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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第16話:友の持ち込み便




 アノール領最大の禁足地である場所。

 「奥の村」と名付けられたそこは、故郷を失った半妖精たちが密かに営みを築いている新たな秘境だ。


 ジャガイモに似た野菜メークンとアノール領の特産グルシュカを育て、森で木々と共に成長に頭を悩ませ身体を揺らし、時にパイの品評会を開いては領主を招いてくれる陽気な農耕民たる彼ら。

 そんな彼らにも悲しき過去があるのは既知。


 だからこそ今の僕にはそれが最高の朗報なのか、それとも先を伺えば伺うほど絶望しか見えない物語の幕開けなのかを知ることはできない。



「エール! 本当に君なんだな!?」

「……ぁ、ぅ。みん、な?」

「そうだよ、私たちだ!」

「……み、な」

「―――良かった……。生きていて、本当に……」

「わぁ、し……。ゆめ、み」

「夢じゃない! 確かにここにいるんだ……! 私たちも、お前も!」



 歩くこともままならない、ひどく衰弱した半妖精の男を迎える住民たち。


 捜索隊……サーチャーが発足してから既にどれだけ経ったか。

 僕が死んだり死にかけたり殺したり殺されたりしている間にも商人や領の人間を各地へ派遣して探していた彼らの一族……今現在、発見されているのは五人。


 そう、たったの五人だ。

 最初期、共に逃げてその後行方が知れなくなった仲間はその何倍もいるというのに。



「―――そして、うち四人が男。唯一の女性も消えない傷を心に刻まれてる、か」



 行方不明の者たちは極端に男の数が多かったわけじゃない。

 むしろ女性のほうが多かったという話で。

 では、なぜ男のほうが生還、発見率が高いのか―――と。

 

 まこと、嫌な(ことわり)だな。

 本人たちからすればエルフの女に生まれたのは最悪の不幸なのかもだ。



「パトリシア殿」

「大丈夫……、大丈夫、です」



 村長たる彼女は他の者たち同様に仲間の帰還を喜びつつも、何かを探すように視線を彷徨わせては顔を俯かせている。

 返答は自分に言い聞かせているようですらあり。



「そうだ―――大丈夫だ。必ず見つけ出す。私たちが見つける。そう約束した」

「領主さま……」



 彼女には妹がいたという。

 ステラという名前で、レニカとも仲が良かったと。

 リアノール宗家の人間だ。

 この世界にはハーフエルフとかダークエルフとかないけど、あえて呼ぶならハイエルフ……王族の末裔。

 もしもその筋の歴史に詳しい連中に見つかってたとしたら、「付加価値」という面では通常の半妖精の比にもならない。


 そして実際、自分の家族がいまだ何の情報もなく行方不明のままというのは様々な感情が混ざり合っているだろう。

 大切な人が失踪……、僕なら発狂してるかもしれない。

 だからこそ本人以外のケアが必要だ。



「身体は治せる。手足が欠けようと、目がなくなろうと。必ず治してもらう。だが―――、心はダメだ。分かるだろう、パトリシア殿」

「……………」

「彼ら、彼女らの心を癒してあげられるのは勇者でも聖女でも、まして貴族などではないのだ、決して。それは、君たちにしかできんのだ」



「帰る場所になってあげてくれ。君たちだけは、信じてあげてくれ。必ず、戻ってくるのだと」

「―――はい。……ずっと、待ってます……」



 ………。

 屋敷に戻り、一息。

 

 実際のところ、僕の真に考えていること、恐れなどをさらけ出せば村の半妖精たちは失望するだろう。

 リアノールの農耕技術を利用するために。

 希少種族保護を掲げる国家からの怒りの矛先を避けるために。


 そのために僕は彼女たちを利用している。

 実際、どこまでも自分の事しか考えてないんだ、僕ァ。

 


「―――誰だ」

「旦那様。マリアにございます」

「あぁ……」



 執務室の席で身体を深く預けていた僕は、乾いた返事を漏らして姿勢を正す。

 いつも時間通りに休憩時間を設けてくれる彼女だけど、そこから外れた時間の場合は大体身構えるような用事ばかりで。

 一体どんな厄介ごと、厄介な知らせ、客人なりや?

 


「商人ルルシオ様がお見えになっております」



 なんだ……ルルシオか。

 なら、身構える程ではないのかもしれない。



「いかがないさいますか?」

「出迎えるとしよう。そのまま一階の部屋にでも通してくれ。驚かせてやりたいゆえ、特級品の果物の用意も」

「畏まりました」



 忙しいからと適当にあしらうこともできたけど、ルルシオには最近世話になってる。

 今回、奴隷として売られていたリアノール一族の男を見つけてくれたのも彼なのだ。


 そういえば彼も他の商人たちも、僕が生粋のエルフマニアか何かと勘違いし始めているのは最早弁明のしようがない。

 それに関しては男でも女でも構わないからとにかく半妖精を探せと言った僕に非があるんだ。

 あと確かにエルフは好きだ。 



「もち、俺も好きですよ、もちもち。あ、でも最近は好きじゃなくてむしろ嫌いだから集めてるんじゃないかって話も出てますね」

「どういう意味だ?」

「近頃噂になってますからね。レイクさまは自分より顔がいい種族が許せないのでは? と」

「誠に遺憾である。物語の題材にされないだろうな?」



 最近になってようやく調子が戻ってきた騎士アルベリヒを伴い応接室へ。

 既に悠々と席に座っている若い男商人と顔を合わせた―――、と。


 そこにいたのは僕がよく知る商人ルルシオ……だけではなかったらしく。

 ライトグレーの髪色に澄み渡る青空のような瞳。

 気弱そうな面持ちは外界から切り離された箱入り娘が不意に外へ出された印象を受け、見た目より幼さを感じさせる。

 年のころは……十代半ばか、後半程。


 けど、中でも僕が気になったのはその瞳の奥にあるもの。

 物憂げな、悲しげな感情。

 同じ瞳を持っていた箱庭の中の少女を、僕ではない少年の記憶として知っている。 

 身体の線の細さ、胸の薄さ―――その全てが触れれば壊れてしまいそうな儚さを強調する。



「……あ゛?」 

「落ち着け、騎士」



 ルルシオの年齢は当然僕とアルベリヒと同じ。

 そんな彼がまだ20にも届いていないような、それも美しい少女を伴っているという事実に我慢が出来なかったんだろう。

 今に目を血走らせ始めた独身オーク騎士を制す。


 けどそこは同感だよ、アルベリヒ。

 ルルシオに彼女ができるわけがない。

 つまり彼は騙されてる、そうに違いない。



「どうやらまたよからぬ話に首と手と足を突っ込んでいるようだな、商人」

「全身だね、それ。なに、君ほどじゃないさ、貴族。騎士も元気みたいで―――どうしたんだ? アル。もしかして僕またなんかやっちゃった?」



 商人、騎士、貴族。

 それぞれ仲間内での呼び名だ。

 ルルシオにとっては、僕とアルベリヒはまだ共に学園を駆けた親友なんだろう。

 まぁ、僕からしても彼は損得勘定からちょっとだけ外れた信頼できる商人ではあるけど―――と。



「主よ」



 商人と少女の対面、上座側に腰を下ろした瞬間だった。



「……………」



 不意に届く声。

 チラとアルベリヒや対面で僕のことを少女に紹介してるルルシオとかにも目をくれてみるけど、誰一人として反応していない。

 ―――オウルだ。

 彼女は今僕の真後ろにいて、この場の誰にも気づかれないまま僕に耳打ちしているんだ。



「……水の、聖女です」

「―――――」



 あ?


 ………。

 ……………。



 ミズノセイジョ?

 あ゛?


 水……プリエールの、聖女……だって!?



「ふむ」

「……ぁ」

「こら、レイク。レディをそう不躾になめまわすもんじゃないよ」



 目が血走りそうになるのを抑え、最大限に感情がこもらない様に灰色の髪の少女を伺う。

 僅かな困惑、戸惑い……焦り。

 王族も王族。

 行方不明とされていた聖国の中心人物とも言えるような存在が、何故帝国―――ここアノール領にいる?


 どういう事だルルシオ。

 お前まさか、闇商人だったのか。

 グルシュカ食って「やっぱこれ美味しいなー」とか言ってる場合じゃないぞ。

 僕から逸らすように顔伏せてる少女にも勧めて断られてシュンとしてる場合じゃないぞ。



「旨いだろう、我が領の特級品は」

「最高だね。こんなのを売りに出さあれちゃあ、そらあグラディスの耕作連もギメールの農協も悲鳴を上げるわけだ。甘いのは顔だけにしてほしいね、全く」

「顔が良いのは天然ものだ。この果物には多くの秘密があってな。―――して」



 本題だ。



「ルルシオ。君の秘密も聞かせてもらおう。そちらの女性は?」

「秘密って程のはなしじゃあないさ。いつも通り、聖国からの難民を連れてきただけだよ。特に彼女は何かしらの事情があるみたいだから、放って置けなくてね。君に会いたかったらしいんだ。本当に罪な男さ」

「悪かったな、大罪人で」



 ……。


 理解した。

 これ、アレだ。

 連れてきた女性が何者なのかすら全く理解していないって顔だ。


 そう言えばこういう奴だったな。

 美醜関係なく、年齢関係なく、女性であるなら頼みを無碍には出来ない優男がコレだ。

 それが美徳でもあり、悪点でもあり……。騙されて泣かされた事、だまし取られて手持ちの金銭もないからお金貸してほしいと泣きつかれたこともしばしば。


 ……碌なヤツ居ないな、僕の学友。



「ま、これも人助けさ。出会いを大切にするのが商人なんだから。アルもどうだい? 最近良い出会いある?」

「あるように見えるか? 相も変わらずのほほんとした顔しやがって。主の前でなけりゃそのいけ好かない整い顔ぶん殴ってやったぞ」

「わはは、元気そうじゃないか三枚目」

「うっせ二枚半」



 アルベリヒも久々の友人に会ってやや口元が緩んでいるか。

 いい機会だ、最後の一押しで毒を抜いてやるか。



「アルベリヒ」

「ハイ! 申し訳ありません!」

「良い。少し外して、ルルシオと話してくると良い。積もる話もあるだろう」

「え……レイク? 今しがた、二人だったらぶん殴っていたと―――」

「ははは。流石に問題にはならない程度に済ますさ。さ、こっちにこい。顔の男前をあげてやる」

「ちょ―――待った、やめっ―――力強いっっ!?」



「れ、れいく! 君の事だから当然問題ないとは思うけど、レディにあまり負担をかけるような会話をしちゃあだめだよ! あ、レディ? 怖かったらすぐに僕が戻ってくるから安心して、あとその貴族こう見えてヘタレだから多分大丈夫――――」

「はよこい」

「やっぱりいやだぁぁぁぁ!! 離して!」



 行ったかな、行ったな。

 さて。



「―――今代の水の聖女……セレスティン・エアージェラス殿とお見受けします」

「………!」



 あぁごめんルルシオ、とりあえず初手ミスった。

 少女の顔に一気に青が差す。



「なぜ……」



 水の聖女はトルキンの地の聖女、クロウンスの火の聖女と比較して公に顔を出したことがないとされている。

 年齢的にも年若く、情報秘匿の観点からだと。


 当然他国の貴族が顔を知ってるわけもない、か。

 あ、当然顔知らなかったよ?


 けど貴族は見栄張って知ったかぶるのが好きなんだ。



「理由を話す必要は感じられませんが……聖国の内乱に介入している帝国、その物資面を統括しているのが今の私です。私に会いに来たということは、そもそも最初から明かすつもりではあった。そうでしょう?」

「……はい」

「ならば、少し先に知っていても何ら問題はない―――。早い話と参りましょう。あなたが求めるものについて、お聞かせください」



 ………。

 敢えて信頼を構築する隙間もなく重い言葉を浴びせる。

 この程度の圧掛けで震えて萎縮してしまうなら、文字通り話にならないからだ。


 けど、彼女は見た目のか弱さ、或いは気弱な雰囲気を損なわないまま、意志のこもった瞳で僕を見つめなおした。



「どうか、お力を貸してほしいのです、ユスティーア伯爵」



「帝国にも届いていている―――伯爵ならご存じのはず。プリエールは、既に国としての機能を損なっています」

「勿論理解は。内乱の話は暫し前より……」

「内乱、と。大きくそう形作られていますが。その本質はクーデターなのです」



 彼女の語る話はなかなかのもので。

 まず第一に、国王であった父、聖王は老衰ではなくあくまで毒殺されたのだと。

 父に代わり権力を握った国家のナンバー2、ワルダック大司教によってたちまち中央は掌握。



「一度は私も完全に囚われ。しかし、父聖王の近衛たちのおかげで難を逃れました。聖国南部、東部を転々として潜伏を―――」



 で、話を聞いていくうちに合点がいったことがある。

 帝国の軍がずっと疑問に思っていたこととして、「内乱」という割には一部を除き各地方の争いや動きがあまりに少ない、とても権力を取り合って戦乱している様子がないというのがあったけど。

 各地で戦いが起きてるわけでもなく、更に中央は完全に平時そのものだという話……今現在の、帝国軍に攻められている聖国という状況でしかない理由がそれだったんだ。


 とっくに中央は勝者の手に陥落してて、後はサブクエストの聖女を手に入れるとか、ごく小さな抵抗を踏みつぶすだけの消化試合が現状だったわけ。

  


「帝国が割って入ったのは、もはや風前の灯火であった反乱側にとっては九死に一生だったわけだ」

「……………」

「それで? 反乱勢力の旗印があなた、というわけですか。―――まさか、難民に扮してそれぞれ国外へ脱出……巻き返して中央へ攻め入ると計画、とは」



 聞いてて何だけどあまりに突飛もなく、あまりに無謀。

 そして、一番信じられないのがそんな話が曲がりなりにも上手くいってる現状。



「余程腕の立つ味方達、そして頭のまわる采配士がいるようですね」

「私のことを命がけで守ってくれているのです。私は……、私は、応えなきゃいけない。必ず、父の仇を……大司教ワルダックを……!」



 物語映えしそうな展開だね、敵も悪そうな名前だし。

 けど、最終的にソレを成すための方法がどこまでも僕たち頼りになりつつあるってのが納得できない。

 いや、戦後を考えれば帝国は喜ぶだろうけど、僕はまっぴらごめんだ。



「皆の手引きで引き合わされた名うての商人……それがルルシオ様でした。彼が、伯爵とはごく親しい仲だとおっしゃられて、それで……。伯爵から、帝国の中でも最高位の貴族であるオクターヴ公爵へ取り次いでいただこうと」



 わらしべ長者かな?


 ……ルルシオは後で絞めるっていうか多分進行形で絞められてるとして。

 まっこと、トンデモナイ行動力だなこの聖女様は。

 自分に力がないことを理解していながら中央を抜け出して民を扇動、反乱の種を撒いた挙句足で稼いで他国の領主に会いに来て交渉―――。


 史実ジャンヌダルクばりのバーサーカー具合。

 いかに多くの支援があったとて、まともな精神力と豪運じゃない。

 一歩どころが足の指先一つ踏み場を間違えればそれだけで想像を絶するような惨い末路をたどっていただろう。

 あるいは、その幸運こそが加護なのか?



「ユスティーア伯爵。これは決して、虫がいいだけのお話ではありません。聖国と帝国が、父の時代からの繋がりをより強固に、恒久的な信頼を築くために。そして、ワルダックを後援する脅威から帝国を救うためでもあります」

「成程? 悪しき大司教、聖女を狙う醜男には更なる力の源泉があるわけだ」

「はい。中央を掌握している彼らの力の源。それは聖銀騎士団の力と、リーアニュクスとのつながりです」

「……ほう」



 「ほう」とか言ったけど、正直爆発するところだった。

 リーアニュクスだぁ?

 まさか、現状帝国側を支援して聖国からは撤退したはずの商会が裏で糸を引いてるっての?

 もしそうなら確かに話は変わってくるか。


 けど。



「リーアニュクス商会。確かにその可能性はありましたね。ですが、騎士団。いかに天銀の騎士とて、帝国の戦力と正面から戦い、勝るほどの力はない。私としては、今日あなたには出会わなかった―――そう言い聞かせるのも手だと考えますがね」

「……ッ」



 それも一つの手だ。



「聖国が聖女を探している。血眼になって、だ。それを知れただけでも収穫。であれば、そのまま探してもらえばいい。自分の威光が届く明かりの下だけを、盲目的に、馬鹿らしく……絶対に見つからない探し物を求めて。それだけ聖国の戦力が分散し、我々は悠々と攻めるだけでいいのですから」



 冷たいけど、正直彼女の話に乗るメリットってそこまで大きくない。

 錦の御旗的に大義名分が出来るのが最大の利点ではあるけど、その分各地を飛び回ってるっていう聖銀騎士団を含め、聖国の戦力が死に物狂いで獲りに来るってことだろう?


 そうなれば、本格的に全面戦争。

 


「帝国が聖女を誘拐した―――そう銘打ってくる可能性、いえ確信。そもそもの内戦の原因こそが帝国に在り、と。そう世論を説得されてはどうなる? いえ、とてもそんなリスクは取れませんよ。恒久的な同盟関係。それは素晴らしい考えだ。しかし、単なる内戦が大陸を巻き込んだ戦争になれば、力なき正義など―――」

「天銀の騎士。そして聖銀騎士団。私がいることで彼らが帝国側に完全に味方してくれるのなら、いかがですか」


 

 ……。



「そのような宛て、確信があると?」

「きっと。私が無事だと知れば。私が直接お話すれば、聞いてくれるはずです。天銀の騎士は、私の兄なのですから」



 ……。

 ……………。


 

 なんて?

 


「かの天銀殿と、聖女である貴女が……? そのような情報は……」

「私たちは異母兄妹です。聖国でも知る者は僅か。聖女の血は母さまのものなので、秘匿されていても無理はありません。兄も、父聖王の実子なのです」



 それ以前に兄妹の年齢差ヤバいね。

 聖王さん、なかなかやる。

 もはや僕の理想といってもいい。



「伯爵。内戦の後、私はどうなってもかまいません。ただ苦しむ民を、兵を―――。そして兄を。聖国に生きる民を、お救いしたいのです」

「……………フム」

「神を信仰する国の王族として、正義は確かにそこにあるのだと。神は確かに見ていてくださるのだと。悪しきは砕かれるのだと、証明しなければならないのです! どうか、お力をお貸しください……!」



 まーーたこんな話になって来たな。

 運命はどうしても僕にこの件へ直接関わって欲しいのだろうか。


 ……だろうね。

 元より、帝国と聖国の話は僕の一族に与えられた責だ。



「……。お話はしかと聞かせて頂きました」

「―――はい……!」

「やはり私の手には余る話だ」

「……ぁ」



 力強く答えた聖女の顔に動揺が走る。

 この少女の心は、確かに強そうだ―――けど、年相応に危うい。


 逆にそういうのによわいんだなァ、僕は。



「すぐにあなたの当初の目的通り、オクターヴ公爵の元へお送りする事になるでしょう。かまいませんか?」

「―――ぁ。で、では……!」

「先の商人ではありませんが、これで公爵とはつながりがあるつもりです。そして勝算もある。二人で説得し、帝国の世論を動かすのも面白そうだ、と」



「休まれるがいいでしょう。再起のため」

「―――。あ、有難うございます!」



 暗躍する帝国貴族として、張り付けた僕の笑みの中には当然様々な利による野心が渦巻いていた。


 けど同時に彼女に僅かな情も湧いている。

 いま、聖女セレスティンは使命感と仇への怒り、そして仲間たちの存在で保っている状態。

 だけど、もしこのどれか一つでも欠ければ……いや。


 その時はその時か。


 ………。

 やがて、聖女を誰にも会わせないように来賓用の部屋へと案内するようにヴァレットへ任せ。

 一人―――二人になった部屋の中。



「座ってくれ」

「―――――」



 僕は、ようやくオウルと対話できるように彼女を対面に座るように促す。

 本当にいるのかすら分からなかったけど、たった一言の後、既に目の前には黒髪の死神が立っている。

 そう、立っているんだ。

 いやね? 毎度のことだけど座れって言ったんだけど……あ、そう。



「では―――オウル、聞かせてくれ。何故彼女がプリエールの聖女だと分かった?」

「……昔、クロウンスの要人護衛を依頼で受けた」



 ……クロウンス。

 プリエールと同様、教国と深い繋がりを持つ中央西側の宗教国家だな。


 そして、あの国にも。



「火の聖女の護衛任務というわけか」

「当時、大陸ギルド……いや。人界は戦争の状態だった。主も、情報としてならご存じの筈」



 勿論、一般教養だ。

 今から20年以上も前。

 極東に位置する、大陸最強の国家―――魔皇国(まこうこく)エリュシオンが人界に対して宣戦布告を行い、世界は大きな混乱に陥った。


 かの国は大陸で唯一の魔族が支配する国であり、300年にも及ぶ寿命を持つ種族の力たるや、技術力たるや、その全てが他国の追随を許さないもので。

 あわや最終戦争が始まるかと思われた中、その大事件を解決へ導いたのが、大陸ギルドの最高戦力たる最上位冒険者。

 そして、異界から招かれた四人の勇者たち。

 俗にいう八英雄。


 顛末として、人間側と魔族側は和解。

 現在、魔皇国は大陸議会へ出席する国家の一つとなっている。



「その時期に、類似の魔力を間近に見ていた故……という事か。随分と話の大きな依頼だな。君も魔皇国との戦いに参加していたのか?」

「いや、私は参加していない。公には交渉により不参加を認めさせたとなっているが」

「……表向き?」

「人間国家間の情勢も不安定だった。コレを機に、他国へ攻めようという動き、要人を暗殺しようという動きも活発に。それを防ぐため当時のギルド総長に密命を受け、別行動を。主には要人の護衛任務が私の仕事だった。最も殺した忙しい時期でも」



 滅茶苦茶壮大……!!

 僕がまだ幼い頃に、そんな巨大な話やってたのかリィナさんよ。

 そしてその「殺した」の中には件のワルダック大司教みたいなのが山ほどいたわけだね?


 厄災の種を未然に防ぐ闇のエージェント……と。

 やっぱり、本来なら彼女は一国の一領に収まる器じゃないよなぁ。



「ところで焼き直しに聖女の護衛をしてみたいか?」

「貴方が命じるのならば」

「あぁ、君をマリーの警護から外すのは論外だ。オクターヴの騎士たちに護衛についてもらおう」



 送り届けるにしても、先に向こうに話通しておくほうがいいもんね。

 今のアノール領は常に人手不足だし、ついでに迎えに来てもらお。


 さて……聖女を抱えれば、帝国には秘密の大義名分ができる。

 さっきも言った通り大きなリスクもあるから、公表するにしても戦後とかになるけど。

 本当に聖銀騎士団が敵じゃなくなるなら、一気にこの戦いを終わらせられて、そのうえでリーアニュクスに大打撃を与えられるかも―――。



 ………。


 なんて。

 まさか、ここから本格的に聖国に乗り込んでドンパチする当事者になるとは思わなかっただろう? 実際。

 全部が全部、―――の掌の上だったなんて、さ。

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