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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第15話:平穏は続かぬもの




「……ん、ん……ぅ。ふぁ~、ぁ。失礼いたしました」

「こら、こちらまで眠くなってくるだろう」

「いえ、申しわけ……ふわぁ……」

「はぁ……ねむ」



 プリエール聖国南部に造られた都市防衛拠点。

 周囲を広く、昼間など全方位に渡り一キロ先まで見通すことのできる長砦も、夜間となれば明かりをつけていても視界は200メートル先がやっと。


 静寂と、篝火の熱が放つ心地よさの誘惑。

 かつて帝国の先遣隊が聖銀騎士団に壊滅させられた海岸都市とはほど近い位置関係にあるそこに詰めていた聖国軍の兵士たちは夜間の睡魔と戦っていた。



「こちらには反乱軍の連中すら寄り付かないっていうのに、本当に帝国なんて攻めてくるんですかね、しかし。前に聖銀騎士団に壊滅させられたって話でしょ? とっく諦めてんじゃあ?」

「言葉を慎め。これは中央の意向であるぞ。貴官らとて、南部や東部の反乱が活発な危険区域より、暇な方が嬉しいであろう」

「そりゃあ、そうですが……」

「こうもなーんにもありませんと……ふあぁ。せめて蜂蜜酒でもあれば」



 また一つ大きなあくびが上がる。

 帝国の侵略、南部や東部の反乱分子による民への扇動行為。

 中央が積極的にそれらの情報を抹消していること、彼らの派遣地が内乱の影響が皆無な地域であることが、迫る危機への現実味をおぼろげなものにしていた。


 今となっては反乱軍の影響すら縮小傾向だと聞いているのだ。

 しかし、危機とは常に予想を超えた時に起こるもので。



「ふあぁ……。んあ?」



 宵闇の中。

 砦の明かりだけが頼りとなる帳の中で、最初に気付いた兵士がいた。



「―――おい、あれ……なんだ?」

「「……!」」



 彼らの視線の先。

 砦からおよそ4、500メートルほどの地点に小さな明かりがぼやりと灯っている。

 小さい……手で持てる、たいまつほどの灯り。

 

 たった一つのそれが揺らめき、近づいてくる。



「何だ? 攻撃……、なわけないですよね。灯り一つ、ぽつんと……」

「商人の一人キャラバンか?」

「いや、一人キャラバンって……。しかし、とっくに近場の関所の通行時刻は超えてるぞ? 何だって―――、なにっ!!?」



 声をあげた者こそ一人だったが、今に誰もが緊張を走らせた。

 それまでゆらゆらと近づいてきていただけの光が、不意に速度を速める。


 まるで何者かが走っているような。

 否、或いは大地の一蹴りで数十メートルを跳躍しているような、人であるならば明らかに常人ではない身体能力、速度―――彼らがそう認識した時には既に光は目の前にあり、大地を跳んだ。


 ……黒鉄色に揺らめく細剣を握った、優美な装いの男が砦へ飛び込む。

 聖国軍の人間でも、反乱軍の荒くれ者にも見えないその風体は。



「―――が……ッ!?」

「まさか、帝国―――、……」



 叫ぼうとした鎧の継ぎ目を細い刃があっさりと貫通。

 まるで爆裂するかのように兜が弾け、舞い散る脳漿とともに水道管の破裂のようにあふれる血飛沫。



「ひ、ぁ……! こ、これはァ!?」

「な、なにも……貴様は何者だ!?」


「名乗るほどの貴族でもない。我はグレイバック・ギルソーン」

「「―――――」」

「ギルソーン……だと!?」

「馬鹿な……、帝国の蝋け―――ぐああぁぁぁ!?」



 守衛たちが警戒する間もなく、砦に乗り上げた男が刃を走らせる。


 一瞬に数十繰り出される刺突の雨。

 くすぶるようにして熱を上げる黒鉄の細剣が、空と肉を切る。 

 間もなく溶け崩れるようにして形を失う肉体は沸騰するように蒸気を登らせ、溶けた肉の背後に存在していた石壁がバターのようにヌルと切れる。

 


「あり、得ない……! たった一人で……帝国軍の総大将が!!?」



 帝国が攻めてきただけというなら不思議はない。

 可能性など当然にあった。

 しかし、砦を守る聖国兵が何より目を疑ったのは、たった一人目の前に立つ蒼髪の美丈夫の存在。


 隣国プリエールまで名の届く大貴族―――ジルドラード帝国アルテシル領領主グレイバック・ギルソーン。

 又の名を【蝋剣(ろうけん)】グレイソーン。 

 帝国において英雄視される領主であり、騎士であり、元冒険家であり、今回の遠征の最高責任者でもあるはずの大貴族はたった一人で敵の砦へと飛び込み、蹂躙を開始した。


 跳躍すれば10メートルを飛翔し槍衾(やりぶすま)を掻い潜る、剣を振るえば鞭のようにしなる切っ先が砦の足場を粘土のように削る。

 聖国軍が更なる敵の襲来に注意を向ける間もなく、或いはそんな暇さえない。



「あ、熱いッ! あついいぃぃ! 腕がァ!」

「近寄らないほうがいい。我の剣は人体など容易く融かすぞ。押し付ければくっつくほどに」



 侯爵が持つ黒鉄の細剣……炭のようにくすぶる切っ先に宿る熱量は燃え盛る焔を凌駕する。

 軽く撫でた金属鎧が溶け崩れ、人体は内包する水分が一気に気化、膨張したかのように弾けて花と咲く。

 実り熟したザクロのように裂ける。



「「―――――!」」

「と、取り乱すなァ! たった一人、既に戦を離れた過去の人物だ! 他に敵影もなく、賊の総大将が単騎で突撃など愚かにも程があるぞ!」

「そ、そうだ……この砦には味方が200人は……、むしろ」

「敵軍の総大将を倒せば大手柄―――、アァ……ッ!?」



 ………。


 敵影なし。

 確かにその通りだった。


 しかし、そのうえで彼らは意識を失い崩れ落ちる。

 

 空に瞬く星々が落ちてくる。

 降り注ぐ光は正確に聖国兵のみを貫き、消える。

 間もなく、轟音とともに砦の門が砕かれ、雪崩れ込んでくるのは宵闇にまぎれていた数百人の帝国兵だ。



「ギルソーン閣下ぁ! ご無事ですかぁ!?」

「総大将が単身で飛び込んではならぬと何度―――」

「大事ない。それより……どうだね? 兵長。部隊の調子は」

「は。報告いたします、ギルソーン侯爵閣下。拠点の制圧を完了を確認しました。意識を保っている者はおりません」

「ふふ、流石だな……、第五兵団。姿さえも見えない、星見の射手たち」

「これが……。200人を一瞬とは……」



 天弾部隊―――又の名をハベルの光矢。 

 地平線の遥か彼方より来訪する光の矢……超遠距離からの魔術制圧を主体とする、ジルドラード帝国中央政府に帰属する兵団の一角。


 先遣隊の壊滅を受け帝国が派遣した中央兵団の一つであり、構成員はその大多数が貴族家出身のエリート、若くして魔術的才能を見出された天才たち。

 射撃の距離は一般の者でも一キロに届くとされる、超遠距離魔術の専門家たちだ。



「ぐ……、ぅ」

「あ、ぐッ……。な、に……が」

「さて。諸君、昏倒している今のうちに彼らを全員縛り上げるぞ」

「し、しかし閣下。何度も言いますが、200人はいるのですよ? とても全員は……」

「ならん。一切の武器を奪い、縛り上げる。いずれ解放するのだから」



 聖国兵の死者はわずか10に届くか。

 それも、すべてギルソーン侯爵の剣によるものだ。

 天弾部隊による攻撃はあくまで暫しのうち彼らを昏倒させるためのもので、殺傷性は低いものだった。

 それは出来なかったのではなく、侯爵の意向によるもので。



「恐れながら、閣下。なぜこのような危険な策を? 彼ら天弾部隊がその気になれば、それこそ突入などしなくともこの砦を制圧することも……」

「一人で突入するほうが流れ弾の心配もなく、また処理が楽だから。重ね、全てを消し飛ばすのが目的ではないからな。我々には侵略者であるという自覚は必要であるが、帝国はあくまで内乱を収めに来たのだ。この兵士らの帰りを待つ者たちから恨まれるのは少人数であるほどに良い。最後に視界に映った者……私だけでいいのさ」

「「……………」」

「既に、私はあまりに多くの恨みを買っている身だからな。誤差が増えても、という話だ」

「―――。敬服いたします、侯爵閣下。我ら第五兵団も貴方の旗下なればこそ全権を委任できる」



 大貴族であり、人間種の極みまで鍛えられた実力者であり、優れた指揮官である。

 物語でその武勇を聞かされてきた帝国兵たちは、ひとえに彼という存在の下で戦う事実に士気をあげる。


 対する、聖国。

 情報を閉ざし、各地の内乱から目をそらし。

 中央の民へは戦いの情報すら入らなくなったほど―――既に名ばかりになりつつあった通信網が、帝国の密かな侵攻によりその名前すらも失い始めていることに気付く者は、まだいない。




   ◇




「この中で一番高く売れる宝石……、ですか……? えぇ、と」



 テーブルに並べられた原石。

 白い宝石ワイズライト。

 緑の宝石ディレクト。

 黄色い宝石モーノット。

 どれも大陸で産出する宝石であるが、まだ磨かれる前のそれが三つ存在する前で、赤い髪の少女が首をひねる。



「うん、と……は、はい、マリーさま。答えはワイズライトですね!? 帝国では最も神聖な石だって聞きました!」

「補足回答、次点でディレクトのほうが高い。モーノットも高い石だけど現在の価値は二つに劣る」

「はい、カーリャさまもレニカさまも正解です。すごいですよ、お二人とも」

「えへへ……マリー様に頭撫でてもらうの、すきー!」

「すぅーーきーー」

「ふふ……うふふ……」



 ………。

 ……………。


 まだ幼い少女らと同レベルに身を落とす最上位冒険者が居るってマジか。



「お、おくがたさま……、わたしも、問題は分からないですけど今日もお仕事頑張りました……!」

「えぇ。偉いですよ、メイナ。さ、こちらに。髪を梳かしてあげます」

「わあ! はいです!」



 いつから幼子がこんなに。

 三者三様に撫でられて気持ちよさそうにしているさまは、さながらユスティーア幼稚園。

 紛れ込んでる異物、16歳児黒髪魔女っ娘はさておいて微笑ましい空間が形成されている部屋だ。



「けれど、レニカさま」

「お?」

「ディレクトとモーノットの帝国での売値、一か月後には入れ替わる筈です」

「―――何で?」

「ここ数か月、ミラミリス山脈から産出する割合のデータに変化が。おそらく商会連盟の談合でしょうけれど、早ければ今日にも変わっているかもしれませんね」 

「……。正解は正解」

「勿論です。流石ですよー」

「むふ……、もっと撫でていい……。けどそれならモーノット沢山買っておく。レイクに沢山お小遣いもらったから、また高くなったら売りさばく」


 

 最近の若奥様の御趣味は情報収集―――大陸の情勢に非常に興味があるらしく。 

 恐ろしいことに、叡智神の勇者でもある彼女は最近大陸の断片的な情報を繋げることである種の未来予知に近いことすらできるようになってきた。

 日常面でも、相手が何かする前に既に行動している……。

 盲目である筈が、視界も未来も本当に見えているかのような―――。



「アンナ、そろそろ扉を開けてあげてください」

「―――。……! はい、奥様」



「有難うございます、アンナさん。まるで来るのが分かっていたようですね」

「いえ……、侍従長。私は……」



 今みたいにね? 

 上位冒険者に近い実力のアンナより先にマリアが部屋に来ること気付く、或いは予期してたりとか。

 


「皆さま、お茶をお持ち致しました。ご休憩に致しましょう」

「「わーー」」



 いつも今くらいの時間には欠かさずお菓子を持ってくるマリア。

 普段決して表情を変えない老婦人の表情すら柔和にするのが幼子の無邪気さが持つ魔力。


 穏やかな笑顔を浮かべるマリアは今の僕ではめったに引き出せないのだ。

 ……何その顔。

 何でこっち見るの?



「旦那さま。子供というのは……本当にいいものですよ」

「―――あ、うん」

「旦那さま」

「……………あぁ」

「子供ではないのですからそのようなお言葉遣いはお控えください」



 ガッデム。

 子供はいいものって言ったくせに。

 僕だって好きで大人になったわけじゃないやい。

 

 マリアも昔は厳しくも優しく僕を教え正してくれた師の一人であり、頭の上がらない存在。

 そんな彼女でさえ僕が死んだときは完全に動揺して泣いてたのを考えると、本当にうれしさっていうか、胸の底からこみあげてくるものがあったよね。 


 二度と嫌だけど。



「あなた様。ご政務はよろしいのですか?」

「もう行くさ」



 そろそろ休憩も終わりかと、席を立ってアンナさんの開けてくれた扉を出る。

 しばらく家を空けてた分、どうにも皆と一緒にいないとって気持ちが大きくなってるみたいで。


 けど、心配しなくとも館の守りは万全だ。

 


「―――オウル」

「ここに」



 一言呟けば、背後に現れる黒影。


 黒髪、赤い瞳の彼女は以前までの全身を覆う黒布の旅装ではなく、パリッとしたいでたち。

 マリアやアンナさんのような女性物の侍従服ではなく、ヴァレットのようなスーツを思わせる装いは動きやすさを重視したもの。


 黒衣にまぎれて見えずらかったけど抜群のプロポーションを持ち、女性としては長身である彼女が着れば男も女も魅了する麗人。

 クールな朱の瞳に冷たく睨まれたい者たち急増だ。

 僕の中の雌も目覚めるかもしれない。



「主よ。領内に隠れ里がある説明がまだされていないのだが、あれは果たして情勢的に問題ないのか?」

「残念ながら、問題しかない」



 僕がオウルを臣下として迎えるにあたり、色々と話しておかなければならないことは多かったけど。

 その中には公にしたらあまりにマズいことも含まれる。



「もしも隠れ里のこと。ひいては元々のリアノール氏族の拠点が既に滅びていることが公になれば、帝国は知らぬ存ぜぬでは済まず。真っ先に槍玉―――身代わりにされるのは、私だ」

「……流石だな、貴方は」



 何処が流石なのか小一時間問い詰めたい。

 本当の貧乏くじだぞ。


 コレを利用している僕が一番悪いけど。

 小心者かつ一定の政治知識があるなら、間違いなくこんな目に見える地雷はスルーしていた筈だ。



「だが、野心があるのならば危険を取ってでも手にしておくことも必要。それそのものに利があるものは特に、だ。……君が私に力を貸してくれている事は公になっていないようにな」

「手に入れたものは最大限利用する、と」

「出来得る限りはだ。私は、使えるモノは何でも使う。リアノールの薬は今回の件でも実に役に……」

「奥方様の勇者としての威光は。なぜ積極的に用いないのか」



 あ、それ言っちゃう?



「彼女は……妻は今のままで十分過ぎる程にやってくれている。私が不在の際、家を守るのも役割。そして今回、実際に私がいなくとも滞りなく領を運営してくれるほどの手腕があることも分かったのだ。これ以上を求める事などできないさ」

「―――愛しているから、危険に晒したくないから、と。そう正直に言えないのか、主よ」

「……リィナ」

「出過ぎた真似を」



 最近の暗殺者さんはだんだんと饒舌になってきてて、会話拒否を食らってた時代が懐かしいくらいだ。

 おそらくカーリャちゃんが毎日を幸せそうに過ごしているのも効いてるのだろう。



「全て事実だが。領の経営において、彼女の能力があまりに大きいのは事実だ。威光を用いるとて、何の考えなしにただ扇動するという愚策より余程素晴らしいだろう」

「現在の状態こそが最適、という事か。……私は本当に奥方様のおそばにいればいいのだな?」



 それが完ぺきな形だからね。

 アノール領で最も弱点になりえる箇所、狙われやすい部分……それはまぎれもなくマリーだ。

 そして、ずっと僕が探してきた、ソレを完璧に守護できる従者。


 探していたのはまさにオウルのような存在。

 ここ最近も僕へ向けられた刺客を余さず牢獄送りにしてくれてる。


 ネズミ捕りトラップかな?

 


「あとは、暇ができればアルベリヒに稽古でも付けてやってくれ。それが君の仕事だ」

「私は教導に関してはモグリもいいところなのだが……彼の精神耐性修行にはなるか。……貴方の護衛は?」

「そのアルベリヒがいる。それに領の、私の館の中だぞ。暗殺の危険性があるのか?」

「私が刺客ならやりようは幾らでも考える」



 話が通じんぞ。

 出来てしまうが故に、こういう手合いは質が悪い。



「あれだ。ヴァレットもいる。問題はない、だろう?」

「あぁ。ヴァレット殿であれば」



 本当に便利な言葉。

 そういえばだけど、実のところヴァレットとオウルは過去に幾度か面識がある。

 元々大陸ギルドのお偉いさんだったという耄碌執事の事、ホント顔広いね。



「貴方が正道を行く限り、私はあなたの命令に従う。例え、戦争へ参加しろと言われても」

「それは結構だが、論外だ」



 確かに彼女なら一軍を単騎でせん滅することは容易だろう。

 けど、んなことしても僕に得なんてなーんもない。



「既に帝国中央兵団から天弾部隊が出張ってるのだ。戦況も徐々に帝国有利に傾いけてきているのが現状」



 正直な話、国力が違う。

 確かにプリエールは豊かな国であり、大国の一つでもある。

 それでも、後方を気にする必要もなく、無尽蔵の兵力、兵站……多くをバックに持つ帝国は盤石にすぎる。

 対してあちらは内戦のさなか。

 中央は平和なものという話だが、南部と東部では既に反乱勢力のほうが勢力を増していると聞く。


 つまりは全く一枚岩ではなく。

 いかに聖銀騎士団が中央を離れて自由に各地で暴れまわったところで焼け石に水、後手後手。



「では主よ。この内乱、あなたの思う最もまるい収まり方というのは何なのだ?」

「難しいな。私程度の田舎貴族では、とても中央―――皇帝陛下の心中をお察しすることなど、恐れ多く……」

「そういうのはいい」



 遠慮ねーなこの家臣。



「ただ早期の終結を願うのみさ」



「引き続き、彼女のことを頼む」

「承った。必要であれば名を呼んでくれ。すぐに駆け付ける。では」

「……………」



 執務机越しに立っていたオウルが目の前から消え、完全に気配が消える。


 目の前にいて見えないって馬鹿すぎるよね。

 隠形のレベルじゃないよ。



「―――さて」


 

 山のような書類、山のような手紙。

 後者に関して、溜まっているのはお見舞状やらなんやら。

 僕が賊に襲われて死にかけた件がまだ尾を引いてる。



「―――。む、ぅ……」



 中には数日前に目を通したまま、返事を書きあぐねているものもいくつか。

 特に目立つのがリーアニュクスの紋章。


 なめてる?

 巨大商会ゆえに僕の命を狙った連中とは別派閥って可能性は確かにあるけど、殺しかけた相手に自分から見舞い出してくるとかどこまで……。


 リーアニュクスは大商会でありつつもかなり歴史が浅く、本当にここ20年ほどで大発展を遂げている。

 曰く、未来を見通すほどの商才を持った男が創設した、と。

 まぁこっちには本当に未来視染みたことができるお嫁さんがいるんだけどね。 


 他にも大陸ギルドの紋章が刻まれた封筒とかもある。

 「道端で暗殺者に狙われるくらい危ないなら日雇いの警備員いりませんか」……と。

 早い話がうちにギルドのフランチャイズ店建てないかっていう―――所謂セールスのお話だ。



「ふん。大した野盗や魔物の被害もないアノール領にギルド支部を設置して、初期投資の回収に何十年掛かると」



 あまりに論外な提案。

 普通だったら返事も書かず一蹴するところだけど、丁寧に書かれた文字、その差出人が問題で。


 【鳴神(なるかみ)の勇者】サイオンジ……。

 八英雄の一人であり、【雷切】の名でも知られる大陸ギルドの現総長。

 そんなビッグネームからの見舞い状兼セールスは、何らかの意図が存在しているようにすら思えて。


 後は、「元理事殿によろしく」……と。

 やはりその手の界隈で僕のところにヴァレットがいるのは有名な話らしい。


 顔広すぎるな、あの老体。

 いっそ全部返事は任せるか。

 メールの返信は全て自動でしてもらう、流行りのAI活用ってやつ。



「ほほっ、旦那様。悪い顔をしておりますところ、失礼いたします」

「―――噂をすればだな。どうかしたのか?」



「ルルシオさまからご連絡があり、また新たに奴隷市に半妖精の姿が見られたとの報告が」

「―――! すぐに確認を取ってくれ」



 さて、と……仕事だ。 

 全て終わった気になるなんてとんでもない。

 オウルの一件はあくまで本編の間に突如発生した、言わば緊急のサブクエスト。

 解決したのならメイン―――聖国への内乱介入とリアノールの再興依頼へ戻るわけで。


 一難去ってまた一難ってわけだね、ホント。

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