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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第五章:忘却伯と新たな野望

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番外編:異界の者、勇者を知る




 採取、都市建築の修繕補佐、環境調査……。

 日常の中で小さな、代り映えのない依頼をこなすことを主とする冒険者稼業において、緊急依頼というものは確かにある。

 多くの場合では周辺環境の調査などで生息が目撃された魔物などが繁殖、大量発生などの兆候を見せる場合ギルドは未然に周辺を危険区域に指定、速やかに駆除するなど未然に対策をとる。

 ゆえに、多くの場合でそれらが大事に繋がることはない。

 

 が、それでも依頼された冒険者側がろくに調査をせずに問題なしと報告する怠慢や探査不足、様々な要因が重なり魔物の数が増え、その地域だけで餌を確保できなくなった個体が人間の領域に踏み入ることはあり。


 これも、ある意味ハグレの一種。

 本来の生息地でない場所に現れる、場違いの魔物。


 たちが悪いのは、そういった場合の魔物は単なる生存競争での敗北によって逸れたのではなく、仲間全てを喰らい殺してなお収まらない獰猛性ゆえに個となってしまうのだ。



「ル、ルルルルッ、ゥルル……」



 今回人里に現れた魔物は、B級の中でも上位に位置する存在。

 馬を思わせるしなやかな四本足の躯体に、鷲(わし)の様な巨大な翼と鋭い嘴。

 鬣(たてがみ)は燃えるように朱い。


 アイトーン、またの名を燃える鷲馬と呼ばれる大型種は縄張り意識が強く、獲物を数回に分けて食する鳥獣種―――。

 肉食であり、冬眠に供える熊のように獲物の内臓など栄養価の高く柔らかな部位のみを喰らい、残りは捨てる。

 血に濡れた嘴は既に無数の屍を積み上げた証拠。

 脆弱な人間が束で太刀打ちできるものではなく。




「うわあああああ!?」

「にげ―――、だれかっ」



「ルルㇽ」

「開けて、あけあけあけ開けてぇ!!」



 彼らは逃げ惑い、家屋から家屋へ。

 何とか逃げ込んだ安息の地だったが、やがて四本の強靭な足でけり抜かれる天井。


 壊れた家の中で息を潜める者、次なる家に逃げ込もうとして硬く閉ざされた扉を叩き続ける者。

 また人が逃げ遅れる。


 だから緊急依頼なのだ。

 魔物が居て、人が死に、世界は巡る。


 命が命を飲み込み続く。

 この光景もまた大陸のどこでも当たり前の事。 



「「―――――」」

「ま、まって! 置いてかなぁ―――。兄ちゃん!」

「い、た……いたぃ」



「ウルルルルㇽㇽッ」



 今にひときわ大きな家屋が壊れ、息を潜めていた者たちが散るように逃げる。

そんな中で大人たちに押しのけられ、逃げ遅れた子供たちが潰されて消えるのも何ら不思議なことではない。

 


「大丈夫だ、問題ない」

「「―――――」」



「ブルルッ!!?」



 ただ、今回はそうはならなかっただけだ。


 繰り出された蹄の一撃を支えていた魔物の足が血しぶきを上げ飛ぶ。

 続き、羽が数十と舞う。

 男……、青年は先ほどまでそこに居なかったが、まるでずっといたかのように子供たちの側に現れた。

 


「―――。ふッ……ふぅッ……、君たち。俺から離れないでくれ」

「「ッ」」



 青年が息を切らし、手に握る短剣を構える。

 既に憔悴している様子だが、瞳に宿る鋭さは欠片も褪せてはおらず。



「ル、ルァ!!」



 痛みを怒りに。

 四本脚の一つを失ったアイトーンは暫し空から青年を警戒していたが、やがて狙いを定めたか身体をしならせる。

 子供たちにすら察知できる、降下と突進の兆候。

 怯えて彼の足元にしがみつく子供たち。



「大丈夫―――」



 青年は動かない。

 子供らにしがみつかれて動けない、のではなく。



「勇者が来た」



 動く必要がなかったからだ。



「12の武権能―――――聖剣模倣!!」



 山のふもとに位置する集落では河川の氾濫や高波などの災害に遭ったことがないのは自然。

 だから、村人らにはこれが初めての経験だった。

 光で構築されたような輝きを放つ波が、魔物に向かう。

 津波は極光のままに突き進み、優しく木々を素通りし、その威容を野生の直感で気取った魔物は寸でで避ける。



「もう一発……!」



 少女が光纏う剣を構え、また振り抜く。


 何の魔術技でもない、己に秘めた魔力を純粋に放出するだけ。

 だが、それだけで魔に属する者たちは吹き飛ぶだろう。

 光の当たり具合で金色に見えるではなく、効力を発動している間は本当に光によって太陽の色に染まる髪色。

 その光景は絵物語から出てきたかのようで。



「ガ、ン、ガァァァ!!」

「アイトーン……B級の魔物でも、今なら」



 光の波動を避けられる中でも、関係ないと次々に魔力波を放つ少女。

 やってることは以前と変わってはいない。

 かつて彼女が掲げていた大正義「力押し」の究極。



「これが私の、勇者の覚悟ぉ! おぉぉぉ―――!!」



 次々に光の柱が武器から突き立ち、放たれ。



「ァァァ……」



 やがて空を埋め尽くす閃光にアイトーンは対応できなくなり、飲み込まれ姿を消した。

 B級……都市の規模すら混乱に陥れる妖魔は消え去ったのだ。



「―――イオリ!」

「うまくいったな」

「ん! 囮役ありが―――うわわっ」


「勇者―――。勇者セシル!? 武戦神さまの加護を受けた!」

「勇者さまだ!」

「本物!?」



 緊急依頼に駆け付けた両者が言葉を交わす間もなく、這い出た人々に囲まれる少女。

 話題の光の勇者の噂はこの近辺にも聞こえていたらしく。



「っふふふふ―――。勝ち!」



 人々に囲まれていた勇者が青年に笑顔を見せ二本指を立てる。

 彼に守られるようにしていた子供二人は青年を不思議そうに見上げて。



「ゆうしゃさま……、ほんもの?」

「―――お兄さんも勇者なの?」

「ん? いいや、俺は只のイオリ。勇者の―――まぁ、相棒だよ」




   ◇




 ………。

 それは俺とセシルが出会って……つまり俺がこの世界に来てから二年が経過しようかという頃だっただろうか。

 偶々受けることになった貴族の護衛任務を完遂し、祝宴に一客人としてお呼ばれした日。




『……え……? なに、これ』

『どうし―――』

『いおりー? ナフキン取って。手のうら汚れた』

『……。いや汚れか? これ』

『あ、落ちない……』



 セシルの手の甲に現れたのは、剣を象ったような不思議な紋様だった。



『蹄と剣……!! よもや……』

『武戦神様の……!?』



 状況が状況だっただけに―――この辺は神の作為性を感じずにはいられないが、情報はSNSの炎上案件並みに拡散。

 その日を境にC級冒険者セシルは、勇者セシルと呼ばれるようになった。

 まるで帝国に現れたっていう叡智神と地母神の加護を受けた勇者に続くかのように、これまでのセオリーから外れた成人後での加護。

 人々の勇者を目指していた少女は、本当の意味で勇者となったのだ。



 ………。



「ほぉ~、ほほ……えへへ……」



 そして現在、俺とセシルの拠点は大陸でも東側に位置する国家、魔術大国ヴェリタールの都市。

 近隣でも最大のギルド支部を有するそこで俺たちはB級冒険者として活動中。


 上位冒険者になったからというわけでもないが、今のセシルは異常とされた以前とすら比較にならない戦闘センスを持っている。

 剣のみならず、あらゆる武器を使いこなす天性の能力。

 唯一、弓などは扱えなかったが、ソレは神話に語られる武戦神の物語によるデメリットというべきものらしく。



「ふふ……、あはは……」



 さっきから可愛いなチクショウ。

 絵多めの本を読みながら無邪気に笑う……勇者の姿か? これが。

 



「何読んでんだ?」

「大地の女神さまとペンドラゴンさまの恋物語~」

「……あぁ」

「あーー、また似合わないとか思ってるんだ!」



 いや別に。

 むしろ読んでて損はないだろう。

 脚色こそ入ってるが、セシルの現在に深くかかわってくる話だからな。

 神話っていうのは凡そ人の想像によって形作られるものだが、この世界におけるそれに関してはまるで実際に起きたかのような真実味を持つ場合も多い。


 彼女の読んでるそれも一つ。

 この世界の神々である六大神が一角、武戦神ペンドラゴン。

 セシルに加護を授けた大神は名が示す通り戦いの神であり、英雄の神であり、白馬に乗って現れる金髪碧眼の美丈夫として描かれる、とか。

 おおよそ女ウケの見本みたいな神だが、そんな男が生涯に愛した唯一の妻が大地の精霊と呼ばれた女性。

 物語の中で、両者の間には半妖精……つまりエルフ族が生まれ、彼女たちに弓矢を扱う狩猟の権能を与えたからこそペンドラゴンはその能力を失い。



「剣聖シディアンの再来、勇者セシルさまの飛び道具の扱いはポンコツなわけだ」

「そこ関係ある?」

「大いに。神話には意味がある、だろ?」



「お二人さーん」



 と、カレンさんだ。

 何故か俺たちが拠点を移すたびに、新しいギルド支部に入るたびに彼女が先に居るのだ。

 何処にでもいるな、この人。

 ニャルか?



「えへんえへん。ギルド総長たっての命令でお二人の後見人ですからね、私も」



 ……ギルド総長、もしくは鳴神の勇者として語られるその女性はなんと、俺の同郷。


 縁あってっていうか主にセシルのおかげで二回会ったことはあるが、マジで最強だ。

 俺とセシルが出会った中で一番強い個。

 本人自身も大陸に12人しかいない最上位冒険者のひとりで【雷切】の異名を持ち、世界を救った明けの勇者の相棒でもあり―――どんな属性だよ。


 カレンさんは紐で括られたどっさりの手紙を俺たちの食事中のテーブルにこんもり。



「じゃあ、こちらここ一週間で溜まってるお手紙です。マネージャーとして厳正に吟味して全部燃やしちゃってくださいね」

「全部燃やす前提ですか……」



 まぁ燃やすが。

 大体はくだらない話だ。



「何でイオリが燃やすの! 全部私宛てだよね!?」

「喜ぶなよ。大抵くだらないぞ」


 

 まずはプロモーション関係。

 大陸中の商会から届いた契約に関するお誘いを次々に仕分けていく。

 


「あ、ザンティア商会……、あ、リーアニュクスからも来てるんだ」

「別名死の商人。いやはや、有名どころばっかりだな。うれしいか」

「んーん。やだー」



 早い話がイメージキャラクターみたいな関係どうだってな。

 武戦神、戦いの神だから確かに武器商会とかにはマッチしてる気もするが、セシルの性格的にはまるで合ってないミスマッチ。



「いつも通りヴェリタールと近場のグラディスの貴族連中、あとは帝国と……通商連邦からも来てるな」

「この前はクロウンスからのがありましたけど、まだまだコンプリートには遠いですねぇ」



 で、国のお偉いさんがたからも結構。

 由緒ある出の貴族騎士やら、高名な王室付き魔術師やら、とにかく自分の国の息のかかった人間を勇者の仲間としてねじ込みたいと。

 カレンさんたちも言ってたが数百年前から続く伝統芸能のようなものらしい。


 有益そうな手紙、或いは故郷の村へ送った手紙の返事とかは……ないな。



「さて、な。んじゃまとめて燃やしてくる」

「本当に燃やすんだ……」

「……………」



 カレンさんも察してるな。

 ご飯を食べ始めたセシルに先に食べててくれと言いつつ俺が支部を出ると、間もなく後ろからついて来る影。

 三人……。

 だが、今欲しい手合いじゃない。



「―――おい、乞食さんよ」

「聞きましたよ? あなたが引っ付いてるせいで、勇者様がA級への推薦蹴ったのですってね」

「あれ、なんだなぁ。疫病神の噂は本当なんだなぁー」

「……………」



 前の拠点が既に懐かしい。

 皆友達のようなものだったあっちと違ってこういう輩がいるとな。


 俺たちはまだB級になって日も浅い。

 そして、A級へ到るにはギルドの信頼やポイントは勿論、ドーンと大きな試験っていうか戦果が必要だ。

 裏社会の大組織を潰したとか、竜を撃破したとか、そんなところ。


 だがこの国、ヴェリタールの政府が考えたのは、複数国からの推薦のみで彼女をA級にしようとした―――本人たちは恩を売れると思ったんだろう。


 ギルド本部の意向にまるで沿わない形だ。

 セシルも、納得する筈はない。

 彼女の性格を理解しているのならそれが友好の証になるわけもないと分かるのだが。



「なぁ、お前消えたらどうなんだな? お前が訓練所使ってる所なんて一回も見た事ないんだな」

「B級とはいうけどよ、本当に強いのかも怪しいよなぁ。初期から一緒に居たってだけで、お情けで一緒に居れるような存在じゃねえんだよ、勇者さまは」



 ……それをどう解釈したか。

 まるで言いたい放題か。

 

 大体合ってるけど。



「結局、俺にどうしてほしいんだ? アンタたちは」

「ん? 話は早いな」

「なんてことはありません面を貸してください」


「そこの店でならいい。路地裏はやめてくれ」

「分かった、路地裏にこい」

「頼む。路地裏はやめてくれ」



 路地裏は嫌だ。

 そう言ってるのにも関わらず分厚い脂肪やら筋肉の壁でどんどんそっち側に追いやられるのは本当にやるせないもので。



「いいから来いって―――」

「それでも勘弁してくれ。路地裏は勘弁してくれ」

「なんだなこいつ!?」

「そんなに嫌なの!?」

「ま、まあ、この程度の男を連れ歩くようでは勇者……あの小娘の程度もしれた事で……」



 どうしても路地裏に入りたいという愛好会の圧に押されるまま、暗い、人の気配がない路地裏に入る。 

 ……。

 いかに夜とはいえ、むしろ夜の時間にしてはあまりに人気がなさすぎる。



「……くそッ。皆、構えろ!」

「「?」」



 まるで数年来のパーティーのように声を掛けるも、当然ルート未満の好感度では意味がなく。

 


「な、ァ!?」

「何なんだな……」

「路地裏はやめておけって言っただろッ」



 飛び交う鏃、剣、火花。



「疫病神に付き合うなんてアンタらもよっぽど好き者だぞ」



 目で追いきれず、武器を構えるもすぐに頭を打たれるようにしてその場に転がる路地裏愛好会の三人。

 顔を上げても翻弄されるように周囲を見回すことしかできないらしく。



「見えてるか? 見えてないなら本当に頭抱えてうずくまってろ。死ぬかもだ」

「「!」」



 三人はガクガクと頷く。

 なまじ力量がある分、襲撃者たる相手側の技量も分かってしまったのだろう。

 相対する相手との戦力差……その程度も認識できないようじゃ東側じゃゴミ同然、と。

 これもカレンさんが言ってたが。

 この冒険者たちは十分そのことを理解してる側で、魔力を持たないゆえに実力がまるで読めない俺の方がはた迷惑な側だ。


 そもそも、実際問題。

 俺自身の素の実力は足元で頭を抱えてる彼らにすら遠く及ばない。



「見ての通り。勇者の仲間になるってのは人によっちゃ貧乏くじ以外の何物でもないって話、分かってほしいんだが」



 常に監視はされる、ひとりで行動してるときには陰口、ちょっとしたことでスクープされる。

 こんなんじゃ路地裏のオトナなお店に入ることも出来やしない。

 おまけに―――。



「……!」

「二人、か。強いな、アンタら。ちなみに依頼主どこの国? やっぱグラディス?」

「ッ!」



 外套を全身に纏い、顔も伺えない敵の攻撃を短剣で往なす。


 今回はかなり手練れだ。

 俺も無傷とはいかないかもしれないが、無傷で終わらせなきゃ毒の可能性も怖い。


 

「「!」」

「只の煙幕だよッ。刻印の一つでも使えりゃよかったんだがなッ!!」



 たとえば魔術が使えない者の為の道具スクロール……しかし、発動する魔力が存在しない俺はそれすら扱えないわけで。

 精々が灰や火薬でこしらえた目つぶしを放り、隙を探るくらい。



「上には上がいて、その上にはまた上がいる。天を仰げばあきれ返るくらいの絶望が広がってる」



 一騎当千のA級でさえ足切りラインの戦いがあったという。

 最上位たるS級でさえ本当なら死んでいた敵がいたという。

 そんな化け物たる最上位の魔族すら支配する魔王が居て、強大な龍種が居て……神々が居て。



「けど約束したんでな、ギルド総長と」




 ―――イオリさん。

 

 ―――私が言えることではありません。

 ―――けれど、きっとあなたは誰よりも彼女の事を理解していますから。


 ―――セシルさんを、お願いします。




 近づけば近づくほど削られていく常識、迫る終わり、自身の無力感。

 それでもセシルは手の届く全ての人たちを救いたいのだという。



「支えてやる奴がいる。少なくとも、今はまだ……ッ」

「「!」」



 僅かに一瞬だけ全身に魔素を巡らし、ひとりの首を刈る。

 舞う血飛沫―――即死。


 遠慮も慈悲もない。

 人を殺すのだって今回が初めてなわけもない。

 

 あと一人。

 残った時間でもう一人にも手を伸ばしたが、僅かに頸部を裂いたのみ―――動脈は断てなかったか。



「ぐ、ぁ……!? 今の―――速度は……!?」

「あんただけ残したわけじゃないぞ」

「き、さま」

「単純に俺の力量的に限界だっただけだ。というわけで今日はその幸運を噛みしめて帰ってくれ。俺たちに手を出すなって―――」



 だからこっちじゃねえよ。

 何で向かってくんだよ。



「―――がふッ!!?」



 ……帰れって言ったぞ、俺は。

 暗殺者は何処からともなく吹っ飛んできた光の剣に貫かれ、標本のようにレンガの壁に縫い付けられる。

 

 

「はーでにやりましたね」

「見てたんならとっとと助けてくれても良いと思うんですがね、カレンさん」

「それは本当にそうです。ごめんなさい」

「……! カレン・ベリー……!?」

「貴剣の……!」

「A級冒険者なんだな!?」



「おー、有名人。けど助かりましたよ」

「中々の一流でしたからね、彼ら。上位冒険者でも後れを取るかもしれない程度には。多分燈台所属の厄介ごと……本当は魔力のない人間が倒せるはずもないんですけど……。ま、後処理は私たちがやっておきますから、戻ってあげてください。―――あなた達も早く行ってください。それとも処理に付き合いますか?」

「「……………」」



 呆けてるな。

 喧嘩ならともかく、街中でこのレベルは中々見ないだろうからな。

 平和な大国ならなおさら。



「おい、アンタら」

「……あ、あぁ」

「誰にでも分け隔てなく接し、どんな簡単な依頼でも、街中で発生した本当に小さな事件でも、自ら乗り出して解決する。そんな勇者が一人くらい目のまえに居たっていいだろ? なぁ」

「「……………」」

「俺でも胸が熱くなるんだから。アンタたちだって忘れたわけじゃないはずだ」



 彼らにだってあったはずだ、かつて憧れた勇者の冒険譚が。

 何度も読み返した英雄譚が。

 

 どんな者にも―――だからこそ、きっと届くだろう。

 彼女の存在は、どんどん大きくなる。

 多くの人たちにとって、勇者セシルは最高の存在となり、初めて行った国ですらその名を聞く。


 冒険者たちはもつれる足を奮い立たせて路地裏から消える。

 ……死体やら血まみれの路地裏は特殊性総員たちの仕事といったところで。

 あとは手紙の焼却ごとカレンさんたちに任せ、俺も何食わぬ顔で店に戻り、セシルの対面に腰を下ろす、が。



「……………」

「おーい。セシル―――セシル? どうかしたのか?」

「―――。え?」



 おかしい。

 精々10分程度離れただけ。

 食べる事が大好きな彼女が、まだあたたかで豪勢な昼食を前にぼーっとしている事など殆どない。


 しかし現実として、山のようにおかれている料理も冷めつつある。



「てか今日も多いな」

「ラオスフィッシュ香草で焼いたの、採れたてだからって二十人分頼んだ。……イオリも食べて」

「……いや、俺は」

「食べるの!」



 テーブルを強く叩くようにして立ち上がる彼女に多くの視線が集まった。

 それより前からずっと集まっていたのだから、関係ないのかもしれない。


 セシルはすぐ我に返ったように席に座りなおして。



「ゴメン……けど最近、前にも増して少食になってる。腕も身体も細くなってる気がするし……血色も悪いし……」

「けど動きは良くなってる」

「―――ッ」

「あぁ、すまん」



 凄い睨まれた。

 

 そりゃあまあ、末期だしな。

 食欲どころか、明日をもしれない的なアレだ。

 特異体質っていうか呪いっていうか、この体質の特性として俺は体内に蓄積した魔素という毒素をそのまま放出する形で絶大な身体強化を得ている。


 エネルギーだけ抽出し、残った毒は体内に。

 それを薬で中和する。

 取り込んでいる魔素の純度に応じて……周辺環境の魔素濃度が濃ければ濃いほどに瞬間的な強化効率も上がる。


 レベルが上がってなくても、東へ行けば行くほど強くなれるってことだ、やったな。



「……。いなく、ならないで」



 顔を伏せ、ぼそとつぶやかれる言葉。

 勇者ってのは難聴系で勘違い系で察しが悪くないといけない筈なんだがな。

 


「俺がいない間に何聞いたか知らないし、勘違いしてほしくないんだがな。離脱なんてするつもりないぞ」

「―――本当?」



「だって勇者セシル? ははは。俺の前に居るのは力仕事が得意で笑顔が人気なだけの村娘だぞ?」

「……ぅ」

「子供たちに幻滅されたら部屋で泣くわ、重圧があり過ぎて人ごみに巻き込まれただけで顔真っ赤になるわ、俺がお悩み相談室を開く必要もあるし、交渉事も俺の管轄だよな。あと計算もゆっくりだし、読み書きも今や俺が断然うえで……」

「わかっ―――分かったから!!」



 セシルは人々にとっての太陽だ。

 だが、太陽だって時には自分で輝きたくない時もある。

 月のように、誰かの光をもらって輝きたくなる時だって。


 だからそういう時こそ、仲間である俺が笑って応えてやる。

 


「死ぬまで、一緒のパーティーで戦わせてもらうつもりだよ。相棒を舐めんな」

「……………!」



「うん! 死ぬまで一緒だよ……!」



 やっぱこういう時漫画なら八重歯が覗くのか?

 まさしく太陽のような笑顔は何十、何百回見てもドキリとする。



「さ、食べよう。やっぱ俺も少し……」

「食べて食べてっ。店員さん! 香草焼き30人前追加! あとポテトも―――」

「まてまてまて……!?」



 セシルは。

 彼女は俺にとっても勇者なんだ。

 だから……いや、俺が死んだ後に闇墜ちなんてしないでくれよ? マジで。

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― 新着の感想 ―
前作を読み終わってやっと追いつきました!! いつも面白い作品ありがとう。これからも応援してます!!
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