第14話:刃は刃として
全てが終わった後……。
体感的にはまさにそう表現したいほどに人事を尽くしてやり切った感がある。
持てるもの全てを使い、持たざるものを前借して命を削り。
或いは、シナリオ上の冒険全てを終えて故郷に戻ってきた勇者とはこういう気分なのかもしれない、と。
ここ最近の旅で初めてかもしれない「無傷での生還」という快挙を成し遂げた、本来当たり前の事実に充足感を覚えつつ館の門をくぐる。
「リィナお姉ちゃん!!」
そんな中、聞きなれない声が聞こえた。
どうやら最初の迎えは主たる僕へのものではなかったらしい。
「―――。カー、リャ」
「何を迷う。早く行って抱きしめてやれ」
「……! あ、ぁぁ……!」
屋敷の入り口では年齢的にはまだ10にも満たない……現在館で雇用している最年少の少女と同程度に幼さの残る影が顔を覗かせていた。
赤毛で透き通るような緑の瞳を持つ少女が呼ぶ名前の主へ、ご指名だと。
明らかに動揺を隠せないオウルの背中を蹴ってやる。
もちろん表現だ。
本当に蹴った場合僕の首は表現でなく無くなる可能性大。
「お姉ちゃん……、お姉ちゃん……! わぁ……ぅ、あ」
「よかった。無事で―――本当に」
「私、信じてたよ? やっぱり、お姉ちゃんが助けてくれたんだ。お姉ちゃんはヒーローなんだ……」
………。
「旦那様」
「―――主より先に客人の迎えを寄こすとはな、ヴァレット」
「ほっほ。優先すべきを誤ってはならぬと愚考いたしました」
「許す。世話を掛けたな。……皆は?」
「全員、何の問題もなく」
いつの間にか隣にいた家令にねぎらいの言葉を掛ける。
今回、家臣団は皆本当に頑張ってくれた。
ボーナスは出さないけど焼肉食べ放題に連れて行ってあげたいブラック社長の気分だ。
なお社員からすればそういうのいいから金をくれなガッデム。
「カーリャ、といったな。あの娘の身体には何の不調もなさそうか?」
「は。良心がとがめたということは万に一つもなかったでしょうが、小細工を弄する必要もないと考えての事でしょうな」
視線の先で抱き合っている二人を見ればわかるけど、彼女らが再会したのはまさに今。
リーアニュクス側には万が一にも気付かれてはいけないと、老練紳士ヴァレットによる救出作戦が行われたのは僕とオウルがグラディスの歓楽街へ落とし前をつけに行ったほんの直前、いわゆる二面作戦。
だからこそオウルは最後の最後まで肝を冷やしていた。
―――僕もまた、同じだ。
肝を冷やしたという意味でではなく、僕はあいつらと。
「私のやっていることも、同じ。グールホークと名乗っていたあの男と同じだ。大切なものを目に見えぬ形で人質に取り、刃の柄を握ったに過ぎないということだ」
あらかじめ救出するのではなく、あくまでそれを餌にぶら下げて同行させた。
大切なものの安全と引き換えに、駒同然に動かした。
実際上手くいったし、もし彼女が同行してなかったらやっぱり僕は死んでいた。
実にエセ名君を目指す悪徳貴族らしい発想というわけで。
ただまあ……。
「一緒……一緒だよ? もう、どこか行ったりしないよね?」
「……。勿論だ。すまなかった……これからは、二度と……」
「リィナお姉ちゃん大好き!」
僕のように本当の親を知っていて、そのうえで親を家族とは思えなかったロクデナシもいれば、血が繋がっていなくとも互いに誰よりも、何よりも想い合っている姉妹もいる。
人間って不思議だ。
血が繋がってないという言葉通り、カーリャちゃん……あの少女はオウルにとっての大切な妹であるという話だけど、本当の姉妹という訳ではないらしく。
いや、そもそも年齢差は姉妹ってより多分親子。
活動期間を考えれば、外見20代にしか見えない黒刃毒師オウルの年齢は最低でも40代なんだから。
けど、やっぱりまるで見えないよね。
魔素の影響も大いにあるだろうけど、流石に亜人ともなると寿命が人間種とは違うらしい。
で、先程から出ているリィナという名。
それこそ、黒刃毒師たる彼女の名前らしく……正式にはリィナ・オウルというのが本名。
オウル・カーというのは冒険者としての名前との事だ。
「さて……」
そろそろ行くかと、ヴァレットを伴い二人へと近づいていく。
「感動の対面に水を差すことを許してほしい」
「「!」」
「幼子よ。カーリャといったな」
「ぁ……。あの。ここの領主さま、ですか?」
「聡い子だな。うむ。レイクアノール。特別にレイクでいい。君のお姉さんの友達のようなものだ」
「ぁ……。おともだち! お姉ちゃんの!? 初めまして!」
悲しき事実、オウルは余程友達が少ないらしい。
あまりに驚いた様子の少女といくつか言葉を交わす中で、努めて優しく、人を安心させる柔和な面の皮を前面に押し出して語り掛ける。
「まだ心の整理がつかないことも多いだろう? 暫くは私の館の部屋を提供……貸してあげよう。そこでお姉さんと一緒に泊まるんだ。寝るときも一緒に、ね?」
「良いの!? ありがとうございます、レイクさま!」
「いいってことさ」
完全に言葉遣いを変えてるからか、僕を凝視してくるオウル。
ま、これも貴族の処世術よ。
元より子供の扱いは慣れてるしね。
が、この子は……無邪気に見えても、年齢以上に精神性は完成されているように思える。
オウルの教育か、環境がそうさせたのかまでは分からないが、本当に聡い子だ。
村で拾ったタックといい、どうにもそういう手合いが多く集まってくるな、うちは。
叡智神の勇者でもあるお嫁さんの影響か?
………。
「―――では、私はお客人をご案内すると致しましょう。こちらへ、カーリャ様」
「お姉ちゃん、またあとでね。レイクさまも……」
「あぁ……」
「うん、またあとでね」
挨拶が終わり、すぐに打ち解けてくれた様子の少女と並び会話しながら屋敷に踏み込み、軽く紹介してあげながらいくらか歩き。
やがてヴァレットに先導されるようにして歩いていく小さな後姿を見送る。
「―――凄い子だな」
「……そう、か?」
「私が言うのだから間違いない。真に見た目通りだったのなら、本来は感情が渋滞、或いは暴走するのが普通だ。再会したときに感極まって泣いてしまう、などか。だが、あの子はありのままを受け入れ、権利がある筈の癇癪、涙の一滴も流さなかった。欠落しているわけではなく、弁えているゆえに。素晴らしい人財だよ」
「―――。カーリャは強い。聞き分けのいい子だった。それに甘えてしまったのも……私の過ちだ」
「おしめの交換やミルクをあげていた頃から分別がついていたわけでもない。君の育て方がよかったのだろう」
会話を交えつつ応接室に彼女を招き入れる。
二人きりでいろいろと話したいことがあってね。
「さ、そちらの席に掛けてくれ」
「不要だ。立ったままで……いい」
暗殺者としての流儀かな。
席を勧めても相手が座らないのはよくあることだし、今更気にするようなことじゃないけどね。
思えばレニカの時も座ってくれなかったな、最初。
最上位冒険者ってのはそういうルールでもあるのかな?
訝しみながらも僕は自分優先で座らせてもらうけど。
「さて、と。ようやく一息だ。して、何だったか―――そう、育成方針の話、だったか?」
「……………」
オウルの過去は一応聞いている。
まだ物心すらついていなかったあの少女と出会い、縁があってその小さな命を育てるようになったこと。
旅の中で時には大陸ギルド、時には数少ない交友関係を頼りに共に歩んだ数年間。
感情を毒と断じていた暗殺者が変わったのは、まさにあの子との出会いなのだと。
心を持つことを許さなかった暗殺者がそれを受け入れるきっかけとなったのがあの子であり、オウルにとっては他の何よりも大切なもの。
そして、大切だったからこそ。
愛していたからこそ、オウルは少女を自身から引き離すことにした。
かつて縁のあった平和な西国の孤児院に少女を預け、自身がこれからも歩むだろう人殺しの世界から遠ざけようと―――だが。
「結果として孤児院はなくなった。国の憲兵が異変に気付いた時には既に関係者は皆殺し。幾人かの子供たちの姿が何処にもなかった……と」
「本当に愚かだった。すべて私の……。私の罪だ」
あれらがどこで情報を仕入れたかなんか知らん。
けど、単騎にして一国に匹敵する最上位冒険者を思いのままに操れるような手綱がある……と。
そんな美味すぎる話、裏社会の勢力が利用しない筈はないんだ。
僕だって、多分そういうことする。
それはもう喜んでだ。
「感情を。情という毒の使い方を知って、まだ浅かった。その無知が、罪が……。関係ない、本来断たれるべきではなかった命を大勢失わせてしまった。贖罪が……罪の清算が必要なんだ。私には……、だから、やはり私は……」
「一緒にいる資格などない、と?」
「……!」
分かるさ、見てたら。
どこぞの大馬鹿を思い出すようなくそったれ、ガッデムな気分になる。
本当に腹立たしい。
「ずっと一緒などと、言葉ばかり並べ立て。またいなくなるつもりだったのだろう? 姿を消し、陰で見守ろう……罪を償うために、何から始めるべきか、と。様々な感情に突き動かされる只中という顔だ。馬鹿馬鹿しい」
「―――あなたは……、本当に」
「貴族の基本だ。私はまさに絵にかいたような貴族さ」
「絵にかいた貴族は普段から千切れた手で魔術を放ち、自身の館の地下牢に監禁されているのか?」
「はっはっは」
やべーな貴族。
もし世の中全てがそうだったら僕は今頃嫁さん抱えて夜逃げしてる。
「くくっ……、ふぅ。ただまあ、そのような思考に至った大馬鹿を他にも知っていてな。ある時、何も言わずに目の前から消える―――相手がどれ程の失意に堕ちるかを考えたか?」
「……………」
「時間がない。けどもう少しだけ、あと少しだけ一緒に居たい。そんなことを考えるくらいならば最後まで一緒に過ごす方法を考えるべきだろう。相手のために何も言わず去ると……本当に? 逃げの口実に他者を使うな。互いが互いの傍にいたいと望んでいて、なぜ自分一人逃げることで解決した気になってるのだ?」
「……ッ」
言い返せない相手を一方的に殴るのは楽しいなァー。
―――っと。
愉快な会話なのは良いが、あまり話を脱線させないようにしないと。
「―――オウル。贖罪の方法にもいくつかの種類があるとは思わないか?」
建前は終わり、ようやく核心を話しにかかる。
彼女の性格を鑑みての事。
ここまでアノール領へマイナス影響大損害を与え、ようやくこれからの可能性をも左右する諸々に区切りをつけて。
じゃあ、後のことは分からないけど助けてくれてありがとうございましたさようなら……と。
僕が知るオウル・カーは、そのような礼儀を知らない冒険者ではないから。
「贖罪の方法……」
「そうだ。より付け加えるなら、君自身と大切なもの……双方が保証されたうえで、償い生きていく為に。君自身、これからの展望はあるのか? よもや、ようやく取り戻したものを放り出して、明日からまた依頼を受けての暗殺家業に戻ろう、失った時間の分世界のためバリバリ働こう……などと考えているとは思わんが」
「……………」
「重ね、だ。まさか、私が何の利もなく君たち姉妹を助けたとは―――いや、実際には振りかかった火の粉を払ううえの成り行きもあったが、そのうえで君たちを館に招待したことに対して、底抜けの善人だと錯覚しているわけもないだろう?」
やってて思うけど圧迫面接だよね、これ。
自分は上座側でゆったり座るし悪辣な言葉を重ねたて、相手には立ったままの応対を強要しているクズに見える不思議。
彼女は相変わらずの無表情のまま、思案を重ねているようだったけど。
やがて、黒布の覆いに隠れた口を開く。
「……。私は貴方に返せない程の恩を受けてしまった」
「かも、しれないな」
僕は欲望と野望に塗れたエセ名君だから。
遠慮というものはなく、その言葉を即座に肯定する。
「二度殺しに掛かられて一度は殺され、二度目もほぼ死んだようなもの。そのうえですべて水に流した。後は些細かもしれないが君の身体を耳と尾以外五体満足に治療し、家族の救出に手を貸し、今は安心できる仮の拠点を提供している……。いや大したことはしていないが、何か言いたいことは?」
「感謝している。心から。……私はどうすればいい? あなたに何を返せばいい」
………。
……………。
その言葉を待っていた。
僕はずっとその言葉を待ってた。
「ならば冒険者オウル・カー……。否、リィナ・オウル。君の力を、これからは私の為に振るって欲しい。帝国ではなく、私個人のため、私の影としてアノール領の為に。しかしあくまで君の信じる価値観のもと悪を祓い、誰かのために暗闇を照らして欲しい」
「……。それは配下になれ、という事か?」
違う?
否、なにも違わないさ。
「そうだ。今の私の言葉を忘れないでほしい。何一つ間違っていないのだと。私が死ぬその時まで、私の為に戦ってくれ。私の、配下としてだ」
「……………私の信じる価値観に沿い、か」
「対価として、私からは君とあの子が安眠できるよう努めよう」
「―――カーリャ」
………。
「―――承知した」
今に黒刃の暗殺者は膝を折り、絨毯の敷かれた床の上で頭を下げた。
「レイクアノール・ユスティーアよ。今この時より私は貴方を主とし、あなたの刃とならん。貴方が正しくある、その時まで。貴方が道を逸したとき、私は私の価値観によって―――貴方を殺そう。今度は生き返らぬよう、念入りに」
「百回やって百回程度は成功するだろうな」
「命令とあれば今すぐにでも」
や、よしておこう。
それの確認はいつかの楽しみに取っておいて……、けどこちらは改めて確認するまでもない。
―――手にしたんだ。
他領の誰にも知られていない、他国の誰もが知る由もないこの部屋の中で。
今この瞬間、僕は真にジョーカーになりえる、最強の刃の柄を密かに握ったんだ。
◇
で……、だ。
「ここからもまじめな話なのだがな、オウル。君を迎えるにあたり、最大の障害がいる。分かるか?」
「……貴方の奥方か?」
「―――。そうだ」
応接室を出て、ある場所気向かう中で後ろをついてきている彼女と言葉を交わす。
しかし、そこまで分かっていて彼女はまだお嫁さんの怖さを理解しきれてはいないらしいな。
明らかに声を潜める僕に胡乱気な顔をするオウルの表情は非常に懐疑的。
「ローゼマリー・ユスティーア……。彼女の噂は既に大陸中に広がっている」
「当然だろうな」
歴史上で神の加護を受けた勇者は認知された時点で後の世に必ず名を残してきた。
しかし、マリーの場合はその中でも例外中の例外。
「二柱の大神の加護。しかし、広がる名に反しその実態は伺えなかったが……」
「今に分かるさ。……この部屋だ。いいか? よく聞いてくれ。突入に際してだがな? まずは私が一人で入り油断させる……。その間に君は気配を消して観察をだな……」
「私は何の話をされているのだ?」
「いやお嫁さん対策会議の……」
「本当に……、貴方は。貴族の姿か? これが」
新しく臣下に加わった暗殺者は分かりやすく肩をすくめる。
思うに、彼女の中の貴族像と僕の中のそれをすり合わせる機会が必要だ。
「主よ。疑問を」
「勿論、言ってみてくれ」
「奥方様。ローゼマリー殿は身体が弱く、病気がちで。ゆえに自身で歩けないと。だが、あの時私が見たのは……、彼女は病弱でも、虚弱でもないと分かった。なぜ治さない?」
「……! 流石最上位冒険者……」
まさかあの状態で視てたのか。
彼女が常に纏っている認識阻害―――ひざ掛けの下を、あんな状態ですら看破していたのか。
「うむ、分かっているのなら話は早い。治さないのではなく―――、治せないのだ」
「……。それは?」
「何度も試してもらったさ。だが、無理だったのだ。彼女自身、己の身体だけは治せないという何らかの制約があるわけではない。他はできた。だが。彼女の足は……それだけは無理だったのだ」
失った手指、切り裂かれた首、全身が炭化するまでに焼かれた肉体。
あらゆる重症でも死んでさえいなければ「治す」ことができる地母神の権能……今や覚醒した彼女の力は真に人の領域を外れたものになっている。
でも、なぜかそれだけは何度試しても出来なかったんだ。
「だからこそ、私はその方法をも求めているのだ。厄災レニカにも、その手に縁がありそうな亜人にも。あるいは商売の相手、ギメールやトルキンといった他国にも手を伸ばして協力してもらい、方法を模索しているわけで―――」
『あなたさま』
「!」
いつ踏み込むかとたじたじになっている中で、今に部屋の中から声がして心臓が跳ねる。
僕らは最小限のヒソヒソ声で話してたはずだし、こっちの声が聞こえてたというわけもないはずだけど……。
『お二人とも、入られないのですか?』
「「!」」
最近よくあることだけど、今度こそ心臓止まった。
バレテーラ。
いつからばれてーら?
どうしてオウルもばれてーら?
声はそもそも聞こえてない筈だし、隣にいる僕ですら意識しなきゃ存在を認知できないほどの彼女をどうやって部屋の中から。
「本当に非戦闘者……。目も見えていない、のか?」
「目が見えていないからこそ、ということもあるだろう。妻を他の箱入り娘と同じと考えないほうがいい」
無理してほしくないという理由で夫を地下室の牢屋にぶち込んだりするようなお嫁さんだぞ。
ただまあ、こうなってしまってはもう道は一つと、恐々としながら扉を開ける。
で、彼女は当然そこにいる。
最新式の車椅子に腰掛けた姿。
閉じられたままの瞼は柔和に垂れ、薄桃色の長髪を編み込み一本に束ねて右肩から前に流した女性。
纏う雰囲気は一種の神聖さすら感じさせつつ、まだどこかあどけなさが残る。
彼女が僕のお嫁さん―――アノール領の裏支配者ローゼマリー・ユスティーア。
専属であるアンナさんが車椅子を押すまま、カラカラと車輪が回り。
彼女が近づいてくるのと同時、僕もまたささと距離を詰める。
「マリー。心配をかけた。もう大丈夫だ」
「……………」
手を伸ばせば触れあえる距離。
車椅子の前に片膝をついた僕が声をかけた後、彼女は暫し沈黙していたけど。
「……なっ!」
一度も僕のことを呼んでくれないまま、マリーが椅子から身を乗り出した。
反射的に手を広げて抱きとめる。
声から目の前にいる筈だと。
しかし、現実としてそれが分かっていても見えずに実行するのは並大抵の度胸じゃない。
「お帰りなさいませ」
「―――ただいま」
肩の力が完全に抜け、その拍子に彼女の後ろに控えていた侍従さんと目が合う。
……相変わらずアンナさんの眼は線だな。
やっぱりおこなの?
僕たちの結婚反対派だったの?
マリー自身は「そんなことはない」と言ってくれていたが、いかに古くからの主従でも所詮は別の人間、趣味趣向は……。
「あなたさま」
「あ、あぁ……」
マリーが抱擁を解くのを見越し、椅子に座りなおさせる。
次に彼女が視線を―――顔を向けたのはオウルだった。
部屋に入って以降一言も発さず、何なら気配すら存在しない彼女をどうやってかお嫁さんは完全に認識している。
もはや盲目設定息してない。
「―――最上位冒険者。【黒刃毒師】オウルさま」
「……。リィナ・オウル。好きに呼んでいただければ、良い」
再び椅子が動く。
「では、リィナさん。手を」
「……………」
その言葉にオウルは少しの逡巡もなく片膝をつき、自身の両手を差し出す。
マリーの手が彼女のそれを確かめるように触れる。
「綺麗に治せていたと思うのですが、今はもう確認が……。その後、経過は問題ありませんか?」
「―――……えぇ」
腕、指がボロボロに崩れるほどに焼け焦げたオウルを治癒したのはマリーだ。
確かにそれは気になるのも―――。
「リィナさん」
「夫を―――よろしくお願いします」
「………! 既に?」
「いいえ。けれど、レイクさまがあなたを連れてきた。なら、そうなのだろう、と」
「……。一度ならず二度も命を狙い、一回は殺し二度目も殺しかけた。そのような相手を仲間にすると言い出す領主……。普通であれば、他の者は拒絶してくる筈です」
「既にレイク様があなたを迎え入れるとお話ししたのでしょう。であれば、この領で否と答えられるものはおりませんので」
「それは―――、……!」
オウルが再び何か話そうとして言葉を止めた。
マリーの手は目に見えて震えている。
僕も今気づいた。
初代聖女以来、唯一地母神の加護を受けた勇者。
歴史上でほぼ唯一といってもいい二神の加護を同時に受けた勇者。
そう聞くと大抵は超然とした、人間とは異なる精神性を浮かべてしまう。
けど、彼女は人間だ。
前世を断片的ですらない完全な状態で認知していても、既に完成された精神性を持っていても、それでも普通の人間なのだ。
「すべて受け入れるのではなく、折り合いをつけましょう? 私も、あなたも……混乱しているのは全員なのですから。きっと、時間が解決してくれますから。だから―――」
離れかけていた互いの手が再び重なる。
マリーがまた握りなおしたんだ。
まだまだ割り切れてなんかなく……そのうえで振り上げる筈だった握りこぶしを解き、怒りを飲んでくれたのだ。
「ローゼマリーと申します。これからお願いしますね、リィナさん」
「―――――」
「貴女は……。誰よりも強い猛毒を持っているようだ……」
「毒、ですか?」
「……時間が出来たらお話しよう。聞かれたことは包み隠さず話そう。あなたと、主を守る刃として。あなたの勇気とぬくもりに報いられるよう、努力する」
………。
アンナさん? さっきから「これ私とあなた居る必要ありますか?」みたいな顔でちらちらしてくる辞めてもらっていいですか?
おかしいな。
一応雇い主は僕ってことになるはずなんだけど、あっちのが断然主従関係に近いような……。
―――まあいいや。
マリーにはどうにかしてオウルを受け入れてほしいんだ。
今現在の僕の案としても、ずっと傍にいてもらう予定だからね。




