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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第二章:忘却伯と人生の墓場

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第17話:討伐も領主の仕事……?




 それは参の月も終盤……もうそろそろ季節が夏から秋へと移り変わる頃の事だった。

 アノール領の村々では収穫を待つ麦が茶に染まり始め、人々が田畑へ出て、エルフの集落からは皆で狩ったという野生の鳥や小動物……ジビエを上納されるなどの恵みがきた。


 各所からの恵みで皆のお腹は一杯、今までは滅多に大食いできなかった動物性たんぱく質でエネルギーも全快……、そんな中で。



「剣よーし、大盾よーし、ナイフよーす、外套も―――っし、……これで……」



 アルベリヒが色々と荷物を確認しているな。

 とうとうこの時が来たらしい。



「どうした、身辺整理か」

「仕事っすよ、し・ご・と。命の危険っスからねェ」

「そうか。遂にあの時の命令を実行し厄災(レニカ)に挑む、と。骨は拾ってやる」

「違いますぅーー、只の狩りですぅーー!」


 

 ……狩り?

 そんな命令をした覚えもないぞ。


 ………。

 まさか、秋のエルフ狩り―――。



「残念だ、アルベリヒ」

「……うん?」

「とうとうそこまで堕ちたわけだ。やはり、暖かくなる前にお前を去勢しておくべきだった」

「予想外が斜め上!! そしてとんでもない誤解を受けている気配!」

「ほっほ……。なにやら賑やかでございますな」



 出たな超人。

 いつも丁度良いタイミングで現れる完璧執事ヴァレット。

 既に70を超えているにも拘らず、魔素の適合率が高い影響で老化の緩やかな彼はまるで衰えを感じさせないようで。

 普通に百歳まで生きそうなエネルギッシュ具合。



「ヴァレット。良い所に来たな。秋なのだから、愛欲に塗れた獣を狩る必要があるだろう」

「ですな。今からアルベリヒが向かうところです」



 ……んえ? 自害……、ってコト?

 屋敷が汚れないように外でやるという意味……、じゃ、ないよね。



「それは?」

「えぇ、申し訳ありませぬ。毎年の事でございますので、旦那様のお耳に入れる程でもないと私めが判断を」

「……。何だ……、魔物か」

「左様でございます。この暖かい時期、増え始めた自然の恵みを求め、動き出したようで」

「とっとと向かうつもりだったんですがね」



 この世界アウァロンで生きていく以上、大陸で暮らしていく以上は【魔物】という脅威はどうあっても避けられない。

 一生で一度も見た事がないという人間の方がおかしい部類だろう。


 アノール領……帝国は中央寄りの国家。

 大陸では西である程に脆弱、東であるほどに強力な魔物が出るわけで、帝国周辺では最高でB級のソレ等が生息している。

 と言っても、本当にB級のものは僅かに奥地で暮らす程度……都市周辺や単なる郊外ならば、管理が行き届いているからそもそも魔物すら出ない。


 ただ、流石辺境。

 アノール領ではまだまだそういった魔物の発生が人里近くでもぽつぽつと問題になる事はあり、E或いはD級の魔物が出没する事もある。

 流石にC級レベルは殆ど目撃すらないけど、それでも低ランクとて一般人からすればすさまじい脅威なのだ。

 僕ら一般人に「イノシシやツキノワグマくらい自分でどうにかしろ」って言ってるのと同じ、ね?

 

 今まではヴァレットミサイルでどうとでもなったけど……。



「成程、今年からはアルベリヒにも経験を積ませていくわけだ」

「って事っすね。丁度、対人訓練ばっかだったんで鈍ってたのを治すにも丁度良いって事で」



 やけに自信ありげだな。

 


「元冒険者の自負か」

「そらもう、スパルタ執事上司のもとで毎朝毎夜死にかけて―――」

「ほほっ。旦那様も気分転換に如何ですかな?」

「……………」



 ボク?

 まぁ、確かに貴族の趣味の一つに狩猟はあるし、中には魔物狩りを行うというのもあるけどさ。

 ほら、ルクソールさまが剥製にしてた巨大蛇みたいな。

 かつて公爵領で行われた祝宴に参加した際に魔物の素材を使った料理が出てきたように、通常の動物とは完全に隔絶された存在であるそれらは、時として未知なる美食の宝庫ともなりうるわけで。


 希少部位とか食材を「珍しい」ってだけで崇め奉るのが人間だ。

 或いは、調理に高い技術や経験を求められる魔物素材の調理はまさに貴族の道楽。

 高い金を出して一流の料理人を雇い、その一番希少で一番うまい所を食べたり食べさしたり自慢したり……本当に見栄の生き物なわけ。


 今回アルベリヒが行くのはあくまで討伐自体が目的だけどね。



「危なくないのであれば、息抜きに同行しても良いが……。今期はどのような魔物が?」

「報告されてるものですと、プラン・カルア……。そしてヘッジ・ウルフ……」

「ヘッジウルフなら私でもやれまっせ」



 どっちもD級……かなり危ない部類の筈なんだけどな。

 ヘッジウルフは正式名ヘッジホッグ・ウルフ……全身に棘の生えた小・中型の地狼種だ。

 


「アイツ等はとにかく噛みついたり体当たりして来るのが脳ですからねぇ。対処法さえ知ってれば、まぁ死ぬことはないっすよ。刺さったらいてえですが」



 ……やっぱ冒険者って命懸けなんだなぁ。

 

 で、プラン・カルアは植物型の魔物だよね。

 蔓を振り回して攻撃してきたりって。

 


「確か、粘液が服を融かすという話も……」

「事実ですな。進化の過程で獲物をより効率的に吸収できるように、消化しずらいものだけを事前に取り除けるよう変化していったという説が主流です」



 ……そうかな? そうかも。

 プラン・カルア……カルア君。

 男の夢とも言えるような粘液の存在については、学生時代の僕たちも仲間うちで色々と利用できないか議論を交わしたもので。

 けど彼(彼女?)ってD級でも上位の魔物だから、当時の僕たちじゃ危険すぎるって事で捕獲計画とかも頓挫しちゃったんだ。

 後はそっちの特徴に目が行きがちだけど、確か身体の一部から取れる花とか種子とかの素材が髪染めの染料にもなったりするんだよね。


 別にうちで必要なわけでもないけど……、うーむ。



「うむ、やはりそうだな。私も行こう」

「……なして?」



 人気取りだよ。

 領主自ら魔物の討伐に参加したりと意欲的な姿勢を見せることによって、更に民草の忠誠度をあげるって魂胆ね。

 あとはもう少しで会いに行く人たちへの土産話としてもよさそうだし。


 


   ◇




 ………。

 魔物は強い―――当然だ。

 鋭い牙、硬い外殻、分厚い毛皮に圧倒的な膂力、巨体、俊敏さ、闘争の為の体構造……、挙げたらいよいよキリがないし、そもそも千差万別の身体構造。

 その全てに対応するなんて、当たり前に不可能なわけで。


 どんなに鍛えたボクサーでも、どんなに薬物摂取して筋肥大したアスリートでも、結局銃とかで急所を撃たれれば呆気なく死ぬのは常識。

 この世界でも同じだ。

 例えヴァレットやレニカといったこの世界基準でも一握りの怪物とて、本当に何の回避も防御もなくその一撃を受ければ普通に死ぬ。

 人間っていうのはあまりに脆く、魔素の適合以前の問題だ。


 通常、人間は魔物には勝てない―――そういう風に出来てる。

 ………。



 その筈なんだけど。



「まぁ、蓋を空ければ実際はこんなものか……」

「ほほっ。ヒトは考え成長する生き物ですゆえ」



 結局、狩りの間僕に危険は全くなかった。

 そもそも、ヴァレットが常に傍についてくれてる時点で当然だったよね。

 荷台として引いてきた荷車には、都合三匹もの狼……体毛が発達した棘が存在する魔物が横たわって。


 これ、全部アルベリヒがやったものだ。


 ………。 

 そして今も、視線の先では全身から鋭く長い針を生やした、一メートル半ほどの体躯の狼が縦横無尽に駆けずり回り。

 けど、既に身体にある針の幾らかは折れていて、足などからは血も出ている。



「はぁ、はぁ……。追い詰めたぞ……、ちょこまかと……!」

「グル、ㇽㇽㇽ……!」



 狼が見据える先は、金属板を張った木製の巨大盾を掲げるアルベリヒ。

 剣などは持たず、あくまで両手で一つの盾を掲げるスタイルだ。



「グルァァァァ、ァ!!」


「―――っしい!!」

「また態勢が崩れておりますぞ。常に敵が反撃して来るという想定のままで打ち込んでいくのです」

「はいぃぃぃ!!」



 狼が逃げれば間隔を開け追いかけ、向かって来れば盾で往なす。

 体当たりの度に狼は疲弊し、自慢のトゲトゲは折れていく……、そんな攻防が何度か続いているのが現状。

 今や疲弊した狼の全力疾走はアルベリヒに及ばず、逃げるのも無理になった。

 あと少しで確実に……。



「分かりますかな、坊ちゃま。今のアルベリヒのように、冒険者は相対する敵によって武器を変えるのが基本」

「―――うん」



 剣で対処するのが難しい魔物、或いは盾で防御できない攻撃をしてくる魔物。

 前者であれば身体に強固な鱗などを持つ甲虫型の魔物であったり、後者であればオークやオーガなどの強力なパワーを持つものか。


 そういった敵たちに対し、確かに一つの武器だけで対処ってのは無理があるかも。



「しかし、現実としては。多くの冒険者たちは物語のように世界を旅するのではなく、自身のレベルに合わせた一か所で、同じタイプの魔物を狩り続ける生活を好むことが多いのです。したがって……」

「どうしても戦闘スタイルが固まってしまう、と。で、今回はその偏りを改善する為に盾持たせてあんなことさせてるわけだね。やっぱり絵物語のように全部の敵を一刀両断、とは行かないんだ」

「ほほっ。勿論、例外などはおりますがな。それは勇者であったり、ごく一握りの英傑など……」


 

 鱗とか外骨格も関係ないと切り裂けるような超手練れって話ね。

 アルベリヒとかを見てもらえれば分かるけど、冒険者の中で魔術と武器術どちらにも秀でた者ってのはかなり少ない。

 大体は戦士系に特化したもの、術師として特化したもので完全に分かれるんだ。

 だからこそ生まれながらに魔術の素養にも武器術の素養にも優れた存在っていうのはあまりに特別ってね。

 異界の勇者―――とか。

 武術と魔術、どっちの才能もない僕の対義語……物語に聞く彼等などは、皆がその双方を超一流レベルで行使できたらしい。

 上位魔術なんて、本来使えるってだけで数千人に一人くらいの才能だ。



「ゥ……、ㇽ―――。……」

「っしゃあぁぁぁ!!」 



 視線の先では、カウンターで繰り出されたアルベリヒの盾が遂にヘッジ・ウルフの下顎を砕き、勝負あり。

 完全に力尽きた狼は地面に倒れ、動かなくなった。 


 これで四匹。

 大方は討伐できたか。



「大量だな―――。どうするの? これ」

「半加工して村々へ引き渡せば、活用法は幾らでもあるでしょうな。肉も……えぇ。坊ちゃまの人気取りに一役買っていただけます」 

「……。まさか、彼等に食べるさせるなんて言わないと思うが……」


「そーら、どうでしたかァ? 私の力は……!」

「うむ、流石だ」

「特訓の成果が出ましたな」



 戻ってきた騎士はちゃんと褒めておく。

 ヘッジウルフは単体でもD級に位置する魔物。

 一人で狩れるのだから実際大したもので―――何なら、今の彼は十分余力を残しているのだ。

 ヴァレットの言う通り、本当に才能の原石かも。



「現時点で改善があるとするならば、やはり目線が相手のあちこちに走ってしまう事でしょうか」

「……む」

「魔物とて生き物です。アンデッドでもなければ、理から外れた動きは取りませぬ。したがって、一々視線を動き回らせずとも、胴部を軸に見ていれば対応はできる。そのように出来れば理想」

「うーーむ……、成程」



 ちょっとよく分からない会話だ。

 通じてるんだね、それで。



「そういえば、昔から目に頼るなとは言わなかったな、ヴァレット」

「えぇ。目を鍛えれば追えるのですから。逆に、目で追えぬのに、どうして感覚でなら対応できるとお思いなのでしょうか」



 よくある、「目ではなく気配で対応しろ」理論全否定。

 こんな世界なんだから、達人ほど目に頼り過ぎるなとか言うもんじゃないのかなぁ、こういうのって。

 まぁプロの武道家とかアスリートだって絶対的に目に頼ってるのは当たり前だろうし……。

 見えないって、どれだけの不幸なのか。

 確かにそればっかりは僕にも理解してあげられなかったな。


 ……?

 何の話だろ。


 今に身体をほぐしながら魔物の解体に掛かる騎士を遠目に観察。

 見た目で言えばよく鍛えられた一般人とさほど変わらない体躯だけど。



「現状どうだ、ヴァレット。うまく行ってるのか?」

「とても順調ですよ。アルベリヒの現在の魔素適合率は、目算で30の半ば……後半、といった所でしょうか」

「―――え、凄くない? それ」

「C級冒険者の平均値以上でしょう。一般的には中々ですな」



 確か、40を超えれば人間の枠における怪物なB級が見えてきて、60を超えれば真の化物……A級。

 レベル60って言えば大抵のゲームではクリアできるくらいだし。 


 学生時代の僕が最後に測った時で10ちょっと。

 そう考えればあまりに差がある。

 


「……。ねぇ―――ヴァレットって実際どれくらいあるのさ、適合率」

「えぇ、その御話はまたいずれ」



 絶対しないやーつ。

 多分60超えてるでしょ、これ。

 お前が元A級で八英雄【調停者】の右腕だったって話、ローゼマリー様から聞いてるんだからな?

 あと処刑人がどーたら。


 

「ともかく、今のアルベリヒの弱点の一つはやはり持久力でしょうか」

「隻腕だからね。一本だけだからその分片手剣のパワーは上がるけど、筋肉疲労まではどうにもできない……、え?」

「ほほっ。失敬」



 いきなりヴァレットが視界から消え―――。



「グラァァァァァァッッ!!」



 ……! いや、それは予想外。

 足音もなく、不意に背後から襲い掛かってきたのはヘッジ・ウルフ。

 まだ仲間がいたのか。


 しかも今までのやつより明らかに体躯ががっしりと……群れの長か?

 明らかに僕の回避は間に合わな―――。



「―――ケッ……!? ……カ、……ァ」



 ………。



「知り尽くしてさえいればこのような事も出来ます。持久力の弱点は、やりようで誤魔化すと致しましょう。適合率は停滞の兆しなく成長中。やがては心配も無くなる事なので」

「……ッ!!」



 一瞬遅れて理解が追い付き、冷汗が噴き出す。


 姿が消えたように見えたのも束の間だった。

 いつの間に僕の前へ進み出ていたヴァレットに対して狼が飛び掛かる瞬間……丁度開かれた(あぎと)へ淀みなく吸い込まれた短剣が、脳天から鈍色の顔を覗かせる。

 傍からは、ヴァレットが大口を開けた狼の口内へ腕を突っ込んだ形―――けど、鋭い牙も針も、その一本たりとも彼の身体には届いていない。


 断末魔すらなく、一瞬で消え去る命。



「……アルベリヒ。あれ……出来るのか?」

「んなわけ」


  

 ………。

 ……………。



 腿から足に掛けて、丸ごと一本の状態で火にくべられている肉。

 或いは薄くスライスされた肉を熱した石の上に。

 様々な方式ながら、これ全てちゃんと毒抜きされているというのだから、ほとほと呆れかえるばかり……。



「頃合いですな。皆様で召し上がるがよろしいでしょう」

「「―――――」」

「本当なんだろうな? っていうか本当に何なんだろうな、お前は。スライスはともかく足丸々一本だぞ? どんな方法で……」

「生焼けや寄生虫の心配などもありませぬ。既に低温で調理しておりますゆえ」



 だからどうやってよ。

 そんな機材何処にもないぞ。

 食えって言われても、彼等もちょっと引き気味で誰も手を付けようとしないし。



「……狼の……、肉?」

「まさか、魔物の肉を食べる日がこようとは……」

「領主様、本当にお腹を壊したりはしないのでしょうか? 確か、魔物の肉って……」



 ……えぇい、ままよっ。



「問題ない。全て適切な処理が為されているゆえな。豊穣の季節、私から諸君らへのささやかな礼だ。魔物の被害で怯えさせてしまった分を含め、存分に―――」

「「わーーー!」」

「領主さまが言うんだ!」

「あぁ、間違いはないッ! 全力で食うぞ!!」



「……。無理に詰め込めば腹痛が出ないという保証はしないがな」



 食べ過ぎて腹壊すって、逆に。

 こんなんで「話が違う」って一揆起こされたら、それこそたまったものじゃないな。



「もっちゃ、もっちゃ……。やーー、やっぱ肉っすよにくにく」

「……だな」



 結局、狩った狼たちは幾つかの村で振舞われる事になり、村人たちには概ね好評。

 こんなにうまいものが食えるのなら毎年魔物が出て来ても良い、なんて馬鹿な事も言えるくらいで。


 骨や針とかも、殺菌して色々と使えるらしい。

 まさしく自然の贈り物だ。

 村の中央……大きな焚火の上がる広場の中で、暗くなり始めた空に浮かぶ六つの星を眺める。

 今一際大きく輝くのは……地母神フーカの守護星。



「―――秋……か」



 今年も例の季節が来る。

 僕にとっては、まさに波乱の幕開けになりそうだよ。

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