1話:2 盗賊の頭
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手を体の前で縛られたコビトは後ろから剣を突き付けられながら歩を進める。
薄暗い洞窟だが、転々と松明の灯りが道を照らし、かろうじて普通の足取りで歩くことができている。
「お頭、連れてきやした」
「おう」
薄暗い洞窟の先にあったのは、非常に広い空間だ。さっきまで人が擦れ違うのも難儀する狭い道だったと言うのに、そこは高校の教室がすっぽり収まってしまいそうな広さがある。
部屋の中央にはランプが置かれ、壁にも同じランプが複数見られる。先ほどまでの洞窟が薄暗かったのが嘘のようにそこは明るい。
そんな場所で盗賊団のお頭、ライツェルは豪奢な椅子に腰かけて悠々とコビトに目を向けた。
「お前か? 俺に会いたいって野郎は」
「ええ。その通りです」
「なんだってまた俺に会いたいなんて言ったんだ? 命乞いなら襲ってきた野郎にすればいいだろ? わざわざ俺の手を煩わせようってんだ。つまらねえ話だったら、簡単には殺さねえぞ? 生まれてきたことをたっぷり後悔させてから殺してやるよ」
凄んで見せるライツェルであったが、コビトはやはり恐れていなかった。それどころか、笑みまで浮かべている始末だ。
「先ほどあなたの手下にも言ったんですがね? 俺をあなたの仲間に入れてほしいんですよ」
「仲間……ねぇ。お前を俺の手下にして何の得があるって言うんだ? ひょろい体で荒事にも向いていなさそうだ」
「腕っぷしは……まぁ、強くはないですね。まぁ、そこらの雑魚よりは強い自信はありますが……そんなことよりも俺があなたに提供できるのは、情報と頭脳ですよ」
「ほぅ」
面白いとでも言いたげにライツェルは目を細め、無言で先を促した。
「俺はあなたを殺すためにこの国が勇者を召喚するのに巻き込まれたんですよ。勇者の性格やレベル、その仲間の性格とレベルっていう情報が提供できます」
「そんなもんは必要ないな」
「冗談はよしてくださいよ。あなたを殺せる力を持った人間が3人召喚された。あなたは1人だ。手下はみんな勇者どころか、この国の兵にも勝てないんじゃないですか? はっきり言って勇者と戦うことができるのがあなた1人だったら、無策で行けば殺されますよ?」
「ずいぶん舐めたこと言うじゃねぇか」
いつの間にやら抜身の短剣を持ったライツェルがコビトの眼前に迫った。
ピタリと目の寸前で切っ先が制止する。
「こうやって簡単に勝てるだろ」
「勇者の準備が整っていない今なら、確かにそうでしょうね。ですが、準備が整っていないのはあなたも同じだ。今戦うことはできないでしょう? 時間が経てば経つほど勇者とその仲間は強くなっていく」
「てめぇ……なにを知ってる?」
「あなたと同じですよ。ま、俺は集めた情報から推察しただけですがね」
ライツェルは不機嫌さを隠すことなく舌打ちすると持っていた短剣でコビトの手を縛っていた縄を斬った。
ズカズカと乱暴な足取りで椅子の方へ戻ったかと思えば、面白くなさそうな顔でドカリと椅子に腰かける。
「で、お前の目的は?」
「復讐です」
「女を寝取られる……か。間抜けな男だ」
「返す言葉もありませんよ」
「驚かないんだな」
「言ったでしょう? あなたと同じ、情報の大切さは知っています」
「ふん。勇者を殺し、女を取り戻すのがお前の目的なわけだ。そのためには悪にも手を染める。悲劇の英雄だな」
馬鹿にしたように笑うライツェルだが、そんなライツェルを見てコビトの方も笑みを浮かべる。
「悲劇の英雄が悲劇の王子の仲間になる。物語にできそうな話ですね」
ピッとコビトの頬を何かが通る。
徐々に熱を帯びてくるそれは、投擲されたナイフが頬をかすめ一筋の傷を作ったのだった。
傷に触れることも投げられたナイフを見るでもなくコビトは真っ直ぐとライツェルに視線を向け続ける。
勘気に触れたのだろう、ライツェルは笑うのをやめ厳しい目つきでコビトを睨んでいる。
「二度と俺を王子と呼ぶな」
「わかりましたよ」
「ふん……まぁいい。俺の配下に加えてやろう」
「いえ、お断りします」
「ぁん?」
ライツェルの視線に敵意が混じる。
不良なんぞとは比べ物にはならない、本物の盗賊に睨まれていると言うのにコビトはあくまでも不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「俺はあんたの仲間になりに来たんだ。手下になりに来たわけじゃないんだ」
そして、コビトはそう言い切った。