プロローグ― <飛来>流星は吠える
黒を切り裂く白銀の槍。
闇夜に一筋の光の線が奔り、撒き散らされた無数の光塵はわずかな時間宙に舞い、儚くも闇に薄れて消えていく。
眼下に光る街の明かりなど比べ物にならないほど目映く雄々しい煌めきは、傍目には光の尾を引いて夜空を駆け、そして瞬く間に儚く消える――――流星に酷似して見えた。
「これ、まさか本当に流れ星ってワケじゃないよな」
「そう見えるならアンタ、物理は苦手だったでしょうね。ううん、もう常識の範囲かも。流れ星は長くても数秒足らずで蒸発する。まして十分も自在に飛び続ける流星があるもんか」
くぐもったような男女二人の声。
「じゃあ俺たちはUFOでも見てるのか?」
「確かに未確認飛行物体って意味では当たってるかもね。まるで悪夢よ」
口々にそう呟くのは、飛翔する流星をM2.5のトップスピードで追跡する航空自衛隊所属のイーグルドライバー――制空戦闘機、マクダネル・ダグラスF-15イーグルのパイロット二名だ。
およそ十分前、国籍不明機が防空識別圏に侵入したという報告を受けて緊急発進が発令され、上空で待機していた二人は五分ほど前にこの流星――――M2超の速度で複雑な機動を繰り返す発光飛翔体と遭遇した。
全長は彼らの目視で五メートル。F-15の全長が一九・五メートルであることを考えると一回りも二回りも小さい相手だが、二人がその流星に対して感じていたのは言いようのない威圧感だった。
そしてその超音速とは思えない高機動に振り回され、領空どころか本土上空まで侵犯を許してしまった二人は明確な指示があるまで追跡を続けるしかなかった。
空自にとって日常的非常事態であるスクランブル発令下においても、異例の事態であることは間違いない。
「少なくとも航空機には見えないが、もし大陸間弾道ミサイルの類ならシャレにならねぇぞ」
「滅多なこと言うもんじゃないわ。そんなことよりアレ、呼びかけに応じてるように見える?」
「そもそも無線が通じてるとも思えんね。あんな機動、生身じゃ耐えられないから無人機だろうよ。くそッ、第3031より管制、撃墜許可は出ないのかッ。どう見たってアレは異常事態だろうが!」
パイロットの一人、男の方が焦ったように無線に向かって怒鳴る。
流星は戦闘機二機に追われていることにまったくと言っていいほど反応を見せず、しかし何処か規則性を見出だせそうな複雑な機動で、何処かに向かっている様子だった。
「威嚇射撃の許可が出たら間違って撃ち落としちまいそうだ」
「自分で言っておいて……。UAVなら威嚇なんか効くわけないじゃないの。お前がわからないからって上がそのぐらいわからないとでも思ってる?」
熱誘導式中距離空対空ミサイル“AIM-9”を主力装備に、回転式多砲身20mm機関砲“JM-61A1”を副装として搭載したF-15は、世界的にもこれまでの華々しい戦果を上げる第一線級ジェット戦闘機。これだけ兵装を積んであれば、いざという時にはある程度対処できる。
僚機パイロットよりは冷静に現状を直視していた女パイロットはそんなことを考えつつ、無線に向かって怒鳴る相棒に『落ち着け』と告げ、流星に再び目を向ける。
しかしそこに無線を通して入ってきた指示は、パイロット二人ともを驚かせるほど想像もしなかったモノだった。
『管制より、第303・1(ワン)、2(ツー)。その不明機は管轄外だ。両機、帰投せよ。繰り返す、両機帰投せよ』
「空で管轄外だぁ!?」
「こちら2(ツー)、理由を問います」
女パイロットは冷静に対処し、自分で最善だと判断した応答を返す。
しかし無線の先、地上の本部は沈黙を以て応えた。
(……まさか国家機密ってワケ? いったい何を隠してるってのよ……?)
『第3031、2。指示に従って即時不明機より距離を取り、速やかに帰投せよ』
これ以上は聞いても無駄、と判断した女パイロットは『了承』と無線に乗せ、流星をもう一度だけ一瞥すると、
「アレが何だっての……」
女パイロットはエンジン出力を少しずつ抑えながらそう呟き、離脱を始めた――。
――その時だった。
流星も同時に減速した。いや、それだけじゃない。減速するにつれて、シンプルな光塵の尾を引く流線型に見えていた流星が少しずつ形を変え始める。そしてそれに比例するように、流星を覆い隠していた半透明の光の膜が薄れてゆく。
「こちら2、目標が減速しました。明らかに今までとは違う行動です。引き続き追跡の許可を」
『許さん。すぐに周辺空域から離脱、速やかに帰投せよ』
(離脱!? 逃げろだって……?)
「そっち系のブツかよ……。それこそ俺たちの仕事じゃないのかッ!?」
『既に担当セクションに通達済みだ。両機帰投せよ』
まるで自分たち以外に防空の担当セクションがあるかのような一言に加え、四度目の帰投命令に男パイロットは舌打ちした。
(癪だけどそう判断されたのなら仕方ない……か)
女パイロットは操縦桿を傾けると、ゆっくりと旋回して発着基地に向けて進路を変える。
「戻ったらたっぷり説明してもらうぞ」
男パイロットの方もそう呟くと、『了解、帰投する』と無線に流し、僚機に続いて進路を変えた。
その時――――グォォッ……!
「「ッ!?」」
微かに聞こえた何かが唸るような声に反応し、二人のパイロットは同時に後ろを確認する。そして息を呑んだ。
ついさっきまで視界に捉えていたはずの流星のような飛翔体は影も形も消えてなくなり、残っていたのはきらきらと空中を舞う光の残滓だけだった。
「まさかアレ……生物……?」
戦慄を含んだ声は夜の闇にかすれて――――消えた。
羽音。
虫のような微かな音ではなく、大型の鳥類のようなゆっくりとした大きな羽搏き音の後に、誰もいない静かな夜の海浜公園に人影が降り立った。
起き抜けのようなくせのついた金髪を風にそよがせ、透き通るような碧眼で周囲を見回した人影は、少女の姿をしていた。
「姉さま……」
少女は切実な想いの籠った呟きをぽつりと漏らす。
何かを感じ取ったかのようにピクッと身体を震わせた少女のぼんやりとした瞳が、スッと一点に向けられた。
同時に、その手に携えられていた全長三メートルの長大な槍槌――――ルツェルンハンマーがその方向に向けられる。
市街地どころか現代に見合わない旧時代の武器は当然その少女の華奢な腕にも不釣り合いなのだが、それでも少女の腕は不自然なほどに力強く支えていた。
しかしそんな異常すら霞むほどの異形がその光景には存在していた。
「そこにいるのは誰……?」
殺気と共に鋭い視線をその方向に向けた少女はルツェルンハンマーを構え――――背中の翼を大きく開いた。
ゴッ!
鱗に覆われた太い翼肢にコウモリのような翼膜の張られた翼が空気を掴み、羽搏きと共に瞬く間に宙を駆け、ルツェルンハンマーを一振り。
植木を薙ぎ払った。
ズン――と、一撃でへし折られた木は吹き飛ばされて地面に落ちる。
「いない……」
少女はきょとんとして首を傾げると、思い直すかのように首を振り、
「今、行くから……」
再び翼を広げて、飛び上がった。




