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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
最終章 夫婦と、家族

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2 兄と妹と、その夫


 お土産を渡し、子供たちとの交流もした私たちは、ラティウス邸でお茶を飲んでいた。

 せっかくだからお茶でもと兄夫婦が言ってくれたから、甘えさせてもらったのだ。

 この後はジークベルトのお姉さんたちに会いに行く予定だけど、少し談笑するぐらいなら問題ない。


 夫と兄が和やかに話すのを見ているうちに、ふと、疑問が浮かび上がった。

 なんでこの二人、「ジークベルトくん」「アルトさん」と呼び合ってるんだろう、って。

 妹の夫であっても、地位・立場はジークベルトのほうが上。本来なら、「ジークベルト様」と呼ぶべきだろう。

 幼い頃は様付けだったはずなのに、どうしてこうなったのか。

 その理由やきっかけを、本人たちに聞いたことはなかった。

 踏み込んじゃいけない部分でもないと思うから、この機会に質問してみよう。


「お兄様、昔はジークのことを『ジークベルト様』と、呼んでいませんでしたか? それが、どうして今はくん付けなのでしょうか」

「ああ……うん。そうだな。俺が12歳の頃までは、そうだったはずだ」


 兄が12歳ってことは、その頃、私たちは10歳。

 ちょうど、私とジークベルトが婚約した年だ。

 婚約絡みでなにかあったのかもしれない。


「……二人が結婚して、仲良く暮らしている今だから、言えることだけど」


 少し考える様子を見せてから、兄はぽつぽつと話し出した。


 幼い頃の兄は、妹に近づく男・ジークベルトに、いくらかの敵意があったそうだ。

 互いに10歳にも満たない年齢だったものの、シュナイフォード家の人間に口出しはできないと理解していた。

 だから、気に入らないと思っても、表に出すことはしなかった。

 私たちの仲の良さ、それぞれの家柄、両家の大人たちの様子。

 そういったものから、妹の婚約相手はジークベルト・シュナイフォードになると感じ取っていたとか。

 みんなが私たちを見守る中、自分だけが拗ねていたから、居心地が悪かったそうだ。

 

「で、実際にジークベルトくんがアイナと婚約することになったわけだ。二人の婚約を記念し、両家の集まりが開かれた。そのとき、まだ幼かったジークベルトくんが駆け寄ってきて、目を輝かせながらこう言ったんだ。『アイナのお兄さんなら、僕の兄でもあります。ジークベルト、と呼んでください』とな」


 当時の兄は、ジークベルトに対して、見た目は可愛らしいがずいぶん落ち着いた子、といった印象を抱いていたそうだ。

 けど、そのときのジークベルトは、年相応の少年らしく瞳を輝かせ、声を弾ませ、足取りも軽く、喜びを隠しきれていなかったとか。

 当事者の私も嬉しそうだったから、兄は私たちの婚約を認めるしかなかったのだ。


「呼び捨てにはできないと返したら、『ダメ……ですか……?』と上目遣いでじいっと見つめられて……。逆らえなかったんだ……」

「あー……。『あれ』を使われたんですね……」


 その感覚には、私も心当たりがある。

 幼い彼の「おねだり」には、逆らうことのできない力があった。

 眉を下げ、くりくりの黒い瞳を潤ませる美少女……いや、可愛い男の子に、勝てる人なんていない。

 兄妹揃って、ジークベルトに視線をやる。立派な男性となった彼は「け、権力を使ったつもりは……」とたじろいでいた。

 ジークベルトが行使した力は、権力じゃなくて可愛さなんだけども――面白いから放っておいた。


「……妹の婚約者となった男のおねだりに負けて、くん付けに落ち着いた。妹を奪う憎い男だったはずが、義弟としてのジークベルトくんは非常に可愛かった」


 そう話す兄は、どこか悔しそうだった。

 二人の姉を持ち、年上のいとこにも可愛がられるジークベルトは、その末っ子力で婚約者の兄まで魅了してしまったようだ。


「あの、少し気になったのですが……。お兄様は、ジークのこと……あまりよく思っていなかったのでしょうか」

「……ジークベルトくん」

「はい」


 私の質問には答えず、兄はジークベルトに話をふった。


「君には、お姉さんが二人いたね。男に取られたって気持ちは、わかるんじゃないか」

「……わかります、とても。僕の姉さんなのに、と思いました」

「相手の男が嫌いなわけじゃないんだ。いい人だとわかっていても、嫌なものは嫌なんだ……」

「すごく……わかります……」


 姉妹を男に取られた二人が、どよんとした空気を醸し出す。自分たちにも妻がいるくせに、なにを言っているんだろう。

 でも、私もちょっとだけ理解できる気がした。

 兄が結婚するとき、似た気持ちになったのだ。けれど、こんな風にどんよりするほどつらくはなかった。


「アイナが君への気持ちを強めていくのは、見ていてわかったよ。取られるのは嫌でも、恋する妹を応援したいと思った」

「気持ちを、強めて……。例えば、どんな風に……」

「そうだな……。あれはアイナが13歳ぐらいの頃だったか……」


 んん? 邪魔をしないよう黙っておけば、なんの話を始めようとしているのか。

 確かに、当時の私は恋する乙女だったのかもしれない。可愛らしいものだ。

 けれど、恋の相手・ジークベルト本人に聞かせるのは、恥ずかしいからやめてほしい。


「やめてくださいお兄様。ジークは興味を持たないで」


 意識して声を低くし、兄と夫を順に睨みつける。

 私の機嫌を損ねたくなかったのか、この話はそこで終わり、別の話題へ切り替わった。



 

 お茶を済ませたら、夫婦揃って馬車に乗りこむ。

 その直前、兄がジークベルトに耳打ちをする。

 内容はわからなかったけれど、男同士でこっそり話したいこともあるのだろうと思い、無理に聞き出すことはしなかった。

 動き出した馬車の中、隣に座るジークベルトがそっと私の手を握る。


「アイナ。いいお兄さんだね」

「……うん」


 素直に認めるのはちょっと悔しいけれど――ジークベルトの言うことも、間違ってはいない。



***



「ジークベルトくん。妹のこと、よろしく頼むよ。それから……君に恋してたアイナの話は、本人がいないときに」


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