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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第五理― <体験>Si Vis Pacem, Para Bellum

「無理無理、絶っ対無理だよっ」

「そんな怖がんなよ、瑞端ミズハ。別に取って喰やしねえんだから」


 テクスの声が耳元で静かに響く。その吐息が耳にかかり、思わず身体がピクッと震えた。言葉遣いこそ乱暴だが、その声は何処か優しい雰囲気を持っていた。


「でもそんな……ボクにできるわけないよ。こんなの初めてだし……」


 至近距離から見つめられ、思わず目を逸らしてしまう。そして「馬鹿、ちゃんと見てろ」と怒られ、慌てて視線を戻す。


「支えてやるから安心しろ。まず力を抜けよ。そんなに強張こわばってると普通の扱いも厳しいからな」

「こ、こうかな、テクス」

「もっと俺に体重預けていいから。怖かったら目ェ閉じててもいいぞ。とにかく慣れるまでは俺に任せろ」

「う、うん……」


 何だろう。クレアとの戦いでちょっと情けない姿を見たぐらいなのに、今のテクスはとても力強くて、頼もしい。


「じゃあ、行くぞ」


 テクスの目が、鋭く変化した。

 狙いを定めるような真剣な眼差しが周囲の空気をさらに緊迫したものに変え、重ねられた手が思わず震え出しそうになる。

 思わずぎゅっと目を閉じる。


 パァンッ!

 手元がわずかに浮き上がり、ビリッと震えるような衝撃が腕から全身に伝わる。でも思っていたほど強い反動はなく、残響と言えばちょっとした耳鳴り程度だった。


「案外軽いだろ」


 そう言ったテクスは少し身体を離すと、包み込んでいたボクの手からそっと拳銃を取り上げ、台の上に置く。


「う、うん……」

「まぁ、俺が支えるのと自分で撃つんじゃ、かなり感覚は違うけどな」


 テクスが手元のボタンを操作すると、狙いを付けていた紙製の人型標的マークスマンシルエットは天井のレールに沿って近づいてくる。そのシルエットの左肩には、しっかり銃弾が貫通した穴が開いていた。


「取り敢えず銃を撃つ感覚……っつーかアレだな。撃った銃の感覚に慣れてもらわねえと、パニクって滅茶苦茶に撃ちまくる素人が多いんだよ」


 素人に銃なんか持たせないでください。

 ボクが思わずそう呟きそうになって、台の上の拳銃に視線を落とす。


(どうしてこうなるんだろう……)


 六コマの授業を終えた放課後。

 昼休みにテクスに言われていた通り久遠くーを先に家に帰して一人で裏の教職員用駐車場パーキングに来ると、何処かで見たことのあるスバル・インプレッサG4が停まっていた。

 そして、やがて現れたテクスと共にその黒いセダンに乗り込み、連れてこられたのがこの特別遺失物取扱課地方支部地下、()()()()()()だった。

 魔法も召喚術も勉強するだけで半年はかかる。普通なら立て続けに事件・事故が起こることはないから、その半年間護衛をつけることで対処すればいいはずだったのだが、今回はイレギュラーが発生してしまった。

 だから最も手っ取り早い攻撃手段――――拳銃の射撃技術を会得してもらう、ということらしい。

 もちろん基礎訓練が必要なのは基礎学習の必要な魔法や召喚術と大差ないらしい。

 それでも膨大な理論や行程を一から十まで隈無くまなく覚えなければまず使えないそれらと違って、射撃技術は実射訓練のみである程度の自衛手段を確保できる。つまり操作と管理についての最低限の知識さえあれば射撃や戦術の理論を後回しにできる、という話だったと思う。

 流され――置いてかれ気味だったまま、いつのまにか何処かから持ってきていたらしいさっきの拳銃で、試しに銃を撃つ感覚を味わってみろと言われてさっきの一発だった。一人では触ることも怖くて出来なくて、テクスに支えてもらったのだ。


「もう一発やってみっか」

「え、あ、うん……でも……」


 やっぱりボクには銃なんて使えないよ――――と尻すぼみになりながらも言いかけた、ちょうどその時だった。


「エェェェェクセレンッ……ット!!!」


 突然施設全体にまで響くような甲高い女性の声が聞こえ、その声に驚いたせいで、思わず肩が跳ねてしまった。


「誰、この声……」


 さっきの銃声より耳に響く。


「ちッ……」


 舌打ちをしたテクスがガッと手近なパイプ椅子を引っ掴み――


「え?」

「ォラァァァァァァッ!」


 ――ギュンッ!

 振り被るのもそこそこに手首のスナップを利かせて思いっきりぶん投げた。

 パイプ椅子は手裏剣のように回転しながら、それこそテクスが振るっていた大剣斧のような物凄い勢いで――――飛ぶ。


「みぎゃんっ!?」


 悲鳴のした方を振り返ると、こっちに向かってきていたらしい眼鏡を掛けた長身の女性がパイプ椅子の直撃を受けて床の上にひっくり返っていた。


「テクス、人に向かってあんなの投げちゃダメだよっ!?」

「アイツはあんぐらい平気なんだよ。むしろあれだけやっても逆に裏目に出るくらいだ。気味悪いぐらい頑丈なんだよ。色んな……色んな意味で」


 喋ってる内にテクスの顔からサーッと血の気が引いていく。


「相変わらず乱暴なんだからテクス君はもうっ♪」


 振り返って見ると、椅子とは言え金属の塊をくらってかなりの痛みがあるはずなのに女性はバッと立ち上がり、目を光らせた興奮気味の様子で再び駆け寄ってきた。

 何となく気迫――というか迫力が怖かったのでテクスの後ろに隠れると、


「やっぱりテクス君は気弱系男子と一緒だと、いーっい絵になるね!」


 湯気を上げるその女性の頭頂にテクスの平手が打ち込まれ、ガクンと姿勢を崩した女性はびたーんっと床に叩きつけられた。


「テメェは相変わらずだな、変態メガネ」

「あはぁ、テクス君の冷ややかな目が私を見下ろして……激務で疲れた私の身体にとっては最っ高の癒しだね♪」


 どうしよう、この人、本気で関わっちゃいけないタイプの人だ。

 ボクは、床を這ったまま恍惚とした表情で見上げてくるその女性を視界から外し、大きく一歩後ずさる。


「ふへへへ、インスピレーション来た来たーッ! 不良男子と園芸委員の少年の絡みッ……っはーこれは描けるね! ものっそい描けるね、ふへへへへへへッ」

「誰が不良だ、この不良品ッ!」


 びたーんっ。


「あふぅっ♪」


 上がる嬌声。間違えようもなく、被虐嗜好そっちのタイプの人だった。それと確信はないけど十中八九腐っちゃってる。


「テクス、さっき変な投げ方してたけど手首大丈夫?」


 ボクは何気ない調子で何食わぬ顔で、女性から目を逸らして話も逸らす。


「ん、あぁ、俺は身体は丈夫だからな。アレくらいは問題ねェよ」

「身体が丈夫っ……ふへへへ」

「取り敢えずお前は一度心臓止めて落ち着け。さもなきゃその発酵しすぎて腐りきった脳味噌マトモなモンと取り換えてこい」


 ガッと女性の後ろ襟を掴んだテクスはそのまま片手だけで軽々持ち上げて、部屋の外の廊下に放り出した。



「あはは、すまないね、大鳥おおとり君。話は聞いてる。災難だったようだね」


 わずか一分後、興奮が冷めたらしく戻ってきたメガネの女性は、言動が常識の範囲内にシフトしていた。

 黒髪を肩の辺りまで伸ばし、如何にも大人な雰囲気に似合わないフレンドリーさが特徴的な女性だった。

 そしてさっきは突飛で奇抜な言動にばかり気を取られて目が行く余裕もなかったけれどやたらとスタイルがいい。

 初夏だというのにセーターの上から白衣を羽織った理系の女性研究者スタイルで、あまり色気というものを押し出しているわけではないのに、そのセーターを押し上げる胸の存在感が大きいせいか、その一挙手一投足に艶かしさまで覚えてしまっていた。

 そこまで考えると、そのフレンドリーさまで大人の余裕にさえ感じてしまうから恐ろしい。もはや別人だった。


「私はこのテクスが所属する特務C班“風変理クラックポット”の後方支援バックアップ物資支給サプライ担当、不夜城ふやじょうよい。一応手のかかる子供たちのお目付けなんだけどね。不夜城先生と呼んでくれると色々と助かるね」


 不夜城先生はメガネのブリッジに人差し指を添えて、自己紹介をしてくれる。


「手がかかんのはどっちだよ、不夜城」

「だから不夜城先生と呼びなさいな」

「せめて先生らしく振舞ふるまってみろよ」

「まったく、これだから素直じゃない子は困るね」


 テクスはフフッと面白そうに笑った不夜城先生にチッと舌打ちをする。


「それで、何の用で来たんだ?」

「君がミズハ君に銃器の手ほどきをするというから見に来たんじゃないか」


 パァンッ!

 キランと不気味に光るメガネを上げた不夜城先生がスチャッと掲げたスケッチブックに風穴が開く。テクスがさっき使った拳銃で撃ったのだ。


「………………何するんだい?」

「ナニ考えてやがる」

「………………あは♪」


 どげしっ!

 テクスの放った回し蹴りで、再び嬌声を上げた不夜城先生は吹っ飛んで壁に叩きつけられる。


「激しいね♪」


 ビーッ。


「ん? アレ? ちょっと待っ――」


 一分後、ガムテープでぐるぐる巻きにされて床の上に転がされ、はぁはぁと危なげに息を荒立たせる不夜城先生を放置し、テクスは「さてと――」と前置きするように言う。


「とりあえず今度は自分一人で撃つ練習だ。まだ訓練の段階じゃないけどな」

「テクス、やっぱりボクには銃なんてムリだよ」

「そのための訓練だろ……ってあぁ、何となくやっぱ『どうして銃の訓練なんか』って顔してんな」

「うっ……」

「無理もねえさ。人間平和に暮らせりゃそれが一番だからな」


 テクスは持っていた拳銃から弾倉マガジンを取り外すと、カチャリと銃弾をひとつ手にとってピンと上に弾いて、パッと取る。


「この銃はFN ブローニング・ハイパワー。で、この弾はパラベラム弾って名前があるんだけどな」


 テクスは、ほらよ、と手に持っていた暗い色の銃弾を投げ渡してきた。


「『Siスィ Visウィス Pacemパケム, Paraパラ Bellumベラム』っつーラテン語のことわざが名前の由来になってんだよ」

「スィ ウィス……どういう意味なの?」

「『なんじ平和を欲するなら戦いに備えよ』って感じだ。いざという時の自衛の手段すら用意しない奴は、それで平和になったつもりの平和ボケだってこったな。武器を持たないことが平和なんじゃねえ。武器の非保持で平和を謳ってようがそんなもん非現実的な理想だよ。相手もそれに合わせてくれるとは限らねえ。平和ってのは争いが起こらないことじゃなく、争いが起こっても大事な人を守れる連中だけが手に入れられるモンなんだよ。だからまぁ……()()()


 テクスはそう言うと、弾倉マガジンを拳銃――ブローニング・ハイパワーに再び装着し、ボクの手の上に乗せてきた。

 そして一言――。


「その重さに慣れろ。それがお前の力になる」

 風変理は一応、『ふうがわり』と読めます。


 広辞苑に、『わり』という単語が載っていて、意味は『ことわりの上略』だそうで(・・*ぴったり♪

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