私はさっきのネクタイをするすると巻いた。その巻き方は先に手の中で形を作ってから首に回す簡易な方法で、死んだ親から教わった唯一のことだった。

 背の高い鈍重な感じの同級生が私の前の席に座った。Kがその同級生についてコメントした。

「あいつは今でもまだあれをやってるらしいよ」

 まさかそんなことはないだろうと私は思ったけれど、何も言わなかった。

「そろそろ時間だよ」

 いつの間にか卒業式は終わっていて、今度は大学の授業があるのだった。

「先に行っててよ」

 そう言うので、私はひとりで校舎を出てアスファルトの坂を登り、近未来的な感じの大学構内に入っていった。駐輪場の上から、広い踊り場に出てそこから別の教室棟に入ることができた。静かな階段を上ると、そこでKが追いついてきた。高校の先輩が一緒だった。

 フロアの中心には正方形のホールが階段状にあって、そこに学生たちが集まっていて喧々囂々話し合いをしていた。Kはその言葉を必死に聞き取ろうとしていた。

「何を聞いているの」

「子ども手当の改正について知りたいんだ」

「それなら知っているから教えてあげるよ」

「そうなの」

「両親に対して一人目の子供には出ないんだ。二人目からは出るんだけれど」

「そうなんだ。ほかにもいろいろ条件があって」

 先輩には二人の子供がいたから、私よりもよく知っているだろう。

 私たちはすぐに教室についた。ドアを入ったところが準備室になっていて、そこから教室に入るようになっていた。教授が待っていて、私たちを出迎えてくれた。私が手に持っていた子猫を絨毯に置くと、教授が困ったように笑った。

「うーん。この子も新入生なのかな」

 英語音声学の授業が終り、私たちは街に出た。車道のガードレールにもたれてファーストフードの袋から、ポテトなんかをつまんでいる高校生たちがいた。交差点の角にまさにそのファーストフード店があって私たちは中に入った。

 レジの横にあるマカロンのセットをKが手にとったのを見て、私はカウンタの中に入った。

「精算してやるよ」

 そう言って打とうとしたけれど、どうやっていいのかわからない。ただ金額を打ってがちゃんとやればいいのだと思っていたけれど、そうでもないらしい。そこへ先輩のアルバイトが寄ってきた。

「ああ、それはスペシャルメニューだから特別なの。まずスペシャルキーを押して、それからここにコードを入れて、そして」

 とてもじゃないけれど覚えきれなかった。私はふてくされて外に出ていった。そのときKが何かで膨れ上がった店の紙袋を渡してくれた。覗き込むと塩茹でした枝豆でいっぱいだった。私はそれをさらにガードレールの高校生に渡した。

「やるよ。枝豆だけど」

 それでも高校生たちは感謝いっぱいの表情で恭しく受け取った。

Kが初めて登場する。その容貌は高校生のときの親友のそれなのだけれど、言動までがそうだとは限らない。何しろ私の夢の中の出来事なのだから。「私」以外の唯一のキャラクタであると言えるかもしれない。

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