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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第十八理― <末裔>幼なじみはやっぱり普通じゃなかった

 随分とお待たせしました。

 久遠くーから有力(?)な情報を聞き出した特失課の三人と依頼人のラウラは、その後すぐに帰っていった。ちなみにマトモな別れの挨拶をしていったのは四人の内のただ一人、巫女みこだけだったのは今さら気にしない方がいいのだろうか。

 不夜城先生は帰り際に久遠くーに何かを手渡していたようだけど。

 そしてその数分後。

 ボクはまた自分の部屋で、今度は久遠くーと向き合っていた。

 脇にはクレアがすました顔で控えている。クレアは席を外すと言っていたけど、久遠くーが残るように頼んだのだ。


「まずみっくんには……火喰鳥ヒクイドリのことを話さなきゃいけないです」


 少し伏し目がちにそう切り出した久遠くーは、ピクッと身体を震わせると背中からくだんの黒い翼を広げた。

 カラスのようなその羽根は、しかし何処かカラスとは違っていた。鳥の()()に酷似した形状をしているのに、何故か均整を感じさせない。何処か不安を煽るような不安定な印象を覚える。


「見ての通り、私は――火喰鳥ヒクイドリはその身を人外のくくりに置いています。みっくんは神界シュトラールのことを知っていますか?」

「ずっと昔の世界……だよね。他の世界と融合して今の世界になったっていう……」

「私たち火喰鳥ヒクイドリは、はるか太古に『絶対権限アポリトス』という原理様から神界の管理の一部を任せられていた――――言うなれば旧世界の()卷属けんぞくです」

「神界の神……!?」


 横にいたクレアが驚いたような声を上げて、ガバッと身を乗り出してくる。


「神界の神……って、神界は神様の世界だから神界なんだよね? じゃあ神族はみんな神様ってことになるんじゃないの?」

「それは違うわよ、ミズハ。神族はあくまで“神界の人間”を便宜べんぎ上そう呼んでいるに過ぎないの。実質“人間界の人間”である人間と大して変わらないわ」

「……えっと……?」


 半ば混乱気味になりながら苦笑いと共に首を傾げると、クレアは少し怯んだように瞬きして久遠くーに向き直る。


「ミズハって意外と頭の方は弱かったりするのかしら……?」


 あれ? クレアの中でボクの評価が著しく下がった気がする。


「みっくんはホントは頭いいんですけど……たまに小難しいことは理解を放棄する困った癖があるんです……」


 クレアの耳に顔を寄せてひそひそ話をしている久遠くー。その内容が思いっきり聞こえていることは、取り敢えず黙っていた方が良さそうな気がする。

 それにしてもちょっとわからなかっただけでその言い方は酷くないかな……。


「神界の神族、魔界の魔族、そして人間界の人間。これらはそれぞれこの世界のあらゆる人類の根幹となった旧世界の人類よね。でも神族も魔族も人間も生物学上の分類は同じホモ=サピエンス=サピエンス――――つまり今の人類と同じなのよ」

火喰鳥ヒクイドリが昔の世界の管理者――神ってことは、久遠くーも神様ってことになるの?」

「正確にはもと神の一族の末裔まつえい、ですけど。火喰鳥ヒクイドリというのは当て字で、正しくは――」


 久遠くーそばの机にあったメモ帳を手にとると、ささっとペンを走らせ、こっちに見せてくる。


「――こう書きます」


 『閟弋鳥』


 メモ用紙にはそう書かれていた。


という漢字には“神”、くいという漢字には“射落とす”、つまり全体で“射落とされた神の鳥”と言う意味があるんです」

「射落とされた……」

第一次融合ファーストフェイズ神界シュトラールの管理者の立場から外されたことを表しているのでしょうね。誰が付けた呼称かはわからないけれど」

「私のご先祖様です」

「相当自虐的な一族だったようね……」


 呆れた様子でクレアがつぶやく。


久遠くおんは何処かの組織に? それとも火喰鳥ヒクイドリだけなのかしら?」

「私は無所属フリーです。あんまりそういうのに興味ないですし……。それに私には、大事なお役目がありましたから」

「大事な、お役目……?」


 突然少し重みを含んだ真面目な語調になった久遠くーの台詞に、思わず反復するように聞き返す。

 部屋の中の空気が急激に緊張し、久遠くーの言葉を待つボクとクレアののどが同時にごくりと鳴った。


「みっくんを守るお役目ですっ」

「誰から!?」

「えっと……誰か?」


 何を言ってるんだろう、この子は。


久遠くおん、それは誰かに()()されているのかしら……?」


 クレアが依然緊張した面持ちで久遠くーにそう訊ねると、


「みっくんのお母様からです。『あの子は一人だと無茶苦茶なことも手抜きするから、くーちゃんがしっかり守ってあげて。ついでに悪い虫が付かないようにね』と、行空ココに来る前に頼まれました」


 自分の息子に対してもう少しマトモな評価――というか認識は持ってなかったのだろうか。あとその“ついでに”は要らない。ホンットに要らない。


「そ、そう……」


 クレアが若干じゃっかん拍子抜けした様子で居住いずまいを正す。


「でもまさかみっくんが理外こっち側の一線を超えちゃうなんて無茶、するとは思わなかったです……」

「それは半分事故だったって言ったよね!? さっきも理解側コネクトになったのはボクに責任はないって言ってたしっ――」

「そう言えばクレアさんも人外側エクストラ。それも、本……ですよね?」


 話逸らされた!


「え、ええ。といっても然程さほど名のあるものではないわね」


 久遠くーのスルーっぷりに少し戸惑い気味のクレアも、自身に振られた話は受けないわけにはいかなかったらしい。

 さっきから時々見え隠れしているけど、ボクを理外側アングラに引き込んでしまった負い目はボクだけじゃなく久遠くーに対しても向けられているようだった。

 つまり特失課の皆に見せていたような(たぶん彼女の素の)強い態度には出られない、ということだ。


「ごく最近生み出されたばかりで写本も分冊もない、一冊きりの手記……と言えば大体の想像イメージはできるかしら?」


 そういえば本だ本だと言われて適当に納得(理解放棄とも言う)してたけど、しっかりと人の形をしていて、ちゃんとコミュニケーションも取れているクレアが実は本ですってどういうことなんだろう。


変化へんげ……みたいなものかな……? あるのかわかんないけど)

「――つまり受呪者カースド……なんですよね?」


 ピクッ……とクレアの前髪が揺れた。

 またしても急激に部屋の空気が重苦しいモノに変わった。思わず久遠くーを見ると、何処か不安げな表情だった。


「ええ、そうね。()()()()()()? 勿論もちろん確かに私の中に書かれている呪術は全部が全部、多分たぶんに危険な可能性――つまりは危険性をはらんでいるものばかりだけれど。私の呪いは私の行動に強制的な制限を加えるものではないから、間違ってもミズハに危害を加えることはありえないわ。私の意思も含めてね」

「安心しました」


 久遠くーは胸を撫で下ろしたように微笑むと、開きっぱなしだった黒い翼をばさりと一度だけ羽搏はばたかせて、少しずつ小さくして何処かに仕舞い込む。


「それも不思議だったのだけれど、久遠くおん。やっぱり私もこの街に来るまでに何人もの人外と会ったことがあるのだけれど、理外側アングラであることを気付くことすらできない相手はいなかったわ。どうも……そう、ぼやけてる感じね」


 たぶん今のボクは蚊帳かやの外なんだろう。いや、ボクでなくても誰でもわかるけれど。


「他者の本質が見えなくなる代わりに自分の本質を隠す、理を逸脱した表裏逆転パラ・エーンリッヒ・ドゥンケルハイトっていう術式なんですけど……。術式の解き方が全然わからなくて……。ずっとこのままなんです」

「自分が理外側アングラだってバレないために自身の判別能力を無力化する……術式構造式も気になるけれど、相当イカれた術式ね。ミズハのことがわからなかったのはそのせいね。それにしても解き方がわからないってどういうことなのかしら?」

「私の名前の火喰鳥ひくいどり久遠くおん。この名前は代々私の一族で受け継がれてきた名前のひとつなんですけど……。“初代の火喰鳥ひくいどり久遠くおん”が当時ルシフェルという人外にかけられた術式だそうで、名はたいを表す。この名前と一緒にかけられた術式も引き継いできた、そうです。私にはよくわからないんですけどね」

「聞けば聞くほどよくわからない家系なのね、火喰鳥ひくいどりって……」


 クレアはまた、呆れたようにつぶやいた。

 どうしよう、ボクの居場所がなくてちょっと気まずい――なんて思いながら、意識が腰のホルスターに納められたままのブローニング・ハイパワーに移る。()()()


「みっくん――」

「え、あ、何?」


 意識が移った直後だったから、思わず焦って挙動不審になる。


「これから、どうするつもりですか……?」

「え? それ、どういうこと?」

「このまま特失課に――つまりは理外側アングラに関わり続けるつもりなのかを久遠くおんは訊いているのよ。私にはミズハをこっちに引き込んでしまった責任がある」


 決意を新たにするように、クレアは胸に手を添えてはっきりとそう言った。

 久遠くーもその言葉を聞いて、後を任せるように膝の上に手を置いて肩の力を抜いた。


「だからミズハがいいと言ってくれるまで、そして私の気が済むまではその責任を――いいえ、罪を償うためにミズハの元にいるつもりよ。だから本当のところはミズハがそういう銃を持つ必要もない。いざと言う時に戦いを強いられることもなければ、特失課の庇護を受ける必要すらない。私には、そしてたぶん久遠くおんにもミズハをまもれるだけの力がある。とはいえ、元々何かある確率も相当低いのだけれど、その上で貴方(あなた)は選択する必要があるの」


 クレアは一拍置くと、


「少しだけ、それを考えておいて貰えるかしら?」


 そう言って、緊迫した空気を和らげるようにフッと微笑んだ。

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