第三理― <呪法>戦いはいつもファンタジー
クレアの間合いに瞬足で踏み込んできた竜族の少女――ラウラは長大な槍鎚を躊躇いなく振り下ろす。
「危ないわね」
クレアはその一言と共にその一振りを紙一重で躱し、そして思った。
なんだ――――と。
確かに竜族の腕力で振るわれるあの武器自体は恐ろしい。
ドイツで生み出され、歩兵が対騎兵・対槍兵用に用いた全長三メートル、総重量三・五キログラムと長くて重い槍槌LucerneHammer。
打撃版ハルバードともいえるこの武器はその長さと重さを生かした戦いで当時各国の軍隊で最も多く使われていた板金鎧を容易く突き抜ける強力な一撃を叩き込める破壊力を持っており、戦場で有利だった騎兵と槍兵を一介の歩兵で倒せるため、味方には重宝され敵には恐れられた。
しかし、この武器は――――生まれた時代が悪かった。
ルツェルンハンマーが生まれたのは、銃が発明される直前の時代。
この画期的な武器の登場により戦いの形は大きく変わり、軽装に軽い細剣と銃の高機動戦が主流の戦場では無用の長物と見做されたルツェルンハンマーは瞬く間に姿を消した。
謂わば、旧き騎士の時代の最後に使われていた武器なのだ。
そんな時代遅れとも言える武器を使うというからにはやはり、この少女にもそれなりのメリットがあるはずだ――――とクレアはふんでいたのだが、
(振り筋も甘いし、動きにキレもない……。当然だけど負ける気はしない、と――)
だからこそ不気味でもあるのだが。
人間を基準にすると規格外の力で振るわれるそれは生身の人間が相手取るには少しばかり気迫に満ち満ちているが、多少なりと戦闘経験の豊富なクレアにとってさほど脅威になるものではない。
(――そうなると日本語だけでも通じるようで運がよかったみたいね)
クレアは横薙ぎに振るわれたルツェルンハンマーを後ろに跳んで躱すと、スッと目を閉じた。
クレアは、思い描く。
自分の本質たる呪術書――呪術魔法書のページを捲り、開いたページの表題を読み上げるイメージ。
呪術者ではなく呪術書そのものである彼女にとって、表題を示すことはそのまま呪いの本質を示している。つまり人間の術者が彼女を使うより、発動をショートカットできるということだ。
「解放:“防御呪法”」
呪法、呪術と呼ばれてはいるものの、性質上魔法書の原典のひとつでもあるクレアの中にはおおよそ呪いとは言えないものも内在している。
そのひとつが防御呪法のような身を守るための魔法だ。
本来は相手から受ける呪いをシャットアウトする術式なのだが、クレアは『呪い=危害を加えるもの』と拡大解釈・置換して、万能の防衛術式に改造して使っている。
「少しでも事情を聞かせてくれると、私としてもありがたいのだけれど」
「黙れ!」
「話を聞く気はなさそうね」
クレアは嘆息気味に仕方ないという心情を表すように腰に手を当て、再びルツェルンハンマーを振るって突進してくるラウラの動きに集中する。
(防御が効いている内にあれを受けて……束縛で仕留めるのが最善かしら)
束縛呪法は相手の肉体に触れなければ使えない。つまり、ラウラのように長柄の武器を使う相手の場合は間合いに入らなければ必然的に使えないのだが、クレアにはそれができる自信がある。
そして何より、おそらく誤解をしているだけの目の前の少女を傷つけることはしたくなかった。
「私、弱い子には手加減できるのだけれど、強い子は痛みで躾ることにしているのよ。どうなっても知らないわよ?」
ルツェルンハンマーが、迫る。
躊躇いなくクレアを破壊する気で振るっていると殺気が、振り筋が物語っている。
しかしその一撃がクレアに届くことはないと――
――少なくともクレアは思っていた。
ドカッ……!
「……ッ!?」
クレアの右の脇腹に、抉るような痛みが走った。なおも食い込もうとするルツェルンハンマーの勢いにミシミシと内骨格が軋み、肉体が悲鳴を上げる。
(なっ……んで……ッ。防御が抜かれて……!?)
吹っ飛ばされたクレアは地面を転がり、公衆トイレのレンガ造りの外壁に強く叩きつけられる形で止まった。
「ッハァッ……ハァッ……」
久々にクレアは、自分が人外で自分の身体が人間より多少丈夫なことのありがたみを思い知らされる。
(生身の人間だったら……間違いなく引き千切られてたっ……)
考えるだけでゾッとする。
(ラメ デ ガルグイユ……とか言っていたわね……?)
ただのルツェルンハンマー。その前提そのものが間違っていたということだろう。
ガクン、と立ち上がろうとしたクレアの身体が沈み込んだ。
(ダメージがっ……)
クレアは唇を噛んだ。
「解放っ……:“蘇生呪法”……」
何とか声を絞り出すように回復魔法を発動させると、痛みがすーっと引いていく。
(アァ、マズイ……急イデタトハ言エコレハ使ワナイ方ガヨカッタカナ……)
思考がまとまらない。
この蘇生呪法は、回復魔法と言えば聞こえはいいが、その本質は死体から生きる屍を産み出すれっきとした呪術魔法。
回復の程度にもよるものの、人外でさえ思考能力をある程度奪われる。
(アノ子ガ何ヲシタノカヲ考エルノハ後回シネ。ソレヨリモ……)
クレアは思考能力――理性を失い、呪殺の本能が抑えきれなくなりつつあった。
(敵意……ガ……)
まさに頭の中で何度も何度も「殺せ」と囁かれているような感覚だった。
「ソレヲ手放シナサイ……悪イコトハ言ワナイカラ……」
「拒否する」
「……ッ」
ページを、開く。
スーッと冷たく、温度を失ったクレアの目がラウラを睨み付けた。
自分の中で――――ぱらり、ぱらり。
次々とページが捲られていくのを感じる。
暴走、ではない。あくまでもやっているのはクレアの意志――本能的な本質だ。
ぱらぱらと、最も忌まわしい滅びの呪術の記された最後のページを開いてしまう。
そして告げる。告げてしまう。
「解放――」
「ッ!?」
突然、何かに怯えるようにビクッと身体を震わせたラウラはバッと飛び上がった。
その背中にはコウモリのような翼膜と竜鱗に覆われた翼肢――ドラゴンの翼を広げて、中空に浮かび上がる。
「……怪物」
訝しげな少女の目が、クレアを見下ろす。
「おかしい……あの時はこんなんじゃなかった……」
(何ガ……デも、都合はいいかも……)
クレアは頭が冴えてくるのを感じた。
(それにしても私の力は知らないはずだけど、勘は鋭いようね。このまま敵になるようなら下手に強いヤツより厄介かもしれないわね……)
翼を羽搏かせて空中に静止し、警戒を解いていない様子で見下ろし続けてくるラウラに向かって、クレアは声をかける。
「…………少し話せるかしら。お嬢ちゃん。出来れば拳ではなく言葉で。事情を聞かせてもらえれば私も何か手を貸せるかもしれないわよ? その前に誤解も解いておきたいし、何より――」
クレアはすっと中空のラウラに人差し指を向ける。
ラウラはその指を警戒するように、ピクッと眉を震わせたが、クレアは一言。
「そのままじゃ、貴女、目立ってしまうでしょう?」
ラウラは周囲を見回し――――無言で、こくりと頷いた。




