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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第二十二理― <帰途>“みぃ”は呼称として区別できるのか

 すっかり辺りも薄暗くなった帰り道、ボクは意外な人たちに遭遇した。


「あ、青鳥(アオトリ)さんですの」

「こんばんは(ボン ソワール)」


 超絶自爆型クラーケン娘、ルーリャ=V(ヴィー)=ベイルクラーケとお姉ちゃんっ子で暴走癖のあるドラゴン娘、ラウラ=C(セ)=ヴィランドリーだった。

 身長百四十センチくらいのラウラちゃんも相当小さい方だけど、見た目六歳ほどのルーリャちゃんと並ぶと大きく見える比較マジック。年齢は同じらしいのに。


「ボクはそんな、最初に“幸せの”が付きそうな名前じゃないよ、ルーリャちゃん」

「じょ、冗談ですのっ。…………えっと、赤だったですの……?」

「色に拘(こだわ)ってるといつまでも辿(たど)り着けないから言っちゃうけど、ボクの名字は大鳥(おおとり)だよ」

「予想外ですの!」

「むしろそっちのが予想外だよ……」


 相変わらず、何処か頭の弱い子だった。


「ところで今日は二人で何をしてたの?」


 ボクがそう訊ねると、ルーリャは「そこですの」と肩を落としてため息を吐いた。


「宵(よい)に言われてラウラの住まい探しですの。今回の事件が長引きそうだから、この街でドラゴン級の人外を預かれるトコロを探しているんですの」

「そういうことね……」

「全然決まらねーですの!」


 眉をつり上げ、激昂とばかりに両手を天に突き上げるルーリャ。その視線は瞬く間にラウラの方に向く。


「大体ラウラがわがまま過ぎですの!」


 ズビシッと指を突きつけるルーリャに対して、ラウラは涼しげな顔で首を振る。


「私、わがままない」

「一体全体その自信は何処から出てくるんですの!?」

「要望はひとつだけ……控えめ」

「それが無理だと言ってるんですの! 何度言ったらわかるんですの!? いい加減に言うことを聞きなさいですのーッ!」


 ルーリャが泣きそうな声で咆哮する。


「要望って?」


 居たたまれなくなってラウラにそう訊(たず)ねてみると、


「クレア」


 たった一言そんな答えが返ってきた。


「昨日一日クレア=理(リ)=ティストルツィオーネと離れただけで、今朝ウチの職員とちょっとしたトラブルから喧嘩になって、施設の一部を吹き飛ばしたですの」

「何やってんの……?」


 ラウラの方に向き直ると、合うか合わないかというところで目を逸らされた。


「不可抗力……」


 胸の前で両手の人差し指を突き合わせて、何処となく申し訳なさげな顔でつんつんし始めるラウラ。

 やっぱり根は素直な子なのだろう。


「どうしてダメなの? クレアなら頼めば引き受けてくれると思うけど」

「あんな強大な力を持つ魔本と、未成年とは言え竜の卷族を一緒にしておくなんて上が黙ってねーですの」

「上って……宵闇(よいやみ)黒乃(くろの)室長さん?」


 黒いカジュアルスーツに日本刀を携え、抜き身の刀のように凛とした空気を纏った黒髪の女性が頭の中に浮かんでくる。

 でもルーリャちゃんは、「違うですの」と首を横に振った。


「もっとずっと上の話ですの。二人とも特失課の管理下に入ってねー割に、その能力想定被害は馬鹿みたいに高いですの。ちょっとやそっとの監視でその二人を管理外の民家に外泊させるなんて不可能ですの」

「もしボクが特失課の職員だったら?」


 ふと思い付いてそう訊ねてみると、


「それでも時と場合に依るですの。ラウラかクレアのどちらかが特失課の管理下に入ってなければ無理だと思うですの」

「そっか……」


 まるで人外=危険と見做(みな)しているような言い方に少し疑問も覚えたけど、ボクはまだ意見できるほど彼女らのことを知っている訳じゃない。

 特失課のこともそうだけど、その大元にあるべき人外に関する知識も何もない。


(そうか、ボクは……)


 強くなりたい――――そう思って目指そうと決めた特失課入りだけど、もしかしたらボクはそれ以前に、秧鶏(くいな)さんや久遠(くー)、クレアのような、人外という存在に興味を抱いただけなのかも。


「大鳥(オートリ)さん、どうかしたんですの? 先ほどから少しぼーっとしがちのようですの」


 気がつくと、ルーリャちゃんがボクの顔を見上げるように下から覗き込んでいた。


「みぃが変」


 ラウラもボクを見てそう呟く。


「あ、ごめん。ちょっと考え事を――――ラウラちゃん今なんて言ったの?」

「み(・)ぃ(・)」


 可愛い、じゃなくて――。


「“みぃ”ってまさかボクのことじゃないよね……?」

「みぃ」


 こっち指差さないで……。

 ラウラはボクに向けていた人差し指を上向きに立てると、解説を始める先生のような仕草で数回振り、


「瑞端(みずは)をミズハは、言いづらい。……だから、みぃ」

「何か猫の鳴き声みたいだね、ソレ……」

「Miao(ミャーオ)?」


 フランス語の猫の鳴き声だろうか。


「その呼ばれ方はなんか恥ずかしいんだけど……」

「ハズカシイ……?」


 意味がわからないというように首を傾げるラウラにルーリャが歩み寄り、


「フランス語で言うなら、Honte(オント)ですの」


 しゃがんでルーリャに高さを合わせたラウラの耳元で、無声音でそう囁いた。

 するとラウラは目を見開き、慌てたようにボクに「ごめんなさい」と言って頭を下げた。当然、ボクは混乱した。


「えっと、恥ずかしいって言ってもそれほどじゃなくて、そう呼びたいならその、自由に呼んでも……!」


 どうしよう、言うほど悪いことをしたわけでもない女の子を謝らせてしまった時の対処法をボクはまだ知らない。

 また目を見開いたラウラはきょとんとした表情になると、


「み、みぃ?」


 恐る恐るといった感じで、多分許可を取るように訊いてくるラウラに曖昧な笑みを浮かべて了承すると、ボクの前では初めての笑顔でぱぁっと笑った。


(普段会うことはないし、学校の友達とかにも聞かれないからまぁいいか……)


 それに最初は何故か嫌われてるみたいだったから、懐(なつ)いてくれてるみたいで嬉しかったりもする。


「そろそろ私たちは戻りますの。あんまり遅くなるとまた宵(よい)にサボりの濡れ衣で不当逮捕されそうですの」

「あ、うん。気を付けてね」

「私たちを誰だと思ってるんですの?」


 イカとドラゴンでした。


「喩(たと)え暴漢が出ても、叩きのめしてやるですの」

「あはは……程々にね」


 死んじゃうから――――と言うのは拳を握って息巻いているルーリャちゃんには言わないでおこう。


「大鳥(オートリ)さんこそ気を付けるですの。こっちは二人で人外でも、そっちは一人でか弱いままですの」

「え……あ、うん」


 か弱い、って言われちゃったよ。

 でもそうか、日曜日から一人で帰るのは今日が初めてなんだ。今のボクじゃどんな人外に遭遇してもすぐに負けちゃうから、きっとそれを心配してくれたんだろう。


「一応カバンにブローニング・ハイパワーも入ってるから大丈夫だよ。家(うち)ももうすぐそこだから……」

「何かあったら直ぐに連絡するですの」


 ルーリャはPAID(ペイド)を取り出し、番号を殴り書きした紙片を手渡してくる。


「すぐに登録するですの」

「うん。じゃあ、おやすみ。ラウラちゃん、あんまり迷惑かけちゃダメだよ」

「……善処(ぜんしょ)」

「その台詞には意欲が感じられねーですの! 今の間は何ですの!?」

「――ってどういう意味?」

「意味も知らずこのタイミングですの!?」


 元気な二人だった。

 ルーリャとラウラが角の向こうに見えなくなるまで見送り、「さて……」と一人呟いてくるりと方向を向き直る。


「ラウラちゃん、ちょっと元気になったみたいでよかった……」


 最初はお姉さんのことで如何(いか)にも余裕がない風(ふう)だった。

 自然体に戻ってきているということは事件捜査の方も着々と進展しているのだろう。今はあくまでも部外者だから聞いたりはしなかったけど。


「あ、ルーリャちゃんにも何かアドバイス貰っとけば――」


 ――ピリッ――


「……?」


 突然、空気の泡でも弾けたかのように小さな衝撃が肌を打ち、痺れるような感覚が緩やかに全身を呑み込んだ。


(この、感覚……)


 最初にリリスと会った時、重機関銃(フィフティキャル)の弾雨に晒(さら)されていた間にも似たような感覚だった。

 膨大な害意、空間に伝播する緊張感――――つまりは殺(・)意(・)。

 ボクが咄嗟(とっさ)にカバンの中に手を突っ込んで、ブローニング・ハイパワーを引っ張り出そうとした――――その時、


 轟(ごう)ッ……!

 上空から、目に見えるほど激しく荒れ狂う暴風の塊が目の前に落ちてきた。


「……ッ!?」


 激しい突風に、思わず腕で目をかばう。

 そして風がほんの少し弱まった時、それを――その人物を直視する。

 アスファルトが割れて放射状に大きなヒビの入った道路。その中心に立っていたのは同い年か少し年上の女の人だった。

 ただし普(・)通(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。

 暴風の余波に銀髪を靡(なび)かせ、目尻の大きく釣り上がった紅い眼でボクを睨み付けたその人の背中には――――緑色の鱗に覆われた大きな翼が生えていた。


「ラウラ……に……私(・)の(・)妹(・)に、近付くな……!」

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