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侍の知らない世界で  作者: Lambzono


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第十二篇 表の縫い目

――『亡国の侍 異世界転移譚』第十二話「継ぎ目」連動


 エナは、仕上げたばかりの外套の肩を、自分の手で裂いた。


 縫い糸が小さく鳴った。


 古い茶色の布と、新しい灰色の布が離れる。


「何をしているんだ!」


 作業台の向こうで、町の物資係が声を上げた。


「ようやく縫い終えたところだろう」


「終わっていません」


「今、終わったものを裂いたではないか」


 エナは答えず、裂けた部分へ指を入れた。


 北壁を走る伝令の外套だった。


 胴は十年以上使われた厚い毛織物。傷んだ両袖だけを、新しい布へ付け替える仕事である。


 物資係からは、継ぎ目を表へ出すなと言われていた。


 修繕跡が見えなければ正規料金。


 見える継ぎ当ては、その半額。


 エナは指示どおり、細かな縫い目を内側へ隠していた。


 見た目だけなら、新しい外套に近い。


 だが両袖を掴み、左右へ強く引いた途端、古い布の端が裂けた。


「古い布は伸びません」


 エナは言った。


「新しい布だけが伸びて、縫い糸が古い方を切ります」


「なら、もっと細かく縫え」


「細かくすれば、もっと早く切れます」


「太い糸を使え」


「糸が残って、布が裂けます」


 物資係は裂かれた肩口を睨んだ。


「今日中に要る。北壁の伝令が使うんだ」


「分かっています」


「正規料金で注文している」


 それも分かっていた。


 正規料金が入れば、冬を越すだけの油を買える。半額では、夜の仕事を何日か諦めなくてはならない。


 エナは古い布と新しい布を、指二本分だけ重ねた。


「縫い目を表へ出します」


「半額だぞ」


「はい」


「違う。やり直せと言っている」


 エナは太い黒糸へ蜜蝋を擦り込んだ。


「内側へ隠せば、最初に腕を上げた時は持ちます」


「それでいい」


「二度目は分かりません」


 物資係は黙った。


 伝令は、梯子を上る。


 壁の上で旗を振る。


 綱を掴み、荷を引き、時には負傷者の腕を肩へ回す。


 外套は、立っている時だけ形を保てばよいものではなかった。


 エナは黒糸を針へ通した。


 重ねた布の外側から、大きな縫い目を入れていく。


 一針ごとに糸を引き締める。


 古い布だけを引かないよう、新しい布へ力を逃がす。


 肩から脇へ、黒い線が伸びていった。


「目立つな」


 物資係が言った。


「見えますから」


「それを目立つと言う」


 エナは縫う手を止めなかった。


     ◇


 昼の鐘が鳴る直前、伝令の青年が外套を取りに来た。


 出来上がったものを広げる。


 茶色の胴。


 灰色の袖。


 その間を、太い黒糸の縫い目が走っている。


「ずいぶん継ぎ接ぎだな」


 青年は言った。


「嫌なら、別の仕立屋へ回す」


 物資係が答えた。


「北壁へ裸で行く方が早そうだ」


 青年は外套へ腕を通した。


 肩を回す。


 両腕を頭上へ伸ばし、梯子を上るように肘を曲げた。


 古い布が軋む。


 新しい袖が引かれる。


 黒い縫い目は、形を変えながら二つをつないでいた。


「これでいい」


 青年が言った。


「見えているぞ」


「見えなくても、裂ける方が困る」


 物資係はエナを見た。


「半額だ」


「承知しています」


 銅貨が作業台へ置かれた。


 正規料金の、きっかり半分だった。


 青年は外套の留め具を閉じ、店を出ていった。


 やがて窓の向こうで、北壁へ上がる梯子を登り始める。


 一段ごとに肩が動いた。


 茶色の布と灰色の布が、違う幅で伸び縮みする。


 その間で、表へ出された黒い縫い目だけが、どちらにも隠れず残っていた。


     *


この世界を、侍・伊庭八郎の側から描く本編は、

『亡国の侍 異世界転移譚』第一話「剣と銃」から。

第一話:https://ncode.syosetu.com/n5318ml/1/

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