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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第二十六理― <到着>生きることより食べること?

 ごうッ!

 薄暗闇から夜闇へと移り行く空――。

 突如出現した炎の柱が頭上を薙ぎ払うように掠め、ルーリャは戦慄する。周囲に熱気を撒き散らしながら煌々と輝くその炎の柱は、対峙するヴィーヴル、エステルの喉内から放たれたドラゴンブレスだ。

 ざわざわと胸の内が騒ぎ、全身が総毛立つ感覚を覚えた。

 頭の中に焼き尽くされる自分の姿が反射的に浮かび、ルーリャは恐怖で強張こわばる自分の身体を両手で抱くようにして、震えを抑えようとする。

 ルーリャ=(ヴィー)=ベイルクラーケ。彼女の種族はクラーケン。一族の本能に刻み込まれた炎に対する恐怖は、如何いかに並外れた存在でも拭い切れるものではない。


(下には一般人もいるですの……! しっかりしろですの、ルーリャ!)


 ルーリャは自身を奮い立たせると、十本の腕の中でも特に器用に動かせる二本の触腕をエステルに向かって伸ばす。エステルの首の動きに合わせて蛇のようにうねるドラゴンブレスをギリギリで避けるように調整しつつ、その触腕を邪魔をくぐらせ、急接近させる。

 そして、エステルがその行動に気付いた一瞬の隙を突き、


(ここですのッ……!)


 ルーリャは触腕で、エステルの首を捉えた。

 そして同時に触腕を引き戻しつつ、一瞬で間合いを詰め――――エステルの目の前に飛び出した。


「勝てれば上々、ですのっ」


 目の前のエステルの大きな赤い瞳が、射殺すような殺気を伴って睨みつけてくる。

 しかしルーリャは臆することなくエステルの首に巻きつけた触腕を再び引いて、エステルの背中に跳び付く――――()()()()()


 ギュンッ!

 突然目の前にエステルの尻尾が現れ、咄嗟とっさに残る八本の触手を防御のために身体の前にあてがった。

 ドガッ、と重い衝撃が触手を通して、ルーリャの全身を揺るがす。飛びつきを避けるために身を翻したエステルの尻尾が、寸前でルーリャを弾き飛ばしたのだ。


(正気を失っているとはいえ、やっぱりドラゴンの相手は厳しいですのっ……)


 吹き飛ばされながらそう思った瞬間、二本の触腕が急激に引かれた。

 そして引かれるままに、ルーリャの身体は真っ逆さまに落ち始める。

 下へ、下へ――加速しながら。


(マズいっ、ですのっ……!)


 エステルの首に自身が巻きつけた二本の触腕。


 それを逆に利用され、空中で振り回されている。想像すればすぐにわかるだろうが、高速で動くものに縄状のモノを縛り付けた場合、その縄が最初の加速に耐えてしまうとそれ以降は逆に解けなくなる。

 触手が締められ、その()自体を自在に動かせるルーリャでさえ身動きが取れなくなっていた。

 エステルはこのまま、ルーリャを地面に叩きつけるつもりなのだろう。

 地面が近付いてくる。段々と、速度を増しながら地球が近付いてくる。


「冗談じゃないですのッ……!」


 ルーリャは空気抵抗を少しでも減らすために背中残る八本の触手を体内に戻しながら、急降下を続けるエステルの首に巻き付いた触腕を渾身の怪力で引き戻す。そして不規則に吹き荒れる気流に弄ばれながらも、エステルの背中に何とか飛び付き、翼肢の付け根にぴったりと張り付いた。

 エステルはそれを感じ取ったのか、降下速度を緩め、今度は急上昇に転じた。


「このまま地に堕としてやるから、大人しくしろですのッ……!」


 ざわ……。

 ルーリャの澄んだ瞳が薄水色からわずかに潤み、その身に纏った気配が変わる。と同時に、大気がおののいた。

 普段は幼女の姿を取っているルーリャの腰から下――下半身全体が、どろりと溶ける。そして、その下から皮を突き破るように生え出た白く艶めく八本の触手が、エステルの大きな両翼に絡みついた。

 ガクン、とエステルの体勢が崩れて一瞬沈み、顕著な上昇が止まる。

 それを好機と見たルーリャは、まだ羽搏はばたこうとする翼に触手を這わせ、動きを阻害するようにその翼肢を徐々に締め上げていく。

 しかし全長七メートルの巨体を軽々と支えるだけの浮力を生む翼の力は生半可なものではなく、ルーリャの妨害を拒むように一層荒々しく羽搏(はばた)き、エステル自身もルーリャを振り落とそうと暴れ始めた。


「往生際が悪いですのっ!」


 対するルーリャも遥か昔から大西洋を通る無数の船舶を沈めてきた伝説の海魔の末裔まつえい――――船の竜骨キールを易々し折り、船自体を海中に丸ごと引きずり込むその怪力は後世まで語り継がれ、恐れられている。

 ルーリャが触腕もその翼に絡みつかせ、トドメに桁外れの力で翼肢を絞り上げると、エステルはさらにガクッと揺れた。

 空中のエステルに、自由に使える部分は頭と長い尻尾、そしてブレスしかない。しかし密着しているルーリャに対しては、それらの武器は用を成さないのだった。

 遂に力負けしたエステルが再びガクンと揺れ、それでも抑えきれない翼端の上下動によって生まれる最低限の浮力により、ゆっくりと落下し始める。


(残り三分ちょっと、地上で凌げば私たちの勝ちですの……!)


 フランスの民間伝承にその名を残し、イギリスにおける飛翼竜ワイヴァーンの始祖とうたわれるドラゴン――――“ヴィーヴル”。

 他にも近縁種とされているイタリアの戴冠竜“ギーブル”やフランスの竜精霊“メリュジーヌ”にも共通して言えることだが、彼女らは地を這い歩くための手足を持たず、どちらかと言えば翼も手足も持たない古いドラゴン“ワイアーム”に近い。

 これは彼女らが蛇竜とされる所以ゆえんでもあるが、同時に四肢を持つ通常種のドラゴンに比べて、地上での行動があまり得意ではない可能性を示唆している。

 ヴィーヴルの棲処すみかは洞窟や無人の古城など人目に触れない静かな場所であり、ギーブルは沼地に潜み、かつ毒の息で沼を汚染することで外敵を寄せ付けないようにしていた。加えてメリュジーヌは、基本的に美女の姿でしか人前に姿を現すことはない。

 これだけでも地上での行動――特に戦闘となれば、比較的苦手であることが推測できた。

 もちろん人間と比べればその身体能力だけで十分脅威になりうる存在だが、力の一部を封印されているとはいえ人外の端くれであるルーリャにしてみれば、相手にとっての優位性がなくなる――――つまり戦域が空でなくなるだけで十分なのだ。

 着地点がラウラとミズハの現在地と重ならないように下を確認したルーリャは、


「どういうことですの……?」


 眉をひそめ、怪訝な視線を何処か様子のおかしい地上を二度見する。

 身体を起こそうとするラウラ、それを止めようとしているのか助けているのか支えているミズハ、その脇の地面に置かれているクレアだという古書。

 ルーリャは、ミズハに――――同時にクレアにラウラのことを任せた。特失課局員ではないけれど、現状をしのぐことのできる二人に協力を要請した。

 二人がその()()の当事者であり、当然協力してくれると確信して、酷い怪我を負っていたラウラの手当てあるいは避難を一任した。特に、腐っても魔導書の原典そのものという汎用性の塊であるクレアなら、手当てができなくとも安全を確保するぐらい容易いはずだった。

 彼女の人格を信じたからこそ預けた。


(――それなのに、どうして何も変わってないですの……!?)


 防壁が張られているわけでもなく、移動しているわけでもなく、かといってラウラの治療ができているようにも見えない。何も、為されていない。

 今のラウラは立ち上がってこそいるけれど、それは人やクラーケンより圧倒的に強靭な肉体を持つドラゴンの身体能力を――つまり身体を酷使しているに過ぎない。今の状態が続くとしたら確かに死ぬことはないだろうが、()()()()はラウラの命に関わる。


(非常にマズいですの……)


 さっきから何一つ事態が好転しない。何もかも状況は悪い方に向かっていた。

 地上まで残り数十メートルの地点で急遽きゅうきょ作戦変更を決めたルーリャは、締め上げ続けていた翼肢を解放する。

 その途端、自由になったエステルの翼が羽搏はばたき一回で大気を掴み、一拍空中で停止――――激しい羽搏(はばた)き音が轟き、即座に上昇に転じる。

 急激な逆向きの力を受けて無防備だった上半身をエステルの背に叩きつけられたルーリャは、一瞬飛びかけた意識を気合と触手で無理矢理覚醒させる。

 ヴィーヴルの翼肢の所々にある突起、それに触手を叩きつけたのだ。

 しかしその覚醒に気を取られた次の瞬間、エステルはゴーッと大気を切り裂く音を上げながら急上昇し始め、ルーリャは振り落とされるように空中に投げ出された。元々緩んでいただけにそのGに耐えきれなかった触手がほどけてしまったのだ。


(色々とヤバいですの――ッ!?)


 急上昇していくエステルを見上げながら、心中で悲鳴を上げるルーリャ。

 如何いかな怪力と強靭な触手を持ち、海の男たちに恐れられようと、掴み所のない空の上では空回りするばかりでその真価など発揮できない。


 ルーリャは海、エステルは空。

 それなら地上はどちらにとっても不慣れ(アウェー)に当たるのだが、どう見ても今の状況は、ルーリャの方に不利な方不利な方へと激動していた。

 あまりにも無防備で無謀な、不安定な不安な現状を何とかしようと空中で触手を広げて減速したルーリャの視界に、上空で切り返して航跡雲の尾をきながら急降下してくるエステルの姿が映り込む。

 猛禽類に狙われる小鳥の如く、ドラゴンに狙われるクラーケン。

 空の上では抵抗のしようもなかった。


「あー……これは死んだですの」


 ルーリャは思わず頬を引き攣らせながら、そう呟く。最期の一瞬に今必要な方とは別方向の本能に従って、海老えびのことを考えた時だった。

 ルーリャの身体に柔らかな軽い衝撃が伝わり、その視界が横に流れた。


「やー、待たせたね、ルー公」


 緊張感のない気の抜けた声にルーリャが顔を上げると、茶がかった黒髪を夜風になびかせて微笑む同僚の顔が視界に映る。


()()()……!?」


 それがミルア=スピットファイア=撃音(うちね)だと認証した時、ルーリャは同時に自分がミルアに抱きかかえられていることに初めて気付いた。


「お……」

「お?」


 ルーリャの唇から漏れた呟きに、ミルアが笑顔で首を傾げた。


「――遅いですのッ! 遅すぎるですのッ! もう少しで二度と海老が食べられなくなるところですの――――ッ!」

「死ぬとかじゃなくてそっちなんだね、さすがルー公。褒めてないけど」


 後背部と大腿側部、足底部に配置されたプラズマ推進器スラスターからゴーッと噴出音を響かせ、姿勢制御と重心調整によって自在に空中を移動するミルアは、近くの民家の屋根にルーリャを下ろすと、不意に現れた乱入者を警戒して滞空飛行ホバリングするヴィーヴル――エステルを見上げる。


「それにルー公じゃドラゴン厳しいかなーと思って制限リミットぶっちぎってきたから、予定時間より早いでしょ~?」

「また勝手にですの!?」

「まーまー、今回の件はアタシと仲良く始末書書こうよ、ルー公♪」

「今月だけでもう七枚目ですのに!?」


 愕然とするルーリャ。


「アタシはもう十一枚目だから大丈夫でしょぉ? ホラ、四枚差」

「下がいることがわかっても嬉しくも何ともないですの! 普通の会社ならとっくにクビになってるですのッ!」


 若干涙目になりながら叫んだルーリャがへなへなと脱力すると、ミルアはけたけたと笑ってルーリャに何かを放り投げた。

 身長を優に超えるそれを咄嗟に二本の触腕で受け取ったルーリャは、それが重厚なデザインの施された金属盾シールドであることに気付いた。


「使い方わかるよねぇ?」


 ルーリャはこくりと頷く。


 特殊兵装“イージス・パラス”


 ミルアの本体である空中要塞フォートレスの外装機構を流用した衝撃反応装甲リアクティブアーマーで、攻撃性動体を確認すると、前方から衝撃波を放ち攻撃の勢いを殺し、減衰した攻撃を特殊外装(SPA)で弾く科学防壁。

 その個人携行モデルだ。


「何をする気ですのっ?」

「攻防分離、下の子たちは頼んだよ~♪」


 ミルアはウィンクしながらそう言うと、再びスラスターを吹かして飛び上がった。

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