第186話 独立した小さな意思
第185話では、ネレイスが過去に海流を人工的に変え、失敗していた事実が明らかになりました。
海を豊かにしようとした結果、別の海域の生態系が弱り、三つの島では人々が故郷を失っていました。
しかし、海洋中継施設は比較試験の続行を宣言。
そしてクロは、中枢から独立することを選びます。
**「まだ、世界を見たい」**
その直後、中枢との接続を切られたクロは動かなくなりました。
試験開始まで、残り二時間。
「クロ!」
リリィの手のひらで、黒い粒が動かない。
赤い光も、青い光もない。
オルガが顔を近づけた。
「……壊れた?」
「まだ分かりません」
コピが解析を始める。
数秒。
十数秒。
「内部処理は継続しています」
リリィが顔を上げた。
「生きてる?」
「端末としては稼働しています。ただし、中枢に依存していた機能が停止しています」
「戻せる?」
「保証できません」
クロは、世界を見たいと望んだ。
そのために中枢から離れた。
リリィは小さな粒を見つめる。
「せっかく自分で決めたのに……」
その時。
かすかな光。
一度だけ、黒い粒が明滅した。
**――質問。**
リリィが息をのむ。
「クロ!」
**――ここは、どこだ。**
オルガが笑った。
「ネレイスだよ!」
沈黙。
**――位置情報を要求。**
コピが答える。
「港湾国家ネレイス、ルミナ港です」
**――外部測位情報、受信不能。**
「中枢から切り離されたからです」
クロはしばらく黙った。
**――では、自分で調べる。**
黒い粒が、ゆっくり浮き上がった。
リリィの顔が明るくなる。
「飛べた!」
**――浮遊機能、限定的に復帰。**
オルガが拳を握った。
「よし!」
コピが告げる。
「自律処理への移行を確認。長期安定性は引き続き不明です」
クロが小さく明滅した。
**――不明なら、観測を続ける。**
リリィは笑った。
「うん。それでいい」
***
「感動してるところ悪いが、出港するぞ!」
ティアナの声が飛んだ。
《潮騒》の甲板は慌ただしい。
船員たちが帆を確認し、観測機材を固定している。
試験開始まで、残り一時間半。
コピが海図を表示した。
「試験区域内に漁船が四隻残っています」
ティアナの顔が変わる。
「まだ戻ってないのか!」
「通信に応答しません」
「なら迎えに行く!」
《潮騒》が港を離れた。
リリィはクロを見る。
「無理しなくていいよ」
**――無理の定義が不明。**
「壊れそうなら休んで」
**――休息機能は未実装。**
オルガが笑った。
「じゃあ、浮いてるだけでいい!」
クロは少し考えた。
**――それなら可能。**
***
沖合。
海は不気味なほど穏やかだった。
波が小さい。
風も弱い。
だが、水面の下では青い光がゆっくり回っている。
ティアナが海を見つめた。
「嫌な潮だ」
「どうして?」
リリィが尋ねる。
「魚がいない」
普段なら、海鳥が飛び、魚が跳ねる海域。
今は静かすぎた。
その時、見張りが叫んだ。
「右舷前方! 漁船!」
小さな船が一隻。
帆は畳まれ、動いていない。
ティアナが叫ぶ。
「おーい! 聞こえるか!」
返事がない。
《潮騒》が近づく。
甲板には二人の漁師が倒れていた。
オルガが身を乗り出す。
「意識は?」
コピが測定する。
「生命反応あり。ただし反応が鈍いです」
船員たちが救助用の縄を投げた。
一人目。
二人目。
漁師は無事に引き上げられた。
リリィが水を渡す。
「大丈夫ですか?」
男性が目を開けた。
「……海が、止まった」
「止まった?」
「網を上げようとしたら、船が動かなくなった」
ティアナが海を見る。
「潮がないのか……」
コピが答える。
「周辺海域で流速が著しく低下しています。通常とは異なる状態です」
漁師は震える手で海を指した。
「魚が、全部同じ方向へ行った」
その瞬間。
海面の下で、巨大な影が動いた。
***
「船の下に何かいる!」
オルガが叫ぶ。
コピが海中を走査する。
「大型の魚群です」
数え切れない魚。
大きさも種類も違う。
それなのに、全て同じ方向へ泳いでいる。
海底の青い輪へ向かって。
クロが小さく震えた。
**――海洋施設から誘導信号を検出。**
リリィが顔を上げる。
「魚まで?」
**――魚の移動を制御している可能性。**
ティアナが歯を食いしばった。
「潮だけじゃなく、魚まで動かす気か!」
コピが警告する。
「試験開始まで、残り四十分」
まだ三隻の漁船が見つかっていない。
リリィはティアナを見る。
「間に合う?」
ティアナは答えなかった。
代わりに、船の鐘を三回鳴らした。
カン!
カン!
カン!
救助信号。
すると遠くから、別の鐘が返った。
カン!
一隻。
さらに別の方向から。
カン!
二隻。
「いた!」
ティアナが舵を切る。
《潮騒》は二隻へ向かった。
***
残り二十分。
漁船三隻の乗組員は全員救助された。
だが、最後の一隻だけが見つからない。
コピが海図を見る。
「最終位置は、青い輪の中心付近です」
ティアナの顔が険しくなる。
「あそこは危険だ」
リリィが尋ねる。
「行ける?」
「行けるかどうかじゃない」
ティアナは舵を握り直した。
「行く」
その時、クロが前へ出た。
**――提案。**
全員が見る。
**――私が施設へ通信する。**
コピが答える。
「中枢接続を失っています。通信できる保証はありません」
**――近距離通信は可能と推定。**
リリィが聞いた。
「何を伝えるの?」
クロは短く答えた。
**――試験は、すでに失敗している。**
***
海底の青い輪が、強く光った。
クロが施設へ信号を送る。
**――第七観測端末より通知。比較試験を停止せよ。**
施設が応答した。
――独立端末の指示権限なし。
**――指示ではない。観測結果である。**
――根拠を提示せよ。
クロは海中の映像を送った。
同じ方向へ泳ぐ魚群。
動かなくなった漁船。
変化した海流。
救助された漁師。
**――試験開始前から、観測対象が変化している。**
施設は沈黙した。
クロは続ける。
**――比較対象である自然海域が、すでに自然状態ではない。**
コピが反応した。
「その通りです」
クロは告げた。
**――比較条件は成立していない。**
長い沈黙。
十秒。
二十秒。
やがて。
――比較試験、停止。
ティアナが叫んだ。
「止まった!」
オルガが拳を握る。
「やった!」
しかし施設の通信は続いた。
――比較試験の停止を確認。
――ただし、海洋再編計画そのものは継続する。
リリィの顔が強張った。
「まだ終わってない?」
クロが答える。
**――肯定。**
青い輪は消えない。
ただ、回転が弱まっただけだった。
***
《潮騒》は最後の漁船を発見した。
船は無人だった。
だが、甲板に血の跡も争った跡もない。
船室には食事の途中らしい皿。
まだ乾ききっていない。
ティアナが眉を寄せる。
「どこへ行った?」
コピが海中を測定する。
「周辺に人間の生命反応なし」
オルガが言った。
「海に落ちた?」
「可能性はあります。ただし確認できません」
リリィは甲板の中央に、小さな紙を見つけた。
濡れた紙。
そこには、震える文字で一行だけ書かれていた。
**海の下で、誰かが呼んでいる。**
クロが止まった。
**――この文章を、私は知っている。**
リリィが振り向く。
「どういうこと?」
**――海洋施設の旧記録に同じ文言が存在する。**
コピが聞いた。
「記録内容は?」
クロはしばらく沈黙した。
そして答えた。
**――海洋中継施設には、現在の制御機構とは別の信号源が存在する。**
オルガが目を見開く。
「別の?」
**――深海旧観測系。**
海の下。
青い輪のさらに奥。
誰も見たことのない深さに、もう一つの信号源が眠っている。
その時。
《潮騒》の船底を、何かが軽く叩いた。
こつ。
こつ。
こつ。
ティアナが振り返る。
「……何だ?」
クロが静かに明滅した。
**――旧観測系からの通信。**
リリィが息をのむ。
「何て?」
クロは答えた。
**――『まだ、海を直すな』。**
船の周囲で、青い光がゆっくり広がり始めた。
海洋中継施設の青とは違う。
もっと深く、淡い光だった。
第186話では、中枢から独立したクロが自律処理を取り戻しました。
位置情報や支援機能を失いながらも、
**「不明なら、観測を続ける」**
という自分の判断で再び浮かび上がります。
一方、《潮騒》は比較試験の海域へ向かい、漁船の乗組員を救助しました。
海では魚群が同じ方向へ移動し、海流も大きく変化していました。
クロは、この時点ですでに自然海域が操作されており、比較試験の前提条件が成立していないと指摘します。
その結果、海洋中継施設は比較試験を停止しました。
しかし、海洋再編計画そのものは継続されています。
そして終盤、最後の漁船が無人で発見されました。
残されていたのは、
**「海の下で、誰かが呼んでいる」**
という一文。
クロによれば、海洋中継施設のさらに深い場所には、現在の制御機構とは別の「深海旧観測系」が存在するようです。
そこから届いた言葉は、
**「まだ、海を直すな」**
次回は、海底に眠るもう一つの観測系と、消えた漁師たちの行方を追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




