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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第四理― <忠告>しかし猫でなく虎

 お昼休み――。

 ボクがテツ――テクスからの呼び出しで一人でやってきた職員室棟の屋上に出ると、先に来てひとつしかないベンチを一人で占領していたテクスがこっちに向かって片手を挙げ、ちょいちょいと手招きした。


「よう、遅かったな」

「テクス、えっと……用って?」

「ま、座れよ。もうすぐあと一人も来るはずだからそれまで少し駄弁ろうぜ」


 そう言って購買部で買ってきたらしいカレードーナツを引き千切るように一口(かじ)って隣を空けてくれたテクスに促され、ボクはベンチにポンと腰を下ろす。

 あと一人も来る? とテクスの言葉に疑問を覚えつつ、もう一度中途半端な広さの屋上を見回す。

 普段なら何人かいそうなものだったけど、今日はボクたち以外一人もいなかった。


「お前に言っとけって言われてることが二つある。まずお前、2-Aの衣笠きぬがさって知ってるか?」

「衣笠? って衣笠きぬがさ紙縒こよりさんのこと?」


 衣笠紙縒――――この学校で有名な女子だ。知らない人はそうそういないだろう。

 容姿端麗な人格者として名が通った、久遠くーとは違ったタイプの優等生。頭ひとつ大人びて人当たりのいい性格だけど、八方美人という言葉は似合わないほどの自然体で、教師生徒問わず学内で人気が高い。

 身体能力も抜群で、成績もトップに名を轟かせる久遠くーほどではないにせよ、毎回上位に名を連ねている。

 ある意味、人間離れしたポテンシャルの持ち主だ。


「そうそう、その衣笠だ」

「衣笠さんがどうかしたの?」

「アイツも特失課関係だから、何かあったら頼れるよう憶えとけ」

「え!?」


 思わず声をあげる。

 衣笠さんが特失課だったなんて初めて……も何も昨日まで特失課のことすら知らなかったんだから、よく考えたら普通に当たり前のことだった。

 テクスはそんなボクの反応を見て面白そうにフッと笑うと、


「アイツは怪力無双の鉄槌使いだよ。人畜無害な子猫にでも見えてるかもしれねえが、被ってる猫()いだらそこらへんの虎より危ないぜ?」


 突然そんなことを言い出した。

 さすがに“そこらへん”に虎はいないと信じたい。テクスやリリスは虎なんか軽く一蹴できそうな気もするけどね。


「どんぐらいやべえかって言うと、猫被ってない時にキレると一トンのメイス引っ張り出してきやがるぐらいだ」

「って、一トンッ!?」

「いや、九百八十キロだったか」

「あんまり変わってないよ!? ……まさか衣笠さんも人外側エクストラなの?」


 ボクがテクスに訊ねたその時――――ひゅんっと何処からともなくジャイロ回転しながら飛んできた中身入りのペットボトルがテクスのおでこに直撃した。


「っぐあ……っ!」


 思いがけない飛来物の奇襲に、テクスは思いっきり後ろにひっくり返る。

 ボクは驚いて、思わずペットボトルの飛んできた方、屋上の入り口に目を向ける。


「誰が、虎より危ないですって?」

「衣笠さん……!?」


 そこには衣笠紙縒その人が立っていた。

 その顔は何度か見かけたことのある快活な明るい表情じゃなく、生意気な子供を見る少しスレた年上のお姉さん、って感じの呆れた表情だった。


「あなたがえっと……大鳥おおとり瑞端みずはくんね。呼び方はミズハでも構わない?」


 華やかな容姿に裏打ちされた特別なオーラに呑まれそうになっているボクに、衣笠さんはスタスタと歩み寄ってきた。


「私のことは一応知ってるみたいだけど、私は人間、理解側コネクトよ。ちょっと魔法が使えるだけの、ね。これは私の携帯(PAID)の電話番号とメールアドレス。それと住所ね」


 やっぱりこれまでに聞いたことのない口調で早口にそう言い切り、可愛らしいクマの形のメモ用紙を差し出してきた。何処かで見たことのあるキャラクターだ。

 それと一瞬『魔法少女』という言葉が頭に浮かんだボクは果たして正常なのか。


「てっめぇっ……紙縒ッ! いきなり何しやがるッ!!!」

「あ、復活した」


 衣笠さんが面白そうな声色で呟く。

 起き上がったテクスが衣笠さんを睨み付け、その手に握られたペットボトルが今にも潰されそうにミシミシと軋む。


「テクス、あとの説明任せたわよ。私、康平こうへい待たせてここに来てるから。それとそれ返してくれない?」

「ちッ」


 舌打ち混じりとはいえ、思った以上に素直にペットボトルを投げ返したテクスがベンチに座り直すと、衣笠さんは「じゃあまたね」と言い残して屋上から出ていった。

 虎より危ないかどうかはともかく、猫を被ってるというのは本当みたいだ。

 ちなみにテクスのおでこにペットボトルのキャップの跡がくっきり残っていて、思わず吹きかけたのは内緒だ。

 どうやったらペットボトルをあんな器用に投げられるんだろう。


「……この学校で()()()()のは俺とミコ、衣笠ともう一人、計四人だ。お前が関わる可能性があるのはそんだけだってことだけどな。頭数だけならもう数人いるが、とりあえず一応その四人だけ頭に入れとけ」


 ミコもこの学校の生徒なんだ……。


「残る一人は来るの?」

「単純な戦闘能力と外れ具合は一番なんだけどな。性格が色々アレだから、お前は関わらなくていいさ」


 テクスは苦笑混じりにそう言って、次に開けたハムサンドにかじりつく。食べる順番、逆の方がいいんじゃないかな……とも思ったけど、それを考えていた時に浮かんだ疑問が真っ先に口をついて出た。


「何かあったら頼れるように、って言ってたよね? ()()()()()?」

「意外と鋭いな。ま、ふたつめに関わってくるんだが、昨日……っつーか、時間的には今日だな。夜中の二時頃に妙なのがうちの管轄区域に入り込んだらしい」


 そう言って、テクスは空を見上げた。


「妙なの?」


 二時頃という言葉に思わず昨日のミコからの電話を思い出す。もしかしたらこのことだったのかもしれない。


「目撃者の報告で今はメテオ、“吠える流星(ハウリング・メテオ)”って呼んでるがな。超音速で日本の領空に突っ込んできて空自の戦闘機を振り回した挙げ句、この行空(ゆきそら)町の上空でいきなり消えたって話だ。上はまだ調査段階の一点張りだが、俺の見立てじゃ十中八九ドラゴンのたぐいだ」


 ドラゴン。

 突然出てきたファンタジックな単語に一瞬呆ける。でもすぐに気づいた。

 昨日もミコが言っていたけど、ドラゴンは昔から今の時代までずっと実在している(らしい)のだから、それはボクにとってはもう幻想ファンタジーじゃないんだ。


「そこでさっきの話だ。要するにお前が、そういう連中に関係するかってことなんだが、率直に言えばまったくない。けど、今のお前は実のところ俺たち特失課にとっちゃ面倒事量産機トラブルメーカーだ」

「トラブル、メーカー?」


 ボクはあんまりな言われようにムッとする。しかしそれもつかの間、テクスはニヤリと犬歯を覗かせて笑った。


「安心しろ、別に誰もお前が悪いだなんて思っちゃいない。何度も言うが、むしろお前は被害者だ。トラブルメーカーって言ったのは別にトラブルの元凶って意味じゃない。そういう意味なら、さっき言ったもう一人の方がよっぽどトラブルメーカーだな。お前の場合はよくトラブルに巻き込まれるヤツって意味で使ってる」


 だから言い方なんか気にすんな、と続けたテクスは半分以上残っていたハムサンドを一口で押し込み、紙パックの牛乳で流し込む。随分乱暴な食べ方だった。


摂理内包ルーラー受呪者カースド、人間以外の知的生命体――――つまり、人知から外れた連中ってのは強いて言えば寂しがり屋でな。一部を除いて、常に自分――自分の外れた力も含めて全てを受け入れてくれる()()を探してる。要するに他者との関わりをほっしてるってことだ」

「……人間と同じってこと?」

「あぁ。だが連中のは、人間のそれより規格外にその感情が強い。本能って言ってもいいぐらいだ。でも大抵の連中は理性があるから、理外側アングラのことを知らない一般側ノーマルにゃ関わらない。俺たちみたいな秩序や秘密を守ろうとする組織は世界中にいるからな」


 からになった袋を纏めたレジ袋をズボンのポケットに突っ込むと、テクスはボクをすっと指差した。


「だけどお前はもう一般側ノーマルじゃない、理解側コネクトだ」


 まっすぐボクと視線を重ね、事実を認識させるように――現実を直視させるように、テクスはそう言った。

 その重い語調に緊迫した空気で息が詰まり、思わずごくりと喉が鳴る。

 あの時と同じ感覚だ。

 ミコに大鎌を――凶器を突きつけられたあの時の感覚。

 今回は何を向けられているわけでもないはずなのに(強いて言えば視線を向けられているけれど)、一般側ノーマルではないということがどれだけ危険なことか、警告されていることを瞬時に認識した。

 あの目は――――怖い。

 ボクが緊張に堪えかねて身震いすると、テクスはふっと息を吐いて、目を閉じた。

 途端に空気が元に戻る。


「この辺でうちが管理してる連中には、お前に余計なちょっかいかけないようにもう通達はしてある。クレアに流星メテオ、昨日の今日なんて俺も初めてだぜ。大抵お前みたいな場合は数ヵ月かけてトラブルに巻き込まれても身を守れるように何かしらの技術を覚えてもらうんだけどな」

「技術……? 護身術みたいな?」

「ドラゴン相手に格闘なんざほぼ意味はねえがそんなとこだ。個人適性もあるから大体は魔法だったり式神みたいな召喚術だったりするんだが、今回はこんな事態だ。ちんたら魔法の勉強してても何かあった時に間に合わねえだろ。お前にはもっと手っ取り早い攻撃手段を会得してもらうぜ」


 パッと立ち上がったテクスは人差し指と親指だけを立てた右手の、親指を空に、人差し指をボクの方に向け、狙いをつけるかのように片目を瞑ると、


「っつーわけだ、今日の放課後付き合ってもらうぜ」


 そう言って、その特徴的な形のジェスチャーで右手を跳ね上げた。


「……へ?」

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