第16話:新作を作る為
参の月……向こうでいう夏。
海嵐神を象徴とするこの時期は大陸中央でも暖かな気候が続き、南側に位置する帝国でも良く雨が降り、作物の生育に大変良い傾向を齎してくれる。
バアルキアス……海や嵐などを象徴する大神として自然災害を巻き起こす破壊の神ともされるけど、災害っていうのは時に大きな恵みも齎す。
したがってこの神は地母神に続く豊穣を司る神様でもあるんだってね。
……。
ただ、大陸南部は温度以上に湿度が高く、暑いとやはり仕事の手も緩慢になるもので。
「んしょ……、んしょ……」
「ふぃーー……疲れたぁ……、あ―――りょ、領主様!」
「りょうしゅさまー!」
「おお、レイクアノールさまだ!」
「「領主様ーー」」
遠目からこちらへと手を振る村人たちへ、彼等にも見えるようにと大きく頷く。
いつでも見ているぞ、とね。
例によってイメージ戦略の一環を実施中……視察に来た村は、草取りも大変な時期で。
土壌の栄養を有象無象の雑草に持っていかれぬよう、彼等も総出で畑などに繰り出してサクサクやっている。
この前は同じく色々な所に手を出している半妖精の所も見て来たけど、「妖精」などと称されるエルフも、農業に苦心している所を見ると只の農家さん。
汗だくになって必死に雑草を抜いたり草を刈ったり、或いは水をぐびぐびしている姿を見ているとどうにも田舎の田園風景がちらつくようで。
「ふ……。見比べてみると双方に違いなどないと思わんか? アルベリヒ」
「いえ、全然。エルフのが良いです。汗だくエルフサイコー、蒸しエルフ万歳」
「……………」
やっぱり色情魔は放っておくとして。
……もしかして僕って田舎暮らしだったのかな? 前世。
何か、そこはかとない懐かしさがあるんだ。
懐かしいと言えば、学園―――この世界では五年制の学園を18歳で卒業し、僕が領主になってから既に六年がたっているというのだから驚きで。
現在の年齢は24歳。
そろそろ貴族としては色々と考え始めないと手遅れになるかも分からない年齢だ。
運命のスイートハニーは果たして何処にいるやら。
最悪領は取り潰しかね。
「さて……ヨーゼフ、出してくれ」
「もうよろしいのですか?」
「本音を言えば、今しばらく見て回りたかったのだがな。先約もあるゆえ、致し方なしだ」
村々で働く彼等の様子を確認すれば、すぐに中央都市ハイブへ帰還。
軽く体を布で拭くなりし、汗で湿った服を着替えてから応接室へと歩を進める。
身体を清める魔術の類などもあるにはある世界だけど、僕みたいな適正が薄い野郎は一々固有を使ったりするのも馬鹿らしくてね。
偽典魔術は出来れば使いたくない程度には副作用に塗れてるんだ。
あぁ、お風呂入りたいぃぃぃ……、ないんだけどさ。
ともあれ、身支度を終えた後、やってくる商人を迎えて商談に入る。
「―――では、アノール領でも新しい作物に手を出してみようと?」
「そうだ」
「主要な穀物であるコーツ麦、そしてグルシュカ。これらの間を埋めるようにして育てられるものであり、かつそう手間を掛けずとも安定して収穫できる作物などがあれば良いのだが。心当たりはないか?」
「ふうむ……。あくまで地消、領内で消費するための作物をお探しなのでしょうか」
だね。
国内で需要が高まってるそれらを輸出に回しちゃって、領民たちにはサブの作物で我慢してもらうっていう古き悪きスタイル。
そういうわけだから大量生産できて手間がかからなくてかつ美味しいのが良いなぁ。
なんて無茶ぶりしてみるけど。
実際、商人は情報の宝庫。
あくまで商談の合間に挟む世間話の発展ではあるけど、色々と最新の情報を聞き取れる貴重な機会だ。
どれだけハードル上げても損はない。
「えぇ。では、こちら。塊根ですが……、メイクーンという品種は如何でしょう」
「め、めいくん?」
「メイクーンです」
……めいくーん?
なにそのジャガイモの品種みたいな―――ジャガイモじゃん。
今に商人が差し出した資料、写実的に描かれた図解はずんぐりとしたイモ類のそれで……大きさ的にも拳ほどで、完全にジャガイモ。
けどどっちかって言うと男爵寄りだし、あと色味が緑色で明らかに毒……。
「北部原産、メイクーン。本来はロンディ山脈などの高所地帯で自生していた芋の品種改良品です。煮て良し、焼いてよし。乾燥させれば携行にも便利で腹持ちも良く、粉にしておけばいつでも水で練って今日の一品に。冒険者の間でも知られた栄養源ですよ」
「……良いな。だが、乾燥した北部原産なのだろう? 比較的多湿なこの地方でも育つのか?」
「要点さえ踏まえれば。それに、農業を経験した事のないものでも栽培できると言われる程に育てやすいものです。生育に関しては、それこそ手間もかかりません。収穫は植え付けからふた月ほど。環境さえ整えてやれば、一年を通して三度収穫も出来ましょう」
「三度も……。そうだ、乾燥させた場合の日持ちは……」
「粉状にして密閉すれば、一年……と言った所でしょうか」
一年も。
聞けば聞くほど利点しか聞こえないな。
「それは凄い……。見てくれは大きくウケるものではなさそうだが、領内で消費するのであれば……」
「はぁい。あくまで機能性重視……、と」
これはお買い上げルートだ、と。
そう確信したか、ジャガイモのようなホクホク顔で手を揉み合わせる商人。
地味な根菜。
しかし、こういうのが本来作物には向くものか。
改良を加えたとてあまり差異も出来なさそうだし、それが却って価値の暴落もなさそうな。
「うむ、良いものだ。一つ、試しに幾らか買い付けてもいいか」
「勿論でございますよ……! すぐにご用意いたしますゆえ。これ、お前たち」
「「すぐに!」」
「では、旦那様。わたしが倉庫までお持ちしますので……」
「頼む、タック」
商人の部下たちが荷物を取りに向かい、十歳を僅かに過ぎた程の新米侍従もそれに続く。
僕と商人は彼等を見送り。
芋の栽培……か。
パトリシアさん達はそういうの好きかな。
もし仮に彼女らが改良して新種でも出来ちゃった時は、いっそエセメイクーンなどというブランドとして売るのもあり……。
『あれがアノール領の領主さまだ』
『おぉ! エセメイクーンで有名な!?』
……。
―――ふ。
また領民に褒め称えられちゃったりね。
いやでも銅像は嬉しいけどそういう意味で称えられても困るっていうか……。
こういう内政っていうか経営って、現実としてやるとなったら本当に色々な知識や経験が求められるんだよね。
「近頃では他の領で活動していた商人らがここを訪れることも増えた。君のお陰でもある。礼を言わせてくれ」
「いえ、いえ……私は何も……、―――!」
「心ばかりだが、取っておくといい」
「これは、これは……。えぇ、領主さま。今後ともよしなに……」
山吹色の菓子で袖の下すぃーー……。
一応言っておくけど犯罪じゃない。
帝国憲章に賄賂がいけないなんて法律はないのだ。
そしてこれはあくまで進物であり贈答品―――友人への贈り物。
君たちは何も見ていない、いいね。
◇
僕が住んでいる領主館は二階構造。
五階建てだった公爵邸とは比べるべくもないけど、帝国初期の歴史的建造物としては大きな価値があり。
館の一階は主に使用人の部屋などで構成。
二階には応接間とか僕の執務室があるといった風に主従で結構住みわけがされていて。
厨房などは一階だ。
これはゴミ出しのしやすさなどの機能性と、あとはお歴々が永遠篭っていた地下の秘密の研究室へ料理を運ぶのに、二階では遠すぎるという事情もあっての事。
つまる話歴代領主たちの我が儘の産物というわけで。
「いい匂いだな、エイサム」
「―――だ、旦那様!? そんなっ、どうしてこのような場所に……!?」
厨房に押し入った領主を見て驚愕するは、使用人の一人エイサム。
40を超えてやや恰幅の良い彼は、うちの厨房を任せている料理人だ。
腕は超一流とまでは言えないけど、少ない物資でどうにか品数を確保したり新しい刺激を感じさせてくれたりと、創作意欲もあり食事が娯楽であると楽しませてくれる良いシェフ。
「食事は生命の源。増えた使用人たちの分まで手を回してくれているのだ。いつも感謝しているぞ」
「勿体ないお言葉です……」
と、厨房の端っこで芋の皮むきをしているのは―――。
「だ、だんなさま! こんにちは!」
「うむ」
以前村の一件で雇うことになった兄妹の妹の方、名前はメイナ……まだ八歳だ。
兄のタックですら11歳だからな。
幼い子が小ぶりな包丁で頑張って皮むきに励んでいる姿は涙ぐましくもあり……本音を言えばピーラーのような、もっと危なくない道具を使わせてあげたいけど、そんなモノはうちにはない悲しさ。
「して、旦那様。どのようなご用件で……?」
「これよ」
と、料理長の言葉で我に返り。
先程幾らか買い付けたメイクーン、直接持ってきた一部を渡す。
「いつもの商人から買い付けた。我が領でも栽培できるのではないかという話でな。大規模な試験栽培にする前に、一つ試しに料理してもらおうと思ったのだ」
「ふぅむ……。見た事のない品種ですね。粒も大きく、しっかりしていそうですが……それっ」
丁度厨房で下ごしらえしていた橙色の芋と、今回の緑色のものを見比べた彼は、すぐに皮付きのままメイクーンを半分に割る。
「中までしっかりと詰まっていますね。比較対象も丁度ある事です。一つ、塩炒りにしてみましょう」
言うが早いか、彼は軽く水で洗った芋を皮付きのまま鍋へ放り込む。
大きな鍋、その中にはたっぷりの塩がぎっしり。
これはお隣の国、海に面したプリエールから輸入されている良質の海塩……火にかけた鍋で高温に熱した塩へ諸々の食材を丸のまま入れることで火を通して食べる塩炒り、或いは塩揚げだ。
塩は変化しないから何度でも利用できるし、食材の水分を適度に奪ってくれるからホクホクとした食感に仕上がる良い調理法。
他の国では砂で同じことをするっていうのもあるらしいけど、こっちは味付けも同時にできる。
「―――旦那様、そのままで申し訳ありませんが……」
「充分だ。頂こう」
都合数分ですぐに完成したソレを更に乗せられた状態で渡される。
ほくほくふっくらと、見るからに食いでがありそうで。
味比べ用に普段食べてる芋もセットで、いざ実食―――視線を感じるな。
「メイナ。君も食べてみてくれるか」
「え、えっ?」
「子供の感想も貰いたいものだ」
あと、そんなモノ欲しそうにされたらね。
集中できず指でも切られたらたまらない。
「あつっ……、あつっ……。ぁぅ……」
「……………」
火傷されてもたまらんね。
どれ。
「うむ、うむ……」
「旦那様……。そのような事は私に命じてくだされば……!」
「折角作ってくれている料理だ。厨房にいる以上、私にも何らかの役割を任せてくれ」
一旦皿に戻してもらったメイクーンを、今度は食べやすいように幾らか手を加えてから渡してやる。
僕が使う用に渡されていたフォークも使ってもらって。
「ぁ……、おいしい! です!」
「ふ。そうか……」
塩味がハッキリとしてる分、かつて食べていたものより高級感もあるらしい。
村の食事は基本薄味だからな。
「頑張っているな」
「ぁ―――えへへ……」
一口、また一口とぱくぱくしている少女の頭を撫でる。
どうにも僕は小さな女の子に弱いらしく。
誘惑というのならあの手この手でするりと逃げられても、単純かつ素直な感情は逃げ場がないんだ。
「―――失礼します。旦那様。お荷物、全てお運びしました」
「ご苦労」
と、軽いノックと共に厨房へ入ってくるのは兄の方……タックだ。
どうやらさっきの運搬業務が終わったらしいな。
彼、初対面の時から思ってたけど本当に頭の回転とか物覚えが良くて、幼いながらに非常によくやってくれてる。
「タック、丁度良い機会だ」
「え?」
「今しがたメイナにもしてもらったが、君も食べてみてくれ」
「……。これを、ですか?」
先程運搬した芋と、普段の芋。
おいしそうに食べている妹。
彼はすぐに状況を把握したようだが、本当にいいのかと戸惑っているようで。
「おにいちゃん、美味しいよ!」
「あ、メイナ……!」
「あ。え、えと……おにいさま? おいしい、ので……?」
「あー、忙しい忙しい。何も聞こえん」
兄妹の飾らない会話を聞き流すようにしている料理人エイサム。
彼、昔は厨房に忍び込んだ僕に色々と味見させてくれたりと、こういう事には結構寛容で。
だからこそ、兄妹は普段優先的にここで仕事をしてもらってるっていうのもある。
マリアも飴と鞭は心得てるけど、例えれば彼女は一流マナー講師。
僕は別にこの二人を完璧侍従に育てたいわけではないからね。
ともかくタックにもメイクーンの味見をしてもらい……。
「どうだ。普段食べている芋と、どちらの方が優れている? 正直に言ってみてほしい」
「えっと……ぅーん……」
「恐れながら、旦那様。こうして直接炒って食べるなら、わたしは今までのものの方が良いと感じました」
「―――ほう」
こういうのはお世辞でも新しい方が旨いというものだが。
後は、違いが分からない、とかも。
いいね。
正直は好きだ。
あとは何処が良いとか悪いとかがあればなお良かったけど……。
「ホクホクし過ぎず、軽い感じがあります。多分、煮込み料理などの方が向いているのかもしれません」
「ふ。……エイサム、君はどう思う?」
「そうですね。しっかりとした感触がありますし、実際に崩れもしにくいかと。茹でて潰し、サラダにするのもいいかもしれません」
有能な舌を持つ家臣が多くて幸せだね。
「煮込みとサラダか……。好きか?」
「……え、ぁ……ぼく―――わたしは」
「はい! 大好きです! おにいちゃんも!」
「め、めいな……。エイサムさんが―――」
「あー、塩のはじける音ォーー、なんもきこえーーん」
………ふふ。
良い兄妹だなぁ。
「うむ、良いだろう。エイサム、明日はこのメイクーンで料理を色々と作ってみてくれ。この二人が試食係だ」
「「!」」
「ゆえ、腹が芋のように丸くなるまで与えてやれ。はちきれんばかりに、な」
「―――むふふっ。承知いたしました、旦那様。と来れば、評価が高かったものは……」
「無論、この私の食卓にあげる。タック、メイナ。二人共、しっかりと吟味する事だな」
「は、はい……!」
「はい、だんなさま!」
やはり、経営する以上は子供がお腹いっぱい食べれる領地じゃないとね。
子供の成長、物覚えってのは本当に早くて。
元々の地頭が良い子なら猶更だ。
折角こうして幼いころから良い環境で色々教えてもらっているんだから、本当に僕の家で雇うのもいいかもしれないよね、この二人は。
………。
「時に、タックよ」
「はい! 旦那様……!」
「残り一年と数月。それが終われば期間は満了だ。―――のちの計画は立てているか?」
「……。いえ、旦那様。あ、あの……もし、このままここに置いて欲しいと思ったら……」
「それまでの働き次第、だな」
ここでの給料は契約時に話した通り、確かに少ない。
村人たちに見えていないからと優遇は絶対にしていないからな。
とはいえ、この屋敷で生活しているだけならば家賃は取らないし食事も安く賄える……彼は本当に色々考えて貯蓄とかしてるみたいだから、暫くなら生活できる額はたまってくるだろう。
「タックはよく覚え、メイナも愛嬌のある優秀な厨房係だ。他の都市でも仕事は見つかる。よくよく考える事だな」
「「……………」」
留まってくれれば労働力、都市へ出てくれれば宣伝力。
どちらに転んでも美味しい話ではあるのだ。
これ、エセ名君の十か年計画、ね。




